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第87話 ボクの捧げる鎮魂歌・前編。


「アキラ殿、和穂殿、ご武運を」


 リンネちゃんの近くにいたクラマが、ボク達に声をかけてくる。


「ありがとう、クラマ。でもボク達、別に戦いに行くわけではないのだけれど……」


「ああ……そうですな。この宴が成功する様、心よりお祈り申しあげます」


「うん」


 ボク達はミルフィさんから、ルーフェニアさん達の分のスープの入った小鍋を受け取り、自分達のカマドの方へと戻る。



『はい、ミルフィさんの料理もらって来たよー、食べている間少し代わろうか?』


『わーい、ありがとう。楽しみにしていたんだー。カマドは落ち着いたから、食べながらできるよ』


 キルトさんはボクの差し出した小鍋を受け取り、ルーフェニアさんと笑いながらウンウン頷く。



 ボク達はお言葉に甘えて、近くのテーブルを回ることにした。


 1番近いテーブルでは、狐鈴が何やらシルと話をしていた。


 同じテーブルでナティルさんとダンダルさんが話をしている。

 ……そうだった、ダンダルさんはギルドの依頼を受けて、命を落としたのだった。

 でも、お互い知った顔の様で、重い空気ではなく普通に談話を楽しんでいる感じがする。



 皆思い思いに席を移動していて、立食会のようになっている人も多いので、使われていないテーブルもいくつかあった。


 ボク達は空いているテーブルを確認して、カマドを覗きながら回る。


「ねぇ、和穂はお腹いっぱいになった?」


 ボクに同行している和穂は、珍しくいつもの様に山盛りの皿を手にしていなかった。


 和穂はお腹を、サスサス擦るとキュウルゥル〜とお腹が鳴って頬をポリポリとかく。


 ボクは右隣を飛ぶカシュアと目を合わせて笑った。


 本日のヤンマ姉妹の料理は、魚の香味焼きだった。

 クレープの様な皮に、見た目はバジルの様な緑色のソースをのばして、ほぐした魚と薬味を包んで食べるのだが、なかなか味もしっかりしていて美味しい。


「へぇー、ボクこれ好きだな」


 最近、肉類が多い事も原因か、ずっしりしていないので食べやすく感じる。

 カシュアにも食べやすい様にちぎって分けてやる。


「ありがとう。

最近、アキラの影響もあってか、みんなの食へのこだわりが凄いわね。

まぁ、アタシはそんな様子を好ましく思っているけどね」


 カシュアはそんな事を言いながら、クレープにかじりつく。


 和穂はパーレンさんの肉野菜炒めをクレープ片手に食べている。


 うんうん、ボクはやっぱりこうやってモリモリ食べている和穂を見ているのが好きだな。


 別に口にいっぱい入れて頬張っているわけではなく、モクモク食べているんだけど、こう背筋を伸ばして食している姿が何とも美しいんだよね。


 ボクには無理だなぁ、気を抜くとすぐ猫背になるから……。


 ボクの視線に気がついた和穂は肉野菜炒めを摘んだ箸をボクの口先に差し出す。


 ボクは差し出されるまま口を開け食べる。


「おいしいね」


 ボクが伝えると和穂は尻尾をゆっくりフリフリさせながらクレープにかじりつく。


 今思えば一人暮らしで食べていた食事は、何を食べても味気がなかったな。

 最近いつものやりとりになっている和穂との食事は、とても暖かくて、ついにやけてしまう。



「なんじゃ、アキラよまだ食べておったのかや?」


 狐鈴はシルとの話が終わった様でボク達に合流する。


「うん、そうだよ、狐鈴もいっぱい食べないと大きくならないよ」


「ほぅ、アキラ……ソナタはワチのどこを大きくしろと言うのじゃ?」


 狐鈴はボクの視線が、少女な胸に行っている事に気がつきジト目を送ってくる。


「アキラは分かっておらんのぉ、ワチにはちゃんと素質があるのじゃよ」


 胸を張る狐鈴に、カシュアが「へぇ〜」と目を細める。


「ほむ、良いじゃろう。

 本当のワチの姿を見せてやろう。

 今宵はアキラの出番までに、会場に緊張感を与えなければならんからのう。

 ただ、ワチだけ容姿が違うのも面白くないの……。

 アキラもルーフェニア達から……そうじゃの……可愛くしてもらうのが良かろう」


 狐鈴はイタズラ小僧のような笑いを残し、ルーフェニアさん達のカマドの方に駆けて行き何かを話していた。


 話が盛り上がっているのか、笑い声も聞こえる。2人は親指を立て、狐鈴はカマドから離れて行く。


 会場に緊張感……?

 

「和穂、狐鈴が言っていた事ってどういう意味?」


 ちょうど新しいクレープを口に咥えたタイミングで声をかけたので、口にクレープを咥えたまま動きを止め、目をパチパチ、キョトンとしている。


「あ、かわいい……」


 どうやら、食べる事に夢中になっていて狐鈴との話しを聞いていなかったようだ。


「ごめん、ごめん、気にしないで。食べていいよ」


 和穂はボクの言葉を聞いて、再び口をもぐもぐ動かす。


 ふと、和穂のほっぺたにソースがついていることに気がつく。

 拭いてあげようと思ったけど、布巾はさっきの鍋の持ち手に巻いて渡してしまった。


「ねぇ、カシュア布巾とかないかな?」

「え……それをアタシに言う? アタシの布団でも渡せば良いかしら?」

「だ、だよねぇ」

「あなた達仲が良いんだから舐めてやればいいんじゃない?」


 カシュアは悪戯に笑う。

 ふむ……カシュアはわざとイジワルを言ったつもりらしい。

 けど、別にボクにはできるんだよね……。


「和穂、ソースがついてるよ」

「えっ……」


 ボクの発言に、カシュアは驚きの声を上げて顔を赤くし、ボク達を見上げる。

 ボクはそんなカシュアをよそに、和穂へと顔を寄せる。


「ほら」


 ボクは右手の人差し指でほっぺたのソースを拭い、ペロリッと指を舐める。

 

「んうぅ〜〜っキィイィ〜……っ!!」


 顔を真っ赤にしたカシュアが両手で頭を抱え、ブンブン振る。


「カシュアどうしたの?」

「べ、つ、にっ!」


 してやったり顔のボクと、悔しそうな顔のカシュア。



「……舐めてくれないの?」


「「え……??」」


 残念そうに上目遣いをする和穂に、ボクとカシュアは絶句する。



 それから1時間程して、和穂は団子ぜんざいをキルトさんから受け取り、締めとして食べ、ルーフェニアさんと合流する。



 すっかり、ユリファさんに捕まった……。

 料理の感想を聞いていて、あっという間に時間が経ってしまっていたのだ。


 その間、狐鈴の姿はすっかり見えなかった。

 人数が多いにしても、知った顔ばかりだし、先が見えなくなるほど広い会場でもないのだが……。



 ボク達は準備もあるので、控室として使用している荷車に戻る事にした。


 今夜は着付けもあったりするので、ボク達の荷車だけだと手狭になってしまう事もあり、隣にナティルさん達の乗って来た荷車も横付けされている。


 ボク達の荷車の戸に手をかけると、隙間から内側の灯りが漏れている。


「狐鈴!?」


 荷車には肩より少し長い金髪、巫女服姿の女性がいた。

 透き通る様な色白の肌……和穂と同じくらいの見た目年齢で、ため息の出る様なキレイな女性が狩衣を纏って目を閉じて座って居た。


 狐鈴かと思ったのだが、幼さの残る美少女ではない。


「……だれ?」


 カシュアが最初に口を開く。

 ボクも、つい言葉に詰まり、コクコクと頷く事しかできなかった。


「……狐鈴……」

 和穂がボクに教えてくれる。

 ……とは言っても、疲れてしまうためか、念話を使ってボクだけへの説明なのだが……。


 どうやら、話をいっぱいする事で疲れてしまう和穂のように、人との会話を絶って神通力を高めると、狐鈴に限っては容姿が成長するらしい。


 それは、ウメちゃんの場合だと、魔力が溜まりすぎると排出され、結晶化されたものが魔石になり、ゴーレム化する様なもので、狐鈴に関しては、日頃から話をしている事で、溜まる神力を放出しているようだ。


「と、いうことらしい」

 和穂からの説明を、カシュアへと伝える。


「人の緊張を誘うには、非日常的なモノを目の当たりにする事が1番じゃろ」


 目の前の狐鈴がスーッと目を開く。

 そして、ゆっくり立ち上がると、ボク達の目の前まで来て、ボクのアゴを右手で撫でるように滑らせながら触れ、怪しく微笑み、口を開く。


「どうじゃ、今のワチならソナタ達の言う魅力的な容姿であろう?」


 ボクの手をとると、狐鈴はそのまま自分の胸へと誘導する。


 うゎっと、突然の事で頭が追いつかない。 

 む……悔しいけど、ボクより大きいと思う。


 次の瞬間、ペチンッと音がし、ボクの手を取っていた狐鈴がよろける。


「なんじゃ、折角アキラにワチの姿を認めてもらおうと思ったのに」


 狐鈴が額に手を当てさする。


 どうやら、和穂が狐鈴の額を叩いたようだ。


 和穂は顔には出していないけれど、両手を腰に当て、何やら圧をかけている様に感じる。


「つまらんのう……」

 狐鈴はそのまま、荷車の奥に行き座る。


 和穂がボクの着付けを手伝ってくれる。

 隣の荷車でルーフェニアさんは化粧の準備をしている。


 

 和穂がボクの周りを小動物の様に、クルクル周り、くいくいとしてはウンウンと頷く。

 千早と呼ばれていた羽織りは、化粧をした後に纏った方が良さそうなので、後回しにされる。


 和穂の着付けが終わると、ルーフェニアさんはカシュアに呼ばれ、こちらの荷車に来る。


 ひと言目にボクは着物姿を褒められる。

 普段から褒められることがないので、少しこそばゆい感じがする。

 ボクは着物が褒められていると思うことにした。

 

 カシュアはボクの正面にまわり、化粧に邪魔になる髪の毛をクシで梳かした後、クリップのようなもので避けられる。


 ボクは普段から化粧はしないので、次から次へと手際良く作業してくれているルーフェニアさんを、正直凄いなと感心している。


『んー、何というか、どうなんだろう……』


 ルーフェニアさんが首を傾ける。


『えと……そう言われると、すごく不安なんだけれど……』


 ボクの言葉にルーフェニアさんとカシュアが少し困った表情で言ってくる。


『狐鈴さんに可愛くって言われたんだけど、何と言うか……何か違うんですよねー』


『可愛いではないね、凄くキレイではあるんだけど……』


 ルーフェニアさんの言葉に、カシュアが付け加える。


 ルーフェニアさんがコチラに少し大きめの鏡を向けてくれる。そこには、ボクじゃないボクがいた……。


 可愛いの定義って何だろう……幼さの残る顔だろうか、【キュルルン】って効果音がつく様な顔だろうか……


 ボクはどちらかと言うと、クリクリのパッチリした目というより、切れ長な目だから、可愛いにつながらないのかもしれない……


 可愛いっていったら、お姫様かな?


 お姫様っていったら縦ロールの髪??


 いや、和服に縦ロール……ないない。


 でも、案外髪型って良いヒントになるんじゃないかな?


 昔の日本のお姫様ってどんな感じだったかな……

 パッツン前髪に、姫カット……か。


『髪切るかな……』


 ボクのボソリとした呟きに、皆驚く。

 



 さすがに、着物のまま自分で切るわけにいかないので、指示を出してルーフェニアさんに切ってもらう。


 そして、室内では無理なので、だからと言ってお披露目前に誰かに見られるのも何だかな……ってことで体を四つ這いにして、荷車から乗り出して、カットされる。結構お腹にくる姿勢だ……ぜったい明日は筋肉痛だ。


 前髪は眉が隠れる程度にパッツンと切り揃えられる。

 サイドは頬にかかる髪の毛を、口角とアゴの中間辺りでバッサリと。


 改めてクシを通した後に鏡を見ると、百人一首や、日本の歴史に出てきた、お姫様っぽい髪型が出来上がる(前髪左半分が白いけどね)。


「和穂何やってんの?」

 ボクの声にビクッと尻尾を逆立てて和穂がゆっくりと反応する。


 切った髪をその辺にポイッとするわけにもいかなかったので、和穂の用意した和紙に、いったん切り落としていたんだけど、和穂は切り落とした、ボクのサイドの部分の髪の毛を丁寧に紙紐で束ねて別の和紙に包んでいた。


「……宝物……」

 そう言うと、収納空間から小さな木の箱を取り出し、そそくさと仕舞う。


 流石に、その想像外の行動にはびっくりした。

 別にかまわないけれど、呪いとかには使わないでよ……とボクは心の中でつぶやいた。

 和穂は仕舞った木の箱より、少し大きめな漆塗りの箱を収納空間から取り出す。


 蓋を開けると中には、シャラシャラしたものが付いた髪飾りが入っていた。


「和穂が着けるの?」


 和穂は首を横に振り、取り出した装飾品をボクの頭に飾る。


『流石に、これはボクじゃないよね……』


 周りに同意を求めようと思ったら、目をキラキラさせている。

 ルーフェニアさんも持参の花の飾りをボクの頭にポコポコ飾る。


 まぁ……楽しそうだから……良いか……。

 折角なので、ヤラタさんの作ってくれた髪飾りも飾る事にした。

 あとは千早を纏えばボクの準備は終わる。


「和穂はそのままでやるの?」


 顎に指を当てて小首を傾げる。


 何か思いついたのか、ぽんっと手を叩き、以前見た事ある小さな手足の動きをし、クルリと回る。化け狐の舞いだ。


 和穂は綺麗な黒髪をまっすぐ腰の辺りまでストンと降ろしていた。


「へぇ〜……あなた長い髪も似合うのねー」


 カシュアは目をキラキラさせ和穂の周りをクルクル飛んでいる。



「そういえば、皆んなに緊張感を与えるって、どういう意味なの?」


 ボクが狐鈴に尋ねると壁を背に寄っかかっていた身体を起して言う。


「アキラの歌を幻想的な世界で披露できるように、弱い幻術をかけるのじゃよ。

 緊張状態の者はひとつの事に集中するから、比較的かかりやすくなるのじゃ」


 なるほど……。

 だから、ボクの歌の前に2人の舞が入ったのか……。


 和穂は長い髪の毛を後ろに結き、和紙で束ねる。

 2人は白粉を叩いて紅をひく。

 すると、もともと色白な2人はさらに際立たされた。


「2人とも、すごくキレイだよ」


「フフッ」


 狐鈴は微笑む。


「キレイなのは3人とも、よ」


 カシュアが訂正して、ルーフェニアさんが頷く。


 狐鈴と和穂の2人は前天冠を頭に乗せて、狐鈴は和穂に声をかける。


「さて、参ろうか……」


 2人にスイッチが入る。


 ルビーの様な赤い目を光らせた狐鈴と金色に目を光らせる和穂が、照明石の光が消えたステージへとゆっくり上がっていく。


 いよいよ、2人の舞が始まる。



 シャララン……シャシャーン

 シャーン、シャシャーン……


 

 いつもと違う容姿の2人が現れた事で、確かに緊張感は出たのだろう、一瞬ざわつきが起きたものの、静かに2人の舞いは見届けられる……。


 しかし、そんな小細工をしなくても、嫌でも緊迫した空気に支配されたのではないだろうか。


 しなやかに、そして力強く伸びる指先、激しく、しかし雑音では無い音を立てて擦れる衣、そして音を刻む神楽鈴、真剣な彼女達の横顔と鋭い燃えるような視線……。


 ボクは気がついたら、握っていた手にギュッと力を入れて、汗でビショビショになっていた。


 キレイなんてものではない、凄い……

 ボクには2人の舞が華麗で、優雅で、激しくて、怖い……そう思えた。


 こんな感情は初めてだ……何で怖いと思ったのか分からないけれど、鳥肌が立っていた。


 2人の舞に吸い込まれてしまう様な感覚というか……激しい滝壺へと落ちていく様な恐怖というか……。


 2人はステージの下から押し寄せる様な拍手喝采が送られている。


 2人を迎え入れて、労ってあげたい……だけど……。


 ボクはそう思っていたのに、自分自身の肩を抱き、その場にしゃがみ込んでしまった。


 怖くて怖くて、身体が震える。

 

 カシュアも、ルーフェニアさんもステージに目がいっていてボクに気がついていない。





「……大丈夫、ゆっくり呼吸して……」


 ステージから駆け降りてきた和穂が、ボクに覆い被さる様にした状態で声を掛けてくる。


「ゴメン、ボク……」


 和穂はボクの声に対し、顔を上げて、少し困った様な表情をして無言で首を横に振る。


「アキラは本当に不思議だのう、普通そこまで場の空気に当てられる者はいないのだがな……和穂がアキラの歌に当てられていたのと一緒じゃな」


 和穂の後から来たであろう狐鈴の声が聞こえる。


 トクンッ、トクンッ……


 ボクの耳に舞を終えたばかりの、少し早い和穂の心臓の鼓動が聞こえる。

 ボクは鼓動に合わせてゆっくり呼吸をする。


 ボクが顔を上げられる様になった頃には、カシュアやルーフェニアさんもボクの異常に気がついた様で、ボクを心配そうに見下ろしていた。


「……大丈夫? 」


 和穂が正面からボクを見つめ、改めてボクに確認してくる。


「何だろう、2人の舞いに引き込まれて、怖くなってしまったんだ」


 あんなに怖かったのに、和穂がギュッとしてくれているから少しずつ落ち着いてきた。


「それは、ワチ等舞う側の真剣さと、観る側の感受性の同調によるものが原因じゃろうな」


 和穂は正面から抱きついてくれていたので、ボクは和穂の肩越しに、ステージの階段より降りてきた狐鈴を見上げている様な状態になっていた。


 狐鈴は特に慌てている様子もなく、感情を感じない人形のような表情で、ボクの顔の目の前に顔を寄せ、心の中をも見透かす様な視線を送ってきていた。


 そして、「ふふっ」と小さく微笑み、右手でキツネの形を作り、ボクの眉間にコツンとあて、ひと言呟く。


「ありがとうな、そこまで真剣にワチ等の舞を受け止めてくれて……」

 

 さっきまでの恐怖から、だいぶ落ち着いた。

 

 あぁ……そうか、ボクは理解した。


 狐鈴の言う様な事に加えて、いつもと違う狐鈴の様子を見て、変わってしまった事への不安を恐怖に感じでいたのかもしれない。


「キレイな役はひとりで良いね……。キレイどころが2人揃うと、不安になっちゃうから、狐鈴は可愛いくらいでちょうど良いと思うんだよ」


 ボクが言うと、狐鈴は先程からの微笑した表情からため息をひとつつき、柔らかな表情を見せる。


「なんじゃ、それは……ワチはキレイじゃない方が良いみたいな言い方ではないか」


 この狐鈴の笑顔のおかげで恐怖が消えた。


「ふぅ……だいぶ落ち着いた……。ありがとうね和穂。みんな、心配かけてゴメン」



 ちょうどウメちゃんが蜂蜜茶を届けにこちらに来る。照明を調整したあとお茶を取りに行ってくれていたようだ。


「わぁ、みなさん集まってどうしたんですかぁ〜」


「ウメちゃん、それいっぱい貰っても良いかな?」


 ウメちゃんが、ポットからコップに蜂蜜茶を淹れてくれている間、ルーフェニアさんが化粧と、髪を直してくれる。


「ふぅ……ようやく落ち着いたよ。

 神通力の事は奥が深そうだから、また追々聞かせてもらうね。

 ウメちゃんからも、精霊使いのことも聞きたいしね。

 まずは、ボクに与えられた仕事をやり遂げないと……」


 ボクがその場を立ち上がると和穂が千早の袖をくいくいっと引く。


「幻術もあるから、ワチ等もステージに上がらせてもらうよ」


 狐鈴はウメちゃんに照明石のタイミングを説明している。


 和穂はステージの影の部分で、いくつかの印を組み足を鳴らす。

 すると、舞台中央あたりから霧が薄らと発生する。結界内も薄らと徐々に霧が広がっていく……。


 目の効かないボクのために、和穂は式神のスゥを召喚してくれる。


「スゥ、久しぶりだね」

 ボクは手の平に乗せられた、スゥに挨拶する。


 キョトンとしたスゥは目をパチパチさせて、まじまじとボクを見つめる。


「おやおやおや、コレはコレは、アキラ様ではありませんか、すっかりお姿が変わってしまって、ボクはつい見惚れてしまったであります」


「スゥか、久しいの」

 ウメちゃんに照明の説明を指示し終えた狐鈴がボクの手の平のスゥに気がつく。


「こ、狐鈴様!?」


 突然呼び出されたあげく、知っている者の容姿が違っていれば、誰でも戸惑うだろう。


「実は今、鎮魂の儀式の最中なんだ。

 これから、ボクはそこの舞台に上がらないとならないんだけど……コレから明かりを落として暗くするみたいで……。

 ボクは目が効かないから、スゥに舞台の中央まで連れて行ってもらえたら嬉しいな」


 そこでスゥは初めてボクの指し示したステージを目にする。霧の中に揺らめく狐火。


「今からアキラが鎮魂歌を歌う歌姫になるのじゃよ、ソナタも楽しむと良いぞ。

 ワチは和穂と一緒に先に舞台で待つからの、後は任せたぞ」


 狐鈴が艶やかな微笑みをこちらに見せると、同時に狐火がステージの手前から1つづつ消えていく。


 そして、照明石の灯りが消える。

 ステージの上は何も見えなくなった。


 ザワザワ……


 ステージの下がざわつきはじめる。


「では、またあとでの……」


 狐鈴はそう言葉を残すと、和穂と共にステージへと消えていく。


「アキラ様を誘導する事は承知したであります。舞台の立つ場所には何か目印になるものはあるのでしょうか?」


「中央に照明石を埋め込んでいたよ」


 スゥは目を閉じ動きを止める。


「準備大丈夫であります。

 感覚認証で舞台の大きさと作りを確認できたであります。

 足の置き位置を誘導するので、ボクを踏む気で足を下ろして下さい」


 スゥはボクの手の平からストンと着地し、青白く身体を発光させる。


 スゥの動きの速さは、ウメちゃんのダンジョンで確認している。そうそうボクに踏まれる事はないだろう。


「それじゃ、いくでありますよ〜」


 スゥは一歩一歩、足を下す位置に着いては光を強弱させる。

 ボクは袴に足を取られない様に裾を持ち上げ、足の位置とスゥの光らせている位置を確認する。


 キツネ面をつければハッキリと見えていたのだろうけれど、今夜のボクは化粧だ、装飾だ、付属品が多い。スゥに頼らせて貰うのが1番安全だろう。



 最後は姿の発光を消す。


 さて、ここからボクの仕事だ。

 ノドの通りも、ウメちゃんから貰った蜂蜜茶で調子良い。


 それでは始めようか……。

 

 ボクはノドの慣らしとして、数え歌から始めた。


 数え歌が終わるとどこからか鈴の音が鳴り響く。

 ボクが1回しか聞いたことのない、初めて狐鈴と和穂を呼び出した時の鈴の音によく似ている。


 すると、風が通り抜ける様に景色が変わる。


 ここは……和穂のイメージだろうか、コロモンからの移動に立ち寄った水場にも、禊ぎをした水場にも似ている。

 どちらでもないと分かるところは、ところどころに剥き出しになったクリスタルの結晶が、光を放ち見えることかな。


 最高の舞台を用意してくれているから、それに少しでも応えないと……。

 ボクの歌声に込める想いと共鳴する様に、両手のブレスレットが薄く緑に発光する。


 ウメちゃんが魔力の共有もしてくれている。



 ありがとう、ありがとう、ありがとう……。


 サラッとした明るいものから、しっとり感謝をかみしめたもの、気がつくと、ストックとして練習だけしていたものも出していた。


『皆さんの思う、ありがとうの気持ちを、ボクが歌に含むことはできましたか……?

 でも、本当の感謝の気持ちなんて、人の口から出るものなんかじゃ、決して足りないと思うんです。

 もし、感謝の気持ちを伝えることができるのであれば、照れ臭くてもひと言だけ、伝えてあげて欲しいです。

 その気持ちを、ボクの歌があと押しする事ができていたらとても幸せに思います』


『では、少し休憩をもらって、次は願いと祈りを込めた歌にしたいと思います。それでは一旦失礼します』


 ひとつ頭をさげて、控え室へ下がる。

 この時間を使って余韻に浸ってもらってもいいし、感謝を伝える行動をしてもらっても良いと思う。


 ボクは他人だし、本当にきっかけをあげただけだから……。


「アキラ様、初めて聞かせていただきましたが、大変結構でした。得した気分であります」


 スゥがボクのすぐ横の手すりをかけて来て、階段を降りるタイミングで肩へと飛び乗る。


 和穂はボクのすぐ後ろに付いてステージを降りるが、狐鈴はその場に残り、上から言葉を発する事なく、ただ黙って様子を見守っていた。


お帰りなさいませお疲れ様でした。

久しぶりのスゥの登場です。

 和穂が神力を使い切ってしまったら狐鈴の様に少女な和穂が見れるの?

 そういった疑問をいつか……実現させてみるのも面白いかもしれませんね。

 クールな少女でも喜んでもらえますか?

 だったらやってみようかな……なんて。

それでは、今回は少し長くなってしまったので、この辺りにしたいと思います。


 また次のお話でお会いいたしましょう〜♪


いつも誤字報告ありがとうございます。

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