第85話 宴の始まり(カシュア視点)。
あたしは昨夜の宴で【ぼんどり?】って言ってたかしら……つい柄にも無くはしゃいで、はしゃぎ疲れて、自分の家に帰る事なく、シル=ローズの家で1泊した。
あたしは、湯浴みと着替えをするために、一旦家に帰った。
あたしは精霊だから、体臭や汚れなどはないのだけど……何となくスッキリさせたいと思ったのよね。
ふふ、あんなに、楽しんだのはいつぶりだったかしらね……。
昨夜の事を思い出し、つい口元が緩む。
何の変わりもない、静かでゆったりした毎日を送る事があたしは好きだった……
でも、時々シル=ローズが企画する晩餐会は好きで、企画される度に参加している。
そして、ある日あの不思議な少女【アキラ】と関わる様になって、あたしの過ごして来た毎日は思っていた以上に退屈な物だったと感じる様になった。
あの人間不信のシル=ローズが心を許している事に最初は興味を持っていたんだけど、あたしも、気がつけばアキラたちに興味を寄せていたんだ。
あの子達は何者なのだろうと……。
精霊が本気で姿を消しても、見つける事ができるチカラを持っているのに、赤子でも持っている様な魔力すら全く無く、この世界の言葉を全く知らない人間のアキラ。
そして、アキラのそばにいる太陽のように激しくキラキラしている【狐鈴】、そしていつも一緒に行動している月のように静かに煌く【和穂】、2人は見たことのない白と赤の目立つ衣に身を包んでいて、不思議なことを繰り返しやっていたので、ただの獣人ではない……どちらかというと精霊に近い存在の様にも思っていた。
さらに、見たことのない真っ白な鳥……。
それぞれが、あんなにも目立つのに、何故だか、誰からも認識されず突然現れたというのだ……。
おかしい、あたしはそう思っていたんだ。
だからか、昨夜のアキラの話で、突然異世界から放り込まれたという事については、妙にしっくりきた。
でも、その話の中で耳にした狐鈴や和穂の存在についてや、コチラの世界に突然飛ばされたという現象については全然理解できないでいた……。
あたしは以前ロディから、晴れた空から突然雨を降らす事のできるチカラを持つ、不思議な獣人と会ったと聞いた……。
あの爺さん、いよいよ頭がおかしくなったんじゃないか? なんて思っていたら……。
あたしのいないところで、今度は狐鈴がカミナリを落としたっていう話を、ヘレントから聞いた。
そんな他人の言葉じゃ、あたしは全然納得できない。
そんな事あるわけないじゃない、そんな奇跡みたいな事……。
でも、あたしの目の前で奇跡の様な事は起きた。
あたしが、湯に浸かり窓から空を見上げていると、だんだん薄暗い雨雲が空を覆い、雨が降り始めた。
雨はだんだん強くなってくる。
あたしは湯から上がり、ひとつため息をつく。
こんなに激しい大雨だと、数日間……
いや、しばらくは降り続けるわね。
皆、今夜の宴については諦めているでしょうね……。
コロモンからの客はどうするのかしら……
体を拭き、昨夜の踊りを何気なく踊る。
「ちぇっ、今夜も楽しみにしてたのにな……」
服を纏い、変わらぬ外の光景を見て肩を落とす。
あたしは降り出した雨は自然の事だし、文句を言っても仕方ないだと頭を切り替えて、何か面白いことはないかな……って、アキラ達のいる荷車へと訪ねることにしたんだ。
ちょうど、狐鈴と和穂がビショビショに濡れながら荷車の隣にあるステージに立つところだった。
あら、何をする気かしら……。
あたしはアキラの荷車の業者台、少しばかり屋根のあるところから、2人の動きを見ていた。
2人は目を閉じた状態で大きく息を吸い、スッとゆっくり目を開く。
向かい合った状態で、両手を胸元で激しく動かしはじめる。
それは、右手と左手がそれぞれ意思を持った生き物になって喧嘩している様に……
指を折り曲げたり伸ばしたり、複雑な形に両手を組んで形を作ったり、指同士を複雑な形で絡めたり……
でも、2人の動きが一緒なので、きっとそういう、いくつもある組み合わせる動きを繋げているのだろう……ひとつひとつの動作を行うたびに、周囲に袖にまとわり付いた雨が飛び散る。
2人同時にパンッと胸元で手を鳴らし、空を見上げると同時に、両腕を天に向かって広げる。
空が一瞬光ったかと思うと、凄い勢いで、光の大蛇が空から降って来て、2人を飲み込んだ様に見えた。
あたしは眩しさで目をキツく閉じた。
暫く眩しくて目を開けられずにいたんだけど……雨で冷えた周囲の空気が、温かさを取り戻した事を身体で感じる。
草木が歓喜の声をあげている。
恐る恐る眼を開くと、さっきまでと全く違う場所に来たのではないかと思うほど景色が変わっていた。
空は雲ひとつなく青く澄み渡っており、濡れた地面は、陽を浴びて眩しいくらい光を反射している。
「お疲れ様」
アキラが2人に布巾を渡す為に、ステージへと出て来た。
狐鈴は受け取った布巾で、ワシャワシャと頭を拭い、和穂はアキラに拭いてもらっている。
本当にこの子はアキラに対してだけ甘えん坊なんだな……今の光景をふと忘れて、微笑ましく思えた。
そんな時、ステージ下へと、荷車に避難していた、コロモンからの客人が詰め寄せ、狐鈴に話を投げかけていた……
巫女……
神通力……
神のチカラを借りる……
穀物の神……
狐鈴の口から出る言葉と、昨夜アキラの言っていた、狐鈴と和穂が神様の補佐を担う存在であるという言葉、そのチカラを目の当たりにして、ようやく納得できたよ。
前後してしまうけれど、アキラの言っていたそんな天候をも変える、神の操る様なチカラの暴発に巻き込まれたと言うのなら、突然この世界に飛ばされたと聞いても納得できる。
むしろよく無事でいたと言うべきか……。
あたしは、荷車でアキラと話をした。
アキラは転移に巻き込まれた時、転移のチカラとは別の術を受けて、左目の視力を失って、前髪半分の色も失ったらしい。
自分の世界への未練とかについては、まだ何とも言えないって、困ったような表情をしていた。
徐々に、料理担当の者達がカマドに集まってきて外がにぎやかになってくる。
「さて、ボク達も始めようか……」
今夜はアキラの考案した料理もあるって話だから、あたし的には中止にならなかった事に喜びを感じている。
まぁ、人によっては最愛の人が旅立つ時間を先送りする事が出来なくなって辛くもあるのだろうけれど……、アタシは狐鈴の言っていた、この地に縛り付けるべきではないという考えに共感している。
魂の解放は、その者に関わる者達の足枷からの解放でもあると思うから、笑って送り出せる、この環境を作ってくれた者達に感謝をするべきとアタシは思う。
スンスン、和穂が鼻を鳴らす。
「お腹減って来たねぇ」
アキラが和穂に声をかけながら湯の中に餡にしたモータルを入れて、ぜんざいにしている。
どうやら、アキラは街からの客人ルーフェニアと一緒に火の番をするらしい。
少し距離を置いた隣りのカマドでは、パーレンが鉄板の上で肉と野菜を炒めている。
『私もアキラちゃんの手伝いするよーっ』
キルトがアタシ達の方にかけてくる。
『シルが言ってたよ。ルーフェニアちゃんも、アキラちゃんの準備で離れるみたいだし、今日は私も手が空いているからね』
カマドを挟んで正面に立ったキルトが腕まくりをしながら言っている。
「え……アンタのポカで、折角の料理を台無しにしないでよー」
あたしの言葉に、『う……』と言葉を詰まらせるキルト。
『こ、こう見えても、アキラちゃんの料理を愛する者、無駄になんてしないよー』
腰に手を当て、胸を張りキルトは言う。
『和穂と一緒で食いしん坊なんだよね』
アキラの言葉でキルトは『うぅ』と顔を赤くする。
『カシュアちゃんもアキラちゃんも、意地悪言わないでよー』
キルトは頬を膨らまし訴える。
『助かります。よろしくお願いします』
ルーフェニアが、キルトに声をかける。
ヤックが料理を手にこちらへやってくる。
『母ちゃんが、宴が始まったら身動き取れないだろうから、持っていってやれってさ』
アキラは礼を言って、ヤックから料理を受け取り、温まったばかりの団子ぜんざいをよそり、焼きミツルと一緒にヤックへと渡す。
ルーフェニアはキルトに、見本として団子ぜんざいをよそってやり、和穂はヤックの持って来た料理をヒョイパクッと頬張る。
「はい、カシュア、小さく切ったから食べやすいと思うけど、熱いから気をつけてね」
「ありがと……」
アキラが味見用の小鉢で、出来立ての団子ぜんざいを渡してくれる。
小鉢といっても、アタシからすれば丼のような大きさなんだけれど。
もともと、アタシなんて少食だから、誰かのつまみ食いをすれば満足なんだけど、アキラの場合、【カシュアの分】なんて用意してくれるからつい、食べ過ぎてしまう。
あの食に興味を示さない、偏食家がオススメするだけあって、アタシもアキラの作るものに惹かれる。
へぇー、あのミュートルがこうなるのね、コレは好きな人が多いかもしれない。
甘すぎず、どこかしょっぱさもあって……餡とは別に角切りで用意された、溶けきれていないモータルのホクホク、ネッチョリした感じと、モチモチした団子の食感が実に面白い。
「あたしは、コレ好きだよ」
素直にそう思えた。
「ありがとう、カシュアなら好きでも嫌いでも、ハッキリ言ってくれると思っていたから喜んでもらえて良かったよ」
アキラがニッと笑う。
はじめてアキラに会った時は、誰か仲間と一緒でないと話ができない、おどおどした子だと思ってたけど、言葉が通じると分かると、この話しやすさ。
ここにいる連中のうち何人がアキラの本当の魅力に気付いているのかしらね?
「もったいない……」
思わず口から声が漏れていた。
アキラの方に向かって呟いていたから、アキラが反応する。
「ん? なぁに?」
「んー、アキラの魅力に気付かない人が多くて勿体無いって思ったのよー」
「な、なな、なんてぇ? ……」
突然の言葉に慌てた様子のアキラ。
アキラの背後から抱きついて肩の位置にアゴを乗せた和穂がコチラに、ジト目を送り「……いいの……」と言う。
「こりゃ、手厳しいわね」
和穂は好き、というアキラに対する感情がぶっ飛んでいるんだろうね。
この子もそうだし、シル=ローズも、あたしも、いや……ここにいる皆も、アキラの全部の魅力は知らなくても惹き寄せられている。
「ボクは普通の人間」なんてアキラは言うのだろうけど、自然に人を惹き寄せる事のできる人は……受け入れる事のできる人は、きっと心が豊かなんだろうな。
『なぁ……ルーフェニア。前夜祭って何のことだぁ?』
大柄で、真っ赤な髪の毛を揺らして、腕組みをした、隻眼の女性がノシノシと、コチラにやってくる。
たしか、コロモンの冒険者ギルドのマスターとか言っていたっけ?
小さくもないカマドの周りが、気付くと人が集まる様な状態になっていた。
『さっき、先に来ていた連中から、そんな話聞いてよ』
『ナ、ナティルさん……、えぇっと……ご飯を食べたり、踊ったり、お酒をいただいたり……た、楽しかった……です……よ……』
ルーフェニアは頭から汗を飛ばし、小さな声で報告をしている。
『悪いねぇ、あたしが今日を待ちきれなかったのさ。皆にわがまま言って前夜祭を組んでもらったんだ』
ステージの上で何やら作業をしていたシル=ローズが、コチラのカマドに向かって身を乗り出しながら、ルーフェニアの言葉に被せる様に言ってくる。
ナティルと呼ばれていた女性は、プッと笑った後、肩を落とし、ボソリと『前入りにしておけば良かった……』とため息をつきながら呟く。あたしにはハッキリと聞こえた。
『ルーフェニア、キッチリ仕事を果たすんだよ』
ナティルは顔を上げて、ルーフェニアに言い、ルーフェニアはホッと胸を撫で下ろしながら『もちろんです、任せてくださいっ』と返事をする。
ナティルはニッと歯を見せ笑うと、別のカマドを物色しに、離れて行った。
広場はぬかるみもなくなり、皆不自由なく、行き来している様子がみえる。
御霊達は高みの見物というか、準備の邪魔にならない様に荷車の上に腰掛けたり、広場の端で、話を楽しんでいるようだった。
「ねぇ、今夜はぼんどりしないの?」
「盆踊りな。そんな楽しい事したら、御霊達の心残りになってしまうだろうよ、今夜は昨夜とは全く別のアキラを見る事ができるからの、楽しみにしておくと良いぞ」
狐鈴はヤックの持って来た料理を食べながら、あたしに言ってくる。
「ちょっと、狐鈴、あまり皆んなの期待を高めないで……」
アキラは恥ずかしそうに言う。
「あたし楽しみにしているよ!」
アキラの歌声は昨夜の宴で聞いた。
アキラは楽しそうに歌っていたし、あたし達精霊や御霊達と違って、アキラの言葉を知らない人間や獣人達もその雰囲気で楽しく盛り上がっていた。
今夜はどんな歌を聞かせてくれるのだろうか本当に楽しみだな。
『お、どうやら料理の方もそろそろ準備ができた様だね、ステージの方は演じる者に任せるよ。料理もできたところから初めてくれっ!』
シル=ローズがステージの上から声をかけると、一斉に広場にいた者達が思い思いに動き出す。
『あ、そうそう、アキラの料理はテーブルにあるリッポの果汁を加えると、もっと美味しくなるよー』
ふと、思い出したかのように、シル=ローズは付け加えて説明する。
カマドの方に食べ物を求める者、酒を注ぎあおりながらカマドの空き具合を確認している者、昨晩からの流れで、話が弾んでいる者。
特に人を集めていたのは、アキラのカマドの様に感じる。
決して空腹1番でお腹に入れる様な、ガッツリしたものではないのに、団子ぜんざいもそうだが、作り置きにされた焼きミツルも、和穂が収納空間から出し、台に乗せるなり次々と持って行かれている。
餡をぜんざいにしている時間はアキラ達も少しゆっくりできるみたいね、コロモンからの客が感想を伝えに集まっているみたいだけど……、知っている人の料理が褒められているのって何だか嬉しいものね。
鍋の中身が半分くらいになったところで、カマドに押しかける者も落ち着いて来た様で、ルーフェニアとキルトがカマドに付く。
和穂は「配る分の焼きミツルは終わり」って言っていたので、きっと全部ではないのだろう。
「ねぇ、誰のとこに行くの? アタシも一緒するよ」
アキラはうんうんと頷き、ミルフィのカマドへと向かう。
『おねぇちゃん、遅いよー』
カマドに到着する前にミルフィの娘のリンネがこっちに気がつき、かけて来る。
『ごめん、ごめん』
アキラはリンネの頭をワシャワシャと撫で、手を引かれてテーブルへと行く。
「和穂」
アキラが和穂に声をかけると和穂は小さな鍋を取り出す。
アキラはミルフィから器を受け取ると和穂の持つ鍋から団子ぜんざいをよそい手渡す。
『ありがとー』
リンネは大事そうに器を抱えて団子ぜんざいを頬張る。
『おいしい』
リンネの言葉にアキラは微笑む。
和穂はその鍋をミルフィに預けると、代わりにミルフィの料理を受け取り、アキラに渡す。
「ありがとう」
おや、てっきり和穂が食べるのかと思ったら、アキラに渡すんだ……。いや、和穂は無言でアキラをジッと見ている。
「う……はい、和穂っ」
アキラは、和穂の視線に気が付き、匙ですくった白いスープを和穂の口元へと運ぶ。
和穂は匙を口に入れ、満足そうに目を細める。
『へぇ〜、これミルクのスープなんですね、ボクに今度教えて下さい』
オンダ見てるかい?
あんたが助けを求めることを諦めなかったから、今日というこの光景が繰り広げることが叶ったんだよ。
アタシはアキラ達のをその場に置き、この会場の見渡せる位置まで飛んでみる。
皆【送別の宴】なんて思えないくらい、料理にお酒に、そして会話を楽しんでいた。
陽はゆっくりと沈み、テーブルやカマドをカンテラが次々と光を照らし始める。
にぎやかな日、そんな日もたまには良いもんだな……静かな毎日を求めていた、過去の自分にも教えてやりたいな、なんて思った……。
お帰りなさいませお疲れ様でした。
今回は妖精カシュアの視点で物語を書いてみました。
まだまだ、宴は始まったばかりです。
楽しんでもらえたら幸いです。
それではまた次の物語りでお会いできると嬉しく思います。
いつも誤字報告ありがとうございます。




