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第82話 ボク達の居場所。


「アキラさ〜ん、すごい、すごく楽しかったですぅ〜」


 ウメちゃんが興奮しながらこちらへやってくる。


『ウメちゃーん』

 リンネちゃんがウメちゃんに抱きつく。なんとも微笑ましい光景だ。


『こら、ウメちゃんじゃなくって、ウメさんだろ』

 オルソさんが呼び方を正す。


「ウメちゃんで良いですよぉ〜」

 ウメちゃんが緩く応える。


 気がつくとボク達のテーブルはたくさんの人に囲まれていた。


「こんなに楽しい夜は初めてです〜」

 ウメちゃんはリンネちゃんを首からぶら下げたまま言う。


「喜んでもらえてボクも嬉しいよ」

 ボクも笑って応える。



 もし、ダンジョンに閉じ篭もったままだったら、ウメちゃんはきっと、今夜この場にいなかった。

 ウメちゃんのダンジョンを出るという決断が、今この時の運命を引き寄せたんだろう。

 

 ウメちゃんは、リンネちゃんと一緒に踊って、オルソさんが音頭をとっている。


 すると、それを見ていたロドグローリーさんとダンダルさんも手拍子を入れて、近くの席にいたルーフェニアさんも踊りに加わる。


 気がつくとボク達の席の周りで盆踊りが始まってしまっていた。

 シルが笑いながら、親指を立て、そのまま後方のステージをクイクイっと指差す。


 ボクはもう一度笑い、大きく頷き、ステージへと上がる。



『皆さん、踊り足りない様なので、おかわりといきましょうっ!!』



ーーーーーー


 結局、全員が踊れる様になるまで、人によっては鼻歌で歌えるくらいまで、盆踊りは続いた。

 この世界の人は、ロディだけでなく、基本珍しいものに興味津々で、受け入れが良い事が分かった。


 それにしても、ゴツくて、ムキムキで、強面の衛兵達が、リンネちゃんやウメちゃん、チャコに踊りを指導されている姿がなんともユニークな光景に見えた。




 夜も更けて、踊り疲れて、その場で休憩を取る人、酔ってつぶれる人もチラホラと目に入る様になって来た。


 衛兵達も今夜は『仕事中』なんて堅いことはなく(シルが今夜は前夜祭だ、警備は不要だと言ったらしい)、話足りない、飲み足りない人を残して、荷車に引っ込んだり、その場に横になっている人もいた。


 ボクは、照明石の光が消されたステージに腰を掛け、体を柵に預けて夜風に当たる。祭りの後の静けさというか……この静寂さも、中々気持ちの良いものだ。

 ボクを挟む様に狐鈴と和穂が身を寄せる。


「アキラさん、その……明日俺はこの世を去る、その前に聞いておきたいんだ、あなた達の事を……」


 ダンダルさんと、オンダさんが舞台の下からボク達に見上げる様に声をかけてくる。


「ん? ボク達の何を聞きたいの?」

 2人の改まって訪ねて来た様子にボクは驚く。


「ワシらに会う前の話を聞かせてはもらえんかな、あれこれしてもらっておきながら、ワシらはあんたらの事を知らな過ぎる……恩人の事をしっかり知ってからこの世を後にしたいと思ったんだよ」

 オンダさんは笑いながらも、少し困った様な表情でボクに聞いてくる。


 ボクはどう話して良いのか正直わからなかったけれど、でも親身に寄り添ってくれている人には、ボクという人間を知ってもらえたら……と思う。

 気にかけてくれているからこそ、最後に聞きたいと思ってくれたのだろう。



 ボクは幽体が見える特異体質だが、それ以外は、特別な事がなにもない、普通の生活をしていて、商店の雇われ店員だった事なんかを話す。


 ボク達の世界は動物は存在するが、妖怪……こちらの世界でいう精霊や、神様は霊体のように普通の人には見えなく、殆ど干渉していない事。

 だけれど、ボクには御霊や精霊の様にはっきり見えている事。


 そんな妖怪のクラマと、そして神様の補佐を担う存在である、狐鈴と和穂の戦いに巻き込まれて、こちらの世界に飛ばされて来た事。


 それが、14日前の出来事。


 人と話す言葉が分からないのに、心に話しかける事のできる精霊達や、なぜか御霊になった者ならばボクの言葉で話が出来る事。

 生前ボクの世界で生きていたという記憶が少しだけあるシルにもボクの言葉が通用する事。

 持ち物も殆どない、赤子同然の状態で、この知らない世界の真ん中に放り込まれた事。


 運良く、その日のうちにロディと出会って、シルに拾ってもらえた事。


 魔法の存在しない世界の出身だから、魔力もないし、使えもしなかった。

 最近になって他人から魔力を分けてもらって、保存のできるブレスレットをするようになって、ようやく生活の困らない程度ならば使える様になった事。


 そんなこれまでの運びを伝える。



 何となくだけど、5年たって自分の世界に戻れなかったら戻る事を諦める……とか、その辺りの話は伏せていた。

 少しでも心配の要因になる様なワードは避けたいと思ったんだ。



「アキラ、あんた異世界から来ていたなんて、思っていた以上にとんでもない境遇だったのね」


 ボクの目の前の柵に、妖精のカシュアがフワリッと着地する。


「だから、1人でいる時に、話しかけるなオーラを纏っていたのね、納得したわ」


 カシュアは胸の前で腕を組みウンウンと頷く。


「いや、あの時は1人だと話しかけられても殆ど理解できていなかったし、逆に話す事もできなかったしね、あの時声掛けてくれたのがカシュアだったから、気持ちがホッとしたんだ……あれ? カシュア、ボクの話聞いていたの?」


 ボクは目の前のオンダさんとダンダルさんに話かける程度の声量で話をしていたはずなのだけど……。


「あら? 良く聞こえていたわよ。

 恐らくこの場にいる者は、近くで話しかけられるくらいの声で聞こえていたのではないかしら? 内容を理解しているのは、今アキラが言っていた通り、精霊と幽霊くらいかしらね、あとは精霊に訳してもらっていた人かな」


 ステージの下を見ると皆の視線がこちらに向いていた。


「え、え、え、ええ!?」


「ほむ、ステージの上で話しかけていたから、声量も拡張されていたようじゃの」


 狐鈴が慌てるボクの顔を覗き込む様に話しかけてきた。


「ボボ、ボク変な事話していないよね!?」


 やっちまった感に囚われながら周りにたずねる。


「普段から、あまり関わることのできていない、アキラが自分の事話してくれたから、きっとこの場にいる皆、今まで以上に、あんたの力になりたいって思っているはずだよ。


 ひとりじゃなかったから、くじけずに生きて来れたって、あんたの性格だとそう言うのかもしれないけれど、少なくとも私が同じ状況だったら、生きて行けないと思う……。


 あんたは自分の事すら精一杯のはずなのに、私達はそんなあんた達に助けを求めて……でもあんた達は私達の手を取り、助けてくれたんだ」


 カシュアは皆の代表としての言葉をボク達にぶつけてくる。


 実際、ボク達は目が回るくらい、次から次とするべき事があって、こっちの世界にきてから2週間、正直自分達の事を考える間もない状態だったというのが正しい。


 でも、ボクは考え過ぎてしまう傾向があるので、考える時間もないくらいが丁度良いのかもしれない。



 ボク達はコソコソ過ごしていくには向いていないから……。ひとりひとりに、説明する手間が省けたと思えば、今回ちょっとしたハプニングではあったけれど、皆に知ってもらうには良い機会だったのかもしれないな。

 

「何かあった時、助けてくれると嬉しいな」

 ボクは強がりを言えるほど強くないし、何かできるわけでもない。


 シルに本気で怒られて、心配されて……

 そして、この世界でほんの少し生活しただけでも、無謀な事は死に直結するし、助けを求める事は恥ずかしい事じゃないって、知ったから……。


 カシュアは胸元で組んでいた両手を解き、腰に手をあて、ボクの顔を下から見上げる様にして、ニッと笑い言う。


「もちろんよ、アキラ! 私達は家族のようなもんなんだよ、遠慮なんてしている様なら、あんたの鼻の穴に、あんたの大好きなミツルを突っ込んでやるんだから」


 相変わらず口が悪いな。でもそんなカシュアの性格にボクは助けられている。


「もちろんみんなもそうでしょ?」

 カシュアは広場の方にクルリと向きを変え皆に問いかける。


 精霊や精霊にボクの言葉を訳してもらっていた獣人やロドグローリーさんを含む数人の衛兵達も『「もちろん」』と頷き賛同してくれ、御霊達は拍手を送ってくれた。



『ああ、えっと……、盛り上がっているところ、悪いけどさ……』


 いつの間にかステージに上がってきたシルは、ボクの背後から広場に向かって声をかけながら、ボクの肩に手を置き、話し始める。


『今、アキラのポカのせいで、皆はちょっとやっかいな連中に狙われる可能性だってある、大きな秘密を知ってしまったんだよねぇ。

 違う世界、ましてや異世界の情報は、世界中、些細な事であっても周りを出し抜く事の出来るものだから、どんな手段を用いても入手したいモノなんだ。

 皆の安全、自分自身の為にも他言しないで欲しい』


 シルは静かな口調で淡々と話す。

 皆、カシュアですら言葉を発さず、緊張感に支配された空気になる。


『一応、アキラ達はあたしの保護下に置いたし、あたしや、この2人を敵に回す様な者が現れるとは無いとは思うが……』


 シルは、ボクの肩から狐鈴と和穂の頭に手を移し、言葉を続ける。


『1番簡単なのは知らないでいる事だったんだけど、この状況じゃ無理だろう。

 だから、皆の家族だと言う言葉をあたしは信じている。

 皆の大事な家族として、改めて迎え入れてやって欲しい』


 広場の皆静かに頷く、そして『当ったり前だろう、何を心配しているんだぃ』と言う明るい声に、緊張が解ける。レードルをこちらに向けて声を発したのはパーレンさんだった。


『あんたが、顔面を蒼白にして、慌ててコロモンに向かった時から、尋常じゃない事は分かっていたさ。


 あんたが、アキラを大好きでも、皆に圧を掛ける様な事はやめな。

 皆の事を信用できていないのかい? その事の方があたしは残念だよ。

 そりゃ、最初は何も知らない娘だから、皆戸惑っていたけど、今じゃこの地にとって欠かせない存在だろ』


 パーレンさんは、叫んでいるわけでも無いけれど、ハッキリした口調でシルへと声をかけていた。


 ボクには2人がそれぞれどんな話をしていたのかよく分からなかった。

 言葉の断片の中で『アキラ』と言う言葉が出ていたからボクの事? ひょっとして何かしでかしてしまった?


 ボクは、狐鈴にどんな状況なのか確認しようと思い、狐鈴の袖をクイッと引いた時、シルはステージから皆に向かって大きく頭を下げて『皆んな、まったくパーレンの言っている通りだ、すまない』と謝罪した。


「アキラは皆んなに好かれているのう」

 ボクはシルの謝罪と狐鈴のニパッと笑いながら発した言葉の意味が分からないでいた。


「私もシル=ローズが、こんなに誰かの事で取り乱しているところ初めてみた……」

 呆然と事の動きを見ていたカシュアが静かに言う。


「だ、大丈夫よ、パーレンも言っていたじゃないっ、私達もみーんな、あんたと同じ気持ちよ。

 アキラもあんたも、この地じゃ欠かせない存在なんだから、頭なんて下げずに、ムダに大きなその胸を張っていれば良いのよっ」

 

 ビシッとシルに指を突きつけカシュアは言う。


「まったくだな」


 シルは顔をあげて苦笑いをする。そして、そのままボクの背後に腰を下ろし、脚を伸ばして空を見上げた。


「すまんの、ワチらの事でソナタが重荷を背負うことになってしまいそうになった」


 狐鈴はシルの横にしゃがみ込み言う。


「いや、パーレンの言う通りだよ。

危うくアタシ、皆に対して、力で押さえ込む様な形になるところだった。

 でも、アタシと皆、同じ気持ちでアキラを見れていたのが分かって嬉しかったんだ」


 シルと狐鈴は2人で同じ様な顔をして笑い合っていた。


 少し離れた席にいたロドグローリーさんは、今この広場にいるコロモンからの人々を集めて何か話し、皆大きく頷きを見せる。

 その中には、ジャグラさんとエラッタさんの姿もあった。


『なあ、今日で14日目って、初めて俺らに会ったのはこっちに来てどのくらいになるんだ?』


 広場の方からハクフウさんが、器を片手にコチラにやってくる。


『んー……数え間違いをしてなければ8日目かな』

 ボクは指折り数えて確かコロモンを出たのが7日目で野営して朝に会ったから……と伝える。


「どれ、ワチが話してやろう」

 狐鈴が立ち上がり、階段を降りていく。


「シル、こっちおいでよ」

 ボクは狐鈴の座っていた場所をポンポンと叩き声をかける。


「何だい寂しいのかい?」

「そそ、寂しいんだ。最近離れていたし、構ってくれないからね」

「ふふ、そっかぁ、それじゃ、お邪魔するかね」


 シルはゆっくり立ち上がり、ボクの隣に座る。


「シルゴメンね、ボクのポカのせいで……でも、ありがとう。

 シルと皆に守られているって分かったから凄く心強い。

 うん、今度は大丈夫、不束者ですが、皆の家族として招き入れてくれてありがとう。改めてよろしくお願いします」


 ボクの言葉に、言葉で返事をする人はいなかった。ただ、微笑んで頷いている姿が見えた。



 涼しい風が頬を撫でる。


 ボクは誰のためと言うわけでもなく、独り言を呟く様に、昔母さんが歌ってくれた、子守唄を歌う。

 

 夜風と共に、ボクの歌声が流れる。どこか懐かしく、ゆったりとした歌。


 和穂はボクに体を預け、シルは柵にもたれながら、果実酒を口にする。



お帰りなさいませお疲れ様でした。


久しぶりに、口の悪い妖精ことカシュアを出しました。

この子、口は悪いけれど、良い奴なんです。




今回は賑やかな盆踊りから、夜更けの静かな雰囲気とアキラの歌の可能性を広げてみました。


だんだんと、送別の宴が近づいてきました。


本日はこのあたりで。

また、次のお話でお会いしましょう。

いつも、誤字の報告ありがとうございます。

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