第77話 ボクと来客とみたらし団子。
『おはようございます』
ボクはシルのツリーハウスの麓にいる夫婦に声をかける。
2人はボク達の姿を確認すると、会釈をする。
この夫婦はきっと、ボクがコロモンに行っている間もたずねて来ていたかもしれない。
羊人族の若い夫婦……レトさんとロロさん。
ダンダルさんと共にいる、あの羊の獣人の子供達の親だ。
2人に会わせてあげるなんて言っておきながら、ボクはこの地を離れていたのだから、申し訳ない。
『私は、ウメちゃんと言います〜。大事なお話の中継ぎとして、入らせていただきますねぇ。
まず、アキラさんが、お伝えもせずに、出かけてしまってすみませんと……』
今回の通訳はウメちゃんが行ってくれている。
別に無理に起こした訳ではないのだけど、ボクがチャコと話をしている時に目を覚ましたようで、和穂と一緒に荷車から降りて来た。
和穂はいつも通り、ボクと一緒に行動している。
挨拶と謝罪は短く切り上げ、事前にボクの能力と制限時間のある事を伝え、さっそく、歩いてダンダルさんと子供達の眠っているお墓へと向かう。
チャコにはクラマや狐鈴が戻って来ても、心配しないように、伝言をお願いした。
ボクは眼鏡を外した状態だったので、お墓に向かう
途中で、2人の子供達がこちらに気が付き、駆け寄って来ていることも知っていた。
でも、折角ならば体の眠っているところで会いたいだろうって、そこまで誘導したんだ。
『それでは始めますね』
墓地の前に丸太を置き、レトさんロロさんに座ってもらう。ボクは2人の背後へと周り肩に触れる。
するとその時、ウメちゃんが「ちょっと待ってください」とボクを止める。
突然声をかけて来たので、何事かと、ボクもレトさん達も、ウメちゃんに注目する。
「アキラさんに、試してもらいたい物があるんですよぉ〜」
小さな緑色の魔石が5個均等に埋め込まれている、銀色の細いリングを2本、ポケットから取り出して、こちらに渡してくる。
「右手首と左手首1本づつ着けてください」
そう言いながらウメちゃんは左腕に赤い魔石のついている、少しゴツいバングル(ウメちゃんの外見からだと余計ゴツく感じる)をはめる。
「これは私の魔力をアキラさんに譲渡するための魔道具なんですよぉ、魔力切れの制限時間が恐らく解消されるので、ゆっくりと時間を過ごしてもらえるハズです」
ウメちゃんは頷き、こちらに言う。
なるほど、電池で動いていたボクが、コンセントを通して、電力の供給を受けられるようになった感じだな。
『では、始めますね』
改めて、ボクの能力を通して、久しぶりの親子の対面を叶える事ができた。
お互い涙ながら語らい、そしてダンダルさんへと感謝する。
ボクはそんな様子をレトさんとロロさんの肩に触れて見守っていた。
途中からお腹のサイレンを鳴らした和穂が簡易結界を展開して、同じ様に話のできる環境を作り出し、ボクにお昼ご飯を作るよう催促してきた。
なぜ、最初からそうしていないのか……
もともと、和穂はオンダさんの時もそうだけど、あまり他人の事に、積極的な干渉はしない。
狐鈴とボクが干渉する形で、和穂を巻き込んだようなものだった。
今回もボクの思いつきであって、ボクが直接干渉する事で、経験を積ませようと考えていたのか、手を貸してくれたのは、ただお腹が空いたからという気まぐれからきているような……。
ボクは持ち運び用の魔石コンロで、ミュートル(ビー玉状の穀物)を今回はパスタの様に茹でても上手くできるのか試してみた。
芯は残らず、しっかりと火が通る。
塩気を茹でる時に足すので、出来上がりは個人的にはこっちの方が好きかな。
それにぬめりも茹で上がる時には取れ、より白玉の様になった。
表面を焦がしたら、きっと団子の様な香ばしさもつける事ができるだろう。
ボクもすっかり、こちらの調味料の色を気にしない様になってきた。
むしろ茶色や黒ばかりの自分のいた世界の調味料よりも、色別で判断できるので、わかりやすいといえばわかりやすい。
【みりん】のようなコクの出る調味料も手に入れる事ができたのは、今回コロモンに行って、得ることのできた良い収穫だ。
水色っぽいタレを、器によそった白い団子にかける。色さえ気にしなければ、ちゃんとした、みたらし団子だ。
和穂もウメちゃんも、すぐにおかわりができるように、鍋の横を挟む様に陣取り、団子を匙で掬い、美味しそうに食べる。
『少し食べられる様でしたら召し上がってください』
ボクは子供達と話を繰り広げているレトさんを、微笑み見つめているロロさんに、レトさんの分も渡す。
「やぁ、アキラさんは、本当に人が良いんだな」
ダンダルさんは墓地の横の木陰に腰を下ろし、団子を食べているボクの元に寄って来て話す。
「そんな事は無いと思いますよ、ボクにできる事、ボクの自己満足かもしれないのですが、それで救える人がいるなら、手を貸したい。ただそれだけですから……
本当に失礼な質問かもしれませんが、ダンダルさんは、数日後……この世から離れる前に伝えたい人とか思い残す事とかは無いですか?」
ダンダルさんはポカンとした表情を見せたのち、ため息をひとつつき、控えめに微笑む。
「本当にお人好しなんだな、俺のことも心配してくれるのか、ありがとう。
でも俺は冒険者になる時に、故郷を捨てた身なんだ。
あの坊主達が心配……まぁ心残りっちゅうことだったのかな……、一緒にいるうちにあちらの世界に行くタイミングが分からなくなっちまっただけなんだよ」
「ボクには、貴方ほどお人好しな人こそ、どこ探してもいないと思いますけどねぇ……」
ボクの言葉に、くしゃりと表情をくずし、ダンダルさんは「ははっ」と笑い、ペチンッと自分の額を叩く。
そして、ボクの隣にどかりとあぐらをかいて、羊人族の家族を見つめ柔らかな声でボクに言う。
「ありがとうな、あの子達の傍にいてやっても、本当の親の温もりには敵わない。
俺にとっても埋めることのできない溝を、アキラさんは埋めてくれたんだ。
俺にとっての心残りは、これで何もなくなった。
アキラさん達の行く末を楽しみに、見守ってやりたいところだが、きっと何があっても良い方に向かうだろう。
折角宴を開いて送り出してくれるんだ、今度は乗り遅れない様にしないとな。
この地の人らとは、もう会う事もない、別れになるだろうが、冒険者なんてそんなもんだ、いちいち別れに悲しんでいたら、この世界で生きていけないからな」
ボクの視界がゆっくりとぼやけ、目から一筋の涙が落ちている事に気がついた。
あれ?
なんで?
どうして?
これまで何気なく、たくさんの霊を送ってきたのに、今さらどうしてこんなに切ないのだろう……。
ああ、そうか……
ボク達にとって、これまでの数日間は内容の濃い毎日だった。
そんな中、ダンダルさんは共に時間を過ごした人だから、随分前から付き合いのある人の様にも感じていたんだ……。
しかも、初めて会ったにも関わらず、人攫いの件でも、今回のスタンピードの件でも、ボク達の為に親身になって動いてくれていた……。
そんな、ダンダルさんと別れないとならないから、こんなに切ないんだ……。
ボクは狐鈴の言葉を思い出す。
良い人だからこそ、この地に縛り付けてはならない。新たな生を得ることのできる様、送り出してあげるべきだと。
「ボク、貴方達が笑顔で旅立てる様、一生懸命盛り上げたいと思います」
ボクは手の平で拭っても次から次へと出てくる涙に苦戦しながら言う。
ダンダルさんは、羊の子供達に見せる様な、柔らかい、そして暖かな笑顔をボクに向け「おう、楽しみにしてる」と返事をしてくれた。
ボクは今回のお別れの宴で、皆にとって、たくさんの大切な人を送り出さなければならない。
切なくて、切なくて、きっと今みたいに、泣き出してしまうかも知れない……。
お帰りなさいませ、お疲れ様でした。
すっかり暑い夏を感じますね。涼しいところで、時間潰しに読んでいただけると嬉しいです。
それでは、また次回のお話でお会いできたら嬉しいです。
いつも誤字脱字の報告ありがとうございます。




