第70話 ボク、幻獣に名前を付ける。
「へぇー、カーバンクルなんて初めて見たよ、こんな身近なとこにいるもんなんだね」
シルはしゃがんだ状態でミントちゃん(仮)の顔をマジマジと見、目を合わせて言う。
「この度は私のダンジョンの事でぇ、大変ご迷惑をおかけしました〜」
ダンジョンから外に出て、スタンピードの原因を報告する為に、いったん皆んなと合流する事なった。
「いいの、いいの、近々物入りになる宴が予定されているから、むしろご馳走様って言うべきかね、負傷者もいなかったから良かったよ」
ダンジョンから溢れた魔物は、ダンジョンに近づく者に攻撃を仕掛けていたそうで、それほど広範囲に魔物は散る事なく、思いの外短時間で処理できたようだ。
森の探索をしていた者達は昨晩の魔石の回収を済ませ、今はシルとチャコによる手製のホウキを片手に、安全になったダンジョン内の魔石を回収しに行っている。
ボクはもうひと仕事ある、シルとの交渉だ……。狐鈴もボクに協力してくれると言っていたけれど、1対2という、実質力で押し込むような状態だ。
「あのね、シル……」
「うん? どうしたアキラ?」
改まってシルに声をかけたから、シルも何事かと聞き返してくる。
「この精霊を連れて帰りたいんだっ!」
「ワチもこやつの生み出す魔物を始末するから何とかならないものか?」
「は……?」
シルはボク達の言葉に目を点にする。
状況としては捨て猫を拾ってきた子供達が親を説得する様な感じだね。
「面倒みるから〜お願い〜」って。
大体、その場だけの約束で、親が最終的に面倒みる様になるんだよね……でも、ボク達は大人だ。
口約束では終わらせない。ただ、居候の身として、シルに相談しなければならない。
「ちゃんと責任もってトイレもお風呂も面倒みるから〜」
ボクはもうひと押し付け加える。
「はわわゎ〜それくらいは、じ、自分でできますってばっ! それより、こ、こ、これは、ど、どんな流れなんですかぁ?」
ミントちゃん(仮)は目をぐるぐるにして、地肌の紅潮が表面に出るくらい顔を赤くして、手をバタバタさせ訴えてくる。
「……アキラとお風呂……いい……」
ひとり冷静な和穂は、顔を紅潮させ、もじもじしながら呟く。
「え……?」
和穂に釣られボクを見つめる精霊。
あ、う、え? そこに反応するんだ?
「別にいいんじゃないか? この子が望んでいるなら」
シルは「ふふっ」っと笑う。恐らくあまりに必死(勢いにまかせて)に説得しているボク達の状況が面白かったのだろう。
「……え? ええぇえ!?」
ミントちゃん(仮)がシルへと向きを変えながら1人声を張り上げる。
「こんなとこに1人いても寂しいだけだろ?
ダンジョン運営はもう、しまいにしても良いんじゃないかい?
そりゃ、時々変な魔物が棲みつかない様に時々確認する事は必要になると思うけれど、それはあんたの主人になるアキラが同行するだろうさ。
それに狐鈴か和穂が結界でも張れば、限られた範囲で、増える魔物も良い番犬? くらいにはなるだろ。
まぁ、増えすぎても減らせる連中ならいくらでもいるしな。
その代わりウチに来るからには助け合いの心は必須だからね」
シルはミントちゃん(仮)に、ボクによく見せるニパッとした笑い顔を見せ、頭をポンポンとする。
精霊はうんうんと頷き涙を拭う。狐鈴はミントちゃん(仮)を抱き上げ喜び、グルグル回っていた。
ボク達の家族がこうして1人増えた。仮の名前ではなく、ちゃんとした名前をつけてあげないとね。
突然の引越しが決定した訳で、狐鈴はミントちゃん(仮)の必要な荷物を取りに一緒に先程の部屋へと行く。
帰って来るときにダンジョン内で魔石集めしているメンバーと合流して、魔石を回収してくるそうだ。
ボクとシルと和穂は、このダンジョンが見渡せる、一段高台になっている場所で腰を掛けながら、皆の帰りを待つことにする。
「何か、ここがこのまま使い道が無くなるのは勿体無い気がするんだよねー」
自然に整地されている目の前に広がる広場と、結構広い洞窟へと続く入り口を見て、何となくつぶやいていた。
でも、勿体無いとは思っても使い道が全く思い浮かばない。
ダンジョン内の魔物は狐鈴達によって狩り尽くされて空っぽだし、それを生産していたダンジョンマスターは、今後ボク達の元にいるわけだから、ダンジョンとして機能しなくなる。
「んー、もったいない気持ちは分からないでもないけど、家から離れているし、何より広すぎるからね、持て余しちまうよ」
笑いながらシルは言う。うう……確かに。
「魔物が住もうが、動物が住もうがその辺は自然の摂理だ、他の生物達の生きる場を奪ってしまってはダメだな。
でも、流石に見逃して盗賊達の棲家になるなんて問題になってしまわない様に、管理する必要はあると思うけど……。
定期的に様子を見に来た方が良いかもしれないな。
それは、カーバンクルの主人となるアキラの仕事として任せても良いかい?」
ちょうどダンジョンの入り口の正面にあたる位置まで歩いて来て、足を下ろし座る。
ボクはシルの左隣り、さらに左に和穂が座る。
「そうだね、あの子はボクが世話するって決めたし、まだ見ていないダンジョンの内部もあるし、和穂も途中からボクに付き合わせちゃって、見ていないもんね」
ボクは和穂に声をかけると和穂は微笑む。
ダンジョンの内部についても、精霊使いの能力についても、ボクはミントちゃん(仮)から学ぶことがたくさんある。
都市コロモンで知る人もいなかった【精霊使い】という職業を、誰よりも調べていたミントちゃん(仮)、それだけこの特殊職の存在に、藁をも掴む思いで調べ続けていたのだろう。
魔力を吸い続ける精霊についても調べはついている……ハズ。
ボクはミントちゃん(仮)に聞くでもなく、何となく心当たりがあるんだよね……もちろん実物は見た事はないけれど……。
ファンタジー物のゲームや小説などでは、この手の精霊? 魔族? の存在は大きく取り上げられているから知識だけはある。
生命力を引き抜く、死神だったり、怨霊、吸血鬼、淫魔のサキュバス、インキュバス、ナイトメア……。
自分をマイナスにする存在に、できれば会うことを避けたい気持ちはあるけれど、創造の精霊でさえ、あれだけ苦労をしているのだから、巡り合わせることで共存できるのならば、ひと役かってあげたいという気持ちも少しはある……。
でも、淫魔だけは避けたい、絶対やきもちを妬く身内がいるからねぇ……色々辛そうだ。
チラリと和穂を見ると、ボクの視線に気が付いた和穂が頭に『?マーク』を乗せて小首を傾げる。
「んーん、何でもないよ、和穂は可愛いね」
ボクが言うと肩に体重を預けてくる。
「なんだか、アキラが来てから毎日が賑やかだねぇ、普段はこんなにバタバタじゃないんだけど」
右隣りに座るシルがコチラを見ながら言う。
「ボクもこんなに毎日が忙しいとは思ってもいなかったよ……まさか散歩に行く余裕もないなんてね……」
今思えば、こっちに来てゆっくりできた日って、和穂と魚を捕まえにルークの住む水場に行った時と、シルとルーフェニアさんとでスイーツを食べたあの日くらいだな……。
「明日はのんびりさせてもらうよ……」
ボクがため息をつき、シルに伝えると苦笑いをした表情で口を開く。
「いやぁ、あたしもそうしたいし、そうさせてあげたい気持ちは山々なんだけどね……」
シルのこの言い方、凄く嫌な予感を想像させる。
「あたしとアキラは、今夜か明日……もう一度コロモンに行かないとならないんだよね」
シルは大きく肩を落とす。
「アキラは、あの精霊との契約を交わす必要があるだろう。冒険者ギルドで追加の登録をする必要があるからね。
カーバンクルなんて手元に置くからには、それなりに、手続きをとっておかないと危険だと思う……。
異世界人のアキラ達の身を守る為、身元引受人として、あたしが登録した様に。
まぁ、狐鈴と和穂を従えるアキラが契約主なら全然問題ないだろうけどね。
それに、今回の魔石を換金してパーレンに届けてやらないとね。まぁ、それについてもアキラが担ってくれるなら、あたしはゆっくりできるけど……」
シルはそんなこと言っているけど、きっと街に行かなかったとしても、ゆっくりなんてしていられないだろう、宴の日取りは決まっているのだから……。
パーレンさんも食材の追加をしに、ルーフェニアさん達と共にコロモンに行ってるみたいだし、合流して帰って来る時は一緒の方が良いだろう。それに、料理の玄人のパーレンさんだったら食材の事色々教えてくれるんじゃないかな?
「いいよ、ボクが責任持って行ってくるよ」
返事をすると、ボクの左肩の重さが抜ける。身体を起こした和穂がボクの事をジッと見ていた。
「和穂、また巻き込んじゃうけど、ボクと一緒にコロモンについて来てくれないかな?」
和穂はコクコクと頷き、微笑みを見せる。きっとまた置いて行かれて、呼び寄せで呼ばれるのだろうとか思っていたのかもしれない。
ボクだったら、一瞬で移動できるならギリギリまで、のんびり時間を過ごしたいくらいなんだけど、和穂にとったらそんな移動に費やす時間ですら、楽しい時間なんだろうな。
「ねぇシル、あの子の名前なんて付けてあげようかな?」
「んー、そうだねぇ、どうせアキラは考え込んだら頭が破裂するくらい、考えちまうんだろうから、第一印象でいいんじゃないか?
いくつか考えて、本人に決めさせたらどうだい?」
腕組みをして足をぶらぶらさせながら、シルはボクに言う。
前にルークの名前を考えていた時のボクのあの苦悩メモを見ているから、簡単なアドバイスをしてくれる。
ボクが最初にイメージしていたのは、やっぱり緑がかったとこからの、ミントなんだけれど、あくまで心の中で呼んでいた名前だからな。
カモミール、レモングラス、シシトウ、蓬、ミツバ、ローズヒップ、抹茶、緑茶、キュウリ、メロン……ピーマン、カエル、バッタ、ブロッコリー、アスパラ、バジル、……
マッピングしていたノートのページをめくり、思い浮かぶハーブ、緑を連想する物を書き綴る。
「そろそろみんな帰ってくる頃かな」
自分で書いておきながら、文字の羅列で目がチカチカしてくるので、手元のノートから一旦目を離し洞窟の入り口を見る。
「流石にもう少しかかるんじゃないか?」
「食事は家に戻ってからにする?」
ボク達がダンジョンに潜っていた間、森の探索組みが食料として、鳥やキノコ、魚を獲って来てくれていた。
たとえ、ボク達がここで食事をしても、家の方にはミルフィさんやヤンマ姉妹、キルトさんがいるから、あちらはあちらで大丈夫だろう。
「んーと、そうだね、アキラがコロモンに、いつどうやって出発するかにもよると思うけど、ヤックにダジャルを連れて来て貰うか? それとも馬を使うかい?」
夜目が利いて早く移動のできる、あの子にまた乗れるのは嬉しいけど、昨日帰って来て、連日で長距離の移動は可哀想な気がするんだよね……。
「あの子に、移動用の魔物を作り出してもらうのはどうかな?」
「なるほど、ゴーレムであれば、疲れ知らずだしな、それに馬やダジャルより早いモノが作り出せるかもしれない……」
シルはボクの言葉を聞いてアゴに手をあて考えながら納得し、ブツブツ何やら言っている。
……あ。
「ボク、あの子の名前思い浮かんだかもしれない……」
ボクはふと顔をあげ、声に出す。インスピレーションというのは、こう突然考えるのを辞めた時にやってくるのかもしれない。
「ほう、ちなみに今教えてくれるのかい?」
シルは悪戯っぽくコチラに笑いかけてくる。和穂も興味を示してボクの顔を覗き込んできた。
「うん。2つ思い浮かんでね……」
「ひとつは【サクラ】」
う……シルも和穂もピンときていないようだ。
「桜って薄ピンク色の花だよね?」
シルの疑問に和穂も頷く。
「御衣黄桜っていう桜を思い出したんだ。黄緑色の桜なんだけれど、あの子の色に少し似ているなって思って……」
2人とも首を傾げたままだ……。
何というか、コチラの世界に【桜】があるのかは分からないけど、桜を知っている人が首を傾げているから、やっぱりイマイチなのだろうな……。
それはきっとボクの名前と同じなのだろう。
ボクは女であって、漢字で書くと【旭】だけど、【アキラ】と読む人は少なく【あさひ】と読む人が多い。
「ピンとこないか……じゃあ、【梅の実】からとって、【ウメ】、【ウメちゃん】って呼ぶのがなんかしっくりくるんだよね」
和穂がポンッと手を鳴らす。
「……ウメちゃん……だ……」
和穂はどうやら、かなりしっくり来た様でコクコク頷く。
「そしたら、皆んなに同じ様に呼んでもらえる様に、【ウメチャン】までを名前にすれば?」
シルがそんな事言いながら、眠そうな目を細めて笑う。
「流石にそれはやり過ぎ、ウメちゃんさんなんて呼ばれちゃうよ」
「……それもアリ……」
おぃ、和穂が言うと、どこまでが本気なのか分からないから……。
ボクはコチラの世界に来て、あの可愛い子に名前をつける事に対して、オシャレな名前をつけてあげたいって思っていたんだよね。
それは、シルのように【シル=ローズ=ラミュレット】だったり、下の名前は覚えていないけど【ルーフェニア】さんだったり……だから、ミントちゃん(仮)なんて呼んでいて、いずれはオシャレなハーブの名前を……メルヘンな名前を……なんて思っていたのだけど、どこか絵本に出てくる様な名前すぎてパッとしなかったんだ……。
よし、あの子はカーバンクルの「ウメちゃん」だ。
お帰りなさいませ、お疲れ様でした。
今回は自分でも苦手な名付けの回です。これまで出て来たキャラクターの名前は、ほぼ、直感でつけてます。
キャラクターを絵に落として、名前を付ける。それが名付けのスタイルになっています。
では、問題です。この物語の中に出てくるキャラクターの名前で、募集から決定したキャラクターがいます。それはいったい誰でしょう?
答えは次回の物語りの後書きで……
では、また次の物語りでお会いしましょう♪
いつも誤字報告ありがとうございます。




