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第60話 ボクと宴と新食材。


 戻ってきたボク達を見つけてシルが迎えに来る。

「お帰り、疲れは流して来れたかい?」

シルはボクに笑いながら話してくる。

「そりゃあ、もう。布団に入ればすぐにでもぐっすりだよ」


「それはたぶん無理だろうさ、この怪獣を満たしてやらないと、あんた食われちまうよ」

 和穂の鳴り止まないお腹のサイレンを指差し笑う。


「それも、そうだね〜、そういえばシル、今夜、鳥肉使っている人いないかな?いたら明日の朝ごはん用に、少し分けてもらいたいんだけど…」


シルは腕組みをして考える。

「ん〜……あ、ケイルがさばいて持ってきた肉に鳥もあったな、声をかけておくといいよ」


 ケイルさんは、元冒険者ギルドで解体屋をしていた、ナマケモノそっくりの精霊なのだ。喋り方は、先回りしたくなる程ゆっくりなのだが、身体は俊敏な動きをする。


「ありがとう、後で声かけてみるよ」


 シルの後から、ピンクのハリネズミの精霊、ロディが出てくる。


「皆さんお帰りなさい、今夜の宴はお酒が進みそうですな、お爺は、皆さんが無事に帰って来れたのが本当に嬉しいですぞ」

「ロディっ、何だか、本当に久しぶりなんだけどー、ちゃんとお風呂入ってた?」


 ロディは目を細めニコリと笑う。

「さぁ、待っている者に挨拶をして宴を始めましょう」

 くるりと踵を返して、皆の集まる方へと行ってしまった。

 う…、見事にかわされた…。




 広場に向かうと、前回のようにテーブルがいくつも広げられて、沢山の人が集まっていた。今回は姿を消していない様で、皆くつろいでいる。チャコも、レウルさんの元へと行く。


 そして、席を囲う様に幾つものかまどが作られて、料理が湯気をあげている。


『あらためて、みんなただいまーっ。ワーラパント男爵家も潰して、脅威は去った。

関わった皆、お疲れ様。

 アキラ達も、無事、我々家族として認められた、コレからもよろしく頼むよー』


 シルが宴の挨拶をすると皆んなから歓声と拍手が起こる。


 そしてその後、衛兵団も軽く紹介し(どうせ野営なんだから、宴に参加しろと、シルのはからいで共に時間を過ごす事になった)、客人のオーガの2人、ルーフェニアさんの紹介をし、宴は始まった。


 宴が始まる前にケイルさんに会う事ができたので、鳥肉は5kg程確保できた。

 

 今夜は調理側ではないので、ボクは和穂と一緒に過ごす事にした。クラマはソッポイ家に呼ばれ、狐鈴はメイルさんのところに行く。

 ルークはトルトンさんと一緒の席で楽しんでいる。


 ルーフェニアさんはキルトさんと行動を共にしていた。


「和穂、ボク達はどこの席に呼ばれようか?」

 既にケイルさんのところで、大皿に肉焼きを山盛りにしてもらった和穂は尻尾を振りながらボクの後ろに付いてくる。


『アキラ、席決まってないなら、こっち来なよー』

 ヤックさんが席を立ち、こちらに声をかけてくれる。豹人族で強面なんだけど、本当に面倒見が良いんだよね、母親のパーレンさんも。


 同じ席に、オーガのハクフウさんが汗を滝の様にかきながら、パーレンさんのスープをヒィヒィ言いながら飲んでいた。


『今夜の母ちゃんのスープは、アキラからもらった油を使ってんだ、俺もだいぶ慣れてきたけど、まだまだ辛いな。

 それにしてもアキラは信じらんねぇ物作ったよな、あの寸胴にレードル1杯しか入れてないんだぜ』


 それでこんな状況なんだね、ボクもパーレンさんからスープを受け取る。


ひと口…

「ガフッ…うぅ…いてて…」

 あれ?こんなに辛かったっけ?激辛のチゲスープのような味で、口の周りは熱くヒリヒリが取れず、ノドは刺す様な刺激…

 せっかくお風呂から戻ってきたのに、汗まみれになってしまった。

 ショールに手をかけたところで固まる…。

「あ…」


 和穂は隣で、背筋を伸ばし、ヒョイッパクッ、ヒョイパクッと凄い勢いでお肉を口に運んでいる。


「あの…和穂さん、コレを消して貰うことはできないかな…」

 ボクはショールの上から首筋のマーキングを指差す。和穂は、口の中の肉をモクモクして飲み込み、返事をする。


「……だめ……」

「うぅ…」

 ボクはため息を、ひとつ…でも、シルのショールを汚したくないし…


「ボクの焼きミツルあげるから…」

 和穂は耳をピクッとさせて…

「……や。……」

 と、言う。…ちょっと揺らいだよね?


 むぅ…

「今夜、つけ直してもいいから…」

「や。」

 これは即答…


「……んと、また身体洗ってあげるから…」

 箸を咥えたまま和穂は目を閉じ何か考えている。箸をピコピコさせる…。

スッと目を開け、咥えていた箸を手に握り、上目遣いでボクを見る。


「……やくそく……」

 ひとこと言い、ボクの首元に人差し指を当て、拭い取る様な仕草をする。


 ボクはショールを外し、手でパタパタしながら再びスープを食べる。

 いゃあ、本当に辛い、我ながら恐ろしいものを作ってしまったよ…でも、それを食べられる様にアレンジできている、パーレンさんは、間違いなく料理の天才だと、ボクは思う。


 先程から、夢中に肉焼きを頬張っていた和穂が、ボクのスープを欲しがる。

「いいけど…これ、辛いよ」

 ボクは言いながら。スープの器を和穂へ差し出す。

 いや、和穂だよ、意外に辛さもモノにせず、表情にも出さず食べられるのではないだろうか…反応を見る。



「えっフッ…ぅぅ……辛ぃ…ょぅ…」

 叫んだりする事はなかったが、ポロポロ涙をこぼし、泣いていた。コレは想像外だ…

「ほら、お水飲んで、お水」

 和穂はコップの水を大事に両手で持ち飲む。



 この油を作った日、皆が全力で和穂の味見を阻止してくれた事に感謝する。



「和穂ちょっと分けてね」

 和穂の肉焼きを分けてもらい、スープの中に入れる。付けダレにはちょっと弱いけれど、スープに肉汁が溶け出て、更にスープに旨みが加えられる。

 辛味はまだ強いが、少し飲みやすくなった。


「うん、少し飲みやすくなった」

 和穂はボクのスープの器に、震わせながら手を伸ばす。無理しなくても良いのに…。


 匙に肉のカケラとスープを掬い、恐る恐る口に運ぶ。目を閉じ、頷きながら咀嚼する。

 目を開き器をこちらに戻しながら、ウンウンと頷く。火傷したのか辛かったのか、舌が口から出ている。


 いつも凛とした、綺麗な和穂も、時々緩んだ様な表情を見せている和穂も、魅力的だなと、ボクは思う。

 思わずクスリッと笑ってしまうボクに気がついた和穂は顔を赤くして、頭の上から汗を飛ばしている様な表情を見せる。



『すっかり汗びっしょりになっちゃいました』

 ボクの言葉に微笑むヤックさん。ハクフウさんは辛さが後引くのか、おかわりをしていた。


 和穂は変わらず隣で背筋を伸ばし、ヒョイヒョイと肉を口へ運ぶ。

 いつもと違うのは、ほんのり汗ばんでいるところ…和穂が汗をかいているのは、困った時とかに頭上に浮かぶものくらいなので、凄く珍しい。



 うずっ…



 思わず、顔を寄せて首もとを流れる汗をペロッと舐める。


「ひッ!?」

 肉に注意がいっていた和穂は、驚きの短い声をあげ、ボクを見て目をパチクリさせる。


 突然あがった和穂の驚いた声に、周りの席の人たちはこちらに注目を集める。…が、


『ゲフッ!ガフッ!ゴホァッ!ガハッ!』


 ハクフウさんは変なところにスープが入ってしまった様で、悶絶しながらムセ込む。

 周りはそちらに注目が流れたのでボクはホッとする。

 ハクフウさんは時々ゲホゲホしながら、飲み物を渡されたり介抱される。



「ごめん、つい…。やっぱり、和穂の汗もしょっぱいんだね」


『おいおい、突然何やってるんだよ、何かエロいなぁ…』

 ヤックさんは苦笑いする。


『お騒がせしました。いやぁ、普段汗かかない娘なんで、好奇心が抑えられなくなりました』

 ボクがそんな話をヤックさんとしていると、和穂は顔を赤くしながら、改めて舐めやすい様にと、襟元を緩め、こちらに期待の視線を送る。


「ばっ…いや、もういいって…。男の人の目もあるんだから、直して…」

 ボクは急いで、和穂の襟元を直してやる。和穂は何故か残念そうな顔をする。


 ヤックさんは呆れ顔で、大きなため息をつく。


『ヤックさん、珍しい料理を出している人いますか?』


 ボクの問いかけにヤックさんは笑いながら答える。


『今日は皆んな個性の強い者が作っているから、味付けは全く異なるし、飽きずに食べられるんじゃないかな?

 そういや。ソッポイのところは、【リョヤット】を使ったスープだったかな。』


 和穂が頑張って念話で話してくれる。【リョヤット】…?コロモンでも聞かない名前だな…。


「和穂、これ食べたら行ってみようか」

 和穂はコクコクと頷く。


 ソッポイ家のカマドへと向かう途中、ゴブリンハーフのヤンマ姉妹の作るチヂミの様な焼き物を皿に盛ってもらう。


 ココで使っているニラの様なネギの様な野菜は【トゥ】という野菜の様で、家で栽培しているらしい。調理前の物もあった様で少し分けてもらった。

 

『おねぇちゃんっ!』

 ソッポイ家の席まで行くと、クラマを抱えたリンネちゃんが迎え入れてくれた。タイミング良く、その場にはキルトさんと、ルーフェニアさんもいる。

『遅いよぉ』と頬を膨らませるリンネちゃんをなだめながら、和穂から焼きミツルを受け取り、リンネちゃん、ミルフィさん、キルトさんに渡す。


『これ…焼いちゃったんですか??』

 ミルフィさんは受け取った焼きミツルを見てひとこと言う。


『とりあえず、食べてみてよ』

 ボクが言うと3人はミツルのてっぺんを刃物で開けて匙で掬って口へ運ぶ。


『『『えぇえ!?』』』


 驚きの表情を見せた後『美味しい♪』とリンネちゃんは夢中になって食べる。ウサ耳がピコピコと動いて喜びを表現している。


 ミルフィさんは観察する様にプリンの様になっているミツルを、しげしげ見たり、口の中にひと口づつ確かめるように運ぶ。


『コレは驚きました…』

『うん、確かに普通に食べるより美味しい…』


『ただ焼くだけだと緩いクリームになって、しかも甘すぎて、食べられた物じゃないんだけれど…時間を置いて、冷ますとこうなりました』

 ボクが伝えると、ミルフィさんは何か考え頷いている。


『えと…ボク達も、ミルフィさん達の料理をもらっても良いですか?』

 声のかけ辛い状況ではあったのだけど、ボクはリョヤットという物が気になって仕方なかった。


『あら、御免なさい、私達だけご馳走になってしまって…』

 ミルフィさんがレードルでかき混ぜる時に流れてくる匂い、どこか懐かしい様な感じがする。

 茶褐色のトロミのついたスープを器によそい、パンをひとカケ浸してくれたものを受け取る。ルーフェニアさんも、おかわりをもらって笑顔で頬張る。


 リョヤットという物を見たことはないが、この匂い、味はボクも知っている。青臭い様な、甘い様な…酸味がある様な…野菜で近いものはそう、トマトだ…。

 この早いタイミングでこの味に出会えた事に思わず、にやけてしまう。心の中でガッツポーズをとっていると、焼きミツルを食べ終えたリンネちゃんがボクの前に来る。


『どう?美味し?』

 ボクに聞いてくる。

『うん、すごく美味しい、リンネちゃんはミルフィさんの様に凄い料理が作れるようになるよ。ボクが約束する』

 素直に美味しいと思った感想を伝えると、リンネちゃんも喜び笑顔を見せてくれる。


 それにしても…

『ミルフィさん、リョヤットって何ですか?コロモンの露店でも聞かない食材だったのですが…』


『あぁ、それはきっと、鮮度が命だからでしょうね、森の中では軍勢して実る物なのですが、日持ちしないんですよ。3日も放置しようものなら、水分がぬけてしまうんです。調理してしまえば、日持ちするんですけどね…』


 ボクの近くに来て、クラマが通訳してくれる。流石に口調までは真似ていないけど、かいつまんで、わかりやすく教えてくれる。


 なるほど、店頭に並べても、常に消費期限が凄い勢いでカウントダウンされている、リスクのある物など、商人は扱いたくないわけだね。


『今度このリョヤットを使って色々作ってみたいです。協力してもらえないですか?』


 ボクはまだ実物も見ていないうちから頭の中にトマトを使った料理がぐるぐる回っている。

 すると、ミルフィさんは自分の顔の前で手のひらをポンと鳴らして笑いながら返事をしてくれる。


『こちらこそ、むしろお願いしたいです。アキラさんの料理は私にとっても、とても勉強になりますので♪』


『家に来てくれるの?』

 リンネちゃんは耳をピコピコさせて笑顔を見せてくれる。


『うん、リンネちゃんも、勉強しようね』

『はーい♪』

 リンネちゃんは両手を上げ返事をする。


 【リョヤット】に【トゥ】か…勉強になるな…ひょっとしたら、ケチャップの代用品やネギ油も作れるかも知れない…ボクの頭はワクワクが止まらない状態だった。


 ボクもルーフェニアさんじゃないけど、おかわりをもらって食べる。

 和穂も目を閉じながら味わい、何度もおかわりをしている。


 トゥのチヂミも、ちょっと物足りなさを感じながらも美味しくいただく。辛味噌か、ゴマ油があったらより美味しく食べられるのに…。残念。


 他のカマドも見たいので、名残惜しいけれど、いったん別のテーブルへ行く。


「お、アキラ、この者は初めてじゃろ?」

 狐鈴の座る席にはメイルさんと、羊の獣人夫婦が果実酒を飲んでいた。


『私はロロ=ルーム、彼はレト=ルームです。お初にお目にかかります』

 ボクは確かに初めて会うのだが、そうではない様な気がする…。


 あ…

『本当に失礼な事ではあると思うのですが…お子さんいらっしゃいましたよね…』

 ボクの呟きに2人は驚きの表情を見せ、そして表情に影を落とす。


『実は、彼らは今回の騒動でボク達に危機を教えてくれたんです』

『何を…だってあの子達は…』

 レトさんはボクに信じられないという様な表情で言いかける。


『はい、彼らのお墓の前で初めて会いました。冒険者のダンダルさんと共に…』

 それを伝えると、子供達と共に、1人の冒険者が命を落としている事を思い出し、ロロさんはレトさんの腕にしがみつき涙を流す。


『7日後の送別の宴の時に、彼らも天へと送ろうと思うのですが、その前に彼らとゆっくり話のできる時間を作ってあげたくて…ボクが親であるあなた達が、どこにいるかも分からなかったので、あなた達にお会い出来て、本当に良かったです』


 眼鏡を外すと、オンダさんがメイルさんの隣りにいる事に気がつく。

「オンダさん、今回ワーラパント家絡みの被害者の魂も、併せて送る為に、準備が必要でしたので、そういう事になっていたんですけど。狐鈴は伝え忘れてますよね?」

 オンダさんはポカーンとしたまま、ウンウンと頷く。


「ワチは宴が終わった頃に伝えようと思っていたのじゃよ…別に忘れてないからの…」

 視線を外し、頭の後ろで手を組み、鳴らない口笛を吹く。

 うん、やっぱり、忘れていたようだね。


『そうか、あと7日なんだね…』

 メイルさんは寂しそうに呟くけれど、どこか満たされているような感じがする。


 今でもメイルさんの家の敷地には、狐鈴の張った結界があるので、結界の中でならメイルさんの目でもオンダさんを見る事ができ、話す事ができる。

 また、今夜にでも語らい合うのだろうな。


『それでは、レトさん、ロロさんまた明日シルの家を訪ねてきてもらえたら、協力させてもらいますので…』


 ボクは2人に頭を下げて、別のカマドへと向かう。



「アキラさんっ!」



 男性のボクの名前を呼ぶ声が聞こえる。ボクはその場でキョロキョロしていると、和穂がボクの手を引き、ケイルさんのカマドの近くまで連れて来る。

 ケイルさんの後に広がる森の前に、1人の冒険者…だった、ダンダルさんが立っていた。


「ああ、久しぶりです。先日は…」


 ボクがお礼を伝えているところを、手を広げ言葉を中断させて、慌てた表情で伝えてくる。


「話は後だっ!モンスターのスタンピードが始まった、皆んなに伝えてくれっ!根源は俺たちの墓地の更に東部にある廃ダンジョンだ!」

お帰りなさいませ、お疲れ様でした。

一難去ってまた一難…

一難去る前に次の出来事が襲いかかってきました。


さて、この事態にどう立ち向かうのか…

それではまた、次のお話でお会いしましょう。

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