第59話 ボク久しぶりのお風呂を楽しむ。
「アキラー!お風呂行っといでー!!」
ツリーハウスの上からシルが声をかけてくる。
ルーフェニアさんはハシゴを降りて来て、ボクの着替えを持たされた和穂と狐鈴が上から舞い降りてくる。
「飛べばすぐじゃよ」
『むぅりぃーっ!』
狐鈴の声に全力で否定をするルーフェニアさん。
『チャコもお風呂行く?』
『行くっ!!』
元気に返事をするチャコ。
うん、やっぱりチャコには元気でいて欲しいな。
「アキラさん、チャコを任せても良いかな?私は何か獲物を獲りに行ってこようと思う」
「了解、くれぐれも気をつけて下さいね」
レウルさんはひとつ頷き、高原の方へと走って行った。
『お風呂すっごい楽しみです』
ハシゴから降り切ったルーフェニアさんが、興奮しながら口を開く。
『待って〜っ私も行くっ』
キルトさんがデッキより身を乗り出して参加したいと言ってくる。そして…
『ふぅぇぇええええーっ!!』
そのまま落ちて来た。紐なしバンジーのキルトさんを狐鈴がキャッチする。
「ほら、すぐじゃろ?」
『いや…』
ルーフェニアさんは引き攣った表情で、地面に降ろされるキルトさんを見ている。
いや、キルトさんの今のって故意的に飛んだんじゃなくって、事故だよね…。
何かを訴えたい表情で、ルーフェニアさんはボクを見て、口をパクパクさせる。ボクもただ困った表情で頬を掻く。
『あははは…死ぬかと思った…あぅ…ちびっと漏れた…』
涙目で垂れた犬耳を更に垂らし、嘆くキルトさん。
『ど、どんまい…』
チャコに慰められる。
それにしても、キルトさんって、これだけ危険な天然ぶりなのに、よくもまあ死ぬ事なく生活できているものだと逆に感心してしまう。
恐ろしいほど、天然だけどそれ以上に超運が良いのだろうか…。
風呂小屋に到着すると、先に入浴を済ませた、ウサミミ獣人のミルフィさんが、愛娘のリンネちゃんの頭の水分をゴシゴシ拭き取っていた。
『おねぇちゃんっ!』
こちらの入室した音に気がついたリンネちゃんが、ミルフィさんの手から逃れ、ボクの腰に抱きついてくる。
『おお、元気だねー』
ボクはリンネちゃんの頭を撫で回す。
『きゃーっ!』と言いながら笑うリンネちゃんを見て、ミルフィさんは微笑む。
『お帰りなさい、皆さん無事で、本当に良かったです』
お風呂あがりで色白の肌がほんのり桜色になっているミルフィさんが色っぽい。
『ただいまです。今夜もミルフィさんの料理楽しみ』
ボクの言葉に食いしん坊のルーフェニアさんが顔をあげて反応する…だけじゃなくて、キルトさんと和穂もよだれを垂らしていた。
『あらあら、今日はリンネも手伝ってくれたのよ』
ミルフィさんは笑顔で話してくれる。
『へぇ、それはもっと楽しみになった。ありがとうね』
ボクはしゃがみ、リンネちゃんと視線をあわせ、話しかける。
『うん、いっぱい食べてね』
リンネちゃんは、周りにお花を飛ばすような、笑顔を見せてくれ、ボクもつられて笑顔になる。
『ほら、風邪ひいちゃうからおいで』
ミルフィさんはリンネちゃんを呼ぶ。
『ボク達は後からで良いから、大変な事になってるキルトさんと、楽しみにしているルーフェニアさん、お先にどうぞ』
ボクは浴室を手の平で指し示す。
『うぅ、じゃあお先に』
キルトさんはもじもじしながら、脱衣カゴに服を脱ぎ始める。
『ミルフィさん、外も温まっているんですか?1回和穂が温まっていない状態で入って…』
『えぇ!?し、失礼。そ、それは…大変でしたね…』
大きな声をあげて驚いてしまった事に顔を赤らめて口を押さえる。ミルフィさん。
『外?』
ボクの質問に服を脱ぎかけていたルーフェニアさんが手を止めて反応する。
『中より少し熱くなっていると思いますよ』
『了解です。それじゃリンネちゃんまた後でね』
『おねぇちゃん、また後でね〜』
片手で手を振りながら、手を引かれてリンネちゃんはミルフィさんと、この場を後にする。
『チャコは温まってない露天入った事ある?』
『う、流石に聞いただけで背筋が寒いよ』
チャコは困った様な顔で笑いかける。
『和穂は何も考えず真っ直ぐなところがあるからのぅ』
意地悪な笑いをしながら狐鈴は和穂に視線を送る。
『外?露天って?』
ルーフェニアさんは興奮した状態でコチラに質問を投げかける。
「自分の目で確認すれば良いじゃろ、ほれキルトに置いて行かれるわ」
狐鈴の言葉に『うー』と言いながら浴室へ入って行く。
そしてすぐに歓喜の声が上がる。
「本当に賑やかな娘っ子じゃのう」
腕組みをしながら浴室への扉を見つめひと息つく狐鈴。
『コスズと同じだね』
チャコがポンと狐鈴の肩に手を置く。
「う…」
「ボク、ちょっとトイレ」
そう言えば、何回もココに通っているわりに、初めて使うな。
木の匂いがして、外から風呂のお湯が流れる音?川の流れる音?が小さく聞こえて、この個室の広さも程良い…お風呂によって室温も程よく、1時間でも入っていられそうだ…って、なんで冷静にトイレの感想をしているんだボクは…。
トイレの水を流して、つい思い出し笑いをする。ボクはこれが無いとトイレも綺麗に流せないんだな…
なんて不自由で普通で人間らしいんだろう。薄く赤く光るミサンガと紫色の勾玉の魔石。
この世界ではそれが普通であってボクが普通ではない、でもこの世界の民として認められる。何だか、不思議な事だらけだな…。
この和穂とシルが作ってくれたブレスレットが、ボクと和穂を繋いで、ボクの力をこの世界の力として繋いでくれている。
トイレから出ると袴を脱ぎながら、狐鈴が声をかけてくる。
「なんじゃ、アキラにこにこと。そんなに良いものが出たのかや?」
「な…違うよ、これを使える様になって、ボクも改めて、この世界に染まって来ているんだなーって思ってさ」
「ほむ、不思議な事を言うのじゃな、ソナタが例え力を使えなくても、周りの皆はソナタを好いて集まってくる、ソナタそのものが、この世界の者を勝手に染めている存在の様にワチは思うぞ」
和穂も狐鈴の言葉にコクコクと頷く。
つまり、ボクがこの世界に適応してなくても、周りが勝手に合わせてくれているって事か…?
「ほれ、そろそろワチ等も入ろうじゃないか〜♪」
そう言うと、狐鈴はチャコの手を引き、連れて浴室へ入って行く。
開かれた扉の奥から、はしゃぐルーフェニアさんの声が聞こえて思わず吹き出す。
「なる様になる…か…」
ボクが服を脱ぎながら呟くと、上衣に手をかけていた和穂は頷く。
浴室に入ると、狐鈴とチャコが洗いあっている。キルトさん達は…露天の方に行った様で、姿はなかった。
さて、久しぶりだから頭2回洗わないとな…髪の毛がキシキシする。
頭の泡を流しきり…えっと…石鹸は…眼鏡は…いかん、何も見えない…
「和穂…石鹸か眼鏡とって…何も見えない」
くすりっと笑った様子があり、ぬるぬるしたものがボクの身体を滑らせる。コレは知っている、和穂の手だ。
「ちょ!?」
なんてこった…無抵抗な自分を、よりによって、和穂に知らせてしまった…
「和穂、怒るよっ」
「…ちょっと…だけ…ね…」
和穂の透明な声がボクの耳元で囁きかけられる。
「ヤ、ヤダ、だめ…」
露天風呂の方までボクの笑い声が響き渡る。
『な、どうしたんですか!?』
ボクの笑い声に、ルーフェニアさんがこちらの様子を見にきた様だったが、椅子に腰掛けたまま、ぐったりしたボクは髪を横に垂らし、桶を抱え込み、肩で呼吸する。
『そっと…して…おいて…』とだけ伝える。
チャコと、狐鈴は我関せずと、湯船に浸かって温まっている。ルーフェニアさんも湯船へと入り込む。
ようやく身体の調子も戻ったところで、眼鏡を受け取る。
「よし、今日はボクも和穂を洗ってあげよう」
ボクは意地悪な視線を送ったつもりだったのだが、和穂はボクの言葉に微笑んで頷く…。
「な…」
な、なんだコレ…?仕返しのつもりなのに…ボクの方がドキドキするし、どこか罪悪感…?
気がつくと、和穂の身体をどの様に洗っていたのか覚えておらず、指先に柔らかな物を触れた感触だけ残し、尻尾をワシャワシャ泡立てていた。
ルーフェニアさんがこっちにいる事で、露天風呂に1人になったキルトさんもこちらへと戻ってくる。
『あー、いいなぁー、私もやってもらおうかな』
ボクには尻尾がないから、どんな感じかわからないのだけど、和穂は本当に気持ち良さそうにするんだよね。
今日の場合はいつもより、うっとりしていて、さらに色っぽい。
『さすがに、ちょっと温まってからでもいいかな?』
『うん、よろしくね〜、あら?
アキラちゃん、首筋のそれ…ナニナニ?コロモンで良い人と会っちゃったの〜』
キルトさんは両手を口に当てながらボクに笑いかける。昨日の朝、和穂につけられたキスマークはご健在の様で、それを発見したキルトさんが、勘違いをしている。
『あぁ、まだついていたのか…ほら、コレの犯人だよ』
和穂の腕をボクが組んだ状態で捕まえて、キルトさんに訴える。
『あなた達、へぇ〜そうだったのねぇ〜』
和穂は顔を赤くするし、キルトさんには、誤解をした状態で間に受けられる。
いや、この手の話は弁解をすれば、するほど、泥沼にハマっていく事を知っている。
う〜…和穂を道連れにしてやる…って、何尻尾振って…喜んでいる?この娘…。
「ほら、誤解された…」
和穂のほっぺを両手でひっぱり、お仕置きをする。涙目だが、アワアワの尻尾は変わらず振られている…この娘は変態なのか…?
和穂の泡を流してやり、露天風呂の方へと皆んなで移動する。
『ねぇ、アキラさん、さっきいたウサギのお姉さん、どんな料理作るの?」
正面に座るルーフェニアさんは、目をキラキラさせながら、ボクに意見を求めて来た。
『んーと、料理は1回だけしか食べていないけど、ミルクスープ…シチューのようだったな、似た様な味は作れると思うけど、絶妙な味のバランス加減は、真似できない、アレはお店で出せる出来栄えだったよ…』
隣で和穂がウンウンと頷く。
『それに、セラカでもあんなに美味しい料理を出すお店はそうそうないと思うよ…』
ルーフェニアさんのとなりにいる、キルトさんが言うと、ルーフェニアさんがビックリする。
『キルトさん、セラカ出身なんですか?』
『そうなんです、実はこう見えて私、都会っ子なんです…でも、都会なんて良い事ないよー』
胸を張ったかと思うと、手をヒラヒラさせ否定するキルトさん、何だろう、キルトさんが言うと、そう思えてしまうんだよね…。
『誰にも縛られないで、ここでお風呂に浸かっていれる幸せ、最高だよー、最近はミルフィさんだけじゃなくって、アキラちゃんの料理も食べられる様になったしー』
ルーフェニアさんが話を聞きながら、真剣な顔でコクコクと、何かを自分の中で整理している様子だ。
『あ、でも今日はアキラちゃん達のお祝いだから、アキラちゃんは何も作らないんだよね?』
キルトさんは残念そうに呟く。
『うん、依頼ないし…でも、焼きミツル作って来たよ』
『え!?ミツルを?焼いたの…?』
キルトさんが微妙そうにそして、不思議そうに呟く。
『いや、それがすっっっごく美味しいですから』
ルーフェニアさんが言葉に力を込めて訴える。
「ねぇ、和穂、そう言えば焼いていないミツルって、後いくつ残ってる?」
ボクがたずねると和穂は目を閉じる。
そして、目を開けボクに向かってダブルピースをする。
「あ、かわいい…いや、22ね。え!?そんなに買ったっけ?」
『…5個…オヤツ用に…』
頭上に汗を飛ばし顔を真っ赤にして念話で呟く、和穂らしいというか、まぁ普通に食べるより美味しい食べ方見つけたから、結果オーライだね。
『和穂、良い仕事した』
ボクも笑いながら念話で伝えると、和穂は照れ笑いする。
「今夜は身を寄せ合いながら、皆んなで寝ることもないだろうし、寝る前に下ごしらえすれば良いだけだから、朝ごはんくらいならボクが用意しようかな」
ボクが何気なく和穂に呟くと和穂がボクにガシッと抱きついてくる。
その光景に、正面の食いしん坊2人組みは何かを察した様子で『なに、なに??』とボクに詰め寄ってくる。
朝食の件を伝えると、3人でハイタッチをし合って喜んでくれていた。
内容は宴がお開きになる時間によって、考えたら良いかなー。みんなの期待に応えることができたら良いけど。
ボクはやっぱりお風呂が好きだな…この数日、身体を拭くくらいじゃ、全然満足できていない。
今のこの開放感がたまらない。時間が許してくれるなら、いくらでも入っていたいくらいだ。
これまでがバタバタしていた事が多かったから、今度明るいうちからふやけるほど、のんびりしてみようかな…。
湯煙Dayをつくろう。ボクは心に決める。
さて、身体も温まった事だし…。
『キルトさん、そろそろ尻尾洗いに行こうか?』
『お願いしまつ!』
キルトさんは元気に立ち上がる。
キルトさんの尻尾は、狐の和穂達の尻尾に比べて短いから、短時間で洗い終えることができると思っていたんだけど…癖っ毛の毛並みが原因で、手ぐしが時々引っかかる。
基本は和穂の時と、同じ洗い方なのだが、ボクの力加減とかが好評のようで、洗い終わる頃には酔っ払った時の様にフニャフニャになっていた。
『アキラちゃん最高…でしゅ…』
いや、溶けた表情で目を潤ませながら、誤解される言われ方だけれども、ボクは和穂の時と違って、尻尾しか洗っていないからね。
脱衣所へと戻ってくると、和穂がシルに持たされたボクの着替えの包みを渡してくれる。
恐る恐る包みを開けると、ベースが黄色で赤で模様がところどころで染められている、ノースリーブのワンピースと、水色ベースで細かな刺繍が施してあるショールだった。
和穂は目をキラキラさせている。うん、ボクには勿体無い程可愛い服だ…。
銀髪のシルが来ていたらすごく似合うと思う。
『あっ!』
つい今まで溶けた表情をしていたキルトさんがボクの手にあるショールを見て声を上げて、微笑む。
『え?何』
『それ、シルが私から初めて買ったショールなんだ。でも、詳しい話はまた今度にしようか、流石にお風呂で風邪ひくわけにいかないからね』
ボクが聞くとキルトさんは手をヒラヒラさせ、言う。
うぅ、まだまだ、ボクの語学力は乏しいな、極力周囲の人の会話を、何とかして理解しようと、頭の中で単語を並べて、変換する努力はしているのだけど…うまく言葉の整理ができない。
「アキラどうしたのじゃ?そのままでは風邪をひいてしまうぞ。話はまた今度じゃと」
ボクが着替えを片手に、身体を拭く手を止めていると、狐鈴が声をかけてくれる。
「うーん、まだまだだねぇ…」
ボクは苦笑いし、ため息をつき、身体拭きを再開する。
「そのショールは、シルがキルトから初めて買った物だそうじゃ」
狐鈴は呟く様に、さりげなくボクへ訳してくれた。
という事は、このショールがきっかけでシルはキルトさんに仕事を依頼するようになったんだ…そして、共同生活をして…いわば2人にとって始まりの品になるんだね…。
たぶん、シルに今日の宴に合わせてコレを選んだのかと聞いたら「あんたに似合うと思ったから、それにしたのさ」なんて言うんだろうな。
きっと他の思い入れの品をボクに渡しても、同じ事を言うだろうし。
そもそも、2人の出会いって…
宮廷魔術師と都市セラカの民宿の娘。
シルが冒険者の頃にでもセラカに立ち寄ったのだろうか…。ボクにとっては、それぞれの街の位置関係も、分からないんだけどね…。
『コレでとめるといいよ』
キルトさんはボクが羽織ったショールに、金色に輝く飾りを使ってとめてくれる。
『あ、でもコレ見えた方が良いのかね?』
ショールで覆われた首筋の跡を指差しながら言う。
『その話はもう、いいってば…』
ぞろぞろと、森の入り口まで戻ってくると、風に流されて料理の匂いが流されてきた。
「明日の朝ごはんに鳥肉使いたいな…」
ボクが呟くと、狐鈴が反応する。
「今夜の宴で無くなる様じゃったら、朝ワチが獲ってこよう」
狐鈴がニパッと笑う。
クキュルルルゥ…
和穂がお腹をさすり、赤い顔をしている。
かと、思ったらキルトさんも同じ様子だった。2人の様子を見て、ついつい笑いが起きる。
お帰りなさいませお疲れ様でした。
コロモンから帰ってきたぞ〜。
なんだか、アキラ達を通して自分が旅してきた気分になりました。
次回は宴話となります。
それでは次のお話でお会いしましょう〜♪




