第57話 ボクとフレンチトースト。
「アキラ、そろそろ行こうか」
シルに声をかけられて目を覚ます。
「んぅ…あふぅ…おはようシル。あれ…」
板剥き出しの荷車でよくもまぁ熟睡できたもんだ…。いつもなら和穂のじゃれつきで目を覚ましているものだが、当の本人の姿が見当たらない。
「和穂は…?」
シルの隣でルーフェニアさんが寝息を立てているので声量を抑えてシルにたずねる。
「いや、分からないね、あたしが起きた…つってもついさっきだったんだけど、もういなかったよ」
シルが腕組みをして首を傾げながらボクの疑問に答える。
狐鈴の姿がないのは、ボク達の前の見張り当番が狐鈴、クラマ、ルーク、兵士2人の筈だから、今見張り中なのであろう。
ボク達が荷車から降りると、まだ朝には早く薄暗い時間、少し肌寒く感じる。2人の兵士がボク達に気がつきコチラへ寄ってきた。
兵士達の話によると、ボク達が寝静まった頃、魔物のモノであると思われる叫び声が離れた場所から聞こえたとの事。
狐鈴と和穂は荷車から飛び出してきて、クラマとルークは上空から、狐鈴と和穂は森の中へ確認しに行ったそうだ。衛兵6人は焚き火の火を絶やさない様にしながら見張り続けている。
いったいここでは、何が起きているのだろう…
『皆んな大丈夫?』
ボクは念話で話しかける。
『おぉ、アキラ起きたか、いったん戻った方がよさそうじゃの、アキラよ皆を呼び戻しておくれ』
『了解っ』
ボクは皆の待機している焚き火から少し離れた街道に位置を取り呼び寄せる。
「狐鈴、和穂、クラマ、ルーク」
皆の名前を呼び地面をトンッと叩く。
炎の柱と風の柱、そして水の柱が渦を巻きながら現れる。
その様子を見ていた兵士達も、起きて来た冒険者も突然の事に言葉を失いながら驚いていた。側から見たら突然魔法を使った様にも見えるからね…。
「おかえり」
ボクは皆に声をかける。和穂は炎から飛び出し、ボクに抱きついて来る。
「なんというか、縄張り争いだったのかの?
…昨日の連中が森の中に倒れておって、鬼が2体おった」
『鬼!?』
『こっちの世界ではオーガだな』
シルは衛兵達に伝えると、冒険者も表情を強張らせる。
「ワチ等が姿を見せるなり逃げる様に駆けて行ったので追いかけてみたのじゃが、中々すばしっこくての」
狐鈴は残念そうにコチラへと話す。
狐鈴や和穂から逃げられる足の速さって…。
しかも、森の中とはいえ、クラマやルークも空から追っていただろうに。
「シルはオーガが相手だったら仕留められる?」
何気なくシルへと聞いてみると、シルは腰に手を当て、ため息をつき首を横に振る。
「本気で仕留める必要があって、森そのものを消し飛ばす事ならできるだろうけど、狐鈴達が追い詰める事のできなかった様な相手は無理だろうね」
シルはサラッと恐ろしい事を言う。
「そもそも、オーガは獣人なの?それともオークの様に魔物なの?」
シルは暫く考える…そして、冒険者達に聞く。兵士も冒険者も揃って考え込む。
『亜人と呼ばれる。私達の様な獣人やドワーフなどと違って、エルフとかのように、あまり人間に積極的に介入して来ない種族なんだろうね』
冒険者の獣人は言う。
まぁ、無事に帰って来れたから良しとしよう。
すっかり、辺りは明るくなり、何か作業するにも明かりの必要が無いほどになっていた。
「和穂、大丈夫?疲れてない?」
後ろからぶら下がる和穂の腕にギュッと力が入る。うん、元気そうだ。
「じゃあ、朝食の準備しようかね」
ボクが声をかけると、グゥキュルル〜…と、肩甲骨辺りに弾力のある感触を伝って振動が響いてくる。
周りにも聞こえた様で笑いが起きる。和穂は恥ずかしいのか、腕に更に力が入る。
「いたたたた…、分かった、分かったから」
人数が増えたので、朝ごはんの準備も結構な量になる。全員揃って「いただきます」なんてできる人数じゃない。
今いるので衛兵6人、冒険者2人、ボク達6人…ルーフェニアさんに、助けた人が5人…コレは大仕事になりそうだ。
「あ、そうだ狐鈴、昨日冷ましていた【焼きミツル】を荷車から持って来てーっ、ルーフェニアさん起こさない様にね」
兵士達と会話をしていた狐鈴に声をかける。兵士の皆さん楽しい時間を邪魔しちゃってごめんね…女の人の寝ているところだし勘弁してね。
兵士達には火力を下げる様にカマドを広げてもらい、鉄板を乗せる。
和穂には収納空間に入れてもらっていた寸胴鍋を出してもらい、いったん別の鉄板の上に買い溜めして来たパンと材料を山の様に出してもらう。
ボクは寸胴鍋に蜂蜜、砂糖、ミルク、卵を大量に投入し、しっかりと混ぜてタネを作る。
パンを拳大ほどの大きさに切りつつ、しっかりとタネが染み込む様に、小さく切り込みを入れ、鍋に投入する。プカプカ浮いて来るパン達を上から押してタネの中に沈め、染み込ませる。
何というか…ここまで来るとフレンチトーストではない別の物に感じて来る。
「持ってきたー」
狐鈴は、両手に昨日焼いて放置していた、【焼きミツル】を持ってくる。
さて、どうなっているか…香りは昨日より甘い匂いが落ち着いている。
昨日同様厚手の葉っぱをスプーンの代わりにして掬ってみる。緩めのカスタードクリームの様だった物がプリンの様な硬さになっていた。
ひと口食べてみる…。お?コレは?バナナ風味のプリンだ…甘味も冷ますと、程よい甘さまで落ち着く。
「へぇ〜…コレは驚いた…」
ボクが呟くと、シルもひと口、和穂も狐鈴もひと口食べる。
「おぉ、コレは美味しいね」
「んぅ〜…♪」
「コレはうまいのぉ」
「あ、でも全部食べたらルーフェニアさんに泣かれるよ」
ボクが釘をさすと和穂はしぶしぶ蓋を閉める。昨夜の食べかけだった方は、冒険者の2人が食べていた。
「まだミツルあったよね、今のうち焼いておいたら?後で食べれるよ」
目で訴えていた和穂に伝えると、狐鈴と10個程焚き火を囲む様に並べられる。異様な光景だな…。
鉄板の上にレンガのようなバターを溶かし、寸胴鍋で染み込ませたパンを、トングで挟み、鉄板の上に並べていく。
ジュワッと音を立て、バターの香ばしい香りとタネの甘い香りを辺りに漂わせながら次々焼かれていく。
寸胴鍋のパンを鉄板に並べ切ったら、次のパンを投入し、タネを染み込ませていく。
ここからが忙しかった。例え弱火に調節しても相手は甘い卵、そして炭火。焦げてしまわない様に何度もひっくり返していく。
みんなに皿を持たせて、焼き上がる端から順に皿へと乗せていく。
とりあえず、ここに居る者のお腹をどうにか満たしてやらねば…という使命感がボクの頭の中に生まれる。
でも、なんというか、こうも甘い者が続くと、ベーコンとか、ソーセージとか、ハムとかちょっとした塩気のある物が恋しくなるね…
もう一枚の鉄板も火にかけて、アイルとモレットのソテーも作っていく。
昨晩スープに入れきれなくて別にしていたやつだったけど、甘くなった口には良いんじゃないかな。
次々と焼いていると、周りの感想にいちいち耳を傾けている余裕はなくなる。
味見はしてないけど、和穂とシルの溶けた表情を見てれば十分分かる。
「あ、和穂っ、時々ミツルの向き変えてね」
目を細めて、フレンチトーストを頬張っていた和穂は、ボクの声にコクコク頷き、時々皿を置いてはミツルの向きを変える。
暫くするとお腹を満たした兵士と冒険者は席を空ける。すると、匂いにつられて目を覚ましたルーフェニアさん、避難してきた人達が席に腰をかける。
『をを…?』
ルーフェニアさんは焚き火の周りに置かれたミツル達に驚きを見せる。
ひと足先に満腹になった狐鈴は和穂に代わってミツルの面倒を見ている。
「え!?アレが??」
昨夜の失敗スイーツを口にしていたから、今の変貌に更に驚く。
ジィッと見ていた子供達に笑いかけ、残りを譲り、フレンチトーストと、ソテーを口にして、幸せそうな表情をする。
引き続き食べる和穂の隣で、ようやく落ち着きを見せてきた鉄板に目を向けながら、ボクもようやく朝ごはんを食べる。
タネをつけていないパンを鉄板の隅で焼いてソテーを乗せパクつく、サクサクッとパンの噛み締める音と、ソテーの塩気。うん、美味しい。
二口目と思ったら和穂に食べられた。うぅ…。
「そなた達はっ!?」
ミツルを冷ます為に荷車へと移していた狐鈴が、意外な来訪者を見つける。
声の方を振り返ると、馬が休んでいる森の先に人影が見える。
民族衣装を身に纏った、人影2人がコチラの見える場所まで出て来る。
1人は青い長髪を後ろで縛り、1人は金髪で髪を立てている。2人とも2メートルはあるだろうか長身の男性で、額に1本の角を生やしていた。
顔を赤らめながら、気まずそうに、耳を鷲掴みにしたヌギルをこちらへ見せ、口を開く。
『すまない、コレと引き換えに、その食事を分けてもらえないだろうか…』
あ…ここにも食いしん坊さんがいた…。
オークの様に問答無用に暴れていたならば、きっとここは小さな戦場になっていただろう。
しかし、彼らは一度は姿を消したにも関わらず、ボク達の前に姿を現してきた。フレンチトーストの匂いにつられて…。
友好的に来た者に敵対する必要はない、そりゃあいくらか警戒はさせてもらうけど。
フレンチトーストを頬張りながら少年のように笑顔になる2人、喜んでもらえた様で何よりだ。
2人はどうやら、海に向かっている旅人らしい。探索や依頼をこなして仕事にしている冒険者ではなく、狩ったものを食事にしてその場しのぎの、その場暮らしをしている旅人だという。
『いやぁ〜、本当に久しぶりに美味いものを食ったよ。さっきは命からがら逃げた状態だったから、今の状態が嘘みたいだ。俺等も旅人とは言え、命あってのものだからな』
金髪のオーガは指を舐め、笑いながら言う。
「ほぅ、ワチには余裕をもって逃げた様に見えたがのぅ」
狐鈴は意地悪な笑いをしながら話す。
『いや、俺等だって敵わねえ相手に手を出したりしねえよ』
青髪のオーガも両手を挙げて言う。
『まったく、俺等が逃げまわる程相手にしたくない者達が、まさか伝説のシル=ローズさんの連れだったなんてよ…』
金髪のオーガが呆れた顔で付け加えて言う。
眠た気な目をオーガ達にチロリと向けるシルに、避難民も冒険者も声を揃えてビックリする。
へぇ〜、シルの名前は本人の知らないところで随分知れ渡っているんだね…。
『ちなみに、どんな伝説が話されているの?』
ルーフェニアさんが金髪のオーガにたずねると、苦笑いしながらシルの表情をうかがう。
『あたしも聞いてみたいね』
シルは微笑むが、逆に圧がかかっているようにも見えなくない。
『そ、そりゃあ、スゲー人だって。
ハーフエルフだって言うのに、周りを寄せ付けない程の圧倒的な魔力をもっていて、道理に反った子がいると、連帯責任として、その地の生き物を根絶やしにして行くとか…
嘘をつくと爆発する道具を体に着けられて、一生外せなくなるとか…
魔物の巣に無理矢理連れて行かれて、置いて行かれるとか…」
わぉ、過激な話し…。
本人を前にしながらだから、頭から汗を飛ばしているようにも見える。
『うん、あながち間違ってはいない様だね』
頷きながら、サラリと言うシルに、皆驚きの表情をする。
『さすがにそこまではしないケド、噂なんて所詮、尾鰭や背鰭が着くもんじゃない?その程度の脅し文句なら子供もおとなしく、大人の言う事聞くだろうよ』
ニパッとシルは笑う。
「さすが、子供の頃うっかりで山を1つ消す様な人間は心が広いのぉ」
狐鈴の言葉にざわめく空気、笑顔の狐鈴の背後に立つシル。こめかみを両方の拳で挟みグリグリッとする。
「狐鈴さん、それを言っちゃあ、いけないよ」
「いだだだだだだっ」
あぁ、こうして更に噂が大きな物にとなって行くんだね…。
最後のフレンチトーストを焼き上げ、オーガの2人と和穂、小さく切って子供たちの皿に乗せてやる。
ほぼ、空になった寸胴を傾け、残りを鉄板へと広げる。
沈殿していた蜂蜜などが焼け、甘い玉子焼きになる。パンを避け、クルクルと巻いて、トントントンッとヘラで切って行く。
満腹になっていたハズだが、鉄板を囲んでいた者は喉を鳴らして、出来立ての玉子焼きに視線を落とす。
『欲しい人?』
ボクがひと言かけると、皿がニュッと目の前に広げられる。玉子焼きをひとつづつ皿に乗せてやり、残っていたフレンチトーストは和穂の皿に置いてやる。
いやぁ、朝から賑やかな出だしになったな。それにしても、人との干渉を避けるなんて言われていた鬼が、実は食いしん坊で話してみると結構楽しい人だった。
朝のあの緊張感は何だったんだろうねぇ。
オーガ達の目的地は、ボク達の森の果ての更に先、必然的にボク達と行動を共にする事になった。
避難して来た人の荷車と、狐鈴と和穂を残して、ボク達は再度路を進む。
人との出会いも一期一会とはよく言ったもの、ボクは改めて、コチラの世界に来て、短い時間で触れ合った人の多さに驚いた。
ボクはシルと共に久しぶりに、ダジャルの背に乗り、荷車では【焼きミツル】に囲まれてルーフェニアさんとオーガ達が会話を楽しんでいる。
好奇心旺盛のルーフェニアさん、旅を愛し、転々と各地を回る2人のオーガ、会話は尽きる事なく行われていた。
「ねぇシル、今回のオンダさん達の事が終わったら行ってみたい所があるんだ」
ボクはシルに声をかける。
「ゆっくりしたいなんて言っていたのに、もう次の話しかい?」
「ん…無駄足になるかもしれないんだけどさ、チャコの両親の息絶えた地にね、なんだか両親がいる様な気がするんだよ…」
「そうか、アキラも今回の旅で、色々思う事が出来るように成長したわけなんだな。
いいよ、あたしが案内したげるよ、アキラは可愛い子だから、いっぱい旅をさせないとね」
シルはボクの頭に顔をつけスーッと匂いを嗅ぐ。
「ん〜、その前にやっぱり、お風呂には入った方が良いな…」
「嗅がないでよ〜」
あはは、と馬車の進む音にボク達の笑い声が合わさり街道へ響く。
お帰りなさいませ、お疲れ様でした。
前回の話から時間をあけすぎてしまったので、2話投稿させていただきました。
今回はどちらの世界にも共通する人種の鬼を出してみました。放浪者ではありますが、食いしん坊に悪い人はいない、今後チラホラと出していきたい愛するべきキャラにしたいですね。
それでは、本日はこの辺りで、また次の物語りでお会いしましょう〜♪




