第50話 ワーラパント邸の決戦!
ワーラパント男爵邸の警護する衛兵が声を上げながら、徐々に人数を増やし此方へと向かってくる。
騒ぎを聞きつけ、和穂によって自由にされた御霊達も集まってくる。
狐鈴は錫杖を取り出し大きく回した後、地面にトンッと突き立てる。すると狐鈴を中心に地面が青白く光り広がっていく、そして敷地内の御霊が衛兵達にも見えるようになる。
「うわっ!何だお前達は!?」
「ど、どこから?」
「湧いて来た!?」
「ひゃっ、アイツ…噴水の幽霊だっ」
特に幽霊達は手を出していないが、目に見えるという存在だけで衛兵は大混乱になる。
すり抜ける槍を振り回す者、顔を青くし逃げ出す者…しかし、門から外にも出られず、建物にも入れず、ただ逃げ回る。
「さあ、お互い干渉はできない状態じゃが、精神的なダメージを与えるには十分じゃろ、暴れてくるが良いぞ。
そう、建物の中にいる者達への挨拶なんかはどうじゃ?」
狐鈴はニヒッと笑い、冒険者達に伝える。
冒険者達も意地悪な笑顔を浮かべ建物の中へとすり抜けていく。
「さて、ソナタをどこまで戻してやれるかわからぬが、ワチに身を任せるとよい…」
横たわるソーニャの隣りに腰を降ろし、回復を試みる。
ミュルドは警報を鳴らした事で安心したのか、ニヤリと口元を歪ませ鞭の先を和穂へ突きつけ、素振りをする。
「クラマ、ワーラパントの元に、逃すな」
和穂に指示されたクラマは、ひとつ頷き、鉄格子をすり抜け先程の執務室へと飛んで行く。
「どこのどいつか知らんが、お前は美しい。ひひひ、どうだ俺のそばに置いてやろぅ」
「御免被る」
和穂は真顔で即答する。
「くっ、くそっ、まぁいい、奴隷契約を使ってでも手に入れてやらぁ」
即答の和穂の言葉にイラつきの表情を浮かべ、落ち着きなく鞭の音を立てる。
手首の振り方や力の掛け方から、ミュルドは常日頃から獣人相手だけではなく、折檻などでも手にかけている様に思われる。
和穂との距離を詰めて来るミュルド。
「そおうらよっ!」
ミュルドは顔を目掛けて鞭の先をしならせ、ヒュヒュンッと音を立てる。
ビシッ!
和穂は鞭の先端を左手の人差し指と中指で挟み込み、鞭の動きを止める。
「なっ!?」
想像外の状況に驚くミュルドを、和穂はそのまま鞭ごとぐいっと引き寄せる、ミュルドは体勢を崩され、一本背負いの様にベッドへ叩きつけられる。
バフッ
「うおぁっ!」
ふんわりとしたベッドだからか、ミュルドの身体が面白いくらいに沈む。
和穂は跳躍し、ミュルドの沈んだベッドへ大きく振りかぶった右手を突き立てる。
ミュルドが咄嗟に身体を横へと捻ると、今まさにいた場所へと和穂の右手がめり込み、ベッドに穴を開ける。手を引き抜くと、羽毛が飛び散る。
ミュルドは身体をゴロリと、転がる様に上体を起き上がらせ、掛け布団を目隠しとして和穂に被せる様に放り投げる。
和穂は後方に下がり、布団を避ける。
徐々に控えの間が騒がしくなってくる。
「こ、こっちだっサッサと来やがれっ!!」
ベッドから身体を起こし、ミュルドが叫ぶ。
控えの間から、簡易な鎧で身を固めた衛兵に、髭に覆われた盗賊のような男達が武器を片手に部屋へと流れ込んでくる。
「何ものだっ!」
舞い散る羽毛と、ベッド脇に逃げているミュルド対峙する和穂を目にした、衛兵の1人が和穂に駆け寄り掴み掛かろうとする。
和穂はこちらへと伸ばされた手を叩き払い、鎧の上から両手で突き飛ばすように掌底を打ち込む。
「がはっ」
衛兵は後方に吹き飛び、壁へと激突し、そのまま床へと落ちる。
部屋へと流れ混んできた人数は30人程、冒険者ギルドのホール程の広さのあるこの部屋では、さほど窮屈には感じられなかった。
「ルーク彼女達をっ」
「任せて」
流れ込んで来た男達の近くで待機していたルークが姿を現し周囲を驚かせる。
「その侵入者をひっ捕えた者には褒美をやるぞ!」
表情を引き攣らせながら、両手を広げてミュルドは叫ぶ。
衛兵は現状の把握ができておらず躊躇していたが、髭面の男達は奮起し、我先にと和穂へと飛びかかってくる。
突如、和穂はこの状況に似つかわしくない、微笑みを浮かべる。
アキラの幸せに満ちた感情が、和穂へと流れてきたのだ。先程まであんなにも悲しみと、不安が絡み合っていたアキラの感情だったのに…
普段表情を出さない和穂が、無意識のうちに微笑んでいた。
一瞬ではあったが、その表情を見た者は魅了され、動きを止める。
和穂はすぐに普段の表情に戻り、手近の男をミュルドに向かって投げつける。
ミュルドはカエルが潰された様な「ぐえぇっ」という声をあげて、再びベッドへと沈み込む。
そこからは流れる様に、囲む男達に、肘や掌底を使い、的確にアゴやみぞおち、後頭部への急所攻撃を繰り出したり、投げつける。
脳震盪で倒れる者、床へ叩きつけられてもんどり打つ者が、次々と増えていく。
「構わん多少傷物にしてでも捕らえるんだ!!」
思う様にいかない現状に、ミュルドは苛立ちを強め叫ぶ。
そのタイミングで、扉のない壁から、獣人や冒険者だった者、侍女が身体を透き通らせ顔を出す。
悲しみと絶望を背負った表情でミュルドを見下ろす。
「ウアヒィッ!!」
想像もしていない場所から顔を出した御霊に驚いたミュルドは、起こした身体を後方にひっくり返らせる。
「よぉ、アンタには散々世話になったなぁ」
「ミュルド様、あんなにもお慕いしておりましたのに…」
「ただ、ウチに帰り…いだけ…のに…」
御霊は次第に屍の表情に、そしてゾンビの様に、頬や鼻や身体の皮膚や肉が崩れていく姿をミュルドへと見せる…大した演出だ。
そのまま、御霊達はミュルドへと近づいていく…。
「く、くるなっ、くるなぁっ!!うあぁあーっ!!」
発狂したミュルドは、ベッド周りにあった物を手当たり次第御霊へと投げつける。
投げられた物は御霊をすり抜け、床に倒れている族に当たる。
和穂を囲っていた族や、衛兵も恐怖に顔を歪め、腰を抜かしたり、巻き添いから避けるべく壁際へと後ずさる。
和穂はルークの控えている鉄格子の近くまで行き、透き通る声をこの場の者達の頭に直接話しかける。
「皆の者静まれよ、我は神の代行者だ!」
混乱に騒ぎ立てていた場が一瞬で静かになる。御霊達もスッと壁に姿を消す。
「我等の逆鱗に触れた族の雇い主、ミュルドとこの男爵家を潰させて貰う!ここからは容赦はせん!命をかける者のみかかって参れっ!!」
和穂は言葉と共に掌底で『ドカンッ!!』と壁に半面分ほどの大穴を空け、室内に向き直り、スラリと両手に刃を握り構える。
和穂の後ろの大穴の先には陽の落ちたコロモンの街が広がる。
衛兵もゴロツキも誰1人として動ける者がいなかった…圧倒的な力と殺気を突きつけられ、固まっている。
「ふ、ふざ、ふざけるなっ!!ココでは俺が絶対なんだっ!おま、お前らっ!!そいつをひっ捕えろっ!!」
ミュルドは声を荒げ、青かった顔を真っ赤にし、叫びながら壺を和穂に向けて投げつける。
和穂はその場で、両手の刃を振るう。その動作は人の目で捉える事はできず、投げられた壺は一瞬で砕かれるではなく、切り刻まれてしまった。分かる者には嫌でも刃の切れ味と技術の高さが見せつけられる。
「もう、良いか?」
「チィッ」
和穂の注意がミュルドに向いている事を良い事に、1人の髭面の男が和穂に向けて剣を振り下ろす。
和穂は何事もなかったかの様に、男の横を歩いて通り抜けると、男は剣ごと血飛沫もあげず、肉片として刻まれてしまっていた。
「他は来ないのか?」
和穂は氷の様に冷たい視線を周囲に送る。
「まったく、本当にバカな奴らだな。あんた達はシル=ローズの怒りに触れた。そして運悪く、その場に居合わせていた、神の使いの巫女達の怒りにも触れてしまったんだよ…」
ルークが呟く。
「あああぁぁぁあ……」
ルークの呟きを耳にし、壁際に避難していた衛兵が頭を抱えて震え、膝から崩れる。
和穂がゆっくりとミュルドへと近づいていく。
「貴様の道楽には吐き気がする…貴様に天誅を下す」
和穂の金色の瞳が光る。
「おおおおおおおおーーっっっ!!!くるなっ!くるなぁっ!!」
手をブンブンと振り回しながら、ミュルドは叫ぶ。
「終わりだ」
和穂の壁を砕いた音を聞いて、ワーラパント当主は、執事と衛兵を連れて執務室を飛び出し、玄関ホールの吹き抜けに向かう廊下を駆けていた。
「いったい、何が起きてんだ、これだけ騒ぎになっていれば街の衛兵団だって駆けつけて来ているハズだろ!」
自分達の正面、吹き抜けの柵に1羽の白い鳥がとまって瞳を青く光らせている。
ワーラパントと執事を挟む形で共に駆けていた衛兵の1人がクラマに向けて槍を突き立て突っ込んでくる。
「やれやれ…」
クラマが翼を横薙ぎすると、クラマに向かって駆け寄って来た衛兵の首が落ち、勢いそのままにズシャリと正面から崩れる。
切り離された首は血飛沫を上げながら、後ろに控えていた、ワーラパントを含む集団の前に転がり顔をそちらに向け止まる。
「ヒィッ!」
その場にいた者は恐怖に後ずさる。
『みんな、お疲れ様、街の衛兵団による屋敷の包囲が完了したよ』
アキラの念話が皆の元へと届く。
「ふん…」
クラマは身を翻し外へ向かって壁をすり抜けて飛んでいく。
アキラの念話が入り、狐鈴は衛兵達が敷地内へと入って来れる様に、いったん結界を解除する。
自由に動き回っていた御霊達も、一度は元の場所まで引き戻される。
後で目に見える様にしてやれば、その場所を頼りに、掘り返してやれるし、全てから解放される。
ワーラパントが執事と衛兵と共に玄関より外へと出ると、街の衛兵団が敷地を囲う壁に沿って取り囲んでいる。
玄関の正面には、武装した衛兵団のロドグローリー大隊長と、冒険者ギルドマスターのナティル、そして銀の編み込まれた長髪を垂らしている女性が横に並び、その後方には前髪の一部を白髪にした黒髪の女性、見慣れない服装をした金髪の獣人、その手に抱えられている白い鳥がいる。
「なっ、そ、その鳥は…」
ワーラパント家の衛兵が声を出す。
「控えよっ!」
ロドグローリーが制す。
フワリッと空より、金髪の少女と同じ格好をした、黒髪の女性が舞い降りてくる。
羽根のように音も立てず、着地したその光景を見て、取り囲んでいた衛兵も外壁周りに集まった野次馬の街人も、騒めいた。
「お前たちが賊かっ!!この度のこの様な騒ぎ、ココが誰の屋敷か知っての行動かっ!衛兵達よ、この者達を直ちにひっ捕えよっ!!」
執事が声を荒げ指示を出す。
「ああ?ボンクラ息子の父親の家だろっ、小物の癖に親の隠れ蓑に守られ、やりたい放題、人攫いに、人殺し、コチラは、先日あんたの息子にけしかけられたアホな連中に大切な仲間を殺され、昨日再び現れたから身柄を縛り上げて吐かせたんだ」
シルが、腕を組んだまま一歩踏み出し、淡々と話しかける。
「お前、その暴言後悔する事になるぞ、私は…」
ワナワナと怒りの表情を露わにしている男にシルは間髪いれず発する。
「ワーラパントだろ、アンタの名前なんか興味ないって…アタシには形ばかり大事にしている爵位なんてどうでもいいんだ、でもあんたはあのボンクラを好き勝手させていた共犯者だっ!」
シルが言うとさらに周囲が騒めく。
「無礼者っ!!貴様っ!名を名乗れっ!!」
シルが面倒くさそうに大きくため息をつく。
「あたしの名前はシル=ローズ」
ザワザワ…
この場にいる、街に住む者なら誰でも聞いた事のある名前が出てくる。
その名乗りだけで、周りを緊迫した空気にするには十分だったが、シルは続ける。
「あー、権力にうるさいあんたらには、フルネームで言った方が立場が分かるね。
よく聞けよっ!ワーラパント、あたしはシル=ローズ=ラミュレットだ。もう一度聞こうか、後悔するのが誰だか言ってみるが良い」
ワーラパント側の人間が青い顔をして膝から崩れ落ち、おとなしくなる。
ザワザワ…シルが啖呵を切って、周りは騒めく…。
あれ?多分名乗りをあげたんだよね?言葉の理解に乏しいボクには、状況の変化がよくわからない。
さらに、なんだか、こちら側のはずのロドグローリーさんもナティルさんも表情が変わった気がするのは気のせいかな??
シルの名乗りでこの場が制された。
「さ、さぁ、屋敷を調べさせて貰う」
ロドグローリー大隊長は改めて指揮をとろうとしたが、狐鈴が声をかけ止める。
「ちょいと待っとくれ。今から再び結界を展開させて、この敷地に埋められた御霊達を見える様にする。
勝手な願いですまないのじゃが、御霊の下に彼らの身体が埋められておる。
掘り起こしてやってはくれないかの?このままにしてしまうと、あまりに救われないのでな」
狐鈴は、ロドグローリー大隊長にお願いする。
「力添え感謝する。是が非でもこちらでやらせていただきたい」
ロドグローリー大隊長は深々と礼をする。
そして、和穂もロドグローリー大隊長の元に行き声をかける。
「私の降りて来た部屋に怪我人が大勢いる。あと…ミュルドを含めて何人か処理した…」
「拙者もこの家の者に手をかけてしまった」
和穂とクラマが報告する。
「どうせ、手を出して返り討ちにされたんだろ」
ナティルは腕組みをしたまま哀れんだ表情で言う。
そして、その報告を聞いたワーラパントは絶望の表情をし、肩を落とす。
屋敷を取り囲んでいた、街人にはこちらのやりとりは聞こえていないだろうが、悪名高いワーラパント男爵家の陥落を雰囲気で感じ取り、歓声をあげる。
アキラにとっては、一部始終やりとりが聞こえていたものの、ちっとも流れは把握できていない。
おそらく、勝利を得て、丸く納められたのであろうという、空気だけは感じとれた。
屋敷内に衛兵が入って行った事で、鉄格子の中の者達の保護から解放されたルークが、破壊された壁の大穴からこちらへと飛んでくる。
「みんなお疲れ様、今日はゆっくりコロモンを満喫しようじゃないか」
シルが言うとナティルが衛兵に指揮をとるロドグローリーに代わって、声をかけ止める。
『シル=ローズさん、申し訳ないが、明日は朝から、今後の事について話したいのだが…』
『ああ、それは構わないけど、それより頼みがある。早ければ今夜、遅くても近々、私の森で取り逃がした族が2人程、街門をくぐるハズなんだよ。あと、仲間の家に捕らえている3人の身柄をどうにかしたい』
『承知した、族の特徴を後で門番に報告しておこう、捕らえている族の身柄に関しても、明日の朝にはどうするか知らせよう』
シルとナティルさんとで、いくつか言葉を交わしていた。
ボクはついさっき壁を越えて初めて敷地の中に入ったのだけれど、何と言うか【お屋敷】というより【墓地】に近い雰囲気が感じられた。
壁の外からでも、異様な感じはしていた…。
「それにしても…随分な量の御霊が地に縛られている様だね…」
改めて、ワーラパント男爵邸…敷地内を見回すと、何と言うか…
花壇や植木、噴水など、本来庭を美しく飾る為の物たちが、全て死体を隠すための道具にされている様で…。
ボクは悲しい気持ちになってしまう。
木霊や花の精霊が悲しそうに埋められたであろう御霊を見つめている…。
「なあに、この後は悪い様にはされんじゃろう」
狐鈴は先程ロドグローリーさんに伝えていた事を早速実行に移す。
錫杖を取り出し、何度かシャンシャンと鳴らし、先端を地にトンッと突くと地が光る。
壁に沿って警備していた衛兵が、突如現れた御霊の数に驚きを示す。
浮き上がった御霊の数はざっと50体以上、もともと見えていたボクからしたら、何の変化もないものだが、この数の人影が一瞬で現れたとなると、目を疑いたくもなるだろう。
「これで、ココに縛られていた霊達も解放できるね」
ボクが呟くと、狐鈴はなんともいえない表情で、「ここだけじゃないのじゃ…」と屋敷の裏側へとボク達(ボク、シル、和穂、クラマ、ルーク、ナティルさん、ルーフェニアさん)を誘導する。
お帰りなさいませ、お連れ様でした。
今回もまた、和穂中心の戦闘となってしまいました。
そして、今回はいっぱい喋っていましたね。
設定上では狐鈴は和穂の3倍は喋らせる予定なので、今回は和穂の会で逆に良かったのかもしれません…
次回は後片付けとシルの事とか少し書きたいなと思ってます。
それでは、また次の物語でお会いできたら嬉しく思います。
誤字脱字の報告ありがとうございます。




