第45話 ボク模擬戦観覧(その2)。
修練場を観覧している者達の興奮は冷める事なく空気は温まっていた。
誰も想像していなかった、衛兵大隊長の大男が、ついさっき現れた謎の少女にひっくり返されるという出来事が目の前で起きていたのだ…。
ナティルさんは首をコキコキ、肩をぐるぐる回して準備運動をしている。
狐鈴とロドグローリーさんの戦いを見て、高揚している様だ。
和穂も中央まで行き、準備運動としてストレッチをし、跳躍している(食べた物を下に降ろしているのかな?)。
トン、トン、トーーーンと3mは軽く越えるであろう跳躍をし、音もたてずにふわりと着地する。
観客はザワザワっと声をあげる。
ふと、思い出したかのように背中の武器を取り外し、収納空間へとしまう。
感触に慣れない二振りの短剣を振り回して、ふう…と溜め息をつく。
お互い身体が温まったのか、どちらからともなく向かい合い構える。
和穂は短剣を両方とも逆手で握り左半身を前に出し、重心を低くしたいつもの構えだ。
一方ナティルは足を肩幅より少し広めに開き腰を落とす。
右手は斧部のすぐ下の柄に左手は柄の中間辺りで握っている。どうやら力で振り回すのではなく、小さな動きで打撃を与えてくるタイプなのであろう。
対峙する2人の間合いは狐鈴達より距離をとっている。
ロドグローリーの「はじめっ!」という合図と共に地面を蹴り、前方に向かって跳躍する和穂。間を詰める速度が異常なほど速い。
おそらく普通の人には、自分の目を頼りに和穂の動きを追うのは難しいだろう。
ナティルは合図と同時に、右脚を前に出しながら戦斧を右から左へと横薙ぎにする。
「そらっ!」
和穂が合図と共に、突っ込んで間合いを詰める事を予想していたかのような動きだ。
和穂は寸前のところで後方に飛び位置を変えるがナティルは右手を離し、柄の端を握り、更に左脚を踏み込みながら、戦斧をぐるりと回し、上から下へと振り降ろす。
「よっとっ!」
和穂はナティルの右側より間合いを詰め、右の短剣で下から上へと切り上げる。ナティルは右手を咄嗟に離し身体を後方に反らせる。ちょうど右手のあった辺りを通り、顎のあった位置を剣先がかすめる。
「っぶねぇ!」
片手で勢いを殺せない戦斧が地面にドスンッと叩きつけられる。
ナティルは腰に収めていた短剣の柄を握りすぐさま右へと横薙ぎに斬りつける。
和穂はすぐ左の短剣で横薙ぎし、ナティルの短剣とぶつけ合う。
『カーンッ!!』
短剣同士の接触による乾いた木の音が響く。
お互いの短剣は弾かれるが、和穂はそれで止まらなかった。
そのままの勢いで左足を軸に、右後ろ回し蹴りを繰り出す。「くっ!」
ナティルは膝を上げガードする。
ガードに気が付いた和穂は蹴り上げかけた右足を曲げ身体を捻り、右足で地面を蹴り、左足でナティルの右肩を蹴り上げる。
ズパーーンッ!!
たまらず、よろけるナティル。
「くうぅ…いってぇーっ!」
和穂は蹴り上げた左足を地面に降ろし、再度右の短剣を下から上へと切り上げる。
ナティルは戦斧を引きずりながら後方へと下がり距離をとる。
一連の動作が速くて、場所によっては何が起きたのか分からなかっただろう…
両者は少し離れた間合いをとる、ナティルが右手に握っていた短剣を投擲して、正面から間合いを詰めてくる。
和穂も左の短剣を投擲し先に放たれた短剣を弾きあげる、和穂の短剣はそのまま、ナティルの右肩目掛けて飛んでいく。さすがの和穂の投擲の正確さに「なっ!!」と驚きを見せ、身体を捻りギリギリかわす。
かわした短剣は観覧している者に当たる事なく地面に落ちた。
ナティルの投擲後、弾き上げられて上空でゆっくり回転している短剣を、和穂は跳躍し、柄を左手でキャッチし、そのまま上から切り掛かる。
ナティルは両手で戦斧の柄を持ち上げ、和穂の打突を受け止める。「くうっ!」
そして、三度間合いを取り直した。これまでと和穂の雰囲気が変わる…。
今の攻防で左手の短剣が逆手から刃が上になる様に持ち変えられている。ただそれだけなのに、空気が変わったように思える。
体勢は左半身が前のままだが、先ほどより、上体を起こしている。左肘を曲げ前方へ突き出し、アゴの下辺りに短剣を握った左手がある。右手の短剣は逆手で握ったままだが、腕は伸ばされ身体の後方に隠れ正面から見えない様な状態だ。
最初の構え方が、獣の様な『攻撃的』な姿勢と例えるならば、今の構えは隙の見えない『静』の姿勢だ。
和穂と対峙しているナティルにとって、構えの違いから感じるプレッシャーは大きく異なっていた。
立っているだけで冷や汗が出てくる。どこからどう仕掛けても、攻撃する事を許されず、切り付けられるイメージしか湧かなくなる。
それが、刃引きされていない木剣であるのにだ…。
対面しているだけなのに喉が渇く…。
呼吸が浅い…。
鼓動が早い…。
目を見ているだけで体が痺れる…。
コレだ、自分の求めていたのは、こんな緊迫した、命のやりとりのような戦い…。
ギャラリーの声は自分の恐怖心でかき消されている。
『恐い』でも『挑みたい』………っ!!
気がついた時には自分の意思を置き去りに身体が勝手に動いていた。
「ををヲヲヲッ……!!!!」
全力で正面に構える少女に向かい間合いを詰めて駆けていく。
戦斧を右から大振りに横薙ぎさせる、足元にかかる地面を踏み締める力、腕へと伝わる遠心力、横へと振り抜ける戦斧の勢い……
ハッ!!と気がついた時には無音の世界から戻されていた。
正面で対峙していた少女の姿がない!?
「ーーッ!?」
横薙ぎさせた戦斧の先端に少女はフワリッと降り、地へと舞い降りる。
ナティルは気がついたときには膝から地に崩れていた。遠心力に負けてバランスを崩した。攻撃を受けたわけでもないのに、立っていられないほどの疲労感…。
圧倒的な力の差、格の違い…。
『完全なる敗北』
驚いた表情のまま、ロドグローリーが上から声をかけてくる。
「おい!大丈夫か!?」
その声で、今自分の視界が普段より低い位置にある事に気がつく
「あ…あぁ…」
ロドグローリーはツルツルの頭をポリポリ掻きながら苦笑いをして口を開く。
「いやぁ、俺も吃驚したんだが、短い時間の中でのアレだけのやり合い…でも、あの子にはまだまだ、見えない実力がありそうだな…」
「ほへっ!?」
我ながらマヌケな声が出た。
「考えてもみろよ、あの子の攻撃は1度たりともお前さんの死角になる物は無かったんだぜ…」
確かに…あたしの視界右側からの攻撃に関しては恐らく普通に…右手から繰り出す攻撃は縦の動きだった…見えない左側からの攻撃が全くない…。
おそらく…最後の死角からの攻撃を予測される構えのプレッシャーだけで、あたしは敗北したのだろう。
両腕を抱えて身震いがした…
あの子の本気って…。
こちらへ戻ってくる和穂に、手を振りながら迎え入れる。
「和穂っお帰りっ!何かいつもみたいな戦い方見れなかったけど、格好良かったよっ!」
ボクが和穂に伝えると頬をポリポリとかく。
そして、人差し指を立て口元に当てる…
ロドグローリーさんとナティルさんがこちらへと来る。
『負ーけだ、負けだ』
笑いながらナティルさんは言う。
ロドグローリーさんは言う。
「その、何と言うか、全く歯の立たないアレで申し訳ないな。
全く2人の実力を知れないままになってしまったので、もし良かったら、2人の実力を見せてもらえないだろうか…」
「ほむ…、ワチらの修練は、治療が出来るから、本当の斬り合いじゃよ。
命の綱渡りの中で力を伸ばしておるから、人に見せられる様なものじゃないのじゃよ。
それでも、ワチらの勝負を見てみたいと言うのか…?」
狐鈴は困った表情をボクの方に向けて来る。
狐鈴と和穂の強さの秘密って、本当の命の磨ぎ合いによるものだったのか…妙に納得する自分がいる。
だからこそ、危機感の無い模擬戦では、無意識であったとしても、力を抑えてしまうようだ…。
ボクはきっと、2人の本気の斬り合いなんて怖くて見ていられない…。
すると、狐鈴は何かを思いついた様に和穂に声をかける。
そして収納空間から一本の小さいロウソクを取り出す。
「和穂よ、これを使ってワチと斬り合ってみるかや?
勝った方が、アキラと3日間添い寝できるのはどうじゃ?」
ニパッと笑顔になる狐鈴…
「そんな事で2人が本気に斬り合うのかい…」
ありえない提案に呆れるボク。
しかし、目の前の和穂はギラリと目を光らせている。
え…!?
「ちなみにだけど…狐鈴の取り出したのはロウソク?それを使うってどういう事?」
「これはじゃの、火を灯すと2分ほどで燃え尽きるモノよ、2分程度なら、手の内を知った者同士、命の取り合いにまでは至らぬだろうよ」
修練場の中心には巫女服姿の少女が向き合う….
ボク達は2人を見守るため、離れた場所に移動する。
騒めいた観客がしばらくすると、シーンと物音ひとつ立てずに、見守る。
2人は自分の相棒を取り出す。
狐鈴は和傘、和穂は双刀。
そして狐火をそれぞれ6体召喚し浮遊させる。人魂のような狐火…狐鈴は赤い火、和穂は紫色の火。
狐鈴は和傘から右手でスラリと細身の刀を引き抜き、右下へ剣先を下げ、左手の和傘は閉じたまま手にしている。
和穂は姿勢を低くし、腰のサヤから逆手で双刀を引き抜く。
距離をとって向かい合い、ちょうど真ん中であろう位置に小さなロウソクが立てられている。
狐鈴はルビー色の深紅の瞳を光らせ、和穂は普段黒い瞳を金色に光らせている。
狐鈴が剣先を地に着けて擦ると火花が出、その火花が吸い込まれる様に蝋燭の芯に火を灯す。
シュッと和穂は姿勢を沈めた瞬間、狐鈴の元へと姿が移り、斬り込みに行く。
あまりの速さにボクの目には手元の刃がどの様な軌道で動いているのか分からなかった。
『キキンッキンッ!!』『キンッキンッ!!』
と取り残された刃の交わる音、時々光る刃の反射する光、そして火花…
狐鈴は狐火を刀に纏わり付かせ、燃える刀身を振るう。
刀身から火は切り離されるが延長を火の鞭が延びる。和穂その場で跳躍し、火の鞭を避ける。そのまま、狐火を狐鈴へと嗾ける。
後方へ距離をとり、襲いかかる狐火を狐鈴は和傘を広げ弾く。
その傘に向かって和穂は右手の刃を横薙ぎにする。
傘の先には狐鈴の姿はなく、傘がふわり宙に舞う…
同時に跳躍しながら下から上へと刀を斬り上げた状態の狐鈴が現れる。
和穂は捕らわれ切られたと思われた瞬間、狐火になる。
そのまま上から下へと軌道を変え斬りつける狐鈴、左の刃で受け流し、右の刃で狐鈴を斬りつける和穂…身体を捻り、寸前でかわし、着地した流れで印を組み炎の柱を出現させる狐鈴…
横へと飛び、足首を返し違う角度から斬りつける和穂、そこに向かって弧を描く斬撃を仕掛ける狐鈴…和穂が更に加速し、懐に入り込んだ瞬間、放置されていたロウソクの火が消える。
"ピタッ!"
2人の動きは止まる。
世界そのものも止まったかのように…
狐鈴が和穂の頭をポムポム叩く。
「ぬー、2分経っておらんのぉ…まあ仕方あるまい、最後に懐に潜り込んだソナタの勝ちじゃの」
終わりは突然にやってきた。
あれ…ボクの手の平は汗で濡れていた。
「はぁ〜…」
大きく息を吐くシルは力が抜け、ふにゃっとなる。
静まり帰ったままの修練場…
「どうじゃ?ちと、時間は短いが、これで満足したかや?」
狐鈴の言葉で現実へと引き戻される観覧客、何かが爆発したかの様に大騒ぎになる。
いつの間にか大騒ぎの他に、惜しみない拍手が送られた。
和穂はトテテテッとこちらに戻って来る、狐鈴はギャラリーに手を軽く降りピョンピョンッと戻って来る…
しばらく修練場は大騒ぎのまま…
すっかり肩を落としてしまった、ナティルさんとロドグローリーさん。
「クラマはこの2人とやり合ったんだよね?」
ボクの隣の柵にとまっているクラマに声をかけると、クラマはこちらを向き言う。
「……二度とやり合いたいとも思いませんな」
『凄いっ!凄いですっ!これが高ランカー同士の戦いなんですねっ!!』
修練場へ1人のギルド職員…ここにきた時にナティルさんの後ろにいた受付嬢が、顔を紅潮させ、沢山のファイルを胸に押し付けた状態で、ロドグローリーさんのお供で来ていた傭兵を引きずりながら入ってきた。
『ルーフェニア…』
ナティルさんが受付嬢に声をかける。
『思わず、息を止めて魅入ってしまいました!』
ルーフェニアと呼ばれた受付嬢は全く聞こえていない様子。
『ルーフェニア、落ち着けっ!!』
ナティルさんが、ルーフェニアと呼びながら受付嬢の尻をバシーンッ!と引っ叩く。
『ーー!!』
胸に抱えていたファイルを放りだし、お尻を抑えしゃがみ込むルーフェニア。
『あう…う…新しい快楽の世界の扉を開けたらどうするんですか…』
涙目でナティルさんを見上げるルーフェニア。
『しらん』
ナティルさんはふいっと答える。
そして、足下に放り出されたファイルを手に、パラパラとめくり、『良くやった…』と言い、お尻をさすっているルーフェニアの頭をワシワシと撫でる。
ルーフェニアはお尻を抑えた状態のままファイルを集める。
『それじゃ改めて話をしようか…』
ナティルさんは立ち上がり、再度ギルドの奥の間での話し合いを求めてきた。
お帰りなさいませ、お疲れ様でした。
今回は和穂のターンとおまけの戦闘になりました。
次回は少し話しが進展すると良いなと、思っています。
それではまた次の物語でお会いできたら嬉しいです。




