第43話 あたしギルド受付嬢(ルーフェニア視点)。
あたしは"ルーフェニア=ロイル"人間。
コロモン生まれ、コロモン育ちの、いわゆる街人Aだ。
この街から出たことのないあたしは、外の世界に憧れて…でも冒険に出るほどの秀でた何かを持っているわけでもなく、勇気もない。
冒険者ギルドコロモン支部の新米受付嬢として働いて、冒険者の皆さんの支えになって、時々外での冒険談を聞く事が、ささやかな楽しみだ。
「ふぁ〜…ようやくひと区切りですかね」
冒険者達の朝は早い、最新の依頼やクエストを誰よりも早く手に入れる為に、陽も出ぬうちから、掲示板に人垣を作って、食い入る様に見ている…
もっとも、その報酬で生活をしていて、国のため、街のため、そして人のために、生命をかけているわけなので、彼らを決して軽んじてはいない。
それぞれが依頼書を手に、受付けに集まるので、ギルドカードと依頼のランクが適しているのか、確認をしなくてはならない。安全管理もあたし達の仕事の1つだから….。
そんな朝一番の波がはけたタイミングで、カウンター越しに、コーヒーを手にして笑ったギルドマスターのナティルさんが、あたしに声をかけてくる。
「おつかれさん、ルーフェニアは今日も早番だったのかぁ?ホント面倒くせー事が好きなんだな?」
依頼を手にするまでが、冒険者にとって競争なのだ。
手にとってさえしまえば、任務の期日の決まっていない依頼に関しては、自分達のペースで報告できるので、バラけた時間での報告となる。
つまり、ギルドで一番バタバタしている時間が朝一番の夜明け前なのだ。
忙しいわ、朝早いわで、もっとも受付嬢にとって人気のない時間帯の勤務となる。
ナティルさんが、あたしにコーヒーを差し入れてくれる。こんな見た目なのに、面倒見がすごく良いのだ。
だから、あたしはナティルさんの面倒事を文句を言いながらこなして行く。流石に文句くらいは言わせてもらう。
「いただきます。でも、こんな面倒なシフトを組んでいるのは、ナティルさんなんですよー」
ジト目でナティルさんを見ると、「おっと」と苦笑いをしながら言う。
「でも、本当にお前さんもしっかりと働ける様になったもんだ、あたしは適材適所の割り当てをしてるだけなんだよ。
今日もこうして朝一番の波を乗り切ったのだから、送り出した冒険者の安全を祈りながら午後はゆっくりと過ごすと良いよ」
猫舌のあたしは渡されたコーヒーに息を吹きかけ、チビチビ舐める様に飲む。
玄関の扉が激しく開け放たれた。
あたしがビクッと身体を強張らせ、顔を上げるのと同時に、ナティルさんは振り返り、「乱暴に扱うんじゃねぇっ!」と開けた相手に怒鳴りつける。
玄関には駆け込んできた衛兵が息を切らせながら謝罪をしてきた。
「ハァハァ…申し訳ない…ただ、ギルドマスター殿がいて丁度良かった」
「あん?こんな朝っぱらから、誰か面倒な事でもしでかしたのかぁ?」
「いえ、正門に…あの"シル=ローズ"様が見知らぬ格好をした人間と獣人と精霊を連れてやって来て…」
「…何だって、誰かちょっかいでもかけた馬鹿野郎でも出ちまったか…」
ナティルさんの口調は変わらない、けど困惑した表情を向けている。
シル=ローズ様…人間嫌いで森に住んでいる若い魔女、エレメンタルウィザード…
『シル=ローズに手を出すな』
あたしが小さな頃、突然誰からともなく、聞いたことのある言葉、でもあたしはシル=ローズ様を見た事がない。
そして、エレメンタルウィザードなんて職種も噂でしか聞いた事がない。
だって、魔法には人の得意不得意が関係して、四大魔法のうち、ひとつを極めるか、持っていても2色なのだ…そうしないとバランスが悪くなるし、まず魔力が保たない…。
てっきり、子供が悪い事をした時に言い聞かす、架空の人物なのかと思っていた…。
「いえ、異国の者のギルド登録と、身元保証人になる手続きをしたいとか…。
…あとウチの団長殿と、会談の希望があってギルドの部屋を手配して欲しいそうなんです」
それを聞いたナティルさんは安堵のため息をつき、悪戯小僧のような表情になる。
「くふふ、そいつは面白そうだ、あたしが直々に対応させて貰おうじゃないか…」
このやりとりを聞いていた、冒険者達やギルドスタッフは突然の事態に、緊張し言葉を失った…
衛兵は役割を果たして、外へと出て行った。
「ルーフェニア、そこにあたしが入るから、後ろか、こっちにきてな」
カウンター脇からこちらへと、ナティルさんが、ズカズカ入ってくる。
あたしは、噂のシル=ローズ様をひと目でも見てみたいと思ったので、ナティルさんの後方で控える。
「ナティルさん、シル=ローズ様って実在する人物なんですね…」
「…はぁ…?どうしたルーフェニア?」
ナティルさんは残念な子を見る様な目であたしを見る。
「だって、おとぎ話の登場人物みたいな人じゃないですか…あたしも本人は見た事ないですよ」
腕組みをして、何か思う様に言う。
「ああ、シル=ローズさんは若い魔女だし、コロモンから歩いて、1日かかる様な森の端に住んでるし、人と会いたがらない変人だからな…
それでも、時々街に来たりしてるんだよ。
ひょっとしたら、アンタも知らないうちにすれ違っていたかもね」
ふふっと笑いながら、アタシに教えてくれる。
玄関が開かれる。
ザワッとそちらに注目があつまる。
長い銀髪を、編み込んだ、それほど長身でもない女性が入って来た…。
あの人がシル=ローズ様…
でも、あたしにはその後に入って来た人達の方が目の離せなかった。
肩より少し長めの黒髪と半分白い前髪、オッドアイなのかな?片目は白い、落ち着いた顔立ち…だけど、キョロキョロしている。着ているものは一般的な洋服だけど…。
その人の背後から抱きついている獣人と隣を歩く獣人も普通では無い。
上衣は白い合わせ、下衣は赤?オレンジ?なんとも表現できない色で、胸下近くまである長いスカートのような服を着ている。2人とも見た事のないくらい綺麗な顔立ちで、見ているだけでため息が出てしまう…肌の色は白く、綺麗を通り越して少し怖いくらいだ。服も容姿もなんとも目立つ存在だ。
そして、手に抱えている純白な鳥…と、背後を飛ぶ精霊。
バラバラで歩いていても、それぞれがきっと、嫌でも目に付く人達が、まとまって入って来たものだから、そりゃ皆んな驚くよね…あたしも正直言葉を失った。
その団体は、あたしの前…ナティルさんのカウンター前に到着する。
「いらっしゃい、話は聞いているよ」
ナティルさんの声かけに眠たげな緑色の眼で見上げた女性、シル=ローズ様はニコリと目を細め、後ろの女性に聞いたことのない言葉で話しかける。
その女性は緊張した様な表情、ぎこちない滑舌で、挨拶をしてきた。
「アキラ=ヤマギリです。宜しくお願いします」
丁寧な挨拶に一礼をする。ナティルさんは「宜しくな」と応え、こちらを振り返る。
あたしを見て苦笑いをしている。
「ルーフェニア、こっちは引き続き任せたよ、なんか普通じゃないのが来た気がする…」
あちらに声が届かない大きさで一言残して、奥の部屋へと案内していく。
一団が姿を消す辺りで、どっと騒つく。
緊迫した空気が落ち着く。
「おいおい、本物だぜ」
「あの、連れていた人達も普通じゃねぇな」
「超綺麗な人がいた…女のアタイでもドキッとしたよ」
「ナティルと何かあるかと思ったよ…」
「あの服装も、初めて見た…」
ザワザワしたカウンター、そしてホール…。
存在感ありすぎる、あの人達のライセンスすごく気になる…。
後でナティルさんにこっそり聞いてみよう。
あの獣人の方達は…狼?犬?狐?そしてあのお召し物は…初めて見たけど、普通ではない事は分かった…。
「…ルーフェニア?あなた大丈夫?」
隣のカウンターの先輩が声をかけてくる。
「ああ、御免なさいちょっと普通じゃないモノを見てしまった気分で、考え事をしてしまいました。
先輩はあの獣人の方々のお召し物を見た事ありますか?」
飲みやすく冷めたコーヒーを口にする。
「んー…ないわね。
確かに気になる容姿だったわね。
ひょっとしたら、出身の世界の民族衣装的な物なのか…あるいは職種とかに関係あるかもしれないわね…」
それからというもの、新規でギルド内に入って来た人達が出入りするだけで、もともといた冒険者達は、外に出る事なく居留まった。おそらく、今の一団が戻って来る出待ちなのであろう。
しばらくして、衛兵団のロドグローリー大隊長さんが、入ってくる。受付嬢が対応して、奥の部屋へと消えて行った。
どんな会談が繰り広げられているのだろう…。シル=ローズ様、ギルドマスターのナティルさん、衛兵団ロドグローリー大隊長さん…この街絡みの何かが起きようとしているのではないか、不安でしかない。
更にしばらくして、ナティルさんに呼ばれる。部屋の入り口まで行くと、部屋から疲弊しきったナティルさんが、こちらに出て来る。
「だ、大丈夫ですか!?ナティルさん…」
「ああ、すまない、やっぱり普通じゃありえない事ばかり起きてしまってな…」
苦笑いしている。こんなナティルさんはモンスターによるスタンピードの前兆報告を耳にした時以来だった…。
「あの方々は、何者だったんですか?」
あたしの言葉に、ナティルさんはいったん顔を引き攣らせたが重い口を開く。
壁に手をかけあたしを挟み込んで小さな声で教えてくれた。
「いずれ、広まる事だから、ルーフェニアには特別話してやる。
ただし、他言無用だ…約束できるか?」
真面目なナティルさんの表情に、あたしは茶化した言葉もでず、生唾を飲み込みコクコクと頷いた。
「あの獣人は巫女という職業でSランカーだ」
あたしの聞き間違い?
「エフ…?」
「いいや、エスだ。天職の鏡の初回判定でSランク表示された事なんて、正直あたしは聞いた事すらない。しかも、職業柄なのか複数の神の加護付きだ…2人も同時に」
話を聞いているだけなのに、喉が渇いて来る。
「み、見た目から普通じゃないのに…そんな2人だったんですかぁ?」
あたしの声が裏返る
「いんや、全員普通じゃなかったんだ。
あの白い鳥は式神で、精霊は水竜だし…。
最初あたしに挨拶してきた人間は、そんなSランカーと式神、精霊を使役している、精霊使いで、しかも、僧侶という二職持ちだった」
「エエェエェー…っムグ!?!」
ナティルさんに口を抑えられる。
つまり、あの部屋にいる方々は普通の人なんて1人もいなかった…って事だ。
そりゃ、ナティルさんも疲弊した表情にもなるわけだよ…。
「そんで、ここからがルーフェニアに直々に頼みたい事なんだよ….」
ニヤリッと笑うナティルさん。
こ、こっわ…そのくだりからのお願いって、すごく怖いんですケド…。
「まず、食堂の席の確保と修練場の貸切の手続き、そして過去の依頼の調べ物だ…」
拍子抜けした依頼内容だった…。
あたしは、ナティルさんから解放され、混乱した頭を整理する…いや、その前に依頼をこなす事にしよう。
食堂の担当スタッフに声をかけ、少し多めの席を確保してもらう。
修練場に誰も居ない事を確認し、入り口に貸し切りプレートをかける。
言われるがまま貸し切りにしたけれど、誰が何のために使うのだろう?
そして、2階にある資料庫で調べ物…過去10年で未解決になった行方不明の獣人に関する捜索依頼…。
捜索依頼と言う条件でだけなら、内容別のファイルがあるので、あとはアタシの気合いだけだ…。
『捜索』『獣人』『未解決』『依頼取り下げ』
『未解決』はファイルの前半に依頼書と別にリスト化されているので、比較的見つけやすい。
え…?なんだこれ…?
未解決になっているモノで12件、その中でワーラパント男爵家によって依頼とり下げされたモノが5件…。
普通こういった捜索願いって同族とかが取り下げたりするものじゃないのか…?
それがバラつく事なく、ワーラパント男爵家が取り下げている。
違和感しかない…。
報告するために、食堂に行っているであろうナティルさんを探していると、想像もしていない状況が目の前に起きていた。
先程の黒髪の方の獣人が、大皿を山にしながらモクモクと食事を片付けている様子だ。
ガッつくこと事なく、背筋をピンッと伸ばしモクモクと…
声をかけられずにいると、外に出ていたのかロドグローリーさんが、1人のお供を連れて戻って来た。
そんな状況にビックリしていたが、全部食べ終えた事を確認して「よし、行くかっ!」と一行は修練場に向かってしまった。
「ナティルさんとロドグローリーさんが模擬戦やるらしいよ、こりゃみものだな、行こーぜ!!」
と言う声が聞こえ、ゾロゾロと冒険者達は修練場に向かった。
あたしも見たい!
あたしは無意識に修練場に向かって走っていた。
お帰りなさいませ、お疲れ様でした。
箸休めというか、メインストーリーの裏側の視点でお届けさせてもらいました。
いかがでしたか?
それではまた、次の物語でお会いできると嬉しいです。




