第38話 ボク達の悪党退治のその後。
新年明けましておめでとうございます。
本年もこの物語共々よろしくお願いいたします。
ボクはいったん外の風に当たる為、玄関へと向かう。
蹴破られた玄関は内側へと倒れてきている。ボクは扉を抱え、壁に立て掛ける。
酷い有様になってしまった扉にさえ、可哀想に感じるのに、油を被って悲鳴をあげていた男達には、これっぽっちも感情が動かされなかった。
「うぉー!何で俺がこんなあり様になっちまったんだよ…」
陽もすっかり落ちてしまった外で炭状になった己の姿にすがりつき嘆いている1人の男がいる。
「ねぇ、アンタ、まだいたの?」
ボクの声を聞いた男は驚きの表情で後方へひっくり返る。
「て、てめぇは、キルトじゃねぇ、いったいなんなんだっ!!」
男はひっくり返ったままの体勢で睨んでくる。
「おぉ、これは今までにない反応だね。普通だと『俺が見えるのか?』とか言われるものなんだけどねぇ…」
何かと言われてもしっくりくる言葉が思い浮かばない…
「ん〜、アンタらにとったら死神…かな?」
男はボクが1歩近づくごとに後ろへと後ずさる。
「シルは優しいね、アンタなんかを痛みを感じさせる事もなく、一瞬で炭にしてあげるなんて…。
ボクはオンダさんの無念さを知ってから、アンタ達を絶対に許さないし、死んだ方が幸せに感じるくらい、恐怖と苦痛を与え続けたいとすら思っていたんだよ、それは何度も何度も何度も…分かるかい?ボクの気持ち…」
「寄るな…来るな…」
かつて男だった炭に向かって足を踏み下ろす。踏んだ場所が崩れ渇いた音が鳴る。
「や、やめろーっ!!」
「はぁ?アンタは自分の欲を満たす為に、将来を踏み躙る悪魔に、生贄としてメイルさんをささげようとしたんだろ?そして抵抗するオンダさんの命を奪ったんだよね…
しかも、キルトさんにまで手を出そうとしてたんだから、自業自得よ。
しかも、あんた達が先に手を出してきたんだから、生かそうが殺そうがこちらの自由だよ。
ボクは彷徨う魂を天へと導く事も、無に帰す事も出来るけど…
でも、アンタには手を差し伸べたりなんかしてやらない、生まれ変わる事なく、アンタはこの地に縛られてしまえ」
男は絶望の表情を見せる。
ボクは男の前に足を進め、しゃがみ込む。
そして自分の人差し指を男の眉間に突きつける。
「ボクと仲間はアンタの姿がよーく、よーく見えているからね…
でも簡単に許されると思わない事だよ
まぁ…5年も経てば気も変わるかもしれないけどね…」
男はそのまま仰向けにひっくり返り、両手で顔を覆い、声にならない声で叫ぶ。
「楽しみに待っていなよ、アンタの仲間や雇い主にこそ…
…まぁ、どーでもいいや…じゃあね、さようなら」
ボクは立ち上がり、伸びをひとつし、振り返ることもなく、手をヒラヒラさせ屋内へと戻る。
「おかえりー」
シルが声をかけてくる。
「シル何か聞き出せた?」
ため息をひとつついて、首を横に振り、シルがお茶の入ったカップを渡してくれる。
「喉を潰しているから、少し時間かかりそうだね…」
お茶を受け取り、ボクはシルに提案する。
「キルトさんをシルの家でしばらく過ごさせて、ボク達で、この人達の聞き取りと処遇をここで考えるのはどうだろう?」
「…そうね、特に仕事も立て込んでもいないし、コレを運び出すのも一苦労だろうし」
しばらくシルとキルトさんで、この提案に対し話をしていた。
二つ返事で了解をするものと思っていたのだが、なかなかすぐには返事がもらえていない。しぶしぶ承諾させたような感じだった。
「どうしたの?なかなか返事もらえなかった様じゃない?」
シルはふう…とため息をついて腕を組み口を開く。
「ホントよ。あの子もなかなか頑固なところがあるよね…。
これからもっと危険な場になるというのに、事の結末は自分の目で見たいとか、オンダさんの無念を一緒に晴らしたいとか、アキラの情報を聞ききれていないとか、料理もいくらも食べれていないとか、酔った後どうなるのか……」
「待って、ちょっと待って、後半の方何か違くない?」
シルの言葉を中断させる。
「いや、ちゃんと本人が言っていた事さ?
それだけ、危険と向かい合わせでも、アキラとの生活が魅力的だったって事だろうよ」
シルは両手を広げてため息をつきながら言う。
「う〜…、後半の事については…事が落ち着いたら、ボク達と同じ部屋に泊まる許可を、出してあげれば良いんじゃない?」
「ふむ、そうか」
シルはポンと手を叩き、キルトさんへ伝える。キルトさんは今日1番の笑顔を見せ親指を立てる。
いや、本来の目的はよ…?
男達の多少の回復がない事には、話が進まないので、気分転換にお風呂に行きたいと伝える。和穂達もお風呂に来る事を伝えると、キルトさんも『絶対に行く!』と、前のめりに参加希望に名乗り出た。
これからの事を狐鈴とも話を進める為、シルも一緒する。
男達は拘束し、お風呂の希望のなかったルークとトルトンさんに見張りをお願いした。
事前に念話で和穂にお風呂に向かう事を伝える。
風呂小屋に着くと既に露天風呂の湯気が上がっていた。
脱衣室にはイスに腰掛け足をプラプラさせる和穂がいた。
こちらの到着に気がつくと駆け寄って来る。すると横からキルトさんが飛び出し和穂に抱きつく。
和穂は手を伸ばし、キルトさんの肩越しからこちらに複雑そうな表情をボクに向ける。
ボクは笑いかけ、手をふり挨拶する。
「狐鈴はもう中にいるの?」
和穂にたずねると、頷いてみせる。
メイルさんの着替えの他に、もう1人の着替えがあった。ボク等以外に誰か、入っているようだ。
浴室への扉を開けると山のようなアワアワがあった。
「アキラー!」
そこには狐鈴と共に泡の山を作り上げているチャコの姿があった。チャコは手を振りこちらに挨拶する。
泡の山の正体はレウルさんだった。
メイルさんはいない、ひと足先に洗い終え、露天風呂に行っている様だ。
洗い場の1番奥の席を陣取っている、レウルさんを見たキルトさんは、ビクビクしながら、隣のイスで大人しく身体を洗い始める。
シルは1番手前のイスに腰掛ける。
シルの長い髪を、ボクと和穂の2人がかりで洗う。
やがて、レウルさんの身体にお湯がかけられ、水が滴っている中、露天風呂の方へと移動する…本当はブルブルって、やりたいんだろうな…
露天風呂への入り口の手前で衝動が抑えきれなくなった様だ。チャコと狐鈴の悲鳴が聞こえる。
「洗い場がひとつ空いたし、和穂洗ってあげるよ〜♪ほれほれ、座りなよ〜」
和穂は大人しく座る、尻尾はフリフリ。
ほんと、和穂の毛並みって綺麗だよねぇ…髪を洗ってあげながら、羨ましく思う。
雑に洗わず、マッサージしながら大事に洗う。
「はぃ、お湯かけるよー」
ため息が出るくらい整った顔なのに、顔にお湯がかかるのが苦手でギュッと子供のように目を瞑るのが可愛い。
「か、体は自分で洗おうね、尻尾は洗うからさ…」
和穂は残念といった表情で、肩を落とし体を自分で洗う。
尻尾を洗うと、幸せそうな表情に戻る。
お湯をかけてあげるタイミングで、シルに声をかけられる。
「アキラ、キルトの尻尾も洗ってあげたら?」
シルの言葉にキルトさんをみると、ソワソワし、こちらをチラチラ見ている。
どれどれ?と、和穂にしてあげた様に、尻尾をアワアワに撫でながら洗う。
毛並みの違いが原因でもあるのだろうか、指先が時々絡まった毛に引っかかる。
その都度、ビクッと体を硬直させる、引っかかると痛いよね…尻尾でもそうなんだね…
しばらく、手ぐしで撫でる様に洗っていると、引っかかりがなくなってくる。
「これで、よしっと」
お湯をザバーッとかけてやり、泡を流す。
『いゃぁ、アキラちゃん上手いねぇ、こりゃ癖になりそうだよ。和穂さんの気持ちも分かるよ〜』
和穂はキルトさんに視線を向け微笑む。
シルは露天風呂に、キルトさんは内浴槽に向かう。
やっぱりお風呂は良いよねー。
今日は何かと大変だったけれど…皆んなの色んな物が、泡と共に洗い流されていく。
そんな事を思いながら、お湯をかぶる。
てっきり、皆んな湯船に行っているものかと思ったら、和穂がその場に残っていた。
「ん、和穂どうしたの?」
和穂はボクの後ろに、ぺたんと座る。
「洗ってくれるの?」
コクコクと頷く。
細長い指先がボクの髪を撫でる様に泡立てる。
和穂も同じ感覚なのかな?何だか、身を委ねられる人がいるのって心地が良い…。
頭の泡を流し髪の水分を絞って頭に巻き上げる。
「和穂ありがとう♪
体は自分で洗うから大丈夫だよ。先に湯船であったまってて」
後ろにいる和穂にひと声かけ石鹸へと手を伸ばすと、
「もう…ちょっとだけ…」
背後、耳元に和穂の声がかけられる。
ゾワッとする。
「ん?和穂…?」
アワアワの和穂の手が、背後からニュッと出てくる。
「ちょ、和穂、まって、いやぁぁあ…」
………
……
…
ツヤツヤの和穂。
何て事はない、ただボクの体が和穂の手によって、洗われただけなのだが、ボクはくすぐりに弱いのだ。
そんなくすぐったさに、悶える様子が、前回から和穂にとって、ツボになったわけで…。
くぅ…いつか、和穂の弱点を見つけてやる…。
ボクは露天風呂まで行く気力もなく、ぐったり…湯船にいた先客のキルトさんは顔を赤くして、ボク達を見ていた。
シルと狐鈴が露天風呂からこちらへ帰ってくる。
「アキラどうしたのさ?何かお風呂に来る前より、ぐったりしてないかい?」
シルがボクの姿を見るなり心配する。
「大丈夫だよ…気にしないで…」
シルが苦笑いをこちらへ向ける。
そして湯船のヘリに腰をかけ、ボクの隣りに来た狐鈴に話し始める。
キルトさんが不安になってしまわない様に、ボク達の言葉で話をしてきた。
「メイルとキルト、標的をどちらかに向けるとしたら、きっとキルトだろうね…」
「それはワチ等が、逃げ帰らせた奴に手傷を負わせたからかの?」
「うーん、それは影響するか分からないけど、どうやらあちらさんは、キルトを見た事ないのに御所望の様なんだ。
それを別格でキレイなんて煽ったから、先にひと目、あわよくば手にしたい心境になるんじゃないかな?」
「なるほどの。もっとも、注意は必要じゃが、現れる場所も絞れているから、もう2人を安全な場所で保護しても大丈夫そうじゃの。
して、捕らえた奴らはどうするのじゃ?」
「それなんだよねぇ、とりあえず標的になっている2人はあたしの家で匿って、戦力をキルトの家に集めて迎え撃つ感じかね。
今回捕獲してる連中は、過去の誘拐とかに関与しているならば処分しようとか、考えているんだけどさ、取り引きする価値が向こうにとってあるかどうか…」
「親玉が出てきたら、シルは2人の保護をしてもらっているから、ボク達でどうにかしちゃってもいいのかな?」
「うーん、親玉連中が出てくるなら、あたしも釘を刺しておきたいんだけど」
「なら、クラマは念の為ソッポイさんとこに残っていてもらって、こちらに動きがあった時はシルへの伝達に動いてもらう形でどうだろう?」
「そうじゃな、メイルのとこは結界も貼ってあるし、本人がいなければ何もできまい。
オンダの敵討ちも済んだし、深追いの必要はなかろう」
「ちなみに、メイルさんの家に現れた連中はどうしたの?」
ボクはシルの様に湯船に腰をかけ狐鈴にたずねる。
「何も残さない様に燃したのじゃ」
狐鈴は水面で両手の平を開く動作をし、言う。
簡単に言うが、人間を何も残さず燃やすって相当な温度だと思うのだけど…。
「魂は彷徨っていたな、そのまま放置しておったら、オンダが追い討ちの様に殴りつけておったぞ」
狐鈴はニッと笑っていた。
お風呂の後は、いったんキルトさんとメイルさんを最寄りの、シルの家へと送る。
ボクを含めた、シル、狐鈴、和穂はキルトさんの家に向かった…。
お帰りなさいませ、お疲れ様です。
今年は卯年ですね。
この物語の中ではソッポイ家の年です。
このドタバタ騒動も中盤になったと言えるでしょうか…
ともあれ、引き続き楽しんでいただけると嬉しいです。今年も皆さんにとって良い年でありますように。
それでは、また次の話でお会いしましょう。




