第30話 ボク達とオンダさんの意思。
オンダさんは例え相手に聞こえない話であっても、知っている人の前で話すには、抵抗があるといった話をボク達にしたいようだ。
ボクは和穂を引き連れ、狐鈴とクラマを呼び、オンダさんを見ることのできる4人でまず話を聞く事にした。
ボク達のベッド小屋でベッドに腰掛け、オンダさんと向き合う。
窓の外から下の、皆んなの談笑が聞こえている。
聞く相手全員が本当に部外者である、ボク達だけで良いのか改めてたずねると、誰に伝えれば良いのか分からないから、とりあえずボク達に聞いて欲しい。それで、伝える必要のある相手を一緒に考えて欲しいということだった。
初めにオンダさんがボク達に口を開いた言葉は「情けないが本当に死人には口無しだ」という物騒な言葉からだった。
どのような形でオンダさんが発見されたのかなんてボク達は聞かされていないわけなのだが。
「ワシは盗賊どもに家を襲われて命が絶たれた事になっていた…
実際のところはワーラパント男爵の息子からの怨みを買った形になるのだな?
あそこの息子は獣人に対して歪んだ感情を持っているし、奴隷扱いしてやがる、胸糞悪いガキだ。
しかも、親も人を道具としてしかみていねえ。罪になる様なことを起こしても、親が領主との繋がりがあるから、罪そのものを握り潰せる本当に絵に描いたようなクソ貴族だ。
ある獣人は奴隷の様に使われた挙句、激しい虐待に耐えられなくなり、命からがら逃げ出して衛兵に助けを求めた。しかし連れ戻され、それからそいつの姿を見る者がいないなんて話もある。
そのガキの命令だか何だか知らねぇが、ガラの悪い輩どもがウチの『メイルを差し出せ』なんてふざけた事言いやがって…挙げ句の果てには俺を人質にとってまででも、攫っていくなんて脅しまで入れてきた。
運良くメイルは街に出ていたから、奴らに出くわすこともなかったが、やつらはメイル以外にも、キルトや、幸せな家庭を築いているミルフィも、目をつけているなんて、きたねぇ高笑いを上げて、話してきたから、ついにワシは我慢できなくてな。
いくら普通の人間より潜在能力が高いといわれる獣人であっても、武装している4人組には敵わない、2人を手負いにさせる事が精一杯だった…。
そして、遠ざかる意識の中に、奴等メイルやこの周辺の獣人をこのタイミングで攫うと足がつく、時間をおいて攫いに来るぞ、なんて言い残していきやがった。
ワシには命をかけても守る事ができなかった。
帰宅したメイルがワシの亡骸を抱えて泣き叫んでいたが、頭を撫でてやることも出来なかった。
そして、こんな姿のワシには、ただ攫われていくのを黙って見ているしかできない、何もしてやれない。
しかし、今はワシの事が見え、声が聞けるあんた達がいる。事の全てを伝える術はあんた達だけしかなかったんだ。
頼む!どうか、メイルを、キルトとミルフィを助けてやってくれないか!!」
オンダさんは深く深く頭を下げる。
自分の欲望のために幸せな家族さえ、引き裂こうという腐った人間か…。
つまり、男爵家や、領主絡みの事だったから、極力皆んなの目のある中で話すのが嫌だということか。
許せない、許せないよ…。
ボクの口の中に鉄の味が広がる。下唇を噛んで血が出ていた様だ。
もちろん、ボクだけではなく、狐鈴や和穂も怒りを表情に出さない様にしているが眼に怒りの炎を灯している。
「ボクは皆んなに言うべきだと思う」
ボクは胸の苦しさに顔をゆがめ、オンダさんに言う。
オンダさんの無念も、この先あるかもしれない危険に対しても、皆んな知る必要がある。とボクは思う。
「オンダよ、ひとつ聞かせてくれんか?そなたの無念はよく分かる。
そなたのワチらに求めるものは何じゃ?仇撃ちか?護衛か?根絶やしか?そなたの声で聞かせてほしい」
怖いほど冷静なトーンで狐鈴がオンダさんと向き合い問う。
オンダさんはため息をひとつつき言う。
「仇撃ちなんて言わない、ワシがおっ死んだのは、ワシが弱かったからだ、言い訳なんてしない。
ワシの仇撃ちなんかで、怪我人を出してほしく無い。
ワシが望むのは、この様な思いをする者はワシだけで充分だ、この先同じ様な事が起きない様にしてくれ、頼む」
真剣な眼差しでボク達に深く頭を下げる。
「あい分かった、ワチ等に任せておくが良い。
ただし、絶対という言葉に責任は持てないので、最善を尽くそう。
ソナタはどの様な結末を迎えようと目を背ける事は許さない。最後まで見届けよ、良いな」
オンダさんは力強く頷く。
「さて、皆んなに聞かせるとするかの」
低いトーンで狐鈴は呟く。
ボク達は立ち上がる。
そして、ボクは和穂に抱えられた状態で強制的に下まで飛び降りる。
「ーーッ!!!!」
ボクは心の中で悲鳴をあげる。
急ぎの報告ではあるけれど、こんな注目のされかたは嫌だ。
狐鈴は全員をできるだけ近くに集めて、オンダさんの口から聞いた無念の死、これからについての話をする。
オンダさんの死の真実を突きつけられた皆は言葉を失った。
メイルさんはショックで泣き崩れた。
キルトさんは腰を抜かした。
ミルフィさんは顔面を蒼白にし、失神してしまった。
他の多くは怒り、悲しみ、絶望した。
そして、これからについて狐鈴は皆に伝える。
オンダさんは怪我人を出すであろう仇撃ちを望んでいない事。
シルをこれからの動きから外す事。
シルは激怒して狐鈴に言い寄ったが狐鈴は冷静にシルを制する。
「シルよ、一旦落ち着け。ソナタはここにいる誰よりも強い、それは分かっておるな?
ソナタが鍵でもあるのじゃ、ソナタが何かで連れて行かれたら、ココは手薄になる。
それこそ、リスクなしで攫い放題、沢山の血が流れ、最悪な結末が待っているといえよう、そなたは最後、親玉が出てくるまでいないといけないのじゃ。」
狐鈴の言葉にシルはハッとする。
「でも…」
更に子供を諭す様にハッキリと伝える。
「ソナタの突然の声かけで、コレだけの人間が集まったのじゃよ。
ソナタは皆に好かれておる。ソナタも今は皆を頼り信じる時じゃ。
最強の人間が自由に動ける状態はある意味最強の守りでもあるのじゃ」
「ワチと和穂は最初に標的となりそうなメイルの家を見張る事にする。アキラはキルトの家で待機じゃ、クラマはソポイの家を見張るのじゃ」
ボクが不安そうな表情を狐鈴に向けると、緊張を纏った表情を少し崩して、優しく伝えてくる。
「アキラよ、ワチ等の依代を持っているじゃろ。呼べばそちらに飛ぶ事ができる。それに念話でやりとりもできるしの。お主で対応出来ぬようであればワチ等を求めよ」
ああ、そうか…。
「そしてワチらは、襲撃してきた者は命をかけてくる相手と見なして全力で潰す。
おそらく襲撃者を撃退したら次なる刺客が送られてくるであろう、相手は頭が悪い。
相手の持ち駒を減らしていくうち、諦めて後に引くなんてできなくなり、きっと親玉が出てくるじゃろう。
そうなれば、罪の握りつぶしなんてできやしない状況だろうからの、まさに根絶やしじゃ」
「和穂、クラマ、良いかこれは人の裁きでは都合の良い様に握り潰される、ワチ等は天罰を下さねばならぬ、手加減無用じゃ」
狐鈴はルビー色の瞳をさらに炎で燃やしている。
狐鈴が発する言葉は荒げているわけではない。普通に話す声のトーンですら全員の耳に届く静けさに包まれていた。
もっとも狐鈴の言葉は巫女の言葉として、全員の頭の中に話かけている状態なので通訳なんて必要ない。
「それとな、ワチはここに集まった皆が好きじゃ、シルに代わって皆を守りたい、コレはワチ等のちょっとした恩返しでもあるのじゃ」
ボク等は互いの目を合わせ頷く。
そして狐鈴は再び皆んなと向き合う。
「それとな、これが落ち着いたらオンダを盛大に送ってやりたい。この地に縛ってしまうには勿体無いくらい良い奴だからの、その時にはまた最高の宴を頼むぞ」
皆、それぞれ頷き応えてくれる。
「ほれ、シルよ。ワチはもう喋り疲れてしまったぞ。後はソナタに任せるからの」
狐鈴はシルの背中をポンポン叩き、頭の後ろで手を組んでキルトさんの元へと行く。
「アキラ、オンダは今どこにいるんだ?」
シルがボクにたずねてくる。
「メイルさんの正面から謝っている。『護れなくてゴメン』って」
するとボクの言葉を聞いて顔を上げたメイルさんは涙を流しながら、強く首を横にふり、何か言っている。
シルもメイルさんの元に駆け寄り。
『オンダ、貴方の死を決して無駄にしない』
と誓う。
流石に、何事もなかったかの様に夕食会が再開される事は無かったが、果実酒を飲みながら皆オンダさんを偲ぶ。
戦力の手薄になる場所を任された、ボクの力になりたいとルークとオレンジ色のアルマジロのようなトルトンさんが協力したいと言ってきてくれた。
和穂がボクの数珠に、ルークとトルトンさんのウロコを擦り込んでいく。
擦り込まれた数珠は微かに光を灯す。
「ありがとう」
ボクが2人に言うとトルトンさんはフッと笑う。
「私は攻撃ではなく、守りの方になるからね〜。敵を減らしたい時に呼ばれても、何もできないから。あと、ルークちゃんの様に気軽に声かけてよね」
「ボクをちゃん付けで呼ぶな〜」
「あ、そう言えばルークちゃんの名前はアキラちゃんが付けたんだってね、良い名前じゃない、夜中起こしてまで報告しにきたのよ」
名前も気に入ってもらえた様で良かった。
それにしても2人仲良いな…そんなやり取りについフフッと笑ってしまった。
お帰りなさいませ、お疲れ様でした。
気がつけばもう30話になるんですね。感慨深い。
ブックマーク、誤字報告、評価して下さる方、本当にありがとうございます。
皆さんに喜んでもらえる様頑張ります。
それでは長くなりましたが、次の物語でまたお会いしましょう♪




