第25話 ボクと朝風呂と先客と。
ボクはどうも右側を向いて眠る癖があるようだ…
浴衣で眠っていたボクは思っていた通り目も当てられないような、はだけっぷりだった。
かろうじて帯が結ばれているので肌身から離れていないといった状態。
あれ…昨夜どんな感じで眠ったっけ…
確か、狐鈴は先に入口すぐの前日と同じベッドで寝てて。
和穂とまったりした時間を過ごして、初日と同じベッドで寝ていたんだよね…。
ボクが夜中トイレに起きて…その時にすでにお恥ずかしながら、はだけていたんだよね…
浴衣を直して、朝の悲劇の二の舞にならないように机の隣のベッドに寝て…
だから今ボクの目の前には壁があるわけで…
なら、ボクを背後から羽交い締めにしているのは誰?
「…イタズラ…しちゃうよ…」
「ーーッ!?」
無理矢理ガバッと身体を起こす…
ボクを抑え込んでいたのは和穂だったようだ。
しかも、恐ろしい言葉が寝言だったのが更に恐ろしい。
まさか、この寝言はボクの夢の中なのか?
当の本人は寝息をたてている…。
「アキラ殿、いかがなされた?」
クラマが心配して声を掛けてくれた…。
まだ陽は昇っていないらしく外は暗い。
「んうぅ…ごめん、起こしちゃった…?」
いつの間に…どんな夢見てるんだよぉ…
「ごめん、クラマおやすみ…」
どうしょうもできないので、諦めて休む。
んにゃあ〜…寝不足じゃ…
これ、どんな格好になってるんだ??
「あふ…、おーぃ和穂おきてー」
首元に絡めている腕をペチペチすると、更に絡めている手足にギューッと力を入れる。
「いだだだだ…和穂、痛い…よ…」
ふゎっと力が抜けると凄い勢いで解放される。
うぅ…朝から凄い体力使う…。
身体を左側にゴロリとひっくり返すとベッド上で正座している和穂を天井を背景に見上げる形になっている。和穂もボクも衣類が乱れ放題…
顔を真っ赤にした和穂がいる…その後ろからクラマがフッと顔を向けたかと思うと背ける。
シルには浴衣は出さないでもらおう。
とにかく気を使って肩がこる…。
浴衣を着るくらいなら下着で寝る。今後はそうしよう…。
いや、本当こんな姿見せてクラマには悪いと思ってるよ…?
「…甘…えん…坊…」
ボクが力なく声をかけ、ニッと笑うと、和穂はボクをギューッとして解放する。
「うぅ…身体がバキバキだ」
身体を起こし、肩を回す。
「狐鈴ーっ!起きてる?」
あちらのベッドに声をかけると、真ん中のベッドで寝てる狐鈴がそのまま手を持ち上げてヒラヒラさせる。
向こうは向こうで凄い寝相だな…
あちらにいたら昨日の朝の二の舞いだったかもしれない…
よし、今度この部屋にシルを招こう。
かろうじて巻きついている浴衣を整えて、コチラに背を向けベッドに腰掛けている和穂にじゃれつく。
「和穂〜っお風呂行こうぜ〜」
先程のお返しとばかりに背後から抱きつく。
狐鈴もガバッと身体を起こす。
「ワチも行くー!」
「クラマは寝不足でしょ、少し休む?」
半分はボクのせいだけど…。
「ふむ、少々気になる場所があります故…」
窓より外へ飛んでいってしまった。
「狐鈴、デッキに回るから、掛け布団ちょうだい」
次々と運ばれる掛け布団を和穂とデッキに干していく。
母屋に向かうとまだ電気が落ちている。
洗濯物のカゴをとり、風呂小屋へ向かう。
「狐鈴、昨日クラマ達が見ていたのって地図だったよね?」
小屋へ向かう途中昨夜の気になっていた事について聞いてみる。
「そうじゃの、でもワチらにはまだちぃと早いモノの様に思えるぞ」
「だよね、まだ家の周りの散策すらままならない状態だし、南に広がる森も気になるし…目の前の草原だって…」
風呂小屋に到着すると、囲いの向こう側、露天風呂の方から湯気が上がっている?
今までが貸し切り状態だったから、気になるけれど。
「ボク、言葉まだわからない…」
青くなっているボクに狐鈴は笑顔を向ける。
「案ずるな、ワチが話かけよう」
とりあえず、洗濯物は邪魔にならない様魔石室へ置き、先にお風呂にする。
ボクは昨日の神秘的な浴室の光景を頭に浮かべながら浴室へと続く扉を開ける…。
キラキラ差し込む朝日が湯気に反射し、湯煙の間からのぞいて見える…純白の大きな狼がそこにいた。
「あはは、失礼しましたー」
引きつる笑顔でパタンと扉を閉める。
「えええええっ!?」
「なんじゃ?何か面白い事が起きている様じゃの、どれワチが先に行かせてもらうよ」
狐鈴がバンッと扉を開け湯気の先へと入っていく。鋼のコミュ力だ…。
和穂の後に付く形で浴室へ入っていく。
狐鈴は2mはあるであろう純白の狼の隣で身体を洗っている、褐色の肌、銀髪ショートカット、エルフ耳の少女の隣で何やら会話を楽しんでいるようだ。
「驚かせてしまってすまないね、君がアキラさん…だっけ?シル=ローズのところの、本当に私が見えるのだな」
狼がコチラに声をかけてくる。
「こちらこそ、失礼な態度をとってごめんなさい…」
この狼の対応から、姿を消している事が分かる。周りを気にかけて見えないようにしてくれているのに、ボクには見えているから仕方ない。
「私はハイグレートウルフの『レウル』この子は私の娘のようなものだな、ダークエルフの『チャコ』あなた方も風邪をひいてはいけない、話はゆっくりできるから先に身体を洗ってはどうか?」
精霊とわかって、なんとか緊張がほぐれた。言葉って大事だな…本当にそう思う。
「和穂、行こ?」
和穂の手を引き、洗い場に向かう。隣で狐鈴が凄く楽しそうだ。エルフとかって長寿って話だから、狐鈴とかと同じくらいの年齢なのかな。
さて、昨日のおさらいっと…
一応ちゃんと出てホッとする。…でも、被ったお湯は30度くらいかな。
「ゔ…ぬる〜…」
隣の和穂が自分の桶のお湯を掛けてくれる。
「ありがと」
クスッと笑い頭を洗う。
ちょうど身体を洗った頃、隣にいた狐鈴はチャコさんとレウルさんを洗い始める。
精霊ってお風呂嫌いが多いのだろうか、レウルさんは困った顔をしている。
ボク達も体の泡を流し、狐鈴達に合流し、レウルさんをアヮアヮにする。
レウルさんの泡を4人がかりで濯ぎ流すとブルブルと体の水をふるい落とす。風が起き、自分の濡れた身体を冷やす。
「うっわ、さっむ…」
浴槽に身体を滑りこませる。温まっていると、ギューッと和穂がボクの腕を引っ張る。
「行こ」
目をキラキラさせて露天風呂を指差す。
「うんっ、そうだね!」
最高かよ…広がる青空の開放感、湯気の立ち上がる岩風呂。
「んぅ〜生き返るぅ〜」
すると、レウルさんをつれてチャコさんと狐鈴がコチラへ来る。
ザブーーンッ!!
「わわわ、流されるーっ!」
和穂がボクを抱き寄せ、外に出されない様にしてくれる。
「申し訳ない…」レウルさんが謝る。
「いえいえ、ちょっとびっくりしただけです」
チャコさんは糸目で常に微笑むような表情だ。狐鈴と2人でケラケラしているところを見ると凄く和む。
「レウルさん、チャコさんのご両親って…?…あっ…」
ボクはサラッと言ってしまったが敏感な話題だった事に口を紡ぐ。
「構わないよ、あの子には知り合いを作る事が必要だから…アキラさん、貴女も同じなのではないかな?」
ボクは罪悪感を感じながらも頷く。
「あの子の両親はダークエルフの商人だったんだ…。
西の荒野から草原を渡ってこの森を抜けて山の麓の街を目指していたんだよ。
荒野を抜け切る直前にダークエルフの作った魔法の貴金属を狙った盗賊団に襲われてね…
チャコは商品として馬車から引き剥がされ、抵抗した両親はその場で…
私はその現場を目撃したし、その行為に対して吐き気を感じるほど、胸くそ悪さを感じた。しかし、人同士のいざこざに巻き込まれるのは嫌だったから、目を背けたんだ…。
そこに、あのシル=ローズが現れて本当にあっという間の討伐だった…
私はあの圧倒的な魔女シル=ローズが怖かった。シル=ローズは私の目を背けた事に『罪悪感を感じるならば…チャコを育ててみせろ』と言ったのだ。
『ダークエルフは保護を街に依頼しても裏で売買されたりする価値がある、罪悪感を感じるなら目を背けるな』と。
それからともに暮らして3年になる。チャコは定期的にシル=ローズから生きる為に必要な魔法だったり手段を習っている、いわば師弟関係なのだろうな。
アキラさん達の事は精霊達の情報の中で耳にした。
『気分屋のシル=ローズが異世界の人間を保護している。
あのシル=ローズが保護してれば、どんな悪い奴も国も手出しできない。アキラさん達はシル=ローズに護られている』と、ある意味でチャコより大変な事も多いと思うが自分を護れる様に強くなれる事を私は祈っているよ」
レウルさんは自分達のこと、そしてボク達の事を知った経緯を説明してくれた。
聞けば結構頻繁に風呂小屋に出入りしているし、近くに住んでいるそうだ。ボクも早く自分の力でチャコさんと会話できる様になりたいな。
ボク達は洗濯物をするために、ひと足先に風呂小屋を後にした。
お帰りなさいませ。お疲れ様でした。
最近入浴シーンばかりをあげているのは気のせいです。そして、登場人物もいよいよ増えてきました。
シルの昔話も時々入れたいなと思いますので合わせて楽しんでいただけると嬉しいです。
それでは、また次の物語でお会いいたしましょう。




