第24話 ボク魔法使いはじめました。
「今日も今日とてロディにふられた…」
それどころか、今日はニューフェイスの水竜にも、クラマにもふられてしまった。
そう、コレから向かうはお風呂小屋。
精霊にとって食事も必要ないってくらいだから、お風呂も興味のある個体次第ってことなのだろう。
クラマにいたっては水浴で充分と断られた。
「何だかアキラいつもに増して気合いが入っておるのう」
「ふふふ、良くぞ気づいてくれました。今日はコレを試すのさっ」
先程和穂がつけてくれたブレスレットを狐鈴に見せる。
「ほう、ようやく人らしく生活できるようになるのじゃな」
無邪気な笑顔でこちらに声をかける狐鈴。
ううう、やめて…その言葉、意外とボクにとっては敏感な言葉なのよ…。
風呂小屋には陽の落ちる前に到着した、まずは露天風呂のデッキに干された洗濯物の回収。ボクと狐鈴が脱衣所で洗濯物を畳んでおく。
今日は和穂がシルに聞きながら露天風呂の火入れをする。
さて、和穂次第で明日の朝風呂が最高のものとなる。
魔石室から戻ってきた和穂はガッツポーズをボクに見せる。「キャーッ」とついつい和穂に抱き付きピョンピョン跳ねる。
朝風呂で目にした、和穂への噛み跡は酷くはなくなっていたけれど、まだ痛々しい。そんな事情を知らない狐鈴が言う。
「なんじゃ、和穂その様なところ熊にかじられたのかや?」
悪気はないと思うのだが熊にかじられたと変換されて聞こえる。
よって頭をペチンの刑に処する。
「う?…なぜ叩くのじゃ??」
狐鈴は頭の上に『?』を乗せながら首を傾げている。
ボクもおそらく和穂と同じくらい顔を紅潮させていただろう。
浴室に入ると、いよいよボクのデビュー戦。
『魔石の装着』よし。
『魔石のスイッチの位置』よし。
『イメージ』40度位で量はドドドくらい。
ツバを飲み込み向い合う
「いざっ…」
「アレ…?」
ボクがふと気がつくと辺りは真っ白になっている。どうなっているんだろう?
ブレスレットに目をやると、勾玉は薄いピンク色に、ミサンガ部分は煌々と光っている。
「ウワハハ、すごいのぉ」
狐鈴の笑い声が聞こえるが、白い世界でどこにいるのか分からない。
コツンッと頭を叩かれる。
「?」
白い世界に包まれてシルがすぐ後ろにいる。
「……気張り過ぎ…2点」
「あぅ…」
今日は湯気が異常過ぎて足下も見えない為、内風呂は中止。
露天風呂で総括をされる。
和穂の沸かしたお風呂は流石に安定していた。
「お湯の温度は多分思っていたより高くなっていたハズだよ。問題は勢いと止められない状況ね…おそらくアキラは、お湯を出さなきゃって気持ちが凄く膨らんでしまっていたのさ。装置から手を離せば止まるのに、装置から手を離せないでいたようだしね」
そう説明しながらシルはブレスレットに魔力を充電してくれている。
「アキラは和穂が見せてくれた糸の明るさ覚えてる?」
ミサンガを作る時にシルが選んだ糸の発光を見せてくれたやつだ…。
「うん」
「アキラがお湯を出した時に見たブレスレットの明るさも覚えている?」
「煌々としていた…」
シルはため息ひとつつき「…だよねぇ…」と言う。
すると、シルはボクの右腕をもったまま水面より高く上げる。
「お湯の温度と出す量のイメージ」
水面に触れるところまで倒す。
「スイッチに触れて出す」
水面に触れないところまで上げる。
「止まる」
「どうだい?簡単な事だろ?触れている間だけお湯が出るんだよ。
一定の量を長時間持続させて出すような無理な事は言わないから、まずはお湯を自分で出すとこから始めてみればいいんじゃない?
あとは気持ちの膨らみ過ぎを防ぐために、ブレスレットの光の色を見て、光りすぎない色で確認するとか」
なるほど、イメージが大事ということは、些細な感情にも魔力は左右されるってことね。
なんと言うか、お風呂でリラックスしたら、水竜の名前もパッと浮かぶかと思っていたらそれどころじゃなくなったな…
内風呂経由で脱衣所に戻る時、シルに言われた事を思い出す。リラックスして力まない、40度、ポットのお湯くらいのチョロチョロ、タッチして…離す。
あれ、無意識の方が良いのか普通に出た。
桶に溜まったお湯の温度は想像より少しぬるかったけど…
「85点…まあまあ、だね」
脱衣所に行っていたのかと思っていたのに、ボクの後ろに皆そろって見守ってくれていた。
「精進します」
ため息ひとつ、やり切った感。
「お、そこはしてやったぞ顔ではないのかや?成功したではないか?」
狐鈴は不思議そうにコチラに言う。
「その前に大失敗したからねー…」
素直に喜べないんだよね…。
髪の毛を絞っていたシルがコチラに顔を上げ言う。
「失敗したから直すべき事に気がつく事ができたんだろぅ、あたしとしては、最初からできて完璧人間なアキラより、大失敗してアワアワして、凹んでいるアキラの方が、人間らしくって好きだぞ」
和穂も真剣な顔でボクを見てウンウンと頷く。
「シルは魔法で大きな失敗はなかったの?」
魔女と呼ばれているシルにとったら失敗なんてそれこそ皆無だろう…。
「……あるよ…?」
「「「えぇ!?」」」
思わず3人で声が揃ってしまう。
風邪をひいてしまわない様着替えを進めながら耳を傾ける。今日は袷の浴衣だった。
「学校に入って、すぐの魔法の授業で魔力測定をした時だったっけね、先生が『的に向かって最高の一撃』を出す様に言っていたんだよ」
なんか想像ができる…
「制御できなくて的が無くなるくらい強力な一撃を出したとか…?」
「いやぁ…コントロールがうまくいかなかったとこまではあっているんだけど…」
頬をぽりぽりかいている、言いにくそう。
「裏山ひとつが消えちゃってね…」
「「「 ーーっ!!!」」」
ウワーッ!!もっと酷いことになっていた!?
校庭に穴空けちゃった、テヘッくらいが可愛く思えてしまう様な、爆弾発言をしましたよっ!
「流石に、魔力空っぽになって倒れたんだけれど、その日以来あたしだけ個別授業で、コントロールと制御の鍛錬だけやって卒業させられた感じだったな…」
シルは苦笑いしていた。
なんと言うか、先生も領主さんも大変だったろうな…。卒業式に祭りが行われたんじゃないの?
水竜が言っていた精霊界隈でもシルが有名って事も逆に納得だった。
「さて、昔話はこれくらいにして帰らないとね、お腹を空かせた精霊達にどやされちまうよ」
畳んだ布巾は風呂敷に包みボクが、衣類の入った風呂敷はシルが、カゴは狐鈴と和穂がひとつづつ持って帰る。
家に戻ると3人がテーブルを囲って何か話していた。
「あぁ、お帰りなさい。おや、なんというか、その様な佇まいもとても美しいですな」
ロディがいう。
「ありがとうね、お世辞でもうれしいよ」
言われ慣れない言葉って何だかこそばゆいけど、浴衣を着ているからなのか、気持ちが引き締まるような感覚になる。でもあれだよね、朝になったらはだけていて目も当てられない姿なんだろうな…。
そして、今夜の晩御飯作りに取り掛かる。和穂が、たすき掛けをして袖をまとめてくれる。
「さて料理長殿、今夜は何を作るのかな?」
シルが手伝いに回ってくれる。
「小麦粉と乳脂があったら使いたいな」
シルは冷蔵庫のような箱から皮袋を1つコチラに手渡し、作業台の下の方をのぞきこんで「粉はどのくらい?」と声をかけてくる。コップ1杯分出してもらう。
魚は泥臭さがいっさい感じなかったので、3枚におろす。
昨日の塩気のある水色の粉と白い香草のみじん切りをかけ、小麦粉をまぶす。
コンロは流石にまだ扱えないのでシルに着けてもらう。
乳脂を溶かして、魚を焼く。
作業台では和穂に頼んでナボラの実を潰して汁を出してもらう。
なんちゃってムニエルの完成。
あとは、卵も存在していたので、なんちゃってピカタも作り(ケチャップが無いのが物足りない)盛り合わせにし、付け合わせはカクモチダケのソテーにした。
サラダはシルに丸投げする。
3枚おろしにした魚の残骸を見て火に炙って煮込んだら出汁出ないかな…なんて思う。
今度試してみよう。
この調理法はこっちの世界でもありそうだけど、実際はどうなのだろう。
『本日の晩御飯』
・パン
・カクモチダケのソテー
・川魚のムニエル
・川魚のピカタ
・サラダ
・リッポ盛り
「うん、美味しい」
シルもロディも喜んでくれた。狐鈴も和穂も尻尾を振りながら食事を楽しんでいた。
ビックリしたのは、食事に興味を示さない水竜がペロリッと平らげていた事かな。
クラマは表情に出さないんだよねぇ…残念。
食後は先程シルが喜んでくれた、フルーツハーブティーを飲みひと息つく。
水竜を自分の前に呼び、ミサンガを着けてあげる事にした。
「願い事が叶うといいね」
ボクはそう言いながら首元へと結ぶ。
「あと、君に頼まれていた名前をあげたいな。喜んでくれると嬉しい…」
すると、周りが静かになり、コチラを注目してくる。
「え、え、え?何?なに?」
いや、怖いって…。
固唾を呑んで見守られる…。
「………」
「水竜の君の名前は…『ルーク』にしたいと思う」
「ルーク…るーく…」
水竜は噛み締めるように繰り返す。
「ありがとう、アキラネェさんに頼んで本当に良かった」
水竜もとい、ルークがひと言発すると、皆から拍手されながら「おめでとう」と祝福の声をかけられている。
ふむ、喜んでくれて良かった。
ルークは昼間の森の水場に帰って行った。
どうやら、他の精霊に、受名を知らせるらしい。なんだか、こんなに遅い時間になってしまって申し訳ないな…。
ロディは「嬉しいから明日まで黙っていられなかったのだろう」と話していた。今夜は寝過ごす事もなく自分の家に帰って行った。
こうして2日目の夜が終わった…
わけではなく、昼寝をしたボクは寝付けなかったんだよね…。
シルに気を使わせまいと、今夜は自分の部屋のデッキから足をぶらつかせ、音を立てない様に面越しに景色を眺めていた。
そういえば、ボク達がお風呂から戻ってきた時、留守番組3人がテーブルで囲んでいたものって、地図だったのではないだろうか?
ボクは料理に入ってしまったので話に入れなかったし、確かでは無いけれど、たぶん手書きの地図のような気がする。
ボクもいつか人のいるところにも行ける様にならないとな…
昨日クラマが教えてくれた情報を思い出す。ロディと会ったところを起点に言っていた事を現在地に当てはめると…東(この森)から南(左手)は森が広がっていて、北(右手)は湖だか海だかが見えて、西(正面)は荒野だったけね。
そもそも、ボク達が最初にいたところはどこだったんだろ?よくこの大草原の中でロディはボク達を見つけることができたな…。
ボクがぼんやりしていると左側に動く人影が視界に入る。
「ー!?」
横を振り向こうとすると、面を指でつっかえ棒されたのか静止される。
隣に腰かけたのは白単衣の和穂だった。
和穂もボクと同じ様にデッキから足を下ろしている。
「和穂も寝付けなかった?」
ボクの問い掛けにはにかんでいる。
「まだ、たったの2日ではあるけど、この世界にきて1番長い時間を一緒にしているよね。
初めてこの面を着けて村の中を演舞する様に戦っている和穂をみた時、戦いの場というのを忘れてしまうくらい見惚れちゃったよ…もちろん今日のボアフットの時もだけど…。
で、コッチの世界に来て面を外した和穂を見て凄い綺麗な人と思ったんだ。強いし綺麗だし整っているし完璧かよって思った」
和穂は顔を、真っ赤にしてコチラを見てパチクリさせている。
「でも、美味しいものとか好きなものには尻尾振り回したり、アワアワしたり、甘えてきたり、ちょっと抜けたりしてるとこもある辺りが可愛いく思うよ」
和穂は赤い顔のままボクの背中をバシバシ叩く…
「痛い…痛いって」
くすくす笑う。
「あぁ、おかし…」
和穂は舌を出し、ベーっとする。
「昨夜、シルと話をして、ボクは頑固な人間だって言われたんだ、強がっていて…同じくらい弱い人間だと言われた。不安でしょうがないのに甘える事が恥ずかしいと思っていたのかな…」
「…って…ょ」
和穂が体重をこちらに預けて何か言った。
「ん…?」
和穂がボクの面を外し耳元でつぶやいた。
「わたしだって不安だよ…」
透き通る声を耳元で聞くとゾワッとする。
この娘の声は凶器になるかも…。
そして、和穂はそのままボクから獲った面を被ってしまった。
お帰りなさいませ、お疲れ様です。
今回は魔法、使いはじめましたという話でした。
水竜の名前もどうにか決まりましたね。
ようやく、人並みの生活に立てたアキラに次はどんな物語が待っているのだろうか…
それではまた次回お会いしましょう〜♪




