第23話 ボクと作業とお昼寝と。
家に戻ってきて作業を始める為に、初めてシルの作業部屋に入れてもらった。
どんな用途で使うのか分からない謎の機械の山があったり、机の上には設計図、走り書きや計算式のメモが山積みにされている。
しかし、物の置き場は把握している様で、ソーイングセットの箱を間違いも無く引っ張り出してきていた。
リビングのテーブルの上に箱を広げると、刺繍用の糸は目が痛くなるほど多色の保管がされていた。
理由は持ち運びのできる、キルト魔法陣の製作材料として用意してあるらしい。その話を聞いて、シルは魔女なんだなーと実感できた。
「さあ、好きな糸を使うといいよ。ちなみに、魔石はこれね」
シルが手のひらに乗せた状態で見せてくれた魔石はビー玉程度の大きさの紫色の石3つと白い石3つだった。
「今は紫だけど蓄積された魔力が無くなると白くなるからね。増強の方は元から白いから、全部白くなったらトイレも綺麗にできないから気をつけるんだよ」
うう、それは嫌だな、気をつけなければ。
ボクが水竜の為に選んだ色は羽の色に合わせて桜色と水色にした。
和穂は魔石と糸を交互に見ながらしばらく選んでいる。
シルは先にソファーでミサンガを編み始めているボクの手元をマジマジと見ていた。
「あんた、本当に器用だよねー」
「そうかな?でもそこから更に一歩踏み込んでアレンジとかするのは苦手なんだよね…」
水竜の首の太さを考えるとやっぱり手首に巻くくらいの長さは必要そうだ。
ふと糸選びで悩んでいる和穂を見ると、色の種類が多すぎて軽くパニックに陥っている。
「シル、和穂に何かアドバイスをしてあげて…」
「和穂、珍しい糸を選んであげようか?」
シルはそういうと一本の透き通った糸を引き抜いた。
「手で覆って光が入らない様にして見てごらん」
シルから糸を受け取り言われた通りにする和穂。
「ーー!!」
「面白いだろ、魔力が流れると光るんだよ」
和穂がボクの方に糸を覆った手の中を見せてくれる。するとネオン管の発光のように薄くピンク色に光る。
「魔力の流れ方が分からないアキラには、こうして光が魔力の流れを誘導してくれたほうが、分かりやすいんじゃないかな?」
そして、和穂が選んでくれたのは牡丹色とシルの提案した光る糸、そして和穂の髪の毛だった。
糸の色が決まるとシルは魔石の加工をする為に、作業室へと入っていった。
ボク達は無心になってミサンガを編んでいた。
もちろん先に編み上げたのはボクの方だが、ここからボクには更なる仕事が待っていた。そう、水竜の名前を考える事。
生まれてこの方ペットというものを飼った事がない。
そんなボクのネーミングのセンスというのはかなり怪しいと思う。
ボクの水竜に対しての名前の思いは、皆に親しみやすい名前であって欲しいということ。
シルからもらったメモ用紙はあっという間に文字で埋め尽くされてしまった。
子の一生背負う物、親が名前を付ける事って大変だなって思った。
ボクの名前の『旭』読み方を変えるだけで『旭』にする事ができるのに、何で男の子みたいな名前の方を選んだのかは聞いたことがなかったな…。
むかし、落語だったけ…お寺の住職に縁起の良い言葉を選んでもらって、全部使ったらとんでもなく長い名前になったとかいう話。確か…『寿限無』だったけ。
名前についての事を思い返していると、メモ用紙の名前をくっつけてとんでもない事が起きそうなので、考えるのをいったん辞める。
編み終えたミサンガをシルのもとに届けた和穂がボクに覆い被さり、両腕をボクの肩にダラリと垂らし、ふにゃっとする。
和穂からはミルクのように甘い香りがフワリとする。「和穂、ありがとうね」そう伝えると、和穂は頬をボクにすりすりする。
考えれば考えるほど分からなくなる。これがきっと、スランプという状態なんだろうな。
「よしっ」
ボクは和穂の頭をひと撫でして、身体を起こす。
「少し日向ぼっこして考えよう」
デッキに行くと今朝狐鈴が干していた掛け布団が見えた。部屋のデッキまで行き、布団をとりこむ。
ベッドの上に畳んだ掛け布団…ついつい布団の上にバフッと上半身を預けてしまう。布団からの程よい温もりが、顔をかすめる陽の光が気持ちいい。
後を追ってついてきた和穂もマネしてやっている。目が合うと微笑みかけてくる。そしていつの間にかウトウトと…。
「おや、微笑ましい光景だね…」
扉を閉める音でボクは目を覚ます。
「ゴメン、起こしちまったかい?」
シルがベッドの脇に立って毛布を持っていた。和穂はボクに寄り添ってくぅくぅ眠っている。
シルはフワリッと、持っていた毛布をボク達に掛け、人差し指を立て自分の口に当てる。
「もう少し休んでな、狐鈴達が帰ってきたら起こしてあげるから」
そういうと、そっと部屋を出ていった。
ボクは再び、ウトウトと眠りについた。
「おはよ」
ん〜っと両手をのばす。
結局、シルが起こしに来る前にボクは目を覚ました。
和穂がボクの髪を撫でているところで目が覚め、和穂に挨拶をする。
母屋に向かうとシルがちょうど湯を沸かしていたらしく、キッチンから手を振ってきた。
「今お茶淹れるから、座って座って」
玄関に入ると声をかけられる。
ソファーに腰を降ろすとシルがお茶を注ぐ。
「はい、コレね」
シルが加工を終えたばかり(本当は昼寝現場にきた時には出来上がりを持ってきてくれていたらしい)の魔石のブレスレットをコチラに手渡す。
紫色の石は勾玉型に削られ、白い石は細長くされている。そして、そこに和穂の作ってくれた牡丹色と透明、そして黒のミサンガが通されている。
「2人ともありがとう。絶対ボクよりシルの方が器用だと思うんだけど…お風呂の時試してみよっと」
「トイレ行ってきなよ、試してみなって」
シルは冗談混じりに言ってくる。
「数ある魔道具のそれが最初って、絶対嫌だな…ちなみに、どうやって使えばいいのかな?」
「そうさね、手の平の温もりを対象物に移すイメージだね、でも蓄積できる魔力は限られているから、アキラは露天風呂を沸かしたり、いっぱい使う事はしない方が良いよ。和穂が利き腕の方に着けてやりなよ」
シルがそういうと、和穂は頷き、ボクの右手首につけてくれる。
をを、コレでボクも魔法使いに…いや生活魔法は魔法のうちに入るのかな…?
「アキラいいかい、魔法はイメージが大事だからね、それは生活に使われている魔道具にも言える事だから」
シルは子供に諭す先生の様にボクに伝えてきた。
「うん、練習するよ」
そんな会話をしていると、クラマが戻ってきて窓枠に停まる。少し遅れて水竜も入ってくる。今日もロディと狐鈴は風呂敷を首にかけて戻ってくる。
「今日はカクモチダケを多めにとってきましたぞ」
ロディはテーブルの上に風呂敷を乗せる。
「今日は何を作ってくれるのかのぉ♪」
狐鈴はご機嫌に尻尾を振りながら風呂敷をテーブルに乗せる。
「今日は2人ともキノコなのかい?」
シルが2人に確認すると、
「コッチは木の実なのだ」と狐鈴はいう。
巨峰の様な房の木の実はオレンジ色で、リンゴのような木の実はキウイのように茶色の毛におおわれている。
「ナボラの実とリッポの実か…どれ、皮を剥いてやろうかね」
シルが持っていこうとした時、狐鈴は房の実のひと粒をもいで指で摘む。
「このまま食べれば良いではないか」
「あ、それは…」
シルが止める間もなく狐鈴が口へ放る。
「ピャァーッ!!スッパ…!!」
口の中から実を出し、お茶をガブガブ飲む。
涙目で「スッパイ」と繰り返し言っている。
『ナボラの実』というのは、水々しさや食感はボク達の世界でいう巨峰のような感じらしいが、味や香りはレモンのような実だ。こちらの世界ではジャムにしたり、蜂蜜に漬け込んだり料理としてのひと工夫で使うらしい。
『リッポの実』は毛の生えた皮を剥くと薄ピンク色の実になっており、桃の様な洋梨の様な水分とねっとり感と甘味が特徴の木の実で、そのままデザートにする事の多い実だそうだ。
つまり残念ながら、狐鈴は1/2の確率で酸っぱい方を口にしてしまったという事だ。
今日もキッチンでお試しクッキングをする。
シルが切り分けしたリッポの実を少しもらいダイス状にする。ナボラの実は2つ3つを1/4に。
蜂蜜を垂らし、ハーブティーを注ぐ。
「うん、美味しい♪」
シルにも、和穂にも好評だ。
「たぶんコレをハーブティーじゃなく、果実酒に漬け込んでも美味しいと思うよ」
確か、『サングリア』というカクテルであったハズ。
「ちょっと多めに採ってきてもらったら試してみようかね♪」
シルはご機嫌だ。
どの世界でも果物は人を豊かにするね。
お帰りなさいませ。お疲れ様でした。
干した布団に横たわって昼寝って贅沢ですよねー。
そして目が覚めると陽が落ちていて、寒さで風邪をひく…。
さて、次回はどんな話で皆さんを迎え入れる事になるのでしょう。また次回お会いいたしましょう。




