第19話 ボクにとって最初の夜。
アキラ達の長かった初日もいよいよ終りをむかえます。
眠る前のお供としてどうぞ。
それではいってらっしゃいませ。
昼間はさらっと案内されたので、見過ごしていた事もあるので、確認しながら部屋に行くことにした。
母屋の木からは結構長めで、揺れる吊り橋(ボクは眼鏡か面がないと渡れそうもない)を渡った正面に部屋の玄関がある。
こちらは母屋と比べてかなり小ぶりな小屋で、一部屋とトイレだけの簡単な作りだ。
玄関を入ってすぐ左側が扉に仕切られたトイレ。小さな机。そして机を足下にして縦に1台ベッドがあり、それで左側は壁の奥に届いている。
右側は高原側に大窓があり、窓側を頭にしてベッドが隙間なく3台横並びして、それでいっぱい。右側のベッドの足下と左側のベッドの間はひと1人行き来する程度の隙間が空いている。
狐鈴を部屋に入って右側の1番手前のベッドへと寝かす。お酒も入っているせいか、先程のお風呂の時のように色っぽい。和穂は布団をかけてやると…その隣のベッドで眠るのではなく、1番奥のベッドで横になる。
何となく、ボクの寝るべきベッドが誘導された気がする…。
クラマは外で充分なんて自分で言っていたけど流石にそれは却下した。
机の上の梁から和穂のベッドの足下付近の柱にかけて張ってあるハンモックを寝床にしてもらった。
薄々気がついてた通りというべきか、魔石でできている照明のスイッチはボクに操作できなかった(ほんの少しくらいは期待していたのだけど)。
みんな、何だかんだで疲れていたんだな、ベッドに横になって少しすると寝息が聞こえ始めた。
ボクは、なかなか寝付けないので、音を立てない様に部屋を後にして、天狐の面を着け何気なく母屋側の木へと戻る。
外は涼しい程度、寒さを感じる様であれば部屋に戻ろうと思う。
リビングの窓の向こう側にロディがソファーで寝ているところが見える。
シルは何か作業してるのかな?作業部屋の扉の隙間から光が漏れている。
デッキの端っこに腰を降ろし、正面に広がる広大な草原を眺める。風に合わせ海のように波が流れて行く。本当に凄い世界に来てしまったな…。
何も考える余裕もないくらい、今日1日がバタバタ過ぎていた分、今になって色々な思いがあふれてきた。
オカ研のみんなには迷惑かけたな…神隠し騒動になってたら嫌だな…。
店長にも突然の無断退職で申し訳ないな…。
みんな、ゴメン…ゴメンなさい…。
『アキさん、本当に大丈夫ですか?』
「………」
『アキ姉、塩釜焼き最高に美味かったろ?』
「……ら…?」
「…きら?」
「あきら…大丈夫!?」
ボクの事を呼ぶ声が記憶の中と違う所から突然耳に入ってきたので、キョロキョロする。
キッチンの窓より身を乗り出してシルが声をかけていた。
「そっちにいっても良いかい?」
ボクが頷くと、シルは窓を閉め玄関の方にまわった。
シルは小さなお盆にカップとポットをのせてコチラにくる。「どうした?眠れないのかぃ?」とたずねてくる。
右側よりカップを渡してきたので面を外しカップを受け取る。
「となり失礼するよ」と言い、ボクの右側に腰を降ろす。そして、ボクの手元のカップにポットの中身を注ぐ。湯気のたつその飲み物からは、甘い香りがしてきた。
「それで、どうしたんだぃ?」
自分のカップにも注ぎながら声をかけてくる。
ボクが今まさに思っていた事をシルに話すと、何も言わずに聞いてくれている。
「アキラはいつも他人のことを一番に心配しているんだね。自分だって、泣きたいくらいに不安を抱えているのに…別にそれが悪い事だと、あたしは思わないけれどね。
アキラは強い。でもそれと同じくらい弱い事をあたしは知っているから、放っておけないよ」
「ボクはシルの事が本当に凄いと思う。昼間ボクの軽薄な行動を指摘した時もだけど、今だってボク自身が気づいていない事を的確に隙間を突っついてくるんだ」
シルはどんな表情でボクの話を聞いているのだろう、真っ直ぐ見てもぼやけて見える。
「ふふっ、そりゃそうさ、だってあたしは魔女なんだよ。
人の感情の隙間を突っつくなのは得意なのさ。
そこに甘い言葉と毒林檎を渡すか、厳正の言葉と蜂蜜を渡すかの違いがあるだけさ。
何だいアキラは毒林檎が欲しかったのかい?」
多分、笑いながら話しているんだろう。
「異世界に来て即、退場は嫌だな…」
「賢明な判断だ!あたしは頑固でまっすぐなところがアキラらしさだと思っているから、そこは変えなくて良い!
あたし、いや、あたし等だって好きで世話を焼いているんだからね!
大きなお世話でも勝手に巻き込まれておくれ。あたしのアキラへの望みは単純なんだ、分かるかい?」
「…ボクの体…」
「ふふ、昼間のくだりはもう良いだろ?あながち間違いでは無いけれどさ。
お風呂で見せてくれた、あの自然な笑顔を1日でも多く見せて欲しい。アキラ達の楽しんでいる生活を同じ視点であたしも楽しみたいんだ」
ボクの肩をポンポンと叩く。
何故だろう、シルと話していると胸のつっかえが取れて楽になる。
そうか、ボクは胸の内を誰かに話したかったんだ。シルの言う様にボクは頑固で抱え込んでいるから苦しかったのだ。
少し冷めてしまったけれど、両手で覆う様に持っていたカップに口をつける…
「甘いや…」でも、ほっとする。
「だろうよ、今のあんたに必要なのはスパイスを効かせた飲み物より、甘すぎるくらいの飲み物がちょうど良いのさ」
正面より風が再び流れてくる。束ねていないボクの髪も風に流される。風に撫でられ目を閉じる。
「生活に慣れて、言葉を少し覚えたら、いったん街に連れて行くよ。あたしがあんた達の身請け人になってあげるから、身分証を作った方が何かと良いはずだ」
こちらへと話しかけてくる。
「本当に、何から何までゴメン…」
シルはボクの右頬をつねる。
「ゴメンじゃない、そこはありがとう、ね」
「ありふぁとふ…」
「はいよ」
体も心も温まり、色々あった初日も終わりを告げる…。
お帰りなさいませ、お疲れ様でした。
以前触れられなかった、アキラ達の部屋についてペタペタと触れてみました。
皆さんも楽しい1日に幕を下ろして、素敵な夜明けを迎え入れることを祈っています。
それではまた、次のお話しでお会いしましょう




