第153話 ボクウメちゃんのダンジョン調査をする。
たぬきうどんは盛況だった。
ジャグラさんとナティルさんは、アースドラゴンの関係で、再度ギルドを空けて、王都に数日同行する事になる。
その為、一度コロモンに戻って準備をするからと、ひと足先に街に戻って行った。
本来なら、チャコの両親を送って戻ってきた流れで、そのままコロモンに戻る予定だったそうだけど、ブレロさん達ロイ家の歓迎会をすると聞いて、コロモンに迎え入れる協会代表という、強引にこじつけて、歓迎会に参加して一晩過ごして、うどんを食べてから行った。
ゴーレム馬なので、何もなければ日が変わる前にはコロモンの街に到着するだろう。
ボク達は今日、明日とゆっくりしてコロモンへと向かう事になった。
ロイさん達は安心出来るところまでやってきたので、焦って街に行く必要も無くなったと、ボク達と行動を共にしてコロモンに向かう事にしたらしい。
今は馬がいなくなってしまったので、白夜かルアルが街まで引いて行く必要があるわけだしね。
それから、リグさん達にとって昨晩の食事会は、かなり興味を示したものが多かった様で、本来ならば、コロモンで身の置き場を決めた後に、改めて商談の為に此方へと出てくる予定が、すぐにでも色々話してみたいと、交流する事にしたそうだ。
ボク達は……と言っても、事前にやる事を決めていたわけでもなかったので、何となくだけど、久しぶりにウメちゃんと出会ったダンジョンに行ってみる事にした。
「へぇー、こんなところにダンジョンなんてあったんだねェ」
「チヌルは知らなかったの? シルは知っている様だったよ」
チヌルは頭の後ろで手を組んで隣を歩く
「アタイだって、何でも知っているわけじゃないさァ、荒野に住んでいた方が長いくらいだからねェ
」
ボクにそう言ってくるチヌルは、たまにはいつもと違う事をと求めて、ボク達に同行している。
何もなければただの散歩なのだろうけれど……。
ハルとミュウは、ルアくんと、リンネちゃんと遊ぶそうで、狐鈴が付いている。
魔物の奇襲があっても狐鈴がいれば安全だろう。
「何だか凄く懐かしく感じますぅ〜」
ウメちゃんにとっては実家への帰郷みたいなもので、ワクワクしているのか足取り軽く、洞窟前の開けた場所を歩く。
「洞窟内に、何か住み着いていたりしてるのかなー?」
「んー、どうだろうねェ。
スタンピードを終息させた後に魔素が残っていたなら、微かな魔素が集まって少数の魔物が作られている可能性もあるけれど、ダンジョンマスターのウメちゃんが、ダンジョンから離れているなら、結晶化される事もないと思うけどねェ」
今回のお散歩巡廻は、ウメちゃんをボク達の元に居させてあげたいと意見した時に約束した、旧ウメちゃんのダンジョンの調査を目的としている。
野盗とか、危険なモンスターが住み着いていたら問題なので、不定期であっても調査は必要みたいなんだよね。
メンバーはダンジョンマスターのウメちゃん、ボク、和穂、そして名乗りを上げてくれたチヌル。
もっともウメちゃんの管理していたダンジョンなので、住処として使用していたフロアに行けば、コントロール室みたいなものなので、全体の把握はできると言う。
「それでは〜皆さんこちらへ〜」
ウメちゃんは洞窟の入り口を通り過ぎて、更に少し先の岩の亀裂へと誘導する。
ウメちゃんの姿が岩壁の亀裂の中にスッポリと入った後、魔力を流したようで、緑色の光が隙間から漏れてくる。
ウメちゃんの姿はそのまま亀裂の奥へと消えていく。
ボク達もウメちゃんの後を追う形で奥へと通される。
移動した先は、初めてボク達がウメちゃんと出会った時に通された部屋だった。
「へえー、洞窟とは思えないねェ」
チヌルは驚いたと、部屋をキョロキョロと見回す。
ボク達はソファーへと腰掛ける。
部屋は、今の今まで使われているかの様に、埃が被ったり、蜘蛛の巣が張ったりしている様子は無かった。
「随分ここに来なかったのに、キレイなんだね」
ウメちゃんに聞いてみる。
「ここは〜状態持続魔法の魔石をあちこちに埋め込んであるのでぇ〜、大きく廃れたりはしないですねぇ〜」
ウメちゃんは答えてくれる。
持続性のある空気清浄機みたいなものなのかな?
魔石って凄い……。
「どうぞ〜、皆さん、くつろいでくださいねぇ〜」
ウメちゃんはテキパキとお茶を淹れてくれた後、ひとりかけ用のソファーに座り、リラックスしたように背もたれに体重を預けて、胸元で手を組み目を閉じる。
どうやら、ダンジョンの様子を確認しているようだ。
しかし、すぐに「え?」と目を開き顔を起こす。
特に取り乱す様な感じではなく、でも何かあったのかな?って思う様な反応。
「どうしたの?」
ボクは声をかけるけれど、「えっと……」ウメちゃんは再度目を閉じて、確認し直している様子。
「えっとですねぇ〜、この部屋は元々の洞窟と切り離した空間になっているのですけどぉ〜、洞窟の方……ダンジョンの方が活動を続けている様なんですよねぇ〜」
少しの間閉眼したまま、小さくひとり呟いていたウメちゃんは、ゆっくりと目を開き上体を起こすと、左手でポリポリと頬をかいて、現在の状況を説明してくれる。
「それはダンジョンが暴走して勝手に動いているって事かい?」
チヌルは、お茶に息を吹きかけ、冷ましながら尋ねる。
「ダンジョンは管理者がいないと〜機能を果たさない、ただの洞穴や穴蔵……野生の生物の住処になる事が多いのですが〜、それでもしばらくは残留の魔素の影響で、野生生物の感というのでしょうか〜、薄れるまでは何も住み着かないものなんですよ〜。
ですが〜私の管理していたダンジョンが、どなたかに更新されているみたいで、魔物が活動している様なんですよねぇ〜。
最初は野生の中でも魔素に鈍感な生物が住んでいるのかと思ったのですが〜、1層だけじゃないようなんですよ〜」
「え? カーバングルじゃなくても、ダンジョンを管理する事なんて可能なの?」
「管理するだけなら〜、高い魔力と、管理する環境があれば可能ですよぉ〜」
それから、ウメちゃんに聞いた話をまとめると、実際外部と直接つながっている洞窟は一階フロア部分だけで、最深部まで行くと行き止まり、つまり単なる洞穴らしい。
その最深部にあるフロア移動の魔石に魔法を使う事によって別のフロアに飛ばされる。
管理自体は1層からされているけれど、1層は元々自然によってできたものに、手が加えられて構成されていて、野生の生物が入り込んで住むこともあるそうなんだ。
完全に意図的に創造されたダンジョンというのは魔石によって飛ばされた先、2層から先になるらしい。
閉鎖されたダンジョンを行き来するくらいなら、魔術師や魔力の高いシーフ、探索者等の職種であれば、合鍵を持っている事と同様なので、構造さえ分かればできるらしい。
だけれど、更新となると話は別になる。
書き換えのできる能力、創造の能力を有する者にしかダンジョンは更新されないそうなんだ。
「ココを離れた身としては、別の者に託す事に心残りはないのですがぁ〜、何だか気持ち悪い感じもしますねぇ〜」
「んと、それは得体の知れない隣人がいるみたいな感じ?」
ボクの言葉にウメちゃんはウンウンと頷く。
「この部屋も切り離しているとはいえ、ダンジョンに隣接しているようなものなのでぇ〜」
「なるほどねェ、ならアタイ達で攻略してみるのも面白いかもしれないねェ。
作ったばかりのダンジョンが攻略されたら、ダンジョンマスターとしては、アタイ達の事がそれなりに気になると思うんだよォ」
チヌルはゲームを与えられた子供の様にニィッと笑う。
まぁ、あながち間違いではないけれどね。
「ちなみに、ウメちゃんの最初に作ったダンジョンって今はどうなっているの?」
「ちょっと確認してみますねぇ〜えっとですねぇ〜……」
再びウメちゃんは目を閉じて確認に入る。
それにしてもダンジョンをいじる事の出来る存在ってなんだろう……。
1番簡単な存在であれば、ウメちゃんと同種のカーバングルなのだろうけれど。
天使とか神様も創造主になり得るだろう、でも引き篭もる程暇ではないだろう……なら逆の属性の悪魔??
いや、ダンジョンの層を増やすくらいなら、土魔法に特化した魔術師や土の精霊でも可能なのかな?
「私の作った4層まではぁ〜少数の魔物が作られて彷徨いているだけで、特に何も手を加えられていない様ですねぇ〜ただ……」
眼を開けたウメちゃんは口にする。
「ただ??」
「私の作ったダンジョンから先に別の層が出来ていたらわからないですねぇ〜」
そりゃそうだよねー、ダンジョンが動いている以上、既存のダンジョンまでか、或はその先まで拡大していてもおかしくはないかな。
「ウメちゃんはここから、自分の干渉していた場所までなら、離れていても操作できるんだよね」
「書き換えられていなければ、たぶん大丈夫だと思いますよぉ〜」
ウメちゃんはウンウンと頷く。
「それじゃ、アタイ達でお邪魔しようかねェ」
チヌルはお茶をクイッと飲むとカップをテーブルに置き、肩をグルグルと回す。
「ウメちゃん何かあったら念話を使うね、逆に何か気がついたら教えてね」
ボクはショルダーバックから数珠を取り出して右手に巻きつける。
「わかりました〜、よろしくお願いしますぅ〜気をつけて下さいねぇ〜」
ボク達3人は立ち上がる。
ウメちゃんだからできるチートな最短移動を使って、4層の最深部と部屋の入り口を繋げてもらい出発する事にした。
チヌルは剣を抜かず、グローブを装着した手をニギニギさせる。
「チヌル剣は?」
「出てみてから考えるよォ、出た先が剣を振れるくらい広ければ良いけど、巻き込んだら大変だからねェ、とりあえずはコレで様子を見るよォ」
チヌルが右の手の平を上にして軽く指を曲げると指先からバチバチッと、プラズマが発生する。
「アキラこそ気をつけるんだよォ、風魔法でダンジョン内を傷付けようものなら、アタイ達は生き埋めだからねェ〜」
チヌルはニッとボクを見て笑う。
「う……やりそう……忠告ありがとう、危ない危ない」
「えっ……」
ボクの漏らしたひと言に、チヌルは固まる。
「とりあえず、最終確認ね。
出た先はマグマとか、奈落に繋がる亀裂の上とかじゃないよね」
ボクの言葉にウメちゃんは頷く。
「それじゃ、最短で攻略しようっ! チヌル、和穂、準備は良い?」
2人は大きく頷く。
ボクは鉄扇を右手に握り、その腕に和穂が腕を回している。
「ちょっと行ってくるねっ!」
部屋の入り口のあった壁に向かって踏み出す。
辺りは光苔によって明るくなっている。
足下は石畳というか、タイルというか、ボク達が初めて分断された時の移動先の廊下に似た感じ、天井は高くて周りは結構な広さがある。
そして中央の台座に置かれる水晶……ここがウメちゃんの作ったダンジョンの最深部。
「何だいコレは……」
中央の水晶を覗き込むチヌル。
『アキラさん、私の作ったダンジョンのままだとしたら、そこのフロアマスターはドッペルゲンガーです。
おそらく討伐したら、何かしら反応があると思いますよぉ〜。
本人程のチカラは無いにしても気を付けて下さい〜』
ウメちゃん、遅かったよ……
ボク達の目の前には腰に手を当てたチヌルが立っている。
「このフロアのボスは分身体らしいよ……」
ボクはチヌルに言う。
「ヘェー、 最近アタイの周りに規格外の者が多すぎてねェ、正直自分の力量を見失っていたんだよォ。
ちょうど良い相手だねェ、ココはアタイにやらせておくれョ」
チヌルは金色に目を光らせ、楽しそうに口元に笑みをふくめ、手をプラプラと振る。
目の前の分身体のチヌルはゆっくりとサヤから剣を抜く。
「フフン、アタイの事をどこまでコピーできるのかい?」
チヌルはまだ剣を抜かない。
そもそも相手の姿を真似たとして、相手の技まで完全にコピーなんてできるものなのか?
チヌルの武器が剣だから、とりあえず抜いたそんな感じにも見えるのだけれど……。
「ねえチヌル、その分身体だけどさ、見てもいない技なんて真似できないんじゃないかな……」
「ふふん、なるほどォ、試してみようかねェっ!」
チヌルは前方へと跳躍し一気に間合いを詰めると、そのまま右足で蹴り上げる。
分身体は身体を捻り、蹴りを躱すと剣を下から上へと切り上げる。
しかし、そこにはすでにチヌルの姿はない。
チヌルは空を切った蹴りの流れでそのまま後方へと一回転して着地する。
そこで初めてサヤから剣を抜き、分身体の空振りした剣を打ち上げる。
ギャンッ!!
重い衝撃音がホールに響く。
分身体は空振りしたうえに、持っていた剣に追撃を受け、大きくバランスを崩す。
チヌルはそのまま流れる様に右回りに身体をグルリとコマの様に回して剣を横薙ぎさせる。
分身体は握っていた剣を手放し、後方へと跳躍して躱す。
チヌルの剣は身体の大きさに対して大きいので、俊敏な動きをする時には邪魔になるのかもしれない。
後方に跳躍した分身体に対して、チヌルはさらにもう一歩踏み込み、遠心力を乗せて加速した横薙ぎを繰り出す。
分身体は後方に宙返りをして躱す。
ガジャギャンッ!!
分身体の手放された剣が床へと落下してホールに音を響かせる。
ギャギャギャッ!!
チヌルは追撃を躱されて空振りした剣先を、床に擦り付けて火花を散らしながら止める
「手放して良かったのかィ?……っ!?」
チヌルは剣先を分身体に突きつけるも、目の前の分身体の手元を見て驚く。
分身体は手放したハズの剣をしっかりと握り、構えている。
手放して落下し、音を響かせていた剣は、すでに床から姿を消している。
「フンッ、なるほどねェ、剣も分身体って事だねェ」
チヌルは納得してひとつ頷く。
え……、あれはズルくない??
ボクは心でツッコミを入れる。
「まあいいや、アタイの戦い方でいくよォッ!!」
チヌルは自分の相棒に電撃を流し込み、大きく振るう。
「さすがチヌルだねー」
チヌルが分身体を一刀両断にする事に、長い時間は必要としなかった。
分身体の撃破に合わせて、中央にあった水晶は崩れる。
ひょっとしたらこのフロアの最短の攻略って、中央の水晶の破壊なのではないだろうか……。
あとでウメちゃんにこっそり聞いてみよう。
水晶の設置されていた場所のすぐ隣に、白く光る魔法陣が現れる。ウメちゃんのダンジョンがそのままであったら、この魔法陣を踏むと外に出る事になるのかな……。
「それじゃ、行こうか」
チヌルは頷く。
3人同時に魔法陣へと足を踏み入れる。
「んん??」
「おやァ??」
ボク達の移動した先は森林の中だった。
鳥のさえずり、近くを流れる小川のせせらぎ、草木の匂い、先ほどの戦いの場の後に、ここに踏み込んだとしたら、本物の森林の中に放り出されたと錯覚する程巧妙にできている。
どうして外じゃ無いと思ったのか……勘としか言いようがないのだけど何となく胡散臭い。
このウメちゃんのダンジョンへと歩いてきた森の中でさえ、鳥以外の気配だったり鳴き声や物音があちこちから聞こえていたものなのだけど、ここは生き物は鳥の鳴き声しか聞こえてこない。
静かすぎるというか、平和すぎると言うべきか。危機感をまったく感じない。セーフエリア?ウメちゃんの部屋の様な雰囲気にさえ感じる。
それにしても、ここはどのくらい広いのだろう……まさか果てしなく続いているとは思えないけれど、それでもパッと見た目では、先へと続く木々と枝木の隙間から見える空しか確認できない。
「んー、たぶん……外に送られたわけじゃないみたいだから、更新……拡大されているんだろうね」
「奇遇だねェ、アタイもそう思うよォ」
ボク達は2層と3層がどんな作りになっていたかは分からないけれど、圧迫された空間が続いていたとしたら、人によってはこのフロアはホッとするだろう。
とはいっても、その気持ちの切り替え自体が油断させる為の罠かもしれないし……、はてさてどうしたものやら、闇雲に進むのは危険だと思うけれど、ジッとしていても埒が明かない。
ボクは協力者は多ければ、それだけ助かると思い、首からぶら下げている小瓶の式神を呼び出す。
「ポー、何か気がつく様な事あったら教えてね」
ボクが声をかけるとポーは頷き「キューン」と言って、上空? 天井? に向かって飛んで行った。
その様子を見ていた和穂はポンと手を叩き、思い出したかの様に、スゥを召喚する。
「お呼びですか? 和穂様……ん? アレ? 何というか……ここは何処でありますか? 何だか普通の森では無さそうでありますね」
召喚されてすぐのスゥにとっても、ここは普通とは違う空間と感じられたみたいだ。
「やぁ、スゥ」
ボクの声かけに、和穂の手の上からこちらを見るスゥ。
「アキラ様、ここは何でありますか? 何というか、森なのに妖力に満ちているような気がするであります」
スゥにとっては、こちらの世界の魔力だったり魔素といったものは妖力として感じられるようだね。
スゥの発言でボクの勘違いではなく、創造された森だということが証明された。
「誰かの作った世界……というべきかな?
物体として存在しているから、幻覚とは少し違う様なんだけれど……。
この森のどこかに住んでいる生き物が、この先に進む為の鍵だと思うのだけど、探す協力をしてもらえないかな」
スゥはボクの言葉に頷く。
「なるほど、承知であります。 和穂様もボクを呼んだ時に、これくらいの情報を与えて下されれば、指示を受ける者は助かるのでありますよ」
和穂はジッとスゥを見て、スゥは慌てる様に駆けて行く。
「…………和穂いつもどうやって、スゥに指示出しているの?」
ボクが尋ねると腕組みをしていた和穂は、ボクに近づき頭をコツンッとくっつけ「……こう」と言う。
流石にこれじゃ伝わらないでしょ……いやスゥと和穂の付き合いなら分かるのか?
やっているところ見た事ないけど……。
「違うでしょ?」
「……ん」
「…………」
「ははっ、本当仲が良いねェ」
ボク達のやりとりを見てチヌルは笑う。
「チヌルも仲良くなろうよー」
ボクはチヌルの袖をを引き寄せグリグリと頬を擦り合わせる。
「んあああーっ! やーめーれーっ! アタイはいいよォー」
チヌルはボクの顔を引き離そうとする。
その様子を見て、和穂も逆側から真似てグリグリと頬擦りをする。
「んなあああーっ!!」
チヌルの叫び声が辺りに響く。
こういう自然相手のマッピングってどうすれば良いのだろう、とりあえず送られて来たこの階層は一方通行ではない様で、すぐ後ろには光る魔法陣がそのまま残っている。
リボンでも結んでいくか……
いつか使うことあるかもと、以前コロモンの洋裁店で購入した、蛍光色の黄色のリボンを、短く切って進行方向側の枝に結ぶ。
ダンジョン相手にこのやり方が通用するのか分からないけれど、何もしないよりかはマシだろう。
「この辺でいいかい?」
「もうちょっと先でもいいよーっ!」
ひとつ前に結んだリボンが、見えなくならないくらいの位置でチヌルが次のリボンを結ぶ。
暫く繰り返し進んでいくと、ポーが戻ってくる。
ボクの左手首に尻尾を蛇の様ににゅーっとのばして絡みつける様にして、ボクの手を引く。
「ポーが誘導してくれるの?」
「キューンッ」
するとスゥも木々を伝って戻ってきて、ボク達の目の前の木で足を止める。
「何か見つかった?」
「鳥はあちこちにいたのでありますが、他は特に見当たらなかったのであります。
ただ、少し先に行ったところに湖があって、小屋があったのであります」
ポーの見つけたものも同じものなのかな?
とりあえず、他に手掛かりはないから誘導されるまま行ってみよう。
「ポーも何か見つけたみたい、同じものなのかもしれないけれど、案内してもらっていいかな?」
念の為に、リボンの目印は引き続きつける様にして向かう。
すると、整備されている訳では無いけれど、故意的に木が取り除かれわ、狭いけれど道の様になっている場所へと出る。
「ボクが見つけたのはここを右であります」
「キューン」
ポーは左側に手を引っ張る。
「えと……どうすれば良いかな、両方確認に行くべきだけど……ちょっと時間が勿体無いよね。
ボク達を分断させる事が目的なのかもしれないけれど、ボクには呼び出しができるから問題無い訳だし」
「それじゃ、アタイがアキラについて行……」
チヌルが言いかけたところで言葉を止める。
和穂が腰に手を当てたまま上からジト目で、無言の圧力をかけている。
何かあった時の戦力でいったらチヌルが言う様に、ボクとチヌル、和穂でバランスがとれる形なのだけれど……。
ボクは大きくため息をひとつつく。
「スゥ、チヌルを目的の場所まで案内してもらえるかな。
チヌル、何かあったら念話でやり取りしよう、必要に応じてコチラに呼び出せばいいかな?」
「頼り無いかもしれないけど、アタイを案内してもらえるかィ?」
チヌルは苦笑いし、スゥへと向き直る。
「承知であります」
2人は右側へと歩みを進める。
「それじゃ、ボク達はこっちだね」
ボクは長めに切ったリボンを幹に一周させて結び、ポーの案内する左側へと足を向ける。
不思議な事に本当に一本道なんだよ、道になる様に木を切ったのか、邪魔をしない様に木の方が避けているのか。
ついつい忘れてしまいそうになるけれど、ここはダンジョン内なんだよね、作った者の意思できっとどうにでも都合の良い様に作ることはできるはず。
なんなら、想像はしたくもないけれど、森林の中として見えるこの場所が、大きな生物の胃の中って事だってあり得るわけだ。
「っ!?」
道の先正面に他の木と比べて大きな木が見える。
『アキラ、着いたよォ、何と言うかアレだね出来立ての様な、子綺麗な丸太小屋が見えたよォ』
流石に、ウメちゃんが去っての短い期間で構築されたのであれば、建物が新しくてもおかしくないのかも?
とはいえ、他のダンジョンに取り込まれて拡大したものだったり、創造された世界なのだから、わざわざ綺麗な小屋を作る必要もないとは思うのだけれど。
『こっちもポーが見つけた場所に、もうすぐ着くところだよ、無理のない範囲で確認してみてもらっても良いかな?』
『はいよォ』
「チヌルが小屋の近くに着いたみたい」
ボクが念話の事を伝えると和穂は頷く。
それにしても、これだけ広いのに、生き物が鳥だけしか見つけられないのも何と言うか不気味だな。
「ひょっとしたら、鳥達を通して、ボク達観察されているのかな……」
ボクは木々の壁の上に広がる空を見上げて呟くと、和穂も空を見上げる。
「キューン」
「ああ、ポーごめんね、この先にあるあの木だよね?」
ポーはウンウンと頷く。
それじゃ、気を取り直して先に進むかな。
近づくにつれてその木は大きさを露わにする。
ルークの住んでいるところに生えているような大木で、ポーは正面の木から回り込む様に裏側に誘導してくる。
導かれるまま回り込むと大木の中心に虚がある。
虚はボクや和穂だと膝立ちか四つ這いにならないと入れないくらいの高さ、チヌルであってもしゃがむ必要はありそう。横幅はひと1人正面から入れるくらいかな、2人同時とか、すれ違ったりは難しいかもしれないな。
「ここはどうなっているのだろう、中に入って大丈夫かな……」
奥はだいぶ深く空洞になっているのか、外からの光が届いていない様で真っ暗だった。
顔を突っ込んで大量のコウモリだったり、魔物が飛び出して来たら、ボクはとんでも無いトラウマを抱えそうだ。
ボクが膝を曲げてしゃがみ、目を凝らして中をジッとみていると、和穂がボクの袖をクイクイッと引く。
「ん? 和穂どうしたの?」
『アキラ大丈夫かぃ?』
ボクが和穂の方へと振り返ったタイミングでチヌルから念話で声がかけられる。
「和穂、ちょっと待って、チヌルから連絡だ」
ボクが言うと、和穂はボクが腰のところにぶら下げていた狐面を手にとる。
「あ、確かに、それなら中を見る事ができるね、ちょっとお願いしても良い?」
ボクは和穂に狐面を預け、場所を開ける。
和穂はボクから狐面を受け取ると、立膝になって背中をこちらに向け、身体を乗り出して中を覗き込む。
『こっちは家の周りを調べてみたんだけど、中に誰かいる様な感じはしないねェ、ただ留守にしているだけかも知れないけど……そっちはどうだい?』
湖もあるっていっていたし、住人はそっちにいっているのかな?
目の前の和穂は四つ這いで虚に頭を突っ込んでいる。
『こっちは目的地にあった巨木を調べて始めているところ。
裏側に深い虚があるところまでは分かったのだけど、ボク達が入るには入り口がちょっと窮屈でね』
和穂の尻尾はダラリと垂れ下がっている。
『アタイが潜ってみようかね? アタイを呼んでもらう様に、この子スゥだっけ? もそっちに呼ぶ事は可能かね?』
『和穂に聞いてみるねー』
「ねぇ、和穂ー?」
「…………」
「ねぇ、和穂?」
「…………」
虚に頭を突っ込んでいるせいかこちらの声が届かない様子。
本当だったらここで念話で呼びかけても良かったのだけど、本人を目の前にして念話もね……
「和穂ー??」
和穂の無防備な尻尾を指先で摘む。
ビクゥッ!!
身体全体で驚いた様子。尻尾もブァツと毛を逆立て太くさせている。
ゴスッ
背中を虚にぶつけて、お尻から後退してくると、ボクに向き直る。
右手で狐面を外し、ジッとボクを見つめて口を開く。
「不意打ちの尻尾はダメ……ううん……背中痛い……」
「ご、ごめん、ごめん」
ボクは和穂の背中を摩ってやりながら、チヌルとスゥをコチラに呼び出して合流する事を伝える。
「……おいでませっ!」
チヌルはボクに、スゥは和穂によって同時に呼び寄せられる。
「へぇー、コレは立派だねェー」
召喚されたチヌルは巨木を見上げて声を発する。
「和穂様、アキラ様、指示を出して下されば、ボクが中を見てくるでありますが??」
和穂はチラリとボクを見てから、ウンと頷き、スゥは「行ってくるでありますっ」と張り切って虚へと飛び込んで行く。
「ポー、一緒に何かないか見て来てくれるかな?」
ボクは手元に貼り付いていたポーへと声をかける。
「キューンッ」
ポーはひとつ鳴き、虚の中へと飛び込んで行く。
「アタイは合流した意味が無くなっちまったねぇ」
チヌルは巨木の根に腰を降ろして言う。
「そんな事無いよ、まぁ情報交換しながらちょっと休憩しよっ?
それに、ウメちゃんも呼んであげたいしね」
キュルルル……
和穂のお腹が鳴る。
そうだね、ボク達は天ぷらでみんなよりひと足先にお昼食べていたし、和穂は余韻も楽しみたいと、うどんは食べなかったからね。
「うーん、ウメちゃん呼んだらお茶にしようかね」
お帰りなさいませ、お疲れ様でした。
今回の話はプチ冒険となってます。
暑い毎日になっています。涼しい場での時間潰しとしてお役に立てたら嬉しいです。
それではみなさん、次の話でお会いできたら嬉しいです。
いつも誤字報告ありがとうございます。




