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第151話 ボクとチキンカツと歓迎会。


 お風呂から出ると、ミルフィがいったん家に寄る様に言ってくる。

 ミルフィは上機嫌で、部屋に招き入れ、鼻歌を歌いながらクロークを、ゴソゴソとあさり始める。

「アキラには、コレね」

 ボクの手に何か生地で包まれた品を手渡してくる。

 事前に用意していた様で、解いて中身を見てみると、おそらく自分とお揃いと思われる服が数着畳まれて重ねてあった。


 ハルにはミルフィのお下がりを、ミュウにはリンネちゃんとお揃い(もともと色違いで持っていたものかな)の服も譲ってくれた。


 2人とも早速ミルフィのくれた服に袖を通してご機嫌だ。


 そんなハルはポニーテールにして、ミュウはハーフツインテールで髪を纏めている。


 うんうん、2人とも可愛くなった。


 せっかくミルフィの家に寄ったので、硬いパンの追加分ももらった。

 以前もらった硬いパンは、前回の宴でパン粉用にほぼ全部使ってしまったのでちょうど良い。


 それから、ボク達は揃って、食事の準備の為に、戻る事にした。


「それじゃ、よろしくね」

「うん、じゃんじゃんいこーっ!」

「あいっ!」

 ボクの料理の手伝いをお願いすると、ハルもミュウも快く受け入れてくれた。


 ミュウは慣れたもので、パン粉をどんどん削っていく。

 アコさんには鳥肉を切り出して、叩いてもらって、ボクは下味と小麦を振りかけて、ハルが卵とパン粉を纏わせて、和穂が揚げる。


「ヘレ爺に、私も料理を手伝っているところを見せるんですっ!」

 そう言って、アコさんはボク達のカマドに、自ら寄ってきてくれたんだよね。

 もっとも、お願いした作業が料理しているように見えるかどうかは別として……。


 そうそう、ボク達がお風呂から戻った時に、広場の片隅に、見覚えのある大きな生き物がいたんだよ。


 王宮からのシルへの遣い……確かトゥエルさんだったっけ……??


 何でも、王宮に戻って王様に報告した後に、ボクが持たせた弁当(中身は稲荷寿司もどきだったね)をこっそり食べようとしていたところ、皇后様に見つかって、問い詰められた挙げ句、摘み食いされたとか……。

 今回は皇后様の指令で、王様に内緒で自分の分ももらってくる様にと言われたらしい。


 確か、シルと仲が良かったのって皇后様だったよね、一般人が作って持たせた弁当を摘み食いって……。

 この国は大天使様も、王族様も食いしん坊ばかりですか?? 正直心配になっちゃうよ。 そりゃ、戦火の真っ只中の状況に置かれている訳じゃないので、平和に越したことはないんだけれど。


 ともあれ、前回は大天使様の合流もあった為、早々に帰してしまった事もあったので、希望に応えてあげたいとは思っている。 それに、せっかくならボクの作ったモノ以外の美味しい料理も堪能して、周りにいっぱい宣伝して貰いたいな。


 ラミュレットがこの地と、どのくらい離れてる場所なのか分からないけれど、行き来の手段も少ないうえ、不便な場所ではあるので、気軽に食事を目当てに訪れる様なことはないと思う。

 こちら方面で用事があった時には、是非憩いの場として寄ってもらえると嬉しい。



 今回森側のカマドは正面のステージ側からミルフィ、ロディ(肉焼き)、パーレンさん。

 草原側のカマドはステージ側からボク達、ヤンマ姉妹、久しぶりに参加した鹿人族の、カフカさんとアンリンさんとなっていて、それぞれのカマドには火が入れられて、早々に調理が始まっている。


 向かい合わせのカマドが挟む広場は、相変わらず、どこから集めてきたの……と思えるくらいの数の、テーブルとイスが広げられている。


「追加の肉とってきたぞーっ!!」

 ロディのカマドにヤックさん達が獲ってきた肉が届けられる。

 周囲からは労いと歓喜の声が上がる。


「アキラ、こっちは下拵え終わったから、あとは煮込むだけだし、何かあるなら手伝えるよ」

 野菜を切っていたフェイが声をかけてくれる。


「あ、それじゃあ、黒玉葱(アイル)を細かく切ってくれると助かるな」

 揚げ始めるとカマドが塞がってしまうので、ケチャップベースのソースは先に作っておいた。


 今回のソースもアイルの食感と辛味を生かしたものを使おうと思っていたのだけど……アイルを切ろうとしたところで、ボクのカマドのヘルプが集まってしまっていたので、調理を開始したんだ。


 最悪ケチャップだけでも良いかなって思ってはいたんだけど、手伝ってくれるならありがたい。


「わかったー、あとオールラも必要なんじゃない?」

 この前の香草揚げをやった時、ボクが用意したのを思い出したのか、起点を効かせて声をかけてくれた。


「え? ボクの頭の中読んだ? ありがとう、すっごく助かる」

 ボクがお礼を言うと姉妹2人は歯を見せ、ニッと笑う。


 ジュ、シュワァーーパチパチッ!!

 ジュワーッ!!


 和穂が下拵えの終わったチキンカツを次々と揚げ始める。


 ヤンマ姉妹2人は、和穂の揚げる鍋をチラリと見て、喉を鳴らす。


「チルレ、先にオールラを細かく切ろうか?」

「そーだねっ」

 それにしても、ヤンマ姉妹の包丁さばきって本当に凄く早いんだよー。

 ボクが同じ速度でやろうものなら、たちまち大きさはバラバラになるだろうし、ちゃんと切れていないモノも出てくるだろうな。


 いつも通りに2メートル四方はあるサンドフィッシュの殻を器に使っているのだけれど、あっという間に底が見えないくらい、オールラの千切りで埋め尽くされていく。


「アキラ……」

 和穂が声をかけて、摘んだチキンカツを持ち上げて見せてくる。

「んー、もうちょっとかな」

 ボクの和穂とのやりとりをヤンマ姉妹は耳をピクピクさせながら、今度はアイルを微塵切りにしていく。



「和穂そろそろいいよ、あげて」

 和穂は頷き、鍋の横に乗せてある、網の上に乗せて余分な油を落としていく。


 油から上げられたチキンカツの、カラッという音と、下の炭に落ちる油の燃える、パチパチッという音を聞きつけ、ヤンマ姉妹が揚げたてのチキンカツを見にくる。


「はいアキラ、アイルも出来たよー」

「うわー、初めて見るから何ともいえない塊に見えるね」


「す、すごい量だね……」

 2人の持ってきてくれたアイルの微塵切りは、ラーメンドンブリに、漫画盛りにしたご飯のような量をふたつ分。


「うん、がんばったーっ! それでさー、味見……したいなぁ……」

 フェイがニコニコと言う。


「しょうがないなー、ソースを完成させちゃうから、ミルフィとパーレンさんも、味見するか声かけてきて」

「わかったーっ、ソッコー連れて来る!!」

 2人は「やったー」と頷いて、向かいのカマドに駆けて行く。


 さて、ソースを完成させるか……とは言っても混ぜるだけなんだけどね。

 ひとつのドンブリのアイルをソースの入った鍋にあけて、レードルでよくかき混ぜる。


 呼ばれた2人を含めた4人は、早足でボク達のカマドの前に集まる。

 ボクは木製のまな板に、網の上で余分な油を落としていたチキンカツを乗せて、切っていく。


 ザッザクッ! サクッ! サクッ!

 

 和穂から受け取った皿に、オールラの千切りを敷き、切ったチキンカツを並べて乗せる。

 肉の切れ間から肉汁がジワリッと出てくる。


 レードルでアイルの微塵切りの混ざったトマトベースのソースをひと掬い。


 シュワァーー……

 ソースがチキンカツの油を冷やしていく。


「はい、これがチキンカツです」

 それぞれフォークでひと切れ刺し持ち上げると、喉を鳴らす。


「こ、これがアキラの揚げ焼き……」

 フェイが呟く。

 いや、チキンカツだよー、ボクが揚げられた様に言わないでー。


 サクッ……


 ひと足先に、パーレンさんが口に運んで、音を鳴らしてひと口噛み、咀嚼する。


「んー、こりゃ驚いた、初めての食感だ、それに肉汁が溢れてきて美味しいねーっ!」

 

 3人もパーレンさんの感想を聞いて口へと運ぶ。


 サクッサクッサクッ……


「んーーーっ!!」

「うんうんっ!」

「アフイヘロ、ホイヒーッ!!」


 3人は目をキラキラさせてお互いを見ながらウンウンと頷く。


「へぇー、またこれも合うねえ」

 パーレンさんはソースの乗っかったオールラを口に運んで言う。


「パンにこの千切りと一緒に挟んで食べるとまた美味しいんですよー。

 それに、今日はこの料理ですけど、実はコレから更に変化させる事もできるんですよー」

 ボクが言うと頷いたり、驚いたり、4人の表情がコロコロ変わって面白い。


「この美味しいのが更に……アキラってば……私達が知らないと思って……、それは流石に言い過ぎなんじゃないの?」

 チルレがまたまたーと言ってくる。


「へえー……、信じられないんだー、それじゃ初出ししちゃおっかなー……。

 和穂、フライパン出してっ」

 みんなの味見をする姿を見て、お腹をさすっている和穂に声をかけると、すぐフライパンを出して、手渡してくれる。


 アイルの微塵切りと、ハチミツ、醤油(ソーイ)と水を少し入れて、火にかけて……アイルに火が通ったタイミングで、切った2枚分のチキンカツを乗せて、ひと煮立ちさせる。


 ハルに生肉をまだ通していない、溶き卵を少し分けてもらって、チキンカツの上にかけて、卵とじにする。

 蓋の代わりにまな板を乗せて、20秒数える。


「……19……20」

 まな板を外すと、油とあまじょっぱさがイメージできる、懐かしい匂いがする。

 半熟卵がクツクツと音を立ててゆれる。

 本当だったら出汁だったり、みりんだったり、酒があったら良かったのだけど……どうにか簡易版のチキンカツ煮として作りあげる。


 ご飯に乗せて食べれたら最高だったのにな……。


 ボクのカマドの手伝いに集まっている皆も、手を止めてフォークを片手にフライパンを覗き込む。

 和穂も、ハルも、ミュウも、アコさんも加わって……鍋から立ち上る匂いに、幸せそうな表情を見せる。


「おぉーっ!」

 ミュウはよだれを垂らしながら見つめる。


 とは言っても、ボクのよく知っている味に近づいているかは食べてみないと分からない。


「こ、これは……何だか、見ただけでものすごく美味しい予感がするんですけど……」

 アコさんが呟く。


 わかる、半熟卵とか、あんかけのトロミって、何でこんなにも魅力と期待感のハードルを上げるのだろう。


「流石に手間がかかるから、大人数相手に作る事は中々できないのだけれどね……」

 ボクが言うと「そりゃ……ね」とパーレンさんが苦笑いして同調する。


「熱いから気をつけてね……」

 そう言うと、皆それぞれフォークで掬い、息を吹きかけ、パクッと口に入れる。


「「「「んんーーーっ!!!」」」」


 うんうん、深みはちょっと浅いけど、満足いく味にはなったんじゃないかな。


 こちらの騒ぎに「何だ何だ?」と周りが視線を向けてくる。


「おっと、人が集まってくる前に食べちゃおっ」

 フェイがもうひと切れと、手を伸ばした時には、フライパンの中身は空になっている。


 ミュウと和穂が目を閉じながら、幸せそうな表情で、口をモグモグと動かしている。


「ふふっ」

 ミルフィはそんな2人の表情を見て笑う。


「うー、遅かった……」

 肩を落とすフェイに、ポンポンと背中を叩くチルレ。


「いやー、良いものを食べたよ、今夜は楽しみだね」

 パーレンさんは満足気に言うと、自分のカマドへとズンズンと戻っていく。


「ねえねえ、アキラ……私リンネと夫にも食べさせてあげたいな」

 ミルフィがボクに声をかけてくる。


「あ、うん、もちろん。和穂がすぐに次を揚げてくれるよっ」

 ボクが言うと、ウンウンと和穂は頷いて作業に戻る。


「えっと……それとね……」

 まだ何か言い足りないようで付け加える。


「うん?」

「その……今食べたやつも……いいかな……」

 コッソリと周りの耳に届かない声で、お願いしてくる。


 ミルフィは足取り軽く、フライパンとお皿を持って、ステージの裏側を通って自分のカマドに戻っていった。


「アキラさん、チキンカツ……でしたっけ?、この料理を作り置きしておけば、いつでも卵とじを作る事ができるんじゃないんですか?」

 アコさんが手を動かしながら尋ねてくる。


「アコさんはカツ煮が気に入ったんだね。

 そりゃ、冷めても火を通す料理だからね……ただ、作り置きができるほど、残る物でもないんだよね」


「ああ……ですよね……そのままでも、特に出来立ては十分に美味しいし、冷めてもパンに挟めば美味しいし……残らないですね……」


「でも、今日アコさんが作り方を覚えたら、いつでも食べられるじゃない?」


「うう、チキンカツとしての魅力が私を誘惑して、中々、卵とじに辿り着けなくなりそうです……」


「あの卵とじは、ご飯に乗せて食べると、それはもう絶品なんだよー」

 ボクはイタズラに笑う。


「ひ、ひどいですー! アキラさん私の心をもてあそんでー……」

 アコさんは頬を膨らまし訴えてくる。


「ハルも、いつかご飯と一緒に食べてみたいなー」

 ボクとアコさんのやりとりに、目をキラキラさせてハルも加わってくる。


「ハルー、実はその卵とじもね、汁気を多くした汁だくっていうものもあってね……」


「あ、アキラさん、もうやめましょーよー、今食べられない物の話、悲しすぎますよー」

 アコさんはガックシ肩を落として、背中を丸め込み、頭から抜け出した魂が白旗を振っている様に見える。


 ボク達のカマドの前に用意されたテーブルの上にはサンドフィッシュの殻が置かれ、その中にはオールラが敷き詰められている。

 隣には、必要に応じて、かけられるように、トマトベースのソース、ソーイにナボラの汁、リッポの汁を加えたあまじょっぱ酸っぱいソースの2種類用意して置いてある。


 チキンカツその物は、出来立てのアツアツを提供する為に、どんどん揚げては皿に盛って、和穂の収納に収めていく。



 日が落ち、各テーブルや、カマド周囲のカンテラに光が灯る頃、それぞれの料理が出来上がる。


 その頃になると、狩に出ていた者や、各々作業をして後から集まってきた者で、空になっていた席がどんどんと埋まっていく。


「みんな、準備はもうできているかいっ?」

 シルが光の魔石によって照らされたステージに立ち、皆に声をかける。

 ボク達が初めて、この場に集まる皆に紹介された、あの頃と同じ様に……違うのはステージがあるか、ないかくらいかな。


 ロイ一家が紹介される。

 トゥエルさんはシルへの伝令で、ちょくちょくこの地に来ているようで「知っていると思うけど」と、前置きした後軽く紹介される。

 それから、改めて、ハルとミュウが紹介される。

 

 今となってはボク達といるのが当たり前の、家族のような存在ではあるのだけれど、こうしてみんなの前に出て紹介されるのは、実は初めてなんだよね。


 あの時の食事会は、お風呂組と食事組に分かれて、全員が揃っていなかったし……。

 ハル自身も前髪で顔を隠し、人見知り全開の小動物みたいな状態で、目を合わせようものなら、人の影に隠れてしまうような子だった。

 今はボクと同じ髪型にして、顔も隠すことなく、全体が見える事にも気にせず、ミュウの手を握り、胸を張ってみんなの前に立っている……ように見える?


 いや、顔は真っ赤で、目は落ち着かなくキョロキョロしているか……。

 

 まあ、初めてきた時のハルを見た事ある人にとったら、随分と変わっていて別人の様には感じたと思うよ。


 そして、ミュウ。

 ミュウは本当に一部の人にしか知られていない。

 ……とはいっても、口伝えで存在くらいは知られていたのかな……。

 真っ白なミュウはどこにいてもみんなの目を引く。

 同じ白髪でも、ミルフィの様にクリーム系ではない、リシェーラさんのように白髪と銀髪が混ざっている様でもなく、透き通る様な白髪を揺らしている。

 そこに真っ白な地肌なものだから、黙っていたら、触れるだけで壊れてしまうような儚い存在に見える。

 ミュウは、そんな見た目とは裏腹に「あいっ」と元気に舌足らずな挨拶をしてその場を和ませる。

 シルからは、みんなの前では『精霊』としか紹介されていない。

 やっぱり吸血種族というのは、偏見かもしれないけれど、どうしても構えてしまう存在なのかもしれない。


 まあ、それも人それぞれの感じ方なんだろうね、人によっては、ミュウの人懐っこい性格が良い方に働いて、かまってくれる人も多いわけだし。


 ステージの下ではキルトさんが「ミュウちゃーんっ!」とアイドルのファンの如く、名前を呼んで手を振っている。

 相変わらず……あちこちに、ミュウの歯形をつけているわけなんだけど。


 ヤンマ姉妹も初めは恐る恐る触れていたけれど、フタを開けてみれば、和穂と同じく、とんでも食いしん坊な子って事で、ついつい甘やかしている様子が見られる。


「それじゃ、各々自由に話して親睦を深めておくれ、ミュウも和穂の腹も限界だろうし、紹介はここまでにして、食事にしようかねっ」


 シルが笑いながら言うと、集まった皆も笑い、食事会が始まる。


 和穂が揚げたて状態のチキンカツの皿を、収納から取り出し、ボクが次々と切り分け、アコさんが切り分けたチキンカツをオールラの千切りの上に乗せていく。


 結局、途中で作業を交代しながら、200枚分くらい揚げたのかな。

 広場には50人は居なかったと思うけど、皆が満足するだけ食べられるでしょ。


 それこそ、アコさんの言っていた、作り置きもできそうだよね。

 とりあえず、出来立てサクサクを食べてもらいたいから、最初のスタートで山積みにして、減ってきたら追加する様な形にすることにした。



「アキラー、来てあげたわよ、あたしの食べられそうなものってあるかしら?」

 カシュアがボク達のカマドへとやってきて作業台に腰をかける。


「ふふん、カシュア待っていたよ、今回はカシュアのために特別な料理を用意しておいたんだ、他の人には内緒だよ」

 ボクは指立て口元に押し当てた状態で、カシュアに言うと、カシュアはキラキラした目を向けて「ホント!?」と前のめりで歓喜の声を上げる。


 ボクがカシュアの為に用意していたのは、鶏肉で作った、直径5センチ程の小さなメンチカツだ。

 葉っぱの皿に乗せて、渡してやる。

 衣にしても、他のパン粉より更に細かい、粉に近い物を選んだので、カシュアには食べやすいと思うんだ。


 ちなみに、専用ではない、普通サイズのお試し品を、ボク達のカマドのメンバーと、隣にいたヤンマ姉妹は食べている。パーレンさんとミルフィにはあとで届けてあげる予定だ。


「うわー、何これ、カリカリだけど、中のお肉がフワフワで、肉の汁が噛むほど出てくるっ、甘みはアイルかしら……、上にかけているタレのアイルとはまた違った食感……あたしこれ好きっ」

 アコさんの感想とは違って、カシュアは安定した食レポをしてくれる。

 味見をしたメンバーとほぼ同じ感想が聞けた。

 

 メンチカツはチキンカツ煮と併せて完全な裏メニューだ。

 なんたって、メンチカツは挽肉を作る作業が大変(挽肉になるまで何回も叩いた)だしね。


 カシュアの為の特別というのはカシュアにとって、どの料理も体の大きさに対して、手を出せないものが殆どだし、食べられたとしても、崩れた破片みたいなものばかり……それは皆で楽しく食べる席なのに、何だかとても悲しいし、せっかくなら喜んで食べてもらいたかったから。


 今回皆には、肉の塊の揚げ物としてチキンカツを食べてもらいたかったからそれで良いでしょ。


「あ、カ、カシュア……」

 ステージから戻ってきたハルが、作業台に腰掛けるカシュアの姿を見つけて、おどおどと声をかける。

 声をかけられたカシュアは、食べる手を止めて、顔を上げる。


「あら……、ハルお疲れ様、緊張していたみたいだけど、大丈夫?」

 

「う、うん」

 カシュアの言葉を想像していなかったのか、遅れた反応をするハル。


「なんだか、髪型変えたら前より、全然良い感じになったじゃない」

 カシュアはニッと笑う。

「あ、あ、ありがとう」

 ハルもつられて、顔を赤らめ笑う。


 カシュアは口は悪いけど性格が悪いわけじゃないんだよね。

 以前ボクがワーラパント家からの刺客への小さな抵抗として、草原の草を結んでいて作っていた罠も、作っていたボクがすっかり忘れてしまっていたところ、カシュアが解いてくれていたんだ。


「アキラと同じ髪型にしたのかしら? アキラより全然女性ぽくて素敵よ」

 そりゃさ、ハルはちゃんとしたポニーテール、ボクはただ、簡単に束ねただけの髪型だし。


「ねーカシュア、ボク本人を目の前にしてそんな事言う?」


「ふふん? それじゃ、アキラはどう思うの?」

「う……ボクより全然似合ってると思う……」

 そんなのは、初めてハルがボクと同じ髪型にしてもらったって、喜んでいた時に分かっていたけどさ。


「ふふ、嘘、冗談よ。 アキラとハルは別の魅力があるんだから、優劣なんてないわ」

 そう言うと、両手で抱えていたメンチカツをガブリッと口に入れる。


「それにあんた、髪を切った事で、世界が広く見える様になったんじゃないかしら? いつまでも毛玉の様な頭をしていたら、引きちぎってやるつもりだったわよ」


 こわ……。


 カシュアの言葉に表情をこわばらせると、首を軽く横に振って、ひとつ頷き言う。


「……うん、思っていた以上に、みんながハルに話しかけてくれていた事がよく分かった」


「そう、良かったわね、あんたは自分で殻を破って外に出て来れたみたいね。外の世界へようこそっ」

 ふんっ、とひと息ついて、両腕を広げて笑いかける。


「へぇー、カシュア今日は随分ハルに優しい言葉をかけてるね」

 ボクがカシュアに言うと、ジト目をコチラによこしてボソッと言う。


「アキラに耳は必要ない様だわ、千切り取ってやろうかしら……」


 こっわ……。



「るー、あきーっ!」

 ミュウとリンネちゃんがこちらへ駆けてくる。

 遅れて、ルアくんも早足でコチラについて来る。

 それぞれ、手に鍋をもって。

 周りの皆も食事を楽しみながら、そんな3人を邪魔しない様に避けてやりながら、微笑ましくながめている。


「はいっ、アキラお姉ちゃんっ、お料理持ってきたよーっ!!」

 

「わー、ありがとうっ」

 ボクは鍋を受け取り、リンネちゃんの頭をワシャワシャと撫でる。


「きゃーーっ!あはははっ!」

 リンネちゃんは声を上げて喜ぶ、そんな様子を見た和穂も、箸を口に咥えたまま、ミュウの鍋を受け取ると頭をワシャワシャとする。


「キャハーッ!」

 ミュウは和穂の腰へガバッと抱きつく。


 アコさんはルアくんの鍋を受け取る。

「…………」

「いや、ぼ、僕はいいですよ……」

「ふーん……」

 視線を合わせるように腰を曲げ、ジッとルアくんを見つめ、ふっと笑うと「ありがとうね」と、ひとことだけ伝え、頭にポンと手を置く。


 作業台に並べられた3つの鍋、リンネちゃんの持ってきてくれたのは、ミルフィの作った、コーンポタージュと、クリームシチューを足したような、まろやかなトロミのあるスープだった。

 確かパンに浸して食べると完成するような事言っていっけ……。


「和穂、パンを出してもらってもいいかな?」

 和穂はパンの乗ったカゴを取り出す。

 ボクはヤンマ姉妹から器をもらって、ミルフィのスープをよそって、カゴの中からコッペパンほどの大きさのパンを選ぶ。


 指で摘んで引きちぎり、スープに先端を浸す。


 浸した個所がひと回り膨らみ、持ち上げるとチーズフォンデュのディップした時の様に、トローリとパンに纏わりつく。


 口に運ぶと、パンに染みたスープがジュワッと口の中に広がり、更にシチューを口に入れた様にトロミも口に残る。

 表現が難しいのだけど、スープカレーと、トロミカレーが手を組むとこんな感じの食感になるのかも?

 

 味は野菜がかなり溶け込んでいるんだろうな、野菜の甘みと旨み、ミルクの優しい感じ、どうやったらこんな料理を作る事ができるのだろう?

 コレは間違いなく美味しい。


「んー、んまーい」

「アキラ、美味しそうに食べているじゃない、何それ、あたしにもちょうだいよっ」

 カシュアがメンチカツを食べ終えて、パンパンと手と服についた衣を払いながら言ってくる。


 この食感はカシュアサイズにしたところで、同じように味わえるのかな……うわずみだけ掬う感じにならないように、よく混ぜた匙でスープを掬い、指先でちぎったパンを乗せて、カシュアに差し出す。

 匙の大きさでもきっと、ボク達に合わせた大きさにしたら、軽くチャレンジメニューのお店の器くらいの迫力はあるだろうけど。


「どれどれー……んー、おいしっ……」

 カシュアはメンチカツを食べた時と同じ顔をする。


『……アキラ、アキラ……』

 和穂が念話でボクを呼ぶ。

 ボクがそちらに目をやると、ミュウをぶら下げたまま、ジッとコチラを見て、尻尾をフリフリ、口を開けて催促してくる。


「うん、和穂にもひと口あげるね」

 ボクがそう言って、匙をいったん器に降ろす。


「あら、ごめんなさいね、あたしのために持ち上げてくれてたのね」

 カシュアはブンブンと手を振る。


「あ、うん、大丈夫。 はい、和穂っ」

 途中でスープが垂れてしまわないよう、器を片手に、一緒にスープに浸したパンを和穂の口元に運んでやる。


「……んー……」

 和穂も目を閉じて幸せそうな表情になる。


「んあ、そうだ、カシュアちょっと待ってて……」

 ボクはいったん作業台に器を置くと、右手に魔力が流すイメージをしながら呟く。


【ウメちゃん】

 そしてさらにイメージ……。

 手の中に物体としての感触が現れる。

 手の平を開くと、乳白色のペットボトルのキャップのようなものが乗っている。


「アキラ、突然どうしたの? ウメちゃんを呼んだかと思ったら、手が光った様に見えたのだけど……。

 それに、それは何なのかしら?」


「あ、うん、今回の旅で、ウメちゃんとの契約した精霊魔法のチカラを知る事ができたからね、折角だから、誰かのために使いたいと思ってさ」


 カシュアが質問してくるので、ボクは手の中の物を左手の指先で摘み上げカシュアの目の前に持っていく。


「はいっ、カシュア用の食器だよ」

 ボクが伝えると、カシュアは両手で受け取り「へえー」と言いながら、ひっくり返したり、顔を近づけたりして、まじまじと見ている。

 真剣な表情をしていたかと思いきや、柔らかな表情をつくり「んへへっ、ありがとうね、大事にするっ」とお礼を言ってくる。


 あと、何か大事な物を忘れている気がする。

 あ、そうか……


【ウメちゃん】

【ウメちゃん】

【ウメちゃん】


 追加の創造を行う。


「はい、カシュアこれ、いったん器を預かってもいいかな?」


 ボクは新たに創造したものを差し出して、一度、預けていた器を受け取る。


「アキラ、これって……」

「ボクのイメージで創造したから、使い勝手が悪かったらごめんね」

 ボクが改めて創造したのは、クリスタルの様な透明の魔石でできた、小さな小さな三又のフォークとナイフ、そしてスプーン。


 受け取った器には、ミルフィのスープを掬ってよそってあげる。


「アキラありがとうっ!」

 カシュアはニコニコと、笑顔で受け取る。


「ねー、カシュアはこれまで食事ってどうしてたの?」

 ボクは何気なく聞いてみたのだけれど、ポカーンとした表情を向けて口を開く。


「え……? 妖精は精霊と同じで、本来食事は不要な物なのよ。

 ルークもそうだったでしょ?」

 確かに言われてみると、ルークは偏食とかではなくて、興味を示した物だけ口にしていた事を思い出した。


「別に飲み食いしなくても、自分と相性の合う自然の中にいれば、勝手に生命力は維持できるものなのよ。

 食事という行動自体興味でしかないと言うのが正しいわね。

 だからと言って、味覚がないわけじゃないから、楽しみとして、あたし達は物を口にするの。

 例えば花の蜜とかね。

 アキラ達が来てからは……、アキラが変わった物を作ってくれるじゃない、あたしにとって好感をもてるものが多かったから、最近はこの食事会って、とても楽しみにしているんだー」

 本当に楽しんでいるようで、ニコニコしながら教えてくれる。


「それに、こんな素敵な物を作ってくれたのだから、もっと食事が好きになった、アキラがあたしにくれた素敵な贈り物よ」

 カシュアは器を指でなぞり、手元の食器を見つめニッと笑う。


 ボクは葉っぱを皿に素手でかぶりつく様を不便に思えて、軽い気持ち、思いつきで食器類を作ってあげたのだけど、そこまで喜んでくれているとは思っていなかった、何だかボクも凄く嬉しく思える。




「アキラお姉ちゃん、ハルもみんなと食べに行ってきていいかな?」

 ハルがミュウとリンネちゃんに両手をとられている。


「うん、勿論だよ、こっちはもう出来上がっているからね、楽しんでおいで」


「うんっ、行ってきまーすっ!」

 笑顔でハル、ミュウ、リンネちゃん、ルアくんは手を振って、席の方へと歩いて行く。

 

 きっと縁日の屋台巡りに出掛けていく子供達を見送っている親の気分ってこんな感じなんだろうな……。



 作業台に置かれた他の鍋にも目を移す。

 ミュウの持ってきた鍋にはパーレンさんの作った、すいとん汁、ルアくんの持ってきた鍋にはロディの焼いてくれた、肉焼きがそれぞれ入っていた。


 コレはきっと以前、狐鈴だったか、和穂だったかが、やっていた食べ方が正解かな。

 ミルフィのスープの入った器を和穂に預けて、ヤンマ姉妹から新しい器をもらう。


 肉焼きを器へ入れて、その上から、パーレンさんのすいとん汁を注いで合体させる。


 ピリリと喉に刺激のある辛さと、肉焼きから出た肉汁の旨みが混ざり合って調整される。

 うーんそれでも和穂にはちょっと辛いかな……。


「フェイ、ちょっと2人のスープをここに足してもらっても良いかな」

「ん? 別に良いけど、何? 料理の実験?」


 フェイ達のアカウイダケの出汁と野菜の旨みも加わり、辛味は抑えられて、肉と野菜も程よいバランスになる。


「うん、これなら、辛いのが苦手な和穂でも平気かも」

 和穂はワサビのツーンとする刺激には強いはずなのに、胡椒や唐辛子のような刺すような、焼くような刺激には弱い。


「それなら、肉焼きに私達の料理をかけてやればいいんじゃないの?」

 フェイはごもっともの意見を言ってくる。


「それはそうなんだけどね、和穂はいつだって、ボクの口に入るものと同じものを食べたがるじゃない、せっかくなら、多少調整したものでも、パーレンさんの作った料理も口に入れてもらいたいんだよねー」


「…………」

 和穂はホント?という疑いの目をボクに向けている。


「大丈夫だって、ほら……」

 和穂はボクから器を受け取ると、唇を縁にあててひと口流し込む。

 コクコクと頷くと、中の具になった肉焼きを箸で摘んで、モグモグさせ、それから白っぽいすいとんを摘む。


「あっ、ちょ……和穂それっ!」

 ボクが和穂を呼んで止めるも遅し、口に入れた途端、和穂は咳き込んで尻尾の毛を逆立てる。


「カフッ、ゲホッゲホッ……!?」


 そ、そうだよね、すいとんは最初から辛いスープをたっぷりと吸い込んでいたよね。


「……けほ、……えっふ、か、からいぃ……」

 和穂は涙目でボクに訴えてくる。


「ご、ごめん、そう言えばすいとんだったね。

 ほ、ほら和穂、ミルフィのスープだよ」

 和穂はボクの器と交換すると器を傾けて一気にスープを飲む。


 ボクは、意外と辛さに耐性があったから、和穂がまた辛い思いをしないように、すいとんだけ先に食べる。

 うん、ピリリと辛い、きっとヤックさんには、物足りないだろうな……。

 辛さを求めるなら、スープの辛さに手を加えない方が良いんだろう。

 この会場には激辛が好きな人も結構いるし、パーレンさんなりの愛情料理なんだよね。


「はい、和穂、すいとんは食べておいたから大丈夫だよ」

 涙目のまま上目使いでボクを見る和穂。


「うん、大丈夫だって、いらないならボクが食べちゃうよ?」

 和穂は首を横に振って手を伸ばし器を受け取ると、肉をかじって、メーソルを美味しそうに啜る。


 本当、和穂の美味しそうに食事を食べる様子を見てると、幸せを感じるんだよね。


「アキラ、ワチが代わってやるから、回ってくると良いのじゃ」

 狐鈴がチャコを連れて、ボク達のカマドまでやってくると、交代してくれるって言ってくれる。


「今回の食事は温め直したりする必要がないから、付きっきりじゃなくても大丈夫なんだけどー……ありがとう、ちょっと行ってくるね」

 和穂は狐鈴に、揚げたて状態で保存されていた、山盛りのチキンカツの皿を渡している。


 ボク達はカマドを離れる前に、オールラの上のチキンカツを足して、別のカマドに向かおうとするところでチルレに呼び止められる。


「アキラー、和穂、私も一緒しても良いかな? 私達も交代で食事する事にしたんだー」

 食事会が始まった直後は、中々カマドから離れる事ができないけれど、ある程度お腹が満たされてくると皆ゆっくりとする。


「ボクは、ミルフィとパーレンさんにメンチカツを届けようかと思ってね」

「あー、うんうんアレね、そっか、和穂は?」

 和穂はボクの袖を引きながら、ロディの鉄板の肉焼きをジッと見ている。


「ん、いいよ貰っておいで」

 和穂は引き寄せられる様に、肉焼きの方へと行く。


「それじゃ、私もミルフィのとこで貰おうかな、持ってきてもらった鍋の味見はしたけど、しっかり食べたいしね」


 ボク達がミルフィのカマドを訪ねていくと、先にミルフィがボク達の姿に気がついたようで、オルソさんと交代してエプロンを外しながらこちら側へと出てくる。


「あ……私ちょっと貰ってくるから、席見つけておいてもらって良いかな?」

 チルレはミルフィのカマドを指差す。


「ん、いいよ、待ってる」

 ボクが言うと、チルレは早足でカマドへと向かう。


「アキラ、料理ありがとうね、リンネも夫も喜んでいたわ」

 ミルフィはボクの手を両手で取って、上下にブンブンと振る。


「うん、喜んでもらえて良かったよ、それでね、カシュア用に作った、特別な料理の味見用も持ってきたんだー」

「え!?」

「今、和穂が持っているんだけどね」


 振り返ると、肉焼きのカマドの近くの席に陣取って、肉焼きの山と向き合い、モリモリと食べる和穂の姿が見える。

 タイミング良く、和穂と同じ席にパーレンさんも座って休んでいる。


「おまたせーっ」

 チルレが、スープとパンを持ってこちらへとやってくる。

 ボク達3人は和穂とパーレンさんのいる席へと向かう。


「おつかれさん、ホント和穂の食べっぷりは惚れ惚れするねぇー」

 背中をピンッと伸ばして、別にガッついているわけではないので、注目はされにくいけれど、その量は普通では無い。


 ボクが和穂の隣りに腰を降ろすと、和穂が箸で肉焼きを摘んでボクの口元へと運んでくる。

「ありがと」

 ボクはお礼を言って、和穂の寄越す肉を口へと入れる。うん?……思いの外大きいな……。


「和穂、ミルフィとパーレンさんに、あれ出してあげて」

 ボクは咀嚼した肉を飲み込み、和穂にメンチカツを出してもらう様に伝える。

 和穂はウンウンと、頷き、2つメンチカツの乗った皿を取り出す。


「ん? 何だい小ぶりなチキンカツかい?」

「コレはメンチカツと言って、いったん肉を細かく刻んでまとめ直したものなんですよ。

 肉の食感が少し変わるけれど、大きさや形を自由に変えられるので、カシュア用に作ってあげたんです。

 もっとも、カシュア用はもっと小さいですけどね」


 ボクの説明を聞いて、目の前のメンチカツをフォークで小さく切り崩し、上から押して様子を見るパーレンさん。

 そのまま、ひと口かじるミルフィ。


「肉汁が凄いです、アイルかな? 野菜の甘みも感じる」

 ひと口かじったあと、切り口をじっと見つめるミルフィ。

 ミルフィの言葉を聞いて、ひとかけら口に運ぶパーレンさん。



「ただ、先程言ったように、かなり肉を細かくする必要があるんですよねー」


「んー、なるほどね、手間はかなり掛かっているのはよくわかるよ。

 チキンカツで十分美味いのだからそれで良いんじゃないかい?」


 パーレンさんはもうひとかけフォークで持ち上げ、ジッと見つめる。


「それにしても、このサクサク不思議ですね、食感はもちろんそうなのですが、コレが着くことが原因なんですかね、肉の味が強く感じられるんですよねー」

 ミルフィはもうひと口口に運び言う。


「サクサクの正体はさっきもらったカチカチのパンなんだよねー」

「えっ、そうなの? あのパンにこの様な使い方ができるんだね、鳥の餌以外の使い道がわかって、良い勉強になったよ」


 ボクの説明に、改めてコロモをフォークで突っつくミルフィ。


「うんうん、確かにミルフィの言うように、旨みがチキンカツよりしっかりしている感じがするね」


 メンチカツは2人に良いように受け入れられたようだ。


「衣を着けて油であげると、焼くより短時間で火を通す事ができるから、肉も硬くなりすぎないし、旨みの汁も外に出さずに留める事ができるみたいなんだよね」

ボクのコロモの知識だと確かこんな感じだったと思ったけど……。


「んー、それじゃ、私達の前に作った香草揚げもコロモ?……を着けたらもっと美味しくなるって事かな?」

 チルレは食事の手を止めて、目をキラキラさせて聞いてくる。


「そりゃ、香草本来の香りも、包まれて閉じ込めるだろうから、味も香りも強く残るんじゃないかな。

 それに、衣にも色々あるから、相性を考えると良いかもしれないね」


「色々……?」

「そう、ボク達の国では今回のパンの粉を纏わせてサクサクさせた物をフライ、卵と小麦粉を混ぜたような物でフワフワした衣を纏わせた天ぷら、卵の白身だけを泡立てて、さらにフワフワにした衣を纏わせて揚げた、フリッターというのがあるね、でもこっちの国では卵の白身が極端に少ないので、適した料理ではないかもしれないね。

 それにチルレ達のやっていた様な、素揚げに近い唐揚げっていうのがあるよ。」

 ボクがコロモの種類の説明をしていると、皆が頷いている中、和穂がピクリと顔を上げる。


 和穂はボクの顔をじっと見つめて口を開く。

「天ぷら……? すきっ……」

 

 皆の視線がボクに向けられる。

 和穂はボクの手をとりウンウンと頷き訴えてくる。


「ううん、そっかー、和穂は天ぷら好きなんだね……」

 ひょっとしたら、フライだったら、和穂や狐鈴にとっても珍しいものかもって思っていたけど……天ぷらは、ある歴史上の武将の好物だったって聞いた事あったから、知っているんじゃないかと思ったんだよねー。


 ボクは手を握られたまま困った表情をしているとパーレンさんが声をかけてくる。


「何だい? 何か問題でもあるのかい?」


「えっと……ですね、チキンカツを作る分には動物の脂肪を溶かして作った油でも良かったんですけれど……。

 以前チキンカツと一緒に、モータルを使ってコロッケという、フライを作ろうと思って試したら、油がちょっと臭いと言うか、合わなくて残念な結果になってしまったんですよ……」


 和穂は失敗作を思い出した様で、耳も尻尾も元気なく垂らす。


「えっと……そんなに美味しくなかったのかい?」

 ボクの説明に合わせての和穂の反応に、パーレンさんが聞いてくるが、普段あまり顔に出さない和穂ががっかりした表情をしているところを目にして察する。


「ああ……そうなんだ……」

 チルレも自分の料理が違った形になると期待していた分、和穂の反応を見てため息をつく。


「植物から採れた油ならば、きっと臭みがないので美味しくできると思うのですけど……」


「そうかい? 今まで気にしてなかったけど、油ひとつでそこまで味を変えるものなら、コロモンからの行商で頼んでみるかね」

「それは良いですね、私もそこまで美味しいと言われるなら食べてみたいです」

 パーレンさんの提案に頷き賛成するミルフィ。


「コロモンに売っている事が分かったので、今度行った時買ってきますよ、油は重いから、行商にお願いしたら、別の持って来てもらいたい品が減ってしまうと思うので……」


「あ、あの……うちに、鍋一杯分くらいだったら、植物油ありますよー、良ければ明日、お試しで作っていただけませんか??」

 その申し出の言葉は意外なところから声をかけられる。


「わわっ!」

 ボクの後ろに、顔の横に右手を挙げて、鹿人族のカフカさんが立っている。

 テーブル上での会話だったので、突然の事にボクは変な声を出してしまった。


「あ、ああ、えっとー、突然声かけてしまってごめんなさいね。

 アキラさんの今日の素敵な料理の感想を言いにきたのですが、話が盛り上がっていた様で、話に入る機会を逃してしまっていました。

 

 揚げ焼き……今日の料理があまりに美味しかったのに、他にも種類がある上に、和穂さんを魅了する様な揚げ焼きがあるなんて、そりゃ気になら無い訳がないですよ。

 私も是非、ご教授してほしいです。

 あ、あと、よろしければ、今日うちで出した料理です」


 左手に持っていたお皿の上には、太めの葉巻きの様な棒状の料理が数本乗っている。

 何だこれ……? 葉巻きのような見た目のそれは大きさはフランクフルトくらいの長さで、おそらくクレープのような生地の中にヨモギの様な草か、野菜が練り込んであるのかな、緑色をしていて、オレンジ色のソースの様なものが、真ん中にかけられている。


「へぇー、初めて見ます。

 中に何か入っているんですね、いただきます」

 ボクはカフカさんから皿を受け取ると、中央、ソースのかけられているあたりにフォークを立て2つに切る。


 クレープ生地の様なものは、やはり、ヨモギの様な、独特などこか懐かしい匂いがして、中には赤い弾力のある何かが入っている。


 生地の緑、ソースのオレンジ、中身は赤と、何ともカラフルな料理だろう。


 まずは別々に分けて、確かめながら口に入れる。

 生地はやはりクレープの様なすぐに消えてしまう食感、匂いの割に、苦味とかは一切なく、料理の色合いとして使っているのか、香りを楽しむ為のものなのか……ソースはアンズのような、リッポのジャムを緩くした様なやつだ。

 そして、中身はボクがよく知っている味だった。

 モータルに小麦粉……? いや、穀物三兄弟のどれかの粉を使ったのかな? 甘くてもっちりした、芋餅と言うべきか、団子と言うべきか……わかりやすく言えば、そう、お芋の甘味と風味がしっかりした【すあま】のような感じだね、バラバラに口に運ぶと、それぞれで違った、食感と味で、役割をもっている様だけど、生地、中身そしてソースを拭うようにして、一緒にに食べても不思議に喧嘩せずにまとまっている。


 惣菜というよりスイーツに感じるのは全体的に甘いからかな。


「へえー、これは美味しいですね、一見みんなバラバラの味と食感なのに……」

 ボクが感想を言うと、モグモグ肉を食べていた和穂が飲み込み、あーんと口を開けて待っている。


「はいっ」

 ひと口サイズに切って、和穂の口に運んでやると、目を瞑って咀嚼する。

 ゆっくり目を開いてウンウンと頷く。


「それじゃあ、明日は天ぷら祭りだね」

 チルレはウンウンと意気込む。


「……あ、と、その前にボク達は旅の汚れ物の洗濯祭りがあるんだ……お昼で良いですか?」


「そんなの手伝ってやるよ、とりあえず、アキラはいつも色々抱え込んでいるんだから、今夜はぐっすり眠るといいさー」

 腕組みをしてパーレンさんは言ってくれる。


「料理はどこでやりますか? ここにしますか?」

 カフカさんの発言にパーレンさんは首を横に振っている。


「こんなところでやろうものなら、たちまち皆集まってきて、勉強するべきあたしらの口に入る前になくまっちまうよー」


「た、たしかにー」

 チルレは頷く。


「それじゃあウチはどうでしょう、沐浴場からそんなに離れていませんし、カマドなら大きいので……」

 ミルフィが右手を挙げて申し出る。


「うん、それで良いんじゃないかい、勉強会は昼頃、ミルフィの家で。

 時間に余裕のある者はアキラの洗濯を手伝ってやろう」

 パーレンさんが最後に予定をまとめて、皆が頷く。



「私は新鮮野菜をもっていくよー」

 チルレは声を弾ませている。


「私は、何か事前にやっておくことってあるかな?」

 ミルフィも高ぶる期待を顔に出して聞いてくる。


「んー、そうだねー、ご飯を炊いておいてもらおうかな、ボクにとって、天ぷらはパンよりご飯なんだ」

 今回のカツ煮を作ってみて分かったのは、やっぱりご飯と一緒に食べたいって思ったんだよね。


「ん、わかったー、楽しみだなー」

 そう言ってミルフィは足取り軽やかにカマドへと戻って行く。

 

「和穂は天ぷらだっけ? と、稲荷寿司どっちが好き?」

 尻尾を大きく振りながら、肉を食べている和穂に、チルレは軽い気持ちで尋ねたのだが、和穂は動きを止めて頭を抱える。


「え、そんなに……」

「相手は和穂だから……

 和穂、大丈夫だよ、興味として聞きたかったくらいだと思うよ。

 みんなの知っている稲荷寿司を基準にしただけだと思うよ、同じくらい好きなのかな?」

 和穂は顔を上げてコクコクと頷く。


「ちなみに、和穂の1番はワサビ稲荷なんでしょ?」

 和穂は笑顔で大きく頷く。


「そういうことらしいよ」

 ボクがチルレに言うと、眉間に皺を寄せて難しい表情をする。


「わかったけど、わかんない……ワサビ稲荷の存在がもの凄く気になるとだけよく分かった……」





お帰りなさいませ、おつかれさまでした。

今回は切りどころが見つけられず、2話分程の長さになってしまいました。

大して料理に詳しくないのに、料理小説みたいになってしまっています。

有識者様からはツッコミどころばかりかもしれませんね……詳しい方、感想とかでこっそり教えていただけるととても勉強になりますので、その際はよろしくお願いします。


さてさて、今回はデータを2回ほどロスしてしまいましたが、どうにか投稿できそうです。本当泣きそうです。

作家の皆さんはPCで書いているのでしょうか……。

次回は天ぷらのお話です。楽しんでいただけると幸いです。

 それでは長々とお付き合いありがとうございました。

次回またお会い出来るととても嬉しいです。


いつも誤字報告ありがとうございます。投稿前に確認はしているのですが、指摘とても有難いです。

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