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第146話 ボク達足止めされる。

「………らー……」


「あきらー……起きてもらえないかや?」

 意識の外から狐鈴の小さな声が聞こえる。


「っ!?」

 また寝過ごした!?

 ボクはガバッと身体を起こし、キョロキョロする。


 和穂もハルもミュウも寝息を立てている。

 

 どうやら2日続けての寝坊をしてしまったわけではなさそうだけど……。


「ゆ、ゆめ??」


「アキラー、すまぬ起きてもらえんか??」

 いや、夢ではない。外から狐鈴の声が聞こえる……。


 御者台の方の扉は頭側なのでハル達も起こしてしまうかもしれないな……。


「ん、んんー……狐鈴? ど、どうしたの……? 後ろに回ってもらえるかな、今出るから……」

 壁にひと言声を掛けて、足元の扉から顔を出そうと、ゆっくり布団から出る。


「わっわっ!!」


 何かに足が取られる。

 そういえば昨日、足元に使っていない布団を畳んだまま積んでいた……思い出すも遅し……。


  ゴガンッ!!


 壁におでこから突っ込む。

 

「いててててっ……」


 目の前がチカチカする。

 頭の周りに星が出るのって、漫画の世界の事じゃなかったんだ……。


「んーー??」

「ななな、何でもないよっ、まだ寝ていて大丈夫だよ」


 ボクの激しく壁にぶつかった音で、ハルが声を上げる。ボクは右手でおでこをおさえたまま、慌てながらもトーンを下げて声をかけ、左手で布団を軽くポンポンとたたく。


 手さぐりで足元の扉を開けて顔を出す。

「お、お待たせ……いてて、目が覚めたよ……」

 目の前には、いつもの幼さの残る顔の狐鈴が、驚いた表情でボクを見る。


「ア、アキラ、凄い音がしたと思ったら、酷い傷じゃの……どれ、それを先に治してやろう。腰をかけるが良い」


 ぶつけたおでこは、思っていた以上に酷くなっていたようだった。

 ボクは狐鈴に言われるがまま、扉を出たところに足を投げ出し腰を降ろす。


 狐鈴は両手をボクのおでこにかざして傷を治してくれる。


「それで、狐鈴どうしたの? まだ陽も上がってないみたいだけど……」

 傷を治してもらいながら、話を進めようと狐鈴に声をかける。

 辺りは薄暗く、昨夜荷車に乗り込んだ時とあまり変わらない。


「うむ、それがじゃの、雨雲がひどく出て来ての、いったん天候をいじったのじゃが、思っていた以上に広範囲で厚くての、少ししたら、また雨雲が戻って来そうなのじゃ。


 昨晩、飲み食いで使っていたテーブルと、上にあった食事はチヌルの家の中に移動して、寝ていた者達もそれぞれ、屋根の下へと避難させたのじゃが、激しい雨になりそうじゃから、今日の移動は難しいと思っての。


 じゃからと言って、大人数の食事を作るには外のカマドが必要じゃろ?」


 確かに、狐鈴の手の隙間から空を見上げると、昨晩の星空が嘘の様に、黒い雲が空に広がっている。 そんな中、雲の切れ間というにはあまりに不自然に、ボクたちの上空だけ星空が見える。


 なるほど、大雨が降る中、いくら御者台に居なくても大丈夫とは言え、ビショビョになりなる白夜や、ルアル、レウルさんや馬達を走らせるのは流石に申し訳ないと思う。


 天気と相談して出発するにしても、留まるには食事も必要。

 人数分の料理を用意するにも、カマドが必要だから、雨が降り出す前、カマドが使えるうちに、作り置きのできる物を用意しておいてはどうかと、起こしに来てくれたようだ。


「んー、確かに降り出す前に作っちゃった方が良さそうだね、うん、教えてくれてありがとう。

 さて、何を作るか、冷めても大丈夫なものがいいな……」


「よし、これで大丈夫じゃろ、すぐに炊事を始めるのなら、ワチの収納にしまっている食材を出すかや?」

 狐鈴はボクのおでこから手を離し、ポンポンと叩き、尋ねてくる。


「この格好じゃ、火を使うのはちょっと危ないから、和穂を起こして着替えてくるよ。 それに……起こしてくれなかったと言われちゃうしね。 それじゃ、狐鈴はカマドに火を起こしてもらって良いかな?」


「はは……そうじゃの。 うむ、承知した」

 狐鈴はさっそくカマドの方に向かう。


 これまでが天気に恵まれすぎていたって事だよね。 そうそう、こんな日もあるさ。


 荷車に戻ると和穂が上体を起こして、車内に戻って来たボクをジッと見てる。


「う……黙って出ていってごめん、雨が降ってくる前に動き出したいんだ。

 食事を作りながら説明するから、先に着替えしよっ」


 ボクが慌てている事を悟ってか、コクリとひとつ頷いて、ボクの着替えを出してくれる。


 ボクは着替えながら、ふと思う。

 今日の分の食事作ったら、火を使う事もなくなるし、寝巻きに戻ってダラダラと引きこもっても良いかな??


 なるべく物音を立てない様に着替えていたのだけど、ミュウが目を覚ます。目を両手でコシコシと擦り、コチラに気がつく。


「あきー!」

 ボクの名前を呼びながらハルの潜っている布団をユサユサと揺らす。


「ん? え? う? ミュウ?」

 ハルが目を覚ましてガバッと上体を起こす。


「お、おはよう……あれ? アキラお姉ちゃん、何だか早くない? 和穂お姉ちゃんも……」

 ハルはジッとボクを見る。 起こしたハルにはお礼を言う様に頭を撫でている。


 ボクは着替えながら、狐鈴と話していた事を伝える。


「うう、そうなんだー、お風呂行けると思っていたのに残念だな……」

 ハル達も着替えをしながらコチラの話に耳を傾ける。


 ハル達の着替えは普段はもう一台の荷車に乗っている。

 だけど、狐鈴の話からいって、そちらでも誰か休んでいるだろう。

 今回はミルフィから受け取っていた洋服を、念の為に何着か和穂に持っていてもらっていたので、それに着替えさせる。

 備えって大事だなって改めて思った。


 結局、短時間で仕上げる為に選んだメニューは、パンケーキと以前作っておいた焼きミツル、クリームシチューとパン、照り焼き丼と野菜スープを用意することにして、足りない人は、昨日作ったもので済ましてもらうことにする。


「ああ……、雨かぁ……」

 パンケーキを焼きながらハルが嘆く。

 ミュウはタネをかき混ぜている。


「でも、室内でできる事なら、ゆっくり時間をかける事がいくらでもできるんだよ、ご飯さえ作ったら、明日の朝まで自由時間だよ。

 たまにはのんびり過ごすのもいいと思うんだよねー」

 ボクはクリームシチューを作りながら、前向きな言葉でハルを宥める。


「お姉ちゃんは何かするの? 良かったらなんだけどね、その……ハル教えてもらいたい事があるんだよね……」

 もじもじとしながらハルはボク達に視線を送る。


「んん? ボクはポーの小瓶のフタを作るくらいかな」


「和穂お姉ちゃんは?」

 聞かれた和穂は鶏肉を焼きながら表情も変えずコチラをチラリと見てひとつ頷く。


「……アキラと一緒……だよ」

  だよねぇー。


 ハルはウンウンと頷き「良かった」と言って喜ぶ。

 

「ハルはボクに何を教えてほしいのかな?」

 流石に料理とかだと、荷車に籠って教えてあげるにはちょっと狭くて危険だと思う。


「うん、あのね、お姉ちゃん達の手首に着けているの、ハルもミュウに作ってあげたいんだ」

 笑顔でお願いをしてくるハルを見て、和穂が表情を和らげている。ハルの表情が伝染してるのかな? ボクを見た和穂が更に微笑む。

 表情を和らげているところを見て、何だか凄く微笑ましく思っていたのだが、実はボクも和穂と同じ様に表情を和らげていた様だ。


「うん、それは良いね、和穂も教えてあげられるから、雨宿りは一緒しよう」


「うんっ!!」

 ハルは元気に頷き返事をする。



 ナティルさん達の荷車には、ナティルさんの他に、シルとチャコ、アコさんがいて、今後の予定について話をする予定らしい。

 らしい、と仮定したのは、今はみんなぐっすり眠っていたからなんだけどね。

 食事の方は、シルに温める事ができる様に、キルトコンロと共に渡してある。

 昨夜はチャコがくたくたで、今朝はまだ一度も起きる事なく休んでいるみたい。


 普段ルアルの引いている新しい方の荷車には、狐鈴、ウメちゃん、チヌル、リシェーラさんが、何やらまだ宴の続きをしながら飲んでいるようだ。

「うう、お酒臭い、ちゃんと換気しながら飲みなよー」

 ボクがそう言うと、リシェーラさんはご機嫌に返事をする。

「はーい、アキラどのー、一緒に飲みましょうよ、今日はもうゆっくりできるんですよねー?」

「あはは、そ、そうですね……気が向いたら足を運びますね……」


コチラは自分達のペースで勝手に食事も食べるだろう、食事は狐鈴に渡している。


 チヌルの家の方ではジャグラさんが、二日酔いで頭を抑えながら書類を書き、リュートさんが武器や防具を手入れしている。魔石のコンロもあるので、今朝作った食事も特に問題なく、温めて食べる事ができるだろう。

 ここには昨晩の食事の残りとか、トイレとかもあるので、皆んなの行き来が1番多い場所になるだろう。何かあればここで話をすれば良いわけだ。


 結局のところ、どこかひとつの場所に集まるにはギュウギュウになってしまうから、それぞれバラけて、各々自由に過ごすようにしたわけなんだよね。


 普段は風除けの役割も兼ねて、カマドや焚き火を囲うようにチヌルの家、ナティルさん達の荷車、ボク達の荷車、新しい荷車と、輪を作る様に停車していたのだけど、雨が降り出したら見張りの必要もなくなるし、焚き火も使えなくなるので、外で過ごす必要もなくなる。

 なので、雨が降って来ても荷車間の移動がしやすいように、荷車の扉をチヌルの小屋の玄関と向かい合わせにする様に、荷車を動かしている。 更に小屋の玄関から荷車の出入り口に簡易的な屋根(タープって言うんだっけ)を渡らせて設置して、濡れないように対処している。


 レウルさん、白夜、ルアル、ゴーレム馬達は、シルの土魔法で、屋根のある箱部屋を作り避難させていた。

 レウルさんにも、もちろん食事の用意はしている。 自由に出回るから必要ないなんて言っていたけど、レウルさんだけ何も用意しないのはちょっとね、自己満足だけど、食事を押し付けておいた。


 それぞれが近いから、時々様子を見て回るのも良いだろう。なんだか小さな集落みたいで面白い。


「んー、終わったぁー……みんな朝早くからお疲れ様っ!」

 それぞれの食事を配り終えて、大きく伸びをする。


「お姉ちゃん、ちょっとだけ休まない?」

「ちょっとだけ? 今日はずっと休んでいい日なんだよ」

 ボクが両手を広げて、自由だよって事を体を使って表現する。

 すると、隣にいた和穂がコクコクと頷き、ボクにギュッと抱きついてくる。


「な? な? 和穂!? 別においでって手を広げたわけじゃないんだけどな」


「あはは、本当和穂お姉ちゃんはアキラお姉ちゃんが大好きだねっ」

 そんなボク達の様子を見て、ミュウもボクに抱きついてくる。

「ハルもーっ」

 ハルも同じ様に抱きついてくる。


「あはは、それじゃ、ボク達も荷車でダラダラしよっ」


 ボク達は荷車に戻る。 

 今日はダラダラ過ごすと決め込んでいたので布団は昨晩から敷いたまま、ハルとミュウは朝も早かったので改めて布団に潜り込み、夢の世界へと出かけていく。


 ボクはまだ雨も降り始めそうになかったので、御者台に腰掛け、昨夜の続きを行う。

 本当はウメちゃんの力を借りて、フタ作りに挑戦しても良いかなって思ったのだけど、あちらの荷車はあちらで楽しんでいたので、ボクのわがままで時間を取らせるのも悪いなって思ったんだ。


 小瓶を作るのにあれだけ時間が掛かったのだから、フタ作りなんてどれだけ時間が掛かることか。


 小瓶を取り出し、調整しながら枝を削る。 仮の物だし、ただの栓なら簡単に作れそうなのだけれど、ちょっとこだわりのものにしたいなんて思うんだよね……。

 そうすると中々うまくいかない……と。


 ショリショリショリショリ……


 ズシ……


 手元の作業を見ていた和穂が、ボクの肩にもたれ掛かってくる。

 中で眠ったらと伝えるが、首を横に振る。 なので、和穂の頭をボクの太ももに誘導してやる。

 

 和穂はいつも何をするでもなく、横にいるわけだけど、退屈ではないのかな……。


 狐鈴が言うには、使役主と触れ合ったりしていると早く神力を回復できるって言っていたけどさ。 それって、常に充電されている充電器みたいな状態だよね。


 そう考えているうちに、フタが完成する。

 うん、ちゃんとはまる。

 それに、微調整しながら削っていたから今度はネコにはなっていない、キツネに見えるハズ。


 小瓶に革紐を付けたら可愛いかなって思ったけれど、ハルがミサンガを作りたいって言っていたし、小瓶に飾ってもきっと可愛いと思う。


 ポーの入った一升瓶は、荷車の中に入れたままなので、今この状態でできることは無いかな。

 

 サラサラの和穂の髪を撫で、時々流れてくる風を感じる。


「んむうー……」


 和穂は甘えた声を出して、耳をピロピロさせる。


「和穂……まだ寝てるの?」


 一定のリズムで聞こえる寝息……よう寝てる。

 和穂の寝息につられて、ボクも眠くなってくる。

朝早かったからな……突然の睡魔が襲って来て意識が遠くなる。


 カクッ ビクッ!


 危ない危ない、首がカクッてなって目が覚めた。 昔夜勤明けになった感覚と一緒のやつだ。 和穂には悪いけれど、危ないから中で寝よう。


「和穂ごめん、中で寝ようよ、ボクも眠くなってきちゃった……」


 和穂はノソノソと身体を起こし、ポヤー……と荷車の前方を見る。 和穂の目線の先には荒野が広がっている。 それから、ふあーっとひとつあくびをする。


 時折り隣の荷車から、リシェーラさんと狐鈴の声が聞こえる。 あちらは、あちらで楽しんでいる様だ。うん、たまにはこんな日もあって良いのかもしれないな。


「ねよ……」

 ボクは車内への扉を開けて、そのまま這う様に入る。


「……るー……くかぁー……」

 ミュウが夢の中でもハルを呼んでいるみたい。

「くぅ……」

 ハルも返事をする様に寝息を立てている。

「くすっ……平和だなぁ……」


 ボクが布団へ入ると、遅れて和穂も入ってくる。

「朝から協力してくれてありがとう」

「……ん」

 和穂に短くお礼を言うと、和穂はさらに短く返事をしてくる。 

 そのまま、ボクは深い眠りへと落ちていった。




 どの位経っていたのだろう、ボクが目を覚ますと、あたりは真っ暗……は当たり前か。

 外からはザンザカと、水が天井に壁にたたきつけられる音が聞こえてくる。

「あー、ついに降ってきたか……」

 手を伸ばし、いつも使っているカンテラに光を点す。

 今日は外で待機している者がいないので、荷車には余分にカンテラが渡されている。

 ボクは、布団から出ると1ヶ所にまとめておいたカンテラの光源を調節して点け、足元の隅2ヶ所と、御者台への扉付近に吊るす。 すると手元もはっきり見えるくらい明るい空間になる。


「んー……朝??」

 ハルが5つの目を細めて布団の外に頭を出す。


「おはよ、あんまり寝てると夜眠れなくなっちゃうからね、そろそろ起きても良いかなって思うのだけど、どうかな?」


「んんー……ハルも起きる……」

 ハルがペロンと掛け布団をまくり起き上がると、釣り上げられた魚のように、抱き着いていたミュウも体が起こされる。 そして重力に負けてズルズルとずり落ちる。


「ハル、ボクちょっとトイレに行ってくるね、和穂が起きたら伝えておいて」


「うん、わかった」


 ボクは足元の扉から車外へと出る。 厚さのある荷車の壁や天井と違って、魔物の革で出来ている屋根には雨の当たる音がハッキリと聞こえる。 まるで昨夜の舞台の上から聞いた激しい拍手の様だ。


「チヌルどの、それはずるいですよーっ」

 隣の荷車からリシェーラさんの声が聞こえる。 ボクが換気する様に言っていたから、こちら側の扉を開けているんだろう、車外に出たらお酒の匂いが少しした。 うん、楽しい時間を過ごせているようで何よりだ。


 出て気が付いたことはもうひとつ、それぞれの荷車の扉の付近にカンテラが吊るされていて、ボク達の荷車にも同じようにカンテラが吊るされていて、足元を照らすようになっていた。

 照らされた足下、荷車の下には川の様に雨水が流れている。 


 これは気が付いて良かった。地には足をつけずに、小屋の玄関へと足を伸ばす。


 おそらくボク達の荷車の所にカンテラが吊るされていたのは、隣の荷車から、こちらの荷車へと移り、今のボクみたいに玄関へと足を伸ばした者がいたのだろう。


「降ってきましたねー」

 家の室内に入りながら挨拶代わりに声をかける。 中にはジャグラさんに、リュートさん、シルにナティルさんがテーブルを囲んでシチューをよそっていた。


「ああ、おはよう」

 シルが声をかけてくる。


「なんだか二日酔いになっているみたいですね。 あまり辛い様だったらパン粥にしますか?」


「あ、ああ、つい飲みすぎちゃうんだよな、あの清酒って言ったっけか? 水の様な見た目のくせに旨いし、強いんだよな……せっかくメシ作ってくれたのに悪いな。

 今は固形物はちょっとキツイ……調子が戻ったら行かせてもらうよ」

 ナティルさんはボクの言葉に苦笑いをする。


「私もお願いしてもいいですか?」

 ジャグラさんも便乗してくる。


「ええ、分かりました。 ちょっと、トイレだけ済ませますね」

 ボクはここに来た目的を先に果たすべく、リビングを後にする。


『和穂、起きた??』

 ボクは念話で和穂が起きているか確認をする。


『アキラ……どこ??』

『え……トイレに行くって伝えたけど?』

『どこのトイレ?』

『んん? わかっていて言ってるね……チヌルの家に来て欲しいな』

『わかった……』

『足下雨水で大変な事になっているから気を付けてね』


 ボクがトイレから出ると、和穂が同じタイミングで家に入ってくる。


「和穂、おはよ」

「ん」


「それじゃ作っちゃいますね」

 ボクは和穂にパンとミルクとハチミツを出してもらい、チャチャッとパン粥を作る。


「……ツッ!!」

 和穂は出来立て熱々のパン粥を盗み食いしようとして、舌をヤケドした様だ。

 舌が口から出ている。


「もー、和穂……熱いに決まってるでしょー」

 ボクはミルクを注ぎ和穂に渡してやる。 そしてパン粥の鍋にもミルクを注ぎ足して温度を下げる。


「パンに染み込んでいるミルクは熱々だと思うので、かきまぜた後パンを少し匙で押して、冷めたミルクを浸透させてから食べて下さいね。 ちょっと多めに作ったので、他に辛そうな人が来たら食べさせてあげて下さい」

 ボクはひと言伝えて、出来上がったパン粥をテーブルへと鍋ごと置く。


「アキラ、外の状況は分かっていると思うけど、今日はこのまま待機だよ」

 シルが部屋を出ようとしたボクに声をかけてくる。


「だよねー、ハルがお風呂入れなくて残念がっていたよ」


「あー、そいつは残念だ。 まぁ、どのみち雨が降ってたら露天風呂は無理だろうよ」


「だね、今日はのんびり過ごすよ」


「ん、おつかれさん」


 ボク達は家を後にする。

 荷車に戻ると、ハルが布団をたたんでいて、積みあがった布団にミュウが乗っかっている。


「お姉ちゃん、お帰りなさい! 和穂お姉ちゃん何も言わないで突然出て行っちゃうんだもの、ビックリしたよ」

 ハルが言う。 ボクが和穂を見ると、和穂は視線を逸らせる。


「和穂……ハル、心配かけてごめんね」

 ボクが和穂に代わって謝ると、ハルは首を横に振る。


「和穂お姉ちゃんだったら、アキラお姉ちゃんがトイレに入っていても同行しに行ってもおかしくないから」

 すごい言われようだ。

 和穂は満足気にウンウンと頷く。 そこは否定しようよ……。


「さて、ボク達も腹ごしらえしようと思うのだけど、ちょっとその前に、この中を整理して過ごしやすくしよう」


 敷布団をひと組畳んだ状態で壁に寄せる。 反対側の壁にも同じように畳んだ敷布団を寄せて、それぞれの敷布団の上に、小さく畳んだ掛け布団を壁にくっつけて乗せる。

向かい合わせの簡易ソファーが出来上がる。


「ただ布団を積み上げてると、どうしても狭くなるし、圧迫されるから、せっかくなら柔らかいところに座りたいよね」

 ハルがボクの作業に「わー」と声を上げて拍手する。


 それからボク達はシチューとパンケーキ、焼きミツルのスイーツ付きという、贅沢? いやご褒美飯を楽しんだんだ。



 お腹いっぱいになって、ポーを一升瓶から出すと、ミュウがキャッキャと声を上げて、布団ソファーで足をパタパタさせ遊ぶ。

 

 血や生力を吸い取る属性のミュウが、神力の塊でできている式神のポーと遊んで平気なのか?

 ボクも心配ではあったけど、吸収の能力はミュウの気分次第みたい。


 この前イタズラで吸った時も本人の遊び心がそうしたわけで、ポーがそういった存在なのもミュウは理解しているようだ。


 もっとも、和穂の神力の特徴を記憶しているくらいだから、ボクにとって小動物に見えるポーも、ミュウには特別な見え方があるのかもしれない。


 ちなみに、ポーの新しい小瓶への引っ越しは、特に儀式染みた事はなくて、つまみ上げて新しい小瓶に誘導してあげる事で完了した。



 ハルはボクと和穂で挟んでミサンガの作り方を教える事にした。

「ミュウは身体も髪も白いから、何色でも目立つと思うな。 折角なら、ハルの色を使って作ってあげたらどうかな?」

「ハルの色?」

「うん、これとこれとこれと……あとこれ」

 ボクは持っている糸から、狐鈴と同じハルの眼の色の赤、額の眼の碧、髪の毛のグレー、そして本来の翼と天使の輪の紫を取り出す。

 和穂はウンウンと頷く。


「わっ、ハルの色」

 ハルは目をキラキラさせる。


 糸の色が決まったら、ようやくハルのミサンガ作りが始まる。


「そうそう同じ回数を結ぶ様にね」

「…………」

「そう……もう1回……」


 真剣にミサンガを作るハル、時々確認をするように、ボクや和穂に視線を向ける。 一生懸命で可愛いんだ。

 5つの眼をシパシパさせて、キョトキョトさせて。


「へへー、やっとできた。 あー、手が疲れたー」

 1本完成させて、手をプラプラ振ったり、グーパーさせる。


「ミュウ、できたよっ」

 ハルが声をかけるとミュウは飛ぶように立ち上がって、こちらへと来る。 そして、ハルのお腹に顔を埋める様に抱きつく。


「ほらミュウ手を貸して」

 ハルが言うとミュウは身体を起こし肘を曲げた状態で差し出してくる。


「ミュウ、ハルが結んでくれている間にお願い事を込めるんだよ」

 ボクが言うとミュウは頷き、ミサンガを結んでいる作業をジッと見ている。


「はい、できた」

 ミュウはそのままの姿勢で今結ばれたばかりのミサンガを逆の手の指でなぞりジッと見つめる。


「あーっ」

 ミュウは目をキラキラさせて、白い花をイメージさせる笑顔をみせる。


「ミュウ、ありがとうって言うんだよ」

 ボクがミュウに声をかけると、ミュウは立ち上がりハルの首に腕をまわし「がとーっ」と声を上げて抱きつく。


「へへっ……」

 ハルはハルで凄く嬉しそう。

 抱きつく2人を見ていると、2人の先の和穂も同じ様に2人を見ていて、ボクと目が合う。


「「ふふ……」」

 つい2人で声を揃えて微笑む。


 外の大雨、本来だったら帰るのが先送りになった分、憂鬱になってもおかしくないのだけど、こんな雨の過ごし方なら大歓迎だな。


おかえりなさいませ、お疲れさまでした。

本来は帰りの話にしようと思ったのですが、今回は悪天候の一面と、のんびり過ごす話にしてみました。

それでは、また次回のお話でお会いできると嬉しいです♪


いつも誤字報告有難うございます。

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