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第144話 ボクと荒野の鎮魂会。後編


「お姉ちゃんありがとうっ!」

 舞台の外から、先程の少年が泣きそうな笑顔でボクの方に声援をかけてくる。

 この少年も時期こそ違うけれど、チャコと同じ様な過去を過ごしていたわけだから、歌の内容に同調する事もあるのだろう。

 ボクは彼の言葉に、返事代わりに手を振る。



「前半はこんな感じになったけど、どうだった?」

 ボクは肩に乗っていたスゥに尋ね、舞台脇に立てかけて置いたルボンテを手にする。


「アキラ様、ひと言で言い表せないのでありますが、とても感銘を受けました。

 ほら、それはボクだけではなく、この場に集まった妖達も同様だと思うのであります」


 ひと口水を含み、周囲を見渡すと、御霊達はそんな動作も見守る様に、こちらに視線を送っている。

 それは食事を手にしていた身内の皆も、チャコの両親も同じ様に。


「あは、何だか今夜のボクは随分期待されちゃっている様だ……」


 ボクはひと口、もうひと口と水を煽り、喉をならして飲んで、ルボンテを立てかけ大きく深呼吸する。



 ボクはどこぞのアイドルでも、歌手でもないので、派手なパフォーマンスもMCもできるわけじゃない。

 本来なら胸に手を当て声を張るだけだから、脱水になるほどの汗を大量にかいたりしないはずなんだけれど……。


 この舞台上では、狐鈴の術によって範囲内でボクの素の声を拡声されている。

 マイクを離したり寄せたりで声量を調節するような事はできなくて、ボク自身から発する声で音量を調整するしか方法がないので、思った以上に意識するんだよね。

 だからか、疲労が蓄積している事がよく分かるし、喉もひどく渇く。


 前半で送る者への想いを込めた歌を贈ったので、ほぼ目的は果たしたと思う。


 さて、後半はどうしようか……。

 まさか、これで終わり! 

 なんて言えないよな……


 えっと……そうだっ!


 ボクが舞台の上に戻って来ると歓声があがる。

 迎えてくれる、この歓声が本当にありがたい。


 ボクは暫く目を閉じて、次に歌う曲を整理しながら、投げかけてくれている声は誰の声なのか耳を傾けてみる。

 リシェーラさん、うん、これはチャコかな……、ミュウ……。


 目を閉じたまま、声を発しないボクの様子から、歓声が徐々に落ち着いていき、辺りが再び静寂に包まれる……。


 ボクが後半の曲目に考えた歌は、ボク自身がこれまで聴いて、鳥肌のたつほど感動した歌を詰め込んでみようと思ったんだ。


 ボクって分かりやすいくらい単純な性格なので、気に入った曲があれば、次のお気に入りができるまで、そればかりをずっと聞いていた。

 だから、歌の特徴や歌詞も大体なら分かっている。

 それに、いざ分からなくったって、鼻歌でつないで誤魔化すのもアリだろうなんて考えると気が楽だ……。


 さて、これまでカラオケに一緒に行く友達なんていなかったから、これから歌うボクの好きな歌が、上手く歌い上げる事ができるのか、正直分からない。

 ボクの時と同じように、誰かに感動を届ける事はできるだろうか……。


  始めよう……ボクは大きく息を吸う。


 静かに始まる出だし、前奏はもちろん、イメージを膨らませるバックミュージックなんてないから、アカペラのボクの声量と雰囲気で調整をする他ないのだけれど……


 イメージは早朝の陽の上がり始めた森の中にさす光のような、静かな流れから少しずつテンポを上げて、徐々に盛り上げていく。それから、大きく息を吸い、ぐっと抑えて止める……


 抑えていたものを爆発させるように、両腕を広げて、夜空に向けて叫ぶ様に、吠える様に、声を張り上げて歌う……


 強い感情をのせてサビを歌い、打ち寄せた荒波が引いていった後の様に、スッと声量を絞る。

 

 この歌は声の強弱や音階、速度の変化が多くて、聞くと歌うでは全く違う、難しい歌だった。

 だけれど、思っていた以上に、耳にそして記憶に染み付いていたようだ。


「ふう……」

 ひとつため息をつくと、周りは水を張った様な静けさに支配されていて、ボクのため息だけが大きく感じた。心臓もドキドキと鼓動を早めている。


 歌が終わってひと息ついたあとにも関わらず、物音ひとつ聞こえない。


 緊張感の広がりが残る状態のまま、次の歌へと繋げる。


 冒険物の映画の主題歌だったか、覚えていないけれど、歌の曲調が好きなのはもちろんの事、物語のような歌詞が好きで何度も聞いた歌。


 弱虫で泣き虫だった君はもういない。

 今は強くなった君が、ボクの手を取って世界へと滑走して羽ばたく。

 先導者となった君とボクとの物語。

 

 

「こんな歌はどうかな……」



 曲調をガラッと変えてロックを一曲……

 速度と勢いのある歌。

 夢に向かってひたすら挑戦する、挑戦者の歌。



 夢に向かって何度も挑戦し立ち上がれっ

 目の前に立ち塞がる壁は何回だって打ち壊して進めば良いんだっ

 失敗したって、何回だって、何十回だって挑戦するんだっ

 声に出したって伝わらないような事こそ、行動して示せっ

 激しい雨だって仲間にして自分の勢いにして、駆け抜けてやるっ 


 そんな熱いメッセージの込められた歌。


「カハッ……ぜぇぜぇ……」

 身体全体で大きく呼吸をする。


 アカペラのソロのロックって、思っていた以上にハードルが高い、本来演奏があって盛り上がりもあってのものなのかも。

 つい、勢いで歌っちゃったけど、ついて来られただろうか……。


 それにしても、プロの歌手って凄い。

 喉を守りながらの歌い方をしているのだろうけれど、うまく調整配分している事はテクニックなのだろう、そして何よりタフなんだと思う。


 それはロックを歌って特に感じた。

 ロックバンドのライブが普通、何曲歌われるものなのか分からないけれど、一曲が全力疾走だとしたら、そのままのペースで走り続ける中距離ランナーみたいなものでしょ?


 形のないイメージを他の人にも分かる様に形にするアーティストであって、さらに全力で体当たりするアスリートなんだと……。


 肩で、体全体で大きく深呼吸をする。

 それから、抑えめの歌を数曲歌って、ボクの歌は終わった。

 本っ当に歌い切った。

 

 最後には絞り切る様に、前屈みになりながら声を出して終える。


「ひぃっ、ふぅ……ふぅ……どうだったかにゃ……?」


 大きな動作で体を起こし、どうにか、荒い呼吸を整え、ひとこと言う……噛んだけど、そこは気にしない。


 辺りの静けさに、キョロキョロしていると、ペチペチッと小さな拍手が聞こえて、大気を揺らす様な、歓声と大きな拍手へと変わり夜空に響く。

 参列者からだけではなく、御霊達からも。


 あは、音楽は言葉も世界も生体の壁をも越えるって事なのかもね。

 ボクは鳴り止まない歓声と地鳴りを身体全体で受け、深々と何度も頭を下げる。


「ありがとうございました」

 ボクはひと声お礼の言葉を残して、舞台を降りる。


 舞台の傍にある岩に崩れる様に腰掛け、ルボンテの水をひと口飲んで、大きくひと息つく。


 夜空を見上げると、汗をかいたボクの頬を風がなでる。

 涼しい……。


 ああ、きっと化粧も大変な事になっているんだろうな。


「ああー、いっぱい歌ったー……」

 肩のあたりにアクセサリーの様に巻きついていたスゥが膝の上に降りてくる。


「アキラ様お疲れ様でございました。

 何というか、息つく暇もなく、感情を揺さぶられる様な歌でありました」

 スゥは首ごと後方を向いて、それからボクの方に視線を戻す。


「ほら、和穂様も感動のあまり座り込んで……んむーーっ!?」

 突然目の前に現れた人物によって、話を続けるスゥの口は横から掴まれ遮られて、舞台の方に放り投げられる。

 スゥを放った人物が、ボクに抱きついてくる。


「アキラッ、ほんっ………とうに凄いのじゃ、ワチはソナタの歌を聞いて、身慄いしたぞっ」


 抱きついてくる人物が和穂だったら、いつもの事なのだけど、ボクに抱きついてきたのは、意外にも成人の姿のままの狐鈴だった。


「こ、狐鈴!?」

 

「すまぬ、どうして良いか分からぬこの気持ちを、どうにか落ち着かせたくってのっ!」


 先程まで妖艶に笑顔を振り撒いていた狐鈴が、目をウルウルさせて、ボクの顔をジッと見つめる


 その視線に吸い込まれてしまいそうに感じたところで我に返る。


「プククッ……くはっ、なんじゃ、アキラその顔は……せっかく全身全霊で感動を伝えたのに、その化粧が崩れた顔では台無しではないか」


 狐鈴は袖でグシグシとボクの顔を撫でる。


 本当に不思議なもので、化粧を拭ったハズの狐鈴の袖は、化粧移りで汚れる事もなく、真っさらで青白いまま。


「ほれ、顔を拭くとよい」

 狐鈴は崩した柔らかな表情をすると、スッと畳まれた白い手拭いをこちらに寄越す。


 ボクは受け取った手拭いをルボンテの水で濡らし、顔を擦る。

 冷たくて気持ち良い、顔全体を冷たい手拭いで包み込む。



「ふぅー、さっぱりした……」


「狐鈴様、酷いでありますよー」

 こちらへと、走って戻ってきたスゥが狐鈴に物申している。


「おお、スゥ、すまんね。

 ワチも何だか、胸の中のモヤモヤを自身で解決できなくっての、勢いで駆け寄ってしまった」


 ボクの腰掛けている岩のすぐ横でしゃがみ、戻ってきたスゥに狐鈴が謝っている。


「ん? 和穂は?」

 ボクはいつもだったら、真っ先に駆けつけてボクを出迎えてくれている存在がない事が気になり、狐鈴に尋ねる。


「ああ、和穂ならあそこで腰を抜かしておるよ」

 狐鈴はしゃがんだまま顔だけ上げ、テーブルのある辺りを指差す。


 テーブルの正面、舞台との間で、地面にペタンっと腰を落としている和穂が、ボクの方を見て悲しげな表情で、抱っこをねだるミュウの様に両手を伸ばしている。


 舞台で死角になっていて全然気が付かなかった。

 和穂は舞台の最前列でボクの歌を聞いていたのかな?


「ワチは身慄いで済んだのじゃが、和穂は腰が抜けた様じゃな、ワチがアキラにこんなことをしても、どうにも出来ないのじゃよ」

 狐鈴は立ち上がると、ボクの肩に手を置き、自分の胸にボクの顔を引き寄せ埋める。


「ち、ちょっと、狐鈴!?」


 狐鈴は上げたボクの顔を見るなり、意地悪な表情をして、笑いかけてくる。

 チラリと和穂の方を見ると、先程まで伸ばしていた手を胸元に握りしめて、ここまで音が聞こえるような歯軋りをしている様に見える。


「アレも、アキラの事になると、わかりやすく表情を変える様になったの、ワチにはとても好ましく思えるんじゃ」

 狐鈴はボクの頭の装飾を避けて頭をワシャとひとなですると、体を起こし胸元で腕組みしてふうと、ため息をつく。


「ほれ、行ってやるとよい」

 目を細めて笑う、狐鈴の笑顔はいつもの人懐っこい笑顔に見えた。


「スゥ、狐鈴、ちょっと行ってくるねっ」


 ボクは2人を置いて、舞台にピョンッと飛び乗り突っ切ると、和穂のいるテーブルの前へ向かう、普段の服に比べてバサバサとする袴がまとわりついて何とも歩きにくい。

 走ると更に絡みつくのはわかっているので、足がもつれないように和穂のもとへと向かう。


 和穂は改めてボクに向けて両手を伸ばす。


「はいはい、ただいま」

 ボクがしゃがんで和穂の手をとると、和穂はグッと引っ張る。


「わわっ!?」

 バランスを崩し倒れ込むボクを、和穂が受け止める。


「アキラお姉ちゃん、歌すごかったーっ!」

「アキーッ!」

 すぐにハルとミュウに囲まれる。

 

 2人とも狐鈴の様に、和穂の上からボクに抱きついてくる。


「なになになに? 突然甘えん坊になっちゃったの?」

 顔を上げたボクの声かけにハルは顔を上げてボクの顔をジッと見て口を開く。


「ううん、お姉ちゃんの歌を聞いていたら、何だろう、お姉ちゃんが凄く遠くに引き離されていく様な、不安な気持ちになって……」


 ミュウも握る手にチカラを入れている。


「大丈夫、ハル、ミュウも。 ボクはここにいる、でしょ……」

 ボクは2人の背中を軽くポンポンとたたく。


 こちらの世界でひと月以上生活しているうちに、だんだん馴染んできている自分がいる。

 非日常的な毎日だけれど、それが当たり前になってきていて……それでも心の何処かでひょっとしたら戻れるのではないかという思いがあるから、ずっとここにいるよって2人には言えなくて、胸が苦しくなる。

 

 しばらく抱き合った状態のままでいると、緊張がとぎれ、ボクのお腹が鳴る。


「はぁ、そう言えばボク、化粧を気にしていたし、それに緊張していたから、あまり食べられなかったんだよね。

 お腹空いちゃった、皆はもうお腹いっぱいになった?」


 ボクは出来るだけ自然に声をかける。


「あきー」

 ボクを呼ぶミュウは不思議そうな表情をしている。


「んー? なぁーに?」

 ミュウと視線を合わせて返事をすると、首を横にプルプルと横に振って、再び顔を押し付けてくる。


「ははっ、ミュウ、どうしたよ? ねぇ和穂、そろそろ立てる? かな?」

 目の前の和穂はジッとボクの目を見て、頬のあたりに、頭をグリグリと擦りつけてくる。


「あー、ハルもー」

 ハルも和穂の様に逆側の頬にグリグリと頭を擦り付けてくる。

 これは……マーキング??


「はいはい」

 3人の頭をそれぞれポンポンとしてやる。

 


「んー、冷めても美味しいから、稲荷寿司は好きなんだよねー」

 ボクは皿に取った稲荷寿司をパクリッとひと口頬張る。


「アキラ殿の歌は、どうやら魂を浄化させる魔法が付与されている様ですねー、御霊達が魂魄球へと変化してますよー」

 リシェーラさんがボク達の正面からチキンカツを乗せた皿を片手に声をかけてくる。


 ボク達の手元を照らす光は、変わらず明るくて、気がついていなかったけれど、生前の姿をそのままに現していた御霊達は、オーブと呼ばれている小さな球体ではなく、小さいものでも野球の球ほどの大きさはある光の球体へと変わっていた。

 その球体は、先程までボク達の様子を覗いていた御霊の時の様にジッとしているわけではなく、落ち着きのない子どもの様に、行ったり来たりと、飛び回っていた。


「お姉ちゃん、格好良かったよ」

 小さな声が耳元に聞こえた気がする。


 ボクが声の方を振り返ると、フワフワッと小さなピンク色の光の球が飛んで、他の光の球の集まっている方へと混ざる。


「喜んでもらえて良かったよ……」

 ボクは小さく呟き微笑み、光の飛んでいった方へと手を振る。


 後ろを振り返る様に舞台の方へと目をやると、舞台を挟んで反対側に、チャコとシル、レウルさんが、緑色に光る球体と対面して何か話をしている。

 いよいよ、チャコとご両親とのお別れの時間も近付いて来たって事だな……。


 流石に離れているので、会話の内容は聞こえないけれど、チャコが溢れる涙をそのままに、何度も頷く様子が見られる。


 ボクが先程休憩していた岩に腰をかけている狐鈴をシルが手招きして呼んでいる。


 ボクがよそ見をしながら、口元に運んでいた食べかけの稲荷寿司が、パクリッと隣にいた和穂に食べられる。


「ん? 和穂、お腹いっぱい食べたんじゃないの?」

 和穂はモグモグと咀嚼して、飲み込み口を開く。


「……人の食べ物は……別腹?」

「いや、そんな事聞いたことないから」

 それを言うなら隣の花は赤いとかかな??

 別の人の腹に収まるって事では間違いではないのか? いや、何かが違う??


「まぁ、別に美味しく食べてくれてるから嬉しいし、良いけどさ」

 和穂はコクコクと頷く。


「アキラー、和穂ーっ」

 シルが今度はボク達の名前を呼んで手招きしている。


 ボク達は舞台を回り込む様にシル達のいる反対側へと移動する。

 シル達の正面には拳程の大きさの2つの緑色の発光した球体があり、球体を中心に、チャコの両親の姿が薄っすらと見える。


「チャコとの時間を与えてくれてありがとうございました」

「お陰様で心残りもなく旅立つ事が出来ます」

 両親は改めてボク達にお礼をのべる。


「どうか、記憶の残る最後の最後まで、チャコの両親である事を誇って、チャコの幸せを祈ってあげてください」

 ボクが両親へと伝えると、まるで頷くように、2つの球体は上下に動く。


 それから、別れを惜しむ様にチャコの周りをクルクルと周る。


「おっとう、おっかあ……」

 チャコは球体の動きをジッと見つめる。


「さて、アキラ殿そろそろだろうか……」

 フワリと音もたてず舞台の中心に降りるゼルファさんは、こちらの様子を伺ってから声をかけてくる。


「ですね……」

 ゼルファさんはボクの返事にひとつ頷き、空を見上げる。


「それでは、これより御霊の皆を、私ゼルファが責任をもって天へと誘おう、この地に生きるものは旅立つ者たちへ、来世へと繋がる幸福な輪廻転生を祈って欲しい……」

 ゼルファさんが言うと、参列者は舞台を中心に体ごと向いて合掌し、舞台上のゼルファさんを見上げる。

 発光した魂魄球はゼルファさんの元へと集まってくる。


 ゼルファさんは背中の4枚の翼を広げ、右手に煌めく光の杖を召喚すると天へと掲げる。

 すると一筋の金の光が上空よりゆっくりと降りてくる。


 隣にいる和穂が、ボクの袖をクイッと引く。


「和穂どうしたの?」

 ボクが和穂に声をかけた同じタイミングで、ゼルファさんが天へと上げていた光の杖を振り下ろす。


 すると、ゆっくりと降りて来た光のハシゴが途中で消える。


 ゼルファさんの代わりに横に控えていたアルクリットさんが顔を上げて「何者だっ!!」とテーブルの奥、荒野の方へと声を上げる。


「少し長居しすぎたようだな、アキラ殿の浄化した魂の匂いに釣られて魂喰い(ソウルイーター)がやって来た様だ。


 私はこの舞台の上の者達を守ろう、魂魄達と精霊は舞台上に避難していた方が良い、討伐は他の者に任せて良いか?」


 言ってゼルファさんは光の剣を召喚して舞台の四隅に撃ち込み、青白く光る魔法陣を展開する。


 チヌルはぴょんと舞台へと飛び乗り、手を伸ばしてウメちゃんを引き上げる。


 テーブルの先、荒野を背に、漆黒を纏った人影が3人現れる。

 舞台がこんなに明るいのに、その人影は真っ黒の外套で、フードの下も空洞になっているかの様に、顔も何も見えない。


『おいおい、上等な餌の匂いが沢山したかと思ったら、さらに上等なマナの塊がゴロゴロしてるじゃねぇか……』


『うへえ、いいねぇ、いいなぁ、早くくいてぇなぁ』


 その人影は置き物のように微動だにしないで、会話だけ大気を震わせて行っている……人形みたいで正直言って不気味だ。


『まぁ待て、確実に全部食いてえだろ……』


 真ん中の人影の後方に紅く光る魔法陣が出現して、その中央から、家一軒ほどの大きな赤黒い塊が出てくる。



 その塊は、角が何本も生えた、大きなカラスのような嘴をもった金色の4つ眼の鳥の頭が2つ、中心にはライオンの様な立髪とヘラジカの様な大きな角を生やした頭がある。

 まるで、ケルベロスの様に地獄の獣をイメージするようなそんな雰囲気。そして背中に翼を生やし、4足歩行……いや、6足歩行? そんな大きな獣だった。


「な、なんだアイツはっ!? あんなの見たこともないっ! アイツも魂喰いなのか!?

 魂喰いは生命力やマナを取り込んでチカラを手にする魔物だ。魔法は取り込まれちまうし、実体がないから物理攻撃は効かなかったはずだっ」


 ボクの近くにいたナティルさんが口を開く。


 なるほど、悪霊の塊みたいな存在かな……。

 でも、魔法も物理的な攻撃もできないとなるとどうすれば良いものだろうか……。


『さて、食事の時間だ……』

 3人の人影が風に靡く様に横に揺れた。

 

 次の瞬間の事だった。


 今、正に人影の後方に、現れたばかりの巨大な魔物が一瞬で細切れになり、粉塵の様に飛び散る。そしてその中央に浮かぶ人影……狐鈴だった。

 

 正直、何が起こったのか分からなかった。


『『『ーーっ!!??』』』


 それは、想定外の事だった様で、正面にいた人影も同じ様に驚きを現す。

 表情はフードに隠されていたから、見る事が出来ないが、身体全体で驚きを表現していた。



「悪いのぅ、ソナタ等が何者なのかなど、どうでも良いわ、今宵この地はワチ等による貸切じゃ、水をさされて、ワチの虫の居処は最悪じゃ、限界じゃよ……」


 狐鈴は冷たく呟き、その瞳は紅く光る。



「……和穂……?」

 和穂がボクの袖をギュッと握っている。


『くふ、くふ、クフフ……スバラシイ、を、お前を……く、食わせるろぉーーっ!!』


 1人が外套を捲った場所から、闇が溢れる様に広がり、狐鈴を包み込む様に襲い掛かる。


『ギャアァゥアーーーッッッ!!!』


 闇と化したその者は狐鈴に触れる事すら許されず、金色の焔に焼かれる。


『『 ーーッ!!』』


『くっ、退く……』

「遅いっ!!」


 1人が仲間の方を向こうと振り返った瞬間、狐鈴の姿はその者の後ろにある。

 振り上げた右手で頭を鷲掴み、地面に叩きつける。

 が、しかし、その者の姿が地面に触れる事はなかった。

 その者は縦に引き裂かれ、金色の焔となって宙へと消える。


『く……』


「終いじゃ」


『ギャアァゥアーーーッッッ』


 一瞬で間合いを詰めた狐鈴は、フードの中にアイアンクローの様に左手を突っ込み外套ごと燃やす。


 あっという間にの出来事だった。

 断末魔の叫びもあっという間にかき消される。


 狐鈴にとったら相手に実体があろうが、無かろうが関係のない事だと言わんばかりの出来事だった。


 こちらに振り返った狐鈴は面倒くさそうに頭をワシワシとかき、相変わらず気怠げな表情をしている。


「はぁ……やかましい来客だったのう、仕切り直しとしようかや」

 狐鈴がパンパンッと手を鳴らす。


 ボクの袖をギュッと握っていた和穂はふぅ……とため息をひとつつく。

 周りも緊張感がとれた様で、あちこちからため息が出る。


 ゼルファさんが狐鈴の言葉を受けて、左手の指をパチンッと鳴らすと、舞台の四隅に突き立てられた光の剣がガラスの様にパリンッと割れ、舞台上の魔法陣が消える。


 チヌルとウメちゃんは、ゼルファさんにペコリと一礼をして、舞台から降りる。


 改めてひとつ頷き、ゼルファさんは先程と同じ様に右手に杖を持ち天に掲げる。


 天からゆっくりと降りて来た金の光に、魂魄球となった御霊は集まっていき、引き上げられる様にゆっくりと上昇していく。


「おっとう、おっかあ、ありがとう、チャコは最後の時間、とても幸せでした」

 チャコは両親の魂魄球に向かい声を上げる。


 2人の魂魄球はチャコの言葉に返事をするように輝きを強くする。それからハルの元へ、リシェーラさんの元へ行くと、ゼルファさんの元へと飛んで行く。


 最後に金の光に包まれる様に入って行った魂魄球はゆっくりと空へと導かれる。

 ゼルファさんとアルクリットさんが光を後ろから、護衛をする様に、光を追う様に飛んで行く。


「さよなら……」

 チャコはギュッと握った両手を胸に、天を見上げたまま呟いた。

 チャコのすぐ後ろに立っていたシルが、身体を抱き寄せ、頭をクシャリと撫でる。


 これまでボク達を眩しいくらい、明るく照らしていた御霊達が姿を消した事で、辺りは篝火とスゥ以外照らすものは無くなり暗くなる。


 星空の一等星の様な御霊達の明るい光の姿が肉眼で見えなくなると、光の消えた空から、羽のような落ち葉の様な光がゆっくりフワリフワリと落ちてくる。

 隣にいた和穂が耳をピクリと動かすと、何かを取り出しボクの手に握らせてくる。


「ん? コレなあに?」


 手元に握らされたものを覗き込むと、それは白い紙でできた人の形に切られたもの、人形(ひとがた)だった。

 足下から光を纏って駆け上がってきたスゥが、人形を握るボクの右手の人差し指をカプリと噛む。


「いたっ! な、なに!?」


 ボクは突然針が刺さった様にチクリッとした事に驚く。噛まれた指先から人形にジワリと血がにじむ。


「アキラ様、今からその紙であの落ちて来た光を受け止めるのであります」


 スゥは言うとボクの手から肩の辺りに移動する。


 突然の事に、ボクは光を受け止める以前に、今の状況が受け止められていないのだけれど、光はどんどん近づいてくる。


 ボクはスゥに言われるがまま、人形を持った手を上に挙げて、舞い降りて来た光を受け止めようとする。


「わ、わ、わ、こっちかな? いや、もうちょっとこっち?」


 どうにかこうにか、落ちて来た光の真下で受け止める事ができた。

 光は吸い込まれる様に、人形へと消えていく。


「あれ? 人形が……?」

 手に持っていたはずの紙の感触がなくなる。


「??」

 改めて降ろした手のひらを覗き込むと、ボクの手の上にはバナナのような大きさの青い光が乗っている。


「……アキラの式神……」


 ボクの手元から発する光に、顔を照らされた和穂はそう言い、そのままボクの手元の光を見つめる。


「んん? なんじゃ、アキラの式神は管狐の様じゃな」

 狐鈴がボクの手元を見て言う。


「式神……?」

「うむ、そうじゃ、大量の御霊が浄化されたからの。

 稀に神通力のカケラが溢れる事があるのじゃ。

 スゥ達、オサキの様に戦いに手を貸す様なチカラは持たぬが、伝令などを託すのに便利じゃよ」

 

「管狐?」

「うむ、普通式神を現世に召喚するのに、契約者の血と札や人形、或いは契約者の毛などを媒体として呼び出す事が必要じゃ。

 召喚に応じた式神は常時神力を消耗し続けておるので、個々によるが現世には決まった時間しかいられないのじゃよ。

 回復するには神力の源のある世界に戻る必要があるのでな、その都度呼び出す必要があるのじゃ。


 しかし、管狐は筒状の物を住処にする事ができて、その中でなら回復もできるのでな、何度も召喚せずとも、持ち運びできて自由に出し入れできる式神なのじゃよ」


 へー、確かに言われてみれば、和穂がスゥを召喚する時に自分の毛を媒体にしていたような。


「それにしても、アキラは本当に狐と縁があるようじゃな、式神なんていくらでも種族があるのに、管狐なんてのう」

 狐鈴はクスリと笑い言う。


「あ……っと、それはきっとボクがアキラ様に繋がりの血を出す為に噛んだ事が原因かもしれないのであります」

 スゥが何とも申し訳なさそうに言う。


「まぁ、良いではないかや、狐は可愛いのじゃぞ」

 狐鈴はウンウンと頷く。


「いやあ、まさかボクが式神を使役する事になるなんて、想像もできなかったよ」

 ボクがひと言呟くと、頬をひんやりとした手で挟まれ、首を横に向けられる。

 正面からジッと和穂に見つめられる。


「まったく、アキラは何を言っておるんじゃよ、ひどいのう、ワチも和穂もアキラに仕えておるじゃろうよ……それに、クラマだってそうじゃろ?」

 狐鈴はため息をついて、頭の後ろに手を組んで言ってくる。


「う? え? あ? ん? ごごごごめん、あまりにも近くにいる存在だったから、式神……自分の体が増えた様に便利……とかそんなふうに思えなかったから……それに、出したり引っ込めたりなんてする必要もないでしょ」


「……それじゃ……アキラの何……?」

 ジッとボクを見ている和穂の目が、スゥの光を受けてキラキラしている。


「相棒……友達……恋人……ううん、そんな他人じゃないっ、血をわけあった、家族だと……ボクは思ってるかな」


 目を細めた和穂が口元を緩め、「ふへっ」と言うとボクのおでこに頭を擦り付け、唇を当てると抑えていた頬から手を離す。


「アキラー、なにやってんだぃ」

 辺りは御霊達からの光を失いはしたものの、真っ暗闇に包まれるではなく、星空からの明かりで照らされている。

 薄暗い闇に目が慣れて来たのか、御霊を送り出した余韻から醒めたのか、それぞれ再び自由に動き出している。


 もっとも、チヌルは夜目も効くのだろうけれど、スゥの纏う光に引き寄せられる様にこちらに来た様だ。


「なんだか、神様がボクに功労賞を与えてくれた様なんだ」

 ボクは手にした管狐をチヌルの目線までもっていく。


「何だいコレは?」

 チヌルはボクの手元を薄く光る眼で見つめる。


「管狐っていう式神……妖精? なのかな……。

 ねえ、狐鈴、この子どうすればいいのかな? 目を覚さないし、管になっている様なもの手元にないのだけど……」


「ほむ、名前を付けてやれば、クラマの時の様にアキラを主人と認識して覚醒するじゃろう。

 管になっている物も用意できたら、再度呼び出して与えてやったら良いじゃろうよ」


「んー……名前か……ポー……」

 何となく名前って言ったら、『ポチ=イヌ』『タマ=ネコ』みたいなところあるよねって、頭に思い浮かべていたら、ふと、珠緒お姉さんの顔が思い浮かんで言葉を止める。

 いや、お姉さんはネコと何の関係もないのだろうけどね。


 その言葉に反応したのか管狐は目を開き身体を起こし、ボクの顔をジッと見つめる。


「ああ、その式神は自分の名前を『ポー』と認識したようじゃの……」

 狐鈴は口元を緩める。


「え、あ、ちょ、そうじゃない、そうじゃなくってーっ!」


「言葉は言霊となり命を与える。命名って事はそう言う事じゃ」

 狐鈴は呆れたと言う様にボクに伝えてくる。


「まぁ、良いではないか、捻った分かりにくい名前をつけるより、周りに認識されやすいじゃろうよ」


「う……せっかくの名付けがこんな形になるとは思わなかったけど……うん、でも何だか愛着わいてきた。よろしくね、ポー」


 手の平の上にいる管狐のポーはキューンッとひと声あげる。


お帰りなさいませ、お疲れ様でした。

今回の投稿遅くなりまして大変申し訳ございませんでした。


チャコと両親の話はここで幕引きとなります。


中々、思う様な形にまとまらず、何度も書き直しをさせていただきましたが、変な形になってしまっていたらすみません。


さて、アキラの元に小さな式神がやってきました。

ポーの活躍は今後どんな風に繰り広げられるのでしょうね。


それでは、本日はこの辺りで、また次のお話でお会いしましょう。


いつも誤字報告をいただきありがとうございます。

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