第135話 ボク達、荒野に再来する。
今回の話も少し長くなっています。
「なんと……凄い濃度の魔具ができあがりましたね……」
「ふふん、そりゃ魔石に関してはカーバンクルと、地妖精の力も借りて不純物も排除したからね。やるなら徹底的にってね」
「な……」
数日ぶりに訪れた、チャコの両親の眠る墓所に訪れ、チャコ専用の魔具をチャコの父親に見せて説明をするシル。
「ここまで凄いモノは初めて見ました。国宝とかになってもおかしくない代物ですよ」
「魔石に関しては最高の物ができたんだけどね、装飾造形に関しては残念な結果になっちまってね。
装飾造形職人のあんたが作れていたら最高の物ができていただろうね」
魔石はつららの様な、8面体サイコロを縦長に引き伸ばしたような形だが、その魔石を覆う装飾部分がなんというか……タコの足が魔石に絡みついている様な独創性の高いペンダントになっている。
「ええと、そうですねぇ……里についたら、私の装飾細工の師匠を尋ねてみると良いでしょう……」
ペンダントはシルに渡され、シルはチャコへと渡す。チャコは大事に両手で受け取ると、母親と向き合う。
「里の場所を特定させる秘術の伝承は丸一日かかると思ってください」
チャコの母親はこちらにそう言うと、チャコと何やら確認を始めた。
「それじゃ、アタシたちはいったん離れるよ。食事は前回同様に入り口に用意すればいいんだね」
「ええ、その様によろしく頼みます」
「あの……ひとつお願いというか確認したい事があるんですけど……」
ボクはひとつ思いついた事をチャコのお父さんに提案した。
それから、ボク達はチャコを両親にあずけて洞窟を後にする。
ボク達が他のメンバーと合流すると、すでに剣の鍛錬が始まっていた。
長い時間、荷車に閉じ込められていたわけだから、そりゃ体も動かしたいか……。
「狐鈴お姉ちゃん、アルクリットさんが受けていたあの剣術、ハルもう一度みたいな……」
「そんなに得意でもないのじゃが、この世界で似た様なものを使う者もいるかもしれないしの、見ておいて損はないかもな」
狐鈴はそう言うと、収納空間から抱えるほどの太さの丸太を取り出すと、岩に立てかける。
「リュートよ、これはハクフウも見ていない剣術じゃ」
ナティルさん、チヌル、リュートさん、ハルにミュウが少し離れた位置から、狐鈴に注目する。
ボクも和穂と一緒に見物させてもらう。
狐鈴は和傘を取り出すと、左後方に和傘の先端を下げ、左腰の辺りに、両手で親指同士がくっつく様に揃えて傘の柄を握る。
狐鈴は仕込み刀なので何と言うか説明が難しいのだが、つまり鞘と柄をそれぞれの手で握り、姿勢を低くしている。
武道を経験している者は、自然と向かい合う相手の呼吸を見る。それは相手の懐に飛び込む、攻撃するタイミングをとる為に。
ボクはどのタイミングで斬り込むのか、狐鈴の呼吸を読む。
すうぅぅ……ふうぅぅ……すうぅぅ……
…………
チッ……シュッ
ガカカッ
カンッ
音だけの表現だとこんな感じだろうか……
眼鏡を掛けていてもボクには刀を引き抜いた瞬間、斬りつけた軌跡、何も見えていない。
重心が前方に動き、袖が丸太の方に伸び、チカチカッと光ったかと思ったら袖が引き戻される。
気がつくと刀身は和傘へと収められている。
みんなは見えていたのかな?
表情は固まったまま……誰も言葉を発しない。
「あーっ」
ミュウは喜んで声を上げる。
多分斬ったんだよ……ね?
「え……ええ?」
リュートさんはおそらくボクと同じ気持ちなのかな? 周りの見物人の表情を見回している。
ミュウがパタパタと飛び、丸太の上にしゃがみ込む様に着地すると、ミュウの体重が加わった事で、ズルズルズルっと切られた丸太がずり落ちる。
崩れる丸太の上でバランスを崩したミュウが、バランスを取ろうと丸太の立てかけられていた岩に手をかける。
すると手をかけた岩も一緒に後方に崩れる。
「あーーーっ!」
支えを失ったミュウは岩と一緒にひっくり返り視界から消える。
「やっぱり力の加減がうまく行ってなかった様じゃの」
狐鈴が苦笑いして言う。
「み、ミュウッ大丈夫!?」
ボクはミュウの元に駆け寄る。
ひっくり返ったまま空を見上げてパチクリしていたミュウは、ボクの姿が視界に入り「あー」と言って体を起こす。
ミュウの無事を確認して、ホッとしたボクは、斬り崩れた丸太、ミュウの手をかけ損ねた岩を見てビックリした。
斬り口はピカピカと鏡面の様に陽の光が反射している。
丸太に斬り込まれた跡は3カ所
「凄いもんだな、アタシには何をやったのか、見えなかったよ」
切り口を見ていたボクの上から、ナティルさんが覗き込んでくる。
「和穂、これ半分くらいの厚さにできるかな? まな板にちょうど良さそうなんだよね」
ボクは輪切りに切り取られた木片を和穂にみせる。
和穂はひとつ頷くと、腰に収められていた双刀の一刀を右手に握り、ボクから受け取った木片を左手の指先で支える。
刃渡を木片の側面にコツコツと当てるとチラリとボクを見る。
「そうそう、その辺りで」
ボクがウンウンと頷くと木片に当てていた刃を一度引き、押し出す様に刃を送り出す。
カンッ
刃が木片に当たる音だけあげて、刃は豆腐に包丁を通す様に何の抵抗もなく、すり抜ける。
チンッ
刀を収めると、2枚に下ろされた木片をボクに渡してくれる。
「うんうんありがとう、ちょうど良い大きさだと思ったんだ」
「本当にあんたらの剣の切れ味ってどうなっているんだよ」
ナティルさんは呆れている。
和穂は出し惜しみする事なく、ナティルさんへと刀を差し出す。
「うえ、おもっ……」
ナティルさんは和穂から受け取って素直な感想を呟く。
そうなんだよね、軽々しく振って見せる和穂から、刀の重さを想像していると、想像外の重さにビックリするんだよね。
ボクは廃村のとき、手に取った重量感を思い出す。
そして、ナティルさんは刀をしっかりと握り、残った木片へと斬り込む……
ガッ
刃が食い込んだところで手が止まる。
戦斧を振り回しているナティルさんの力でも木片を増やすことは叶わなかった。
「切れ味は良いのはわかったけど、やっぱり技術なんだな……」
木片に足をかけ、食い込んだ刃を引き抜くと和穂へと刀を返す。
「技術もじゃが、イメージも大事じゃな。切れているイメージなくして、その物を斬る事は出来ぬからの」
狐鈴にとって、岩まで斬ったのが予想外って事か……。
「あー」
ミュウがニコニコして狐鈴の袖を引っ張る。
「なんじゃ? ミュウもやりたいのかや? ほむ、まぁ興味を持つ事は良い事じゃからのう……」
うんうんと狐鈴は頷き、ミュウの頭を撫でる。
「これを使ってみるかや?」
そう言うと、狐鈴は収納空間から1本の木の棒(木刀?)を取り出す。
木の柄を握り上に引き上げるとスラリッと刃が鈍く光る。
「狐鈴それってドス?」
狐鈴はアゴに指を当て首を傾げる。
「はて、ドスという物が何を指すのか分からぬのじゃが、コレは脇差しと呼ばれる物じゃの。
侍じゃなくても帯刀の許されていたものじゃ」
狐鈴は引き抜いた脇差しを右手で軽く振るう。
刃渡は50センチくらいあるのかな? それでもミュウの体の大きさからしたら、太刀に見えなくもない。
「あー」
ミュウはちょうだいと両手を広げる。
狐鈴はパチンッと鞘に刀身を収めるとミュウの手に渡す。
「的も変えてやるべきじゃの」
狐鈴によって短くされた丸太は足で転がされ、別の丸太が差し込まれる。
ミュウはしばらく鞘から刀身を少しだけ引き出すと、刃に反射して映る自分の顔を見ている。
「……ミュウ?」
「…………」
ミュウはボクが声をかけても、固まっている。
「ほむ、ミュウは自分の顔を初めて見たのかの。
どれ、今鏡を出してやろう」
狐鈴は言うと、収納空間から直径20センチほどの丸い鏡を取り出す。
狐鈴がミュウへと両手で鏡を向けてやると柄を持っていた手が離れ、パチンッと音を立てて刀身が鞘の中へと消える。
「…………」
ミュウはボーッとした状態で鏡の中の自分を見る。
「あー……」
刀の柄を握っていた手で、恐る恐る鏡に手を伸ばすと鏡越しの自分の手が重なる。
「ミュウ、ミュウだよ」
「るー」
「うん、ミュウ」
横からハルがミュウに声をかけると、鏡のハルではなく、ハル本人に向き声をかける。
ハルは鏡のミュウと本人を交互に指差す。
「るー」
ミュウはハルに抱きつく、初めて鏡を見た時ボクはどんな表情でどんな事を思ったのかな……。
ミュウは鏡に映ったハルを別人に思えたの
かな……。それとも、自分と同じ事をする人モノに戸惑いを覚えたのかな……。
「ほむ、ミュウは鏡がそんなに得意ではない様じゃな、和穂と一緒じゃの」
狐鈴はカッカッカッと笑い、鏡を仕舞う。
え、そうなの……?
ボクが和穂の表情を見ると、和穂は珍しく顔を強張らせている。
「……そ、そんな……ない……」
「イタズラがバレて、50年くらい鏡に閉じ込められておったからのう」
狐鈴が言う。
和穂はボクに抱きついている手がカタカタと小さく震える。
鏡に閉じ込めたのは、狐鈴?
それとも神様?
なんとなく、ボクは聞けなかった。
妖狐はイタズラ好きだって、自分で認めていたから、きっとイタズラしたんだろうね。
50年か……サラッと言ったけれど長いな。
改めてミュウの方を見てみると、鞘に刀身を収めた状態で丸太と向き合っている。
どうやら、刀身に映る自分にも何かしら抵抗を感じたのかも知れない。
それとも、狐鈴を模して斬り込むのかな?
「ほむ、ミュウは抜刀術を身に付けたいのかの?」
なんて、狐鈴も呟く。
てこてこと、丸太に寄り、左下より右斜上に切り上げ丸太の樹皮に傷をつける。
そこからの動きが分からなかったのか、固まり「あー」と声を上げる。
「ミュウは凄いの、初見なのに、ワチの初手の軌道が見えておったのかや?
でもそれだけじゃの、手足の動きはバラバラじゃし、力も乗っておらん、心技体が一つになった時に初めて意味を成すのじゃ。
まずは基本、それからじゃの」
狐鈴はミュウの動きを褒めていた。
後から和穂が言っていたけれど、ミュウの斬り込んだ一刀は狐鈴の抜刀してからの初太刀と同じ軌道だったそうだ。
この場にいるみんなこの一振りが、将来、白き剣聖乙女と呼ばれる少女の初太刀だった事、目にしていたことを覚えていない。
ミュウはハルと共に剣術の鍛錬に参加して、ボクはシルとアコさんと和穂と荒野の巡回をする事にした。
ボクと和穂は白夜に、シルとアコさんはルアルに跨り荒野をゆっくり巡る。
もちろん、荒野の食材を収穫しながらね。
『アキラ、もう少し先に行ってみても良いだろうか……』
『ん、どうしたの? 聞いてみるね』
1時間程した頃、突然和穂がボクの頭に語りかけてくる。
「シル、この先に行ってみてもいいかな?」
「んん? 良いよ、ただ足場がかなり不安定になっているからゆっくりね……」
シルに言われゆっくりと歩みを進めて向かう。
和穂が行ってみたいと言った所は、岩壁が切れると突如視界に広がる。ギザギザの巨大な岩山がそそり立ち連なっているそんな場所だった。
シルの話によると、大きな大地の裂け目がそこから始まっているそうだ。
なんというか、地下へ続く大きな山のトンネルの入り口が大規模に崩落して、山の形すらも変わってしまった……そんな感じにも思えた。
突然現れた異様な光景、ソレは荒野の中にあるのだから、荒れているにしても、似たような光景から徐々に草木が減っていくように続いているのかと思っていたのだけれど、線を引いてスッパリと切り取ったかのように突然草木は全くなく、岩と砂だけの世界だった。
『アキラ、眼鏡外してみて』
「うわおっ!」
和穂に言われるがまま、メガネを外して和穂の指差す場所を見ると、ボク達の向かう先に溢れんばかりの動物? 魔物? の群れがひしめくようにいた。
まるで大規模な動物園が倒壊して動物が逃げ出してきたかの様な光景……某有名な都市の大晦日のスクランブル交差点の押し寄せる人達のような光景……で、しかも終わりが見えない……。
正確には御霊というべきだろう、眼鏡を外して認識する事ができたから……。
「アキラ、和穂どうしたんだ?」
ボク達の乗る白夜の隣にルアルを寄せ、足を止めさせると、シルはボク達の見つめる先に目をやる。
「ねえ、シルここって何かあった場所?」
「ん?
ああ、アキラと和穂が言うくらいだから何か見えるんだね、アタシには剥き出しの岩山くらいしか何も見えないけど……。
ここは昔スタンピードが起きた時の通り道だか発生地かもしれないと言われているよ。
なんでもその時の地鳴りで巨大な岩山が崩れたって話だから、たくさんの魔物が下敷きになったんじゃないかな。
悪いね、アタシがここに来るずっと前の話のようだから、だろうと推測でしか説明できないんだ……アコは何か知っているか?」
「ごめんなさい、私は何も知らないわ。
ヘレ爺はスタンピードで現れた魔物の討伐にかりだされたみたいだけれど、荒野のことは通り道だったとしか聞いていない」
2人はルアルから降りながらコチラに説明してくれる。
「……浄化しよう……」
和穂はそう言うと、白夜から降り、御霊達の先頭に向かってゆっくり歩みを進める。
「アキラさん、和穂さんはどこに向かっているんですか? あっちはさらに足場が悪くて危険なようですよ」
ボクも白夜から降りると、アコさんが心配そうに言う。
「うんと……スタンピードの思念と言うのかな、たぶんシルの話していた事が本当みたいで……。
この土地に縛られている魔物の御霊達がそこに蟠っているんだ。
和穂がどうにか浄化させてくるって。
和穂も巫女だから、放って置けないんだろうね……」
ボクがこの現状を見たら、何も出来ないって分かっていても、どうにか出来ないものか考えていたかもしれない……。
例え自分でどうにも出来なくても、和穂や狐鈴、リシェーラさん達にお願いしてなんとかしていたかもしれない。
直接ボク達に関係のない事だとは思うけれど、何となくこのままにはして置けないというか……。
和穂は御霊の群れの先頭付近に到着すると錫杖を取り出して足下に広範囲に渡って何か書いている。
和穂が地面に手を当てると、読み方の分からない、でもどこかで見た事あるような文字が足下に金色に光り、文字と文字が線で結ばれ魔法陣の様に、そして蓮の花弁の様に浮かび上がる。
和穂が錫杖を高い位置に掲げて、シャンシャンシャンと音を立てる。
御霊達に向けて大きな丸を書き、中心を叩いたかと思うと、そこから大きな亀裂が入り、見えない壁が決壊する。
まるでダムの決壊によって、水が押し出てくるように御霊達が和穂へとなだれ込んでくる。
和穂は錫杖の柄を自分の足下にトンッとつける。
光の蓮の花弁は、和穂を中心に更に光量を上げて金色の光の柱となる。
なだれ込んできた御霊は次々と光の玉となり柱の光と共に昇天していく。
その光の玉は大小バラバラで、色もそれぞれの属性の象徴なのか、赤だったり、緑だったり、青だったり……。
この場では不謹慎かもしれないけれど、凄く幻想的な光景でボクは息を飲んだ。
ボクの隣りで和穂を見ていたシルもアコさんも御霊としては認識出来ていなかったのだろうけれど、光の玉として浮き上がる魂魄の塊になったことで見る事ができているようで、驚きの表情のまま、その浄化している様子を見守っている。
………………
…………
……
かなりの量の御霊を浄化した様に思えるけれど、今だに亀裂からなだれ込んでくる御霊の勢いは変わらず、終わりが見えない。
浄化しきれるのかな……。
想像したく無いけれど、もし、途中でチカラ尽きる様な事があったらどうかなってしまうのだろうか……
ボクの予測では、地に縛られている御霊だと思うので、最初の数よりは減った状態でまたこの場に留まるのではないだろうか……。
しかし、和穂は?
御霊達の領域内の和穂はどうなってしまうのか……飲み込まれ取り込まれてしまう?
和穂は錫杖に両手を掛け、表情にも疲れが見え始めている。
「アタシは神聖魔法なんてものは持っていないから、どうもしてやれないんだけれど、和穂は大丈夫なのかい?」
シルが不安気な表情でボクに言ってくる。
ボクもこんなに大変な事になってしまうなんて、思ってもいなかった……。
「ちょっと狐鈴を呼んでみる」
『狐鈴ごめん、こっちに呼びたいんだけど……
和穂が大規模な浄化をしている状態なんだけれど、想像以上な事態になっていて、凄くきつそうなんだ……』
『あいわかった、すぐに呼んでおくれ』
ボクは狐鈴をただちに呼び出す事にした。
「狐鈴、おいでませっ」
狐鈴はボクの急な呼びかけに応えてくれる。
炎柱から現れた狐鈴はポカンと、和穂の様子を見て呟く。
「何じゃ、百鬼夜行かや??」
狐鈴は朱色の狩衣を纏い、錫杖を手に取ると「和穂は十分頑張ったようじゃからの、戻ったら甘やかしてやると良い」と言い、ボクへと笑いかけ、足場が悪いのにものともせず、ぴょんっぴょんっと和穂の元へと駆けていく。
狐鈴は和穂の前に立ち、錫杖を横にして持つ右手を前に突き出し、人差し指と中指を伸ばした左手を口元に当て、何かを叫ぶ。
「ーーーッ!!」
すると金色の光の柱を生み出していた蓮の花弁の光が青白いモノヘと変わり、光の柱は更に強い光を放つ。
和穂は狐鈴が来た事に安心したのか、錫杖を地に付き片膝を落とす。
「白夜っ!」
ボクは白夜に声をかける。
白夜はボクの声かけに応じて、和穂の元へと駆けていく。
和穂は白夜の背中に干された布団の様に手足をダラリと垂らして覆い被さるように乗っかって回収されてくる。
白夜がこちらに戻ってくる様子を見ていると和穂の様子が何だかいつもと違うような気がする。
「何だか……和穂小さくなっていないかい?」
シルが言う。
確かに……ふたまわりくらい小さい様な気がする。
「和穂大丈夫?」
ボクは和穂を白夜からおろしてやると、巫女服がダブダブで、胸元もはだけている。
小さくなっている……体も胸も……。
「和穂ごめんっ!」
ボクは流石にそのままにしておくわけにはいかないので、ひと声かけ袴の脇から手を突っ込み、服装を整えてやる。
和穂は薄目を開けてゆっくり口を開ける。
「……アキラ……」
「ん? なに? 和穂……」
和穂の呟きを聞こうと耳を寄せると、ガバッとボクに手足を絡めて抱きついてくる。
やられた……そうだよね、何か喋りたかったら念話してくるもんな……。
不意打ちで、和穂に身を預ける様な状態になっている。
どこにそんな力が残っていたのか、全然解く事ができない。
「何やってるんだい……」
シルの顔は見えていないけど、絶対呆れた表情をボク達に向けているんだろうな。
「アタシは荷車をとりに行ってくるよ。
アコはとりあえずここに残って、何かあったら協力してやってくれ。
魔物の奇襲があったら向こうが手薄になっちまうだろうから、ウメちゃんに来てもらう様に言っておくよ」
「え……私置いて行かれるんですか、何とも居た堪れない感じなんですけど……」
アコさんは困った声色で言う。
「いや、アコはいてやってくれ、狐鈴があんな状態であっても2人きりになんてしたら、アキラは和穂に襲われるからな……」
「ああ、納得です……」
そこは納得するんだ……。
「アキラ、ルアル連れて行くからなー」
シルの声が聞こえ、そして、ルアルの足音が遠ざかって行く。
『和穂ーほら起きて、背中貸すから……』
『……もう少しだけ、後生だ……』
仕方ない、もう少しだけ抱き枕にされるか……。
抱き枕にされながら、ボクは狐鈴と和穂の事をふと考える。
狐鈴は神通力を溜めると色気ムンムンな大人の姿になって、和穂は使い過ぎると幼くなるのか……。
この前狐鈴が言っていた事を思い出す……和穂は面倒くさがりで、大技ですぐ片付けてしまうって……実は瞬発力があるけれど、持久戦が苦手なのでは……。
喋り続けると疲れるって言っていたし、神通力を節約する為に大技で片付けているのかも?
『ほら、起きるよ』
『……仕方ない…………えるか……』
「ん? 何?」
ボクが尋ねると、首を横に振る。
和穂によって拘束されていた身体が自由になり、上半身を起こすと、目の前に少し幼さを見せる和穂の姿があった。
ミュウのように両手をこちらに広げて無言で求めてくる。
「はいはい、起きるよー」
ボクは和穂の両手をとり引き上げる。
いつもより軽々起こせたのは、体がいつもより小柄になったからなのか、胸の重りが減ったからなのか……
身体を起こした和穂の背中を叩いてやりながら隣にいたであろうアコさんの姿を探す。
アコさんはボク達の戯れを放置して、白夜と一緒に少し距離を置いたとこから狐鈴の方を見ている。
「何か進展ありました?」
ボクは和穂を背負ってアコさんの隣に行くと、チラリとこちらを向きクスリと笑う。
「何だか大魔法のようなモノを見た時は凄いって思ったのに、いつも通りですね、安心しました」
「ああ、うん……」
そういえば、スタンピードの時もいっぱい喋り過ぎて疲れたって、ボクにぶら下がっていたっけね。
先程あんなにもギュウギュウになだれ込んできていた御霊も間隔が空いてきたように感じる。
「それにしても、和穂さんも凄いと思いましたけど、狐鈴さんって凄いですよね、見た目なんかはチャコよりちょっと上くらいに思えるのに……」
「いや、アコさん、見た目っていうモノは案外騙されるものなんだよ……チャコも90歳越えているわけだし、狐鈴に関しては700歳を越えているんだよね……」
「…………え? あ? はぁっ!?」
これは驚くよね、まぁチャコはダークエルフだから恐らく予想くらいはしていたかもしれないけれど。
「おそらくこれまで会った誰よりも歳上になるだろうね。……和穂だって対して変わらないでしょ……」
「……私の方が年下だ」
アコさんは現状の理解が追いついていないのか、白夜にもたれて頭を抱えている。
『珠緒様は更に歳上だろう……』
『だね』
『きっと珠緒様だったら、この状況の範囲全体をまとめて浄化していたかもしれない……協力をしてくれていたらの話だけれど……』
『いや、ボクは、土地が違うから関与しないよーとか言いそう』
『確かに……』
狐鈴はまだまだ余力がありそうで、涼し気な表情で口元は笑っている。
浄化させている御霊の数もまばらになってきている。
もっとも、勢いが凄かった長い時間、和穂が受け持って頑張っていたから、案外そろそろ終わりが見えてくるような気がする。
光の蓮の花が消え、光の柱が天に吸い込まれるように消えて行く。
ボク達は足場に気をつけながら、狐鈴の近くへと降りて行く。
「ここまで減れば、大掛かりな神通力の使用はいらぬじゃろ」
そう言うと狐鈴は先程、光の蓮の花を展開していた辺りに10メートル四方の四角形になるよう石に札を被せて置いていく。
そして、四角の中央に空に向けるように鏡を置く。
鏡の上を滑らせるように、左から右に、上から下へと交互に、手元で一文字ずつ文字がなぞられた玉石を右手の人差し指と中指で摘み、呟きながら鏡の周りに置いていく。
「……ーー畏み畏み申す」
鏡の上に手をかざすと、先ほどの柱より細いが、同様の光の筋が上空へ向かって延びていく。
「これで大丈夫じゃろ」
遅れて現れた御霊が光に吸い寄せられ、札の巻かれた石の間を通り過ぎると光の玉となり、鏡の発する光に導かれるように天へと昇っていく。
「後で回収せねばならんがな……まったく、和穂は怠慢しおって」
狐鈴はこちらに振り返ると口を尖らせ言う。
「怠慢?」
ボクが尋ねると、狐鈴は教えてくれた。
よくボク達の世界で見る、家を建てる前の【地鎮祭】のように祭壇を用意して霊道を通す儀式をすれば、ここまで大掛かりな事にならなかったそうだ。
「まあ、言ったところで済んでしまった事じゃからの……和穂大義であった」
そう言うとボクの背中に張り付いている和穂の頭を撫でてやったようだ。
「和穂さんの姿はしばらくこのままなの……ですか?」
ボク達は足場の安定した場所まで移動する。
腰を降ろして、狐鈴の設置した仕掛けを見ているとアコさんか尋ねてくる。
「ほむ、ワチや和穂は今アキラに仕えておるからの、仕えている実態のある主から寵愛されれば戻るのに時間はそれ程かからんよ」
「寵愛??」
「そうじゃ、例えば接吻じゃの、口というものは生の源になるモノを最初に通す部分に在るからの、それに言葉に命を吹き込んだ言霊を生み出したり、御霊の出る場所だからの……」
狐鈴は淡々と説明をしながら、両手でそれぞれ狐の形を作り、先端同士をチョンチョンと合わせる。
アコさんは顔を真っ赤にして、狐鈴の話を聞く。
ボクもかなり顔が赤くなっているだろう、いや、頭から湯気が出ているかもしれない……なんとなく想像はしていた事ではあったけれど、顔が熱い。
「い、いい、いいんじゃないですか、和穂さんのアキラさんへの溺愛ぶりは、皆存じている事ですから……」
「そうじゃの、でも皆には内緒じゃよ、こう見えてアキラはウブじゃからの」
「い、言えるわけないじゃない……ですか」
「ふむ、アコ、何だか喋り方がぎこちないような気がするんじゃが? どうかしたのかや?」
「あう……んと、その……ずっと狐鈴さんが歳上な事を知ったから……」
今の今とはまた違った慌て方をするアコさん。
「それは望ましくないのう、ワチは気さくな娘っ子のソナタの方が快く感じるぞ、ワチとは盃を交わした仲じゃろよ」
狐鈴はニパッと笑い、アコさんもつられて笑う。
「そ、そう……だよね、突然のことだったから動揺しちゃった……御免なさい」
2人はうんうんと頷く。
「それにしても、狐鈴さん、あれは神聖魔法なんですか? 私には何が起こっているのか把握できていないんですけど……あんな魔法初めて見ましたよ」
「ワチらの術は仕えている神のチカラを借りた神通力というものじゃ。
強力な術を長時間展開しておったから、和穂は身をすり減らすほど神通力を消耗したわけじゃな。
神聖魔法というのが、神のチカラを借りるモノじゃとしたら、似たようなモノなのかもしれんな」
狐鈴はアコさんに自分達の使う術の説明をしている。
「和穂大丈夫?」
「……アキラ……お腹が減ったよ……」
「帰ったらすぐご飯にしようね、何か食べたいモノある?」
ナーヴも沢山集まったし、和穂の好物の稲荷寿司だっていっぱい作れる。
「……お肉……」
おや、これは意外……と、いうか和穂は言ってボクの首筋をペロペロと舐めてくる。
もの凄くくすぐったい。
「くひひ……ちょ、和穂、ぼ、ボクを食べないでよ……」
「アキラさん、今日の食事お肉にするなら、ひとつお願いしても良いですか?」
お昼ごはんの話にアコさんが顔をコチラに向けて入ってくる。
「お、助かる、今何が良いか考えていたとこなんですよー。
……和穂に邪魔されながらだけど……。
今なら食材もかなり揃っているので余裕ありますよ」
その間も和穂はペロペロと舐めてくる。ボクの首、ふやけるのでは??
「えっとですね……、フェイちゃんからアキラさんが、また新しいソースを作り出したって聞いたので、できたらそれを味見してみたいなって思いまして……」
アコさんの視線は明らかにペロペロしている和穂に向けられているのが分かる。
「ケチャップの事かな、それともマヨネーズの事かな……どっちも最近作ったやつなんだよね……」
「ええっ、そ、そうなんですか? うわ、名前聞いておけば良かったな……」
アコさんも頬を掻いて困ってしまっている。
「んーと、卵料理で作ったやつか、フェイ達の香草揚げに合わせて作ったやつか、何か聞いていないかな……?」
ボクは使った料理の内容で確認してみることにする。
「あ、それなら香草揚げで使ったやつだと思います。
でも、知ってしまうともうひとつのソースも気になっちゃうな……」
ふむ、マヨネーズか……マヨネーズ焼きも美味しいよねー。
でもここは火を通さずに、マヨネーズの持つ味を楽しんでもらいたいかな。
「ご飯とパンはどっちに……」
「ごはんっ!」
和穂がガバッと身体を起こし、ボクのアコさんへの質問を回収して、自分の希望を被せてきた。
「あはは、良いですよ、そこは和穂さんの希望を優先してあげてっ」
本日のお昼のお題はご飯に合う、肉とマヨネーズに決まった。
お帰りなさいませお疲れ様でした。
最近、狐鈴と和穂が巫女さんらしい仕事してないな……と思って話の中へと入れてみました。
和穂の姿はいつ回復するのでしょうか……。
それでは本日はこの辺りで。また次の話でお会いしましょう。
いつも誤字報告ありがとうございます。




