第133話 ボクとミュウと香草揚げ。
今回のお話は、切りどころを見失って2話分程の長さになっています。
今回は投稿をかなり待たせてしまい申し訳ございませんでした。
先日、ミュウの設定を見た目年齢を10歳程度としていましたが、もう少し幼くしたいと思い6歳程度と引き下げさせていただきました。
ボク達は事の経緯をシルに伝えるためツリーハウスに上がると、起きたチヌルとシルがお茶を飲んでいた。
「何で出かける度に家族が増えるんだぃ?」
床でウメちゃんの耳を引っ張りキャッキャッと笑うミュウを見ながら、チヌルが言う。
「アタシも吸血種の精霊なんて初めて見たよ……しかも人型って……」
ナティルさんはチヌルの横に腰掛け、同じ様にミュウを見て言う。
流石に、ナティルさんにはソーニャさんの事やリシェーラさん、ゼルファさんの事については伏せて報告させてもらった。
「人型ってやっぱり稀なんですか?」
ボクがナティルさんに尋ねると、お茶を入れたカップをナティルさんとボク、隣に座る和穂に渡しながらシルが口を開く。
「そりゃそうだよ、この地も精霊は多いけれど、人型っていったらカシュアだけだろ」
ああ……ビフカさんに、ポルさん、ヨーフィルさんにナユトさん、ロディにケイルさん、トットさん……言われてみれば確かに。
「吸血種って食事は血液だけになるんですか?
さっき戯れでエナジードレインをしてきたんですけど……」
「アタシも初めて見たと言ったろ。
……にしても、エナジードレインね、精力を糧にする、サキュバスや、インキュバスと同じ様なものなんだろうな。
程度にもよるが、相手を瀕死にしない限り、特に問題視される事はない。
まぁ、食事については色々試してみるといいんじゃないか?
ただ、吸血種って事がちょっと厄介だな。
周りの生きている者の中に被害者を出したのなら、その段階で子供であっても勿論処罰の対象になるからな、目を光らせておけよ」
腕組みをした状態でジト目をボクに向け、ため息をついたナティルさんは、すぐに保護観察下に置くでもなく、ボク達に一任してくれる。
「ハル、わかった?」
ボクが伝えるとハルはフンスッと頷き「勿論だよ」と返事をする。
「ミュウもだよ、変な形でさよならはしたくないからねっ」
ミュウも、遊んでいた手を止めて、ハルを真似てフンスッと頷く。
本当に分かっているのかな……。
でも、何となく「ミュウ」が自分の名前という事は認識し始めた様で、呼ぶと反応する様になった。
「あ、アキラ、そうそう、出来上がったから渡しておくよ」
シルはボクの左手用のブレスレットを渡してくる。
「右手はたしかウメちゃんの精霊魔法を宿してるって言っていたと思ったから、左手の方は少し多く魔力を貯めておける様にしたよ」
「うん、ありがとう助かるよ。
ねぇ和穂、着けてくれるかな?」
和穂は頷き、手渡すとブレスレットを縛ってくれる。
「ホント変な話だよなぁ、あんなに強力な魔法が使えるのに、普段から誰かの魔力を頼らないと生活に必要な魔石も使うことができねえんだからな」
ナティルさんの言葉にボクは苦笑いをする。
「さて、ハルは狐鈴お姉ちゃんに剣術を教えてもらってくるね」
ハルはミュウのお披露目が終わり、別の話題に変わったところで、席を外す旨を伝えて立ち上がり玄関の方に向かう。
「あ、ハル、まって、剣術も大事だとは思うんだけどさ、ミュウに飛び方を教えてくれないかな?
こればかりはボク達の中で、ハル以外教えてあげられる人いないし」
脱衣室で、ミュウがボクの元に飛んできた時のことをふと思い出す。
「……あっ! うん、そうだね。ミュウおいでーっ」
ハルも思い出した様で、ミュウを手招きする。
「……??」
ミュウは名前を呼ばれ、ハルの方を向くも、手招きの意味はわからない様で首を傾げている。
「ハル、手を開いて迎えてあげるといいよ」
ボクがハルに声をかけると、「ああ、そっか」と言い、両手を広げてもう一度声をかける。
「ミューウ」
「……っ!! あはぁっ!」
ミュウはようやく意味が分かったようで、頭の上にお花が咲いた様な、無邪気な笑顔をハルに向け、テッテッテッと駆け寄り、みぞおちに顔からダイブする。
「ガフッ……ち、ちょっとミュウ!?」
「あーっ」
ミュウはご機嫌でハルの胸に顔をグリグリしている。
ハルは涙目で困った表情をするも、ため息をひとつつき頭を撫でてやる。
実はミュウは飛ぶのと同じくらいに、歩く足取りもおぼつかない。
さっきもハルとリンネちゃんの手を握り、どうにか歩いてここまで帰って来た。
生まれたばかりだから、仕方ない事ではあるのだけれど、それでも覚えようとしているというか、適応させようとしている。
そんなミュウがひとりでハルの元まで歩いて行った。
ハルとしては飛んで来ると思ったのかもしれないけれど、たどり着いたミュウを褒めてやっている。
「今ほど和穂お姉ちゃんの胸を羨ましく思った事はないよ……」
ハルの肩を落としながら呟く、嘆きの言葉を聞いて、みんな苦虫を噛み潰したような表情になる。
「じゃあ改めて行って来ますっ!」
ミュウの向きをボク達の方へとぐるりと変え、背中側に立ったハルは、ミュウの両手首を握って、操り人形の様に、バイバイと手を振る。
「「「「行ってらっしゃい」」」」
その動作にコチラにいるみんなで応える様に、手を振り返すと不思議そうな表情をしていたミュウは笑顔になり、自分の力で振り続ける。
そして、2人は外へと出ていった。
「ミュウの存在がハルを成長させるんだろうね」
2人の背中を見送った後、シルはボクの隣に腰を下ろすウメちゃんにお茶を淹れながら言う。
「そうだね、ミュウはハルから学んで、ハルはミュウを育てる事で自分を知る、互いに成長していくといいね」
ボクは本当にそれを願っている。
「ん? アキラはミュウを使役させる気はねえのか?」
ナティルさんはカップをテーブルへと置くとソファーの背もたれによっかかりボクに質問をしてくる。
「それは、ボクが決める事じゃないですよ。できればハルもミュウもボクは自由に過ごして欲しいんです。
短命の人間のボクより、その先を共に生きていける存在が互いに必要だと思っているんですよね」
「アタイの時とはまた、随分と違うじゃないかい?」
チヌルはお茶に息を吹きかけながら言う。
「そりゃそうだよ、あの時のボクはこの世界で生きる為に、みんなを守るためにチカラを求めていたし、それ以上にチヌルの生き様、性格を聞いていたから是が非にでも仲間にして一緒に過ごせたら楽しいだろうと思ったからね」
「……似た者同士……」
ボクの言葉の後に和穂が付け足す。
「あはは、そうだね」
ボクがニッとチヌルに笑いかけると、チヌルも口の端を上げて笑顔で返してくれる。
「アタイも最近そう思うようになってきたよぉ」
チヌルは2本の尻尾をユラユラさせる。
「まぁ人間嫌いのシルがアタイに、誰かを紹介してくる日なんて一生ないと思ったんだけどねぇ」
「それは確かに、あたしもそう思った。
殆ど人と関係を持たずに、こんな人里離れた場所に住んでいる伝説の魔女様が、街に現れるなんて……。
コロモンの街が消されるのかと思ったよ。
聞けばアキラの身元引受人になりたいって話だろ、ありゃビックリしたもんだ」
ナティルさんは腕組みをして、シルの方を見る。
「あたしはもともと、ひとりで大人しく過ごしている事が好きだったんだよね。
欲に塗れた人間との関係を切り離して、のんびり薬をつくって、魔道具を研究してつくって、時々精霊とお茶をする様なね……。
まぁ今は全く正反対なんだけど、毎日が充実してるし、美味い食事ができているから、別に今の生活も悪くないよ。
それに……アタシは面白いものは独り占めしないで、みんなと共感したいのさ」
シルは立ったままカップに口つけ言う。
「なるほどですぅ、何だかアキラさんがバラバラで暮らしていた者達を、こう引き寄せてつなぎ合わせているみたいにも感じますねぇ〜」
ウメちゃんはカップを置き、両手を顔の前でがっちりと握りながら言う。
「なるほど、ウメちゃん面白いこと言うね。
するとハルも、ついさっき生まれたミュウも、ひょっとしたら、アキラに引き寄せられているのかもしれないね」
シルはカップをテーブルに置き、ウメちゃんの話に賛同する。
「いや……そんな大袈裟な、偶然だよ」
ボクの言葉に、ナティルさんは真顔で口を開く。
「いいか、アキラ。
和穂や狐鈴、シル=ローズさんやウメちゃん、この中の誰かひとりとでも縁ができる事自体普通じゃねえんだから、やっぱり特別な事に引き寄せられてんだよ。
アキラだけじゃない、アタシだって特別な世界に巻き込まれていて戸惑っているんだ。
ギルマスをやっているから、いずれはシル=ローズさんとは会う事もあったかもしれねえ、でもカーバングルのウメちゃんなんて、幻獣は本来一生会えないものなんだ」
う……何も言えない。
そこにリシェーラさんやゼルファさん大天使様に至っては普通の人はもちろん、信仰している信徒達、更にそのトップの人間ですら簡単には会えず、神託として一方通行の言葉を聞き入れる事のできる存在なんだよね……。
「うー、運命の神様はボクに何をさせたいんだろう……」
もの凄く困った事態になっている気がする。ボクはみんなにぐるりと視線を送ったあと、和穂に送る。
和穂はボクと目が合い、お茶をひと口啜りカップをテーブルに置き、腕組みをして少し考える。
「……アキラの魅力に……引き寄せられているだけ……?」
和穂は答える。
「なるほどねぇ。
アタイもアキラと一緒にいたら楽しそうだと引き寄せられたうちのひとりだけどねぇ。
でも、何をやりたいかってことはないものねぇ……」
チヌルは和穂のひと言がしっくりきたようで頷く。
「あたしは、アキラと一緒にいて、アキラの求めている事を解決させる事が目的……」
シルも腕組みをして考えこむ。
『私は、アキラと一緒にいて、アキラにいっぱい触れていたい、アキラの作るものをいっぱい食べていたい……』
和穂は念話で、自分の願望をボクに伝えて、ズシッと身を預けてくる。何とも和穂らしい願望だ。
「まぁ、何でアキラに縁があるのか分からないけれど、あたしが今向かっているのは、【精霊使いって者は何者なのか】を知るために冒険に出るんだと言う事は確かだね。
今はまだ冒険にも出れていない、手掛かりを集めている、そんな状態……かね」
シルは自分の中で今後どうするかを整理した内容を告げる。
「おやおや、そうじゃないだろぉ、アキラのこれから作る伝説を特等席で見るんだ」
チヌルは頭の後ろに手を組み、目を細めてニィッと笑う。
「はは、違いない」
シルも笑う。
「おはようさん、何だか初めて見る白い子がハルと遊んでいたみたいだけど……」
パーレンさんが顔を出し、ミュウの事を尋ねてくる。
こうして、見た目も目立つミュウの存在は、1日にして周辺に住む者達に知られていった。
ボクは和穂とウメちゃんを連れて、洗濯物をするため、お風呂場へと向かうことにした。
一緒にツリーハウスから降りたチヌルとナティルさんは、狐鈴、ハクフウさん、リュートさんに商隊護衛で来た冒険者を含めて人数の膨れ上がった、鍛錬グループへと合流する。
ハルはミュウと草原の方で飛ぶ練習をしている様子が見える。
2人はじゃれつくように草原から見え隠れする。
「アキラさん、ミュウちゃんの飛ぶ練習はカシュアさんも教えることできますよねぇー」
ボクと同じように指導している様子をウメちゃんがボクに尋ねてくる。
「ウメちゃんそれはね、カシュアとハル達の羽の作りが違うんだよ……何より……
ミュウまで、カシュアみたいな口調になったら困るでしょ」
「えあ、ああ、な、なるほどですぅ……」
ウメちゃんは納得してくれる。
「カシュアは可愛いんだよ、そこは文句のつけようがない」
フォローというわけでは無いのだけど、彼女の可愛さは本物だ。ただ、それを素直に受け入れられていない事が勿体無い……まぁ、とっつきやすいから好きではあるんだけどね。
「やっほーっアキラッ!」
風呂場へ向かっていると、林道の先、ボク達の正面からヤンマ姉妹がやってくる。
「2人はお風呂?」
2人はそれぞれ小さなカゴを持っている。
「そそ、アキラ達は?」
フェイはニコニコと尋ねてくる。
「ボク達はさっき入っちゃったんだ、これから洗濯だよー」
「そっかー、一緒じゃないのかぁー」
フェイはため息をつき残念そうな表情をする。
「2人の洗濯物もやっておこうか? 干すの手伝ってくれるなら……」
「うーん、私達の洗濯物って今は下着くらいしか出ないんだよねー。
まぁ、アキラ達とのんびり洗濯干しながら話するのもいいかなー」
チルレは呟き、フェイは頷く。
「それじゃあ、下着を託す。ついてきたまえー」
チルレは元気に脱衣所へと入っていく。それを追ってフェイが入っていき、扉が閉まる前に手だけ出して手招きをする。
「いやー、今回は結構溜め込んだねぇ」
和穂の収納にしまって貰っていた洗濯物は大籠2つ分、それにヤンマ姉妹から渡された下着(本当に下着だけだった)。
出かけ先で洗濯ができなかったのだから仕方ないんだけどね。
「それじゃ、張り切ってやりましょー」
ウメちゃんの掛け声にボクと和穂は「おーっ」と拳を上げ取り掛かる。
「ウメちゃんは今回の旅で疲れてない? 大丈夫?」
ボクはウメちゃんの体調が気になった。
実はトルトンさんは、慣れない野営で疲れがかなり溜まってしまったようで、家に帰ってからバタンキューと眠ってしまったらしい。
メイルさんも昨日の二日酔いから覚めた後、広場で粥を食べて大人しく帰って行ったようだったし。
「私は大丈夫ですよぉー、むしろお日様をいっぱい浴びて元気なぐらいですー」
ウメちゃんは和穂のゆすいだ洗濯物をギュッと絞りながら言う。
そっか、ウメちゃんにとったら、普段の荷車生活が当たり前になっているから、どこに行ったって風景が変わるだけなんだよね。
「ルアルと新しい荷車が作られたわけだけど、旅に出る人数はある程度絞らないとならないねー。
次に荒野へ向かうメンバーは、……チャコ、レウルさん、シルが中心で、チャコの両親を弔いたい、ナティルさん、ジャグラさん、チヌル、そしてボク達、狐鈴、ハル、ミュウ、和穂、ウメちゃんかな……。
ルークとトルトンさんは、また竜が出てくるような事がない限り、今回はゆっくり休んでもらおう」
ボクが指折り数えていると、ウメちゃんがふと、こちらを向き、声をかけてくる。
「寝泊まりする場所が手狭でしたら、もう一台荷車つくりますかぁ? 使わない時は和穂さんにしまってもらっていれば問題ないと思うんですよぉ」
「うーん、今はまだ大丈夫かな、ナティルさん達の荷車も今回も出るだろうし、チヌルの家もあるしね」
ボクの話にウメちゃんはウンウンと頷く。
「それに、まだまだ改造するべきところもたくさんありそうだし」
「大事にしてもらえていて私もうれしいですよぉ」
ウメちゃんは絞った洗濯物をパンッと振るいながら言う。
「和穂も別に窮屈ではないでしょ?」
ボクが汚れを落とした服を受け取りながら和穂はウンウンと頷く。
終盤にさしかかり腰も悲鳴を上げ始めたところでヤンマ姉妹が合流してくる。
「うわー、すごい量だねー」
「よーし、ジャンジャンやるよー」
フェイは腕まくりをして、チルレは腕をグルグルと回す。
「ごめんねー、結果的に下着以上に洗うの手伝わせちゃって……」
干しながら2人に謝るとフェイは手を振って「いいんだよー」と言う。
「洗濯は口実だよ、私達はアキラと話をする時間が欲しかったんだー、料理をしている時はそっちに集中するからねー」
ウンウンと2人で頷く。
「それより、あの血塗れの服と布巾はビックリしたよー」
ああ、あれね、ボクがサンドウィップを相手にしていた時、頭から流血した事を隠すために早々に着替えて、他の洗濯物に忍ばせていた、あの服の事。
最初は返り血だよって言ったのだけど、ウメちゃんによってすぐに事実が述べられた。
「ホントホント、アキラは強い子って知ってはいるつもりだったけれど、そんな犠牲の元に得られた食材だったなんてね……。
生きて帰ってこられた事に対して感謝をしながら噛み締めないとならないね」
フェイはボクにジト目を送りながら言う。
「そういえば、荒野での食材を使った料理もいろいろ作ったんでしょ? 私も食べたいなぁー」
チルレはすっかり洗濯物を干す手を止めて目をキラキラさせながら訴えてくる。
「それは、チヌルの方が食材に詳しいのだから作って貰ったほうが良いんじゃない?」
「でも、アキラも料理したんでしょ??」
「和穂さんを見れば分かるんだから」
和穂の方へと目をやると、思い出して涎が出たのか、口元をコシコシ拭いている。
「あ……」
「和穂さん美味しかった?」
チルレはニコニコ笑い和穂に詰め寄る。
和穂は困った表情を浮かべボクへと視線を送る。
「きっとアキラさんがまた作ってくれると思うんだ」
チルレは追い打ちをかけるように言うと、和穂はコクコクと頷く。
「……わかったよ、晩御飯で作るよ」
2人は和穂の手を取り跳ねながら喜んでいる。
ウメちゃんはそんな様子を暖かい目で見ている。
「その代わり、ボクからも昼御飯で2人に作ってもらいたいモノがあるんだよね……」
「え?」
2人に聞いた話によると、肉に衣を着けて揚げるような料理は聞いた事無いそうだけれど、香草焼きのように味付けをして、素揚げをする料理はあるそうだ。
ボクは交渉成立し、思わず笑みが溢れる。
「アキラの国では料理に一手間加えている事が多いみたいだけど、食材に服を着せるなんて、また随分と面白い料理だね」
洗濯を干し終えて、広場へ向かう道中フェイは唐揚げや天ぷら、フライに対してのイメージについて述べてくる。
「食べた時の食感だったり、中の旨味を閉じ込めるためだったり、ソースを染み込ませるためだったり色々理にかなっているんだよ」
「ほへぇー、そこまで言うなら食べたくなるねー」
フェイはチルレとウンウンと頷きあっている。
「うーん、味見として作るには、具材が半端に残ったりするから別の機会にしたいんだけどな……」
「なら、次の機会ね、荒野料理を食べて美味しいようだったら、次に行った時仕入れてきて貰わないとならないからね」
チルレは思っていた以上に素直に引き下がる。
広場に戻ってくると、鍛錬をしていたみんなが何だか想像以上にボロボロになっていた。
どうやら、ボク達がいない時に草原の方で蟲系の魔物の奇襲があったらしい。
ハルと狐鈴が先陣切って対応していたので、放牧していた馬や、ソーニャさん達を含む荷車で過ごしていた人達も、全く攻撃を受けることなく、迎撃できていたようだ。
青い鱗に覆われた体に8本の足が生えたバッタの様な見た目、驚いたのはその大きさで、まるで原付バイクをイメージする大きさだった。
さすがにやろうとは思わないけれど、人ひとり乗ってもケロッとしていそうだ。
そんな魔物が20匹はいたんじゃないかな、想像するだけでゾワゾワする。
「おつかれさま」
ボクの労いの言葉に手だけ挙げて応える、フェイさんにピノさん、そして肩で呼吸する名前の知らない冒険者達。
「大丈夫ですかっ?」
フェイはチルレと水の入った鍋を持ってきて和穂の取り出したカップで汲んで手渡していく。
カマドの近くに水の蛇口ができて、本当に有り難く感じる。
ボクはメローネ飴を配ってまわる。
「それ、何ですか? 私も食べたい」
フェイはヌッと覗き込んで、催促してくる。
ああ、そうなるよね……
「チルレ、ウメちゃんもおいでー」
なになにと、2人も寄ってくる。
「不思議な食感ですね、カケラが歯茎に刺さるのはさすがに痛いですけど、この周りのパリパリのやつと味の相性もバッチリで、驚きましたっ」
フェイは早口で感想を伝えてくる。
「うんうん、気に入ってもらえてボクも嬉しいよ。
果物のままで切り出した物より少し、長持ちする為の細工でもあるんだ。
思っていた以上に評判良かったから、お昼ご飯が終わったら追加を作ろうね」
「「やったー」」
2人は喜んでくれた。
さて、ハル達はどこかなー……。
3人は草原の方にいた。
ハルとミュウが宙を羽ばたき、飛ぶ練習をしていて、下からコチラに背を向け立った状態で狐鈴が見上げている。
「おーい、おつかれさまー、甘いのあげるよー」
ボクが声をかけると、狐鈴がコチラを向き、ハルはゆっくり降りてくる。
ミュウはハルのマネをして、途中まではゆっくり降りてきたが、気が抜けたのか途中で落っこちる。
「ミュウ、大丈夫?」
ボクは声をかけるとミュウは体を起こし「あはは」と笑う。
「はい、ハル、狐鈴、ミュウ、口開けてー」
ヒョイヒョイと飴をひとつづつ口に入れてやる。
ミュウは狐鈴を真似て口を開け、モニュモニュと口を動かすと、笑顔になって、おかわりを催促する様に更に口を開ける。
「はは、ミュウは気に入ったようだね」
そんな様子に気がついた和穂も隣りで口を開けている。
「はいはい」
2人の口にひとかけらずつ放ってやると、揃って目を細めて口をモニュモニュさせる。
「あ…….」
ちょうど巾着の中身は空になった。
「なあ、アキラ!」
「御免なさい、ちょうど無くなっちゃいました」
「はあ? 何のことだ?」
広場の方からボクを呼んだナティルさんは、先程確認した昆虫を指差し言う。
「アレも食うのか……?」
「い、いや……そもそも食べられるものなんですか??」
流石にボクは、虫を食べたことも料理したことも無い。
ナティルさんは腕組みをして空を見上げる……。
「んー……好んでは食わんな」
「えっと……ボクも同じ気持ちです……」
「それじゃ始めようか」
ボクと和穂がカマドの方に戻ると、フェイのひと声で、昼食の準備が始まる。
メイド服の様な調理服を纏ったルーフェニアさんを含め、香草揚げ焼きの準備が始まる。
「持ってきたよー」
チルレはルアルに乗っていったん家に戻り、香辛料と、生でも食べられる黄色いレタスのような葉野菜の【オールラ】をとってきた。
このオールラの大きさ、軽く見積もっても、キャベツの大玉の4倍はある。
「コレはどうするの?」
「揚げ肉をコレに包んで食べてもいいんだけど、細かく切って揚げ肉とパンに挟んで食べても良いかなーって思って」
ボクの質問に、答えてくれるチルレ。
「なるほど、じゃあオールラはボクがやるね。
和穂はルーフェニアさんが仕入れて来てくれたミツルを焼くの手伝ってくれるかな?」
和穂はコクコクと頷く。
「私も手伝いますよぉー」
ウメちゃんもノリノリで手伝ってくれると名乗り出てくれる。
2人は空いている2つのカマドを囲うように、それぞれミツルを並べていく。
ボクは渡されたオールラをひたすら千切りにしていく。
ふむ、揚げ肉に千切りの葉野菜ね、ならアレを作ってもきっと合うだろう……。
ヤンマ姉妹のカマドからお腹を刺激する、香辛料の匂いがしてくる……。
ジュワーパチパチッ
2人の手で次々と味付けされたサンドウィップの切り身が揚げられていく。
「うんうん、こんなもんでしょ、上げて大丈夫ですよ」
フェイはルーフェニアさんに下ごしらえから揚げるまで指示する。
チルレは油から取り出された数枚の香草揚げをナイフで小さく切って中の火の通りを確認する。
「うん、大丈夫。
コレが私たちの味付けの揚げ肉だよ、食べてみて」
チルレはひとかけら口にして、皿をボクの前に出す。
ボクが千切りにしたオールラの上に、こんがりと狐色に揚がった肉が乗り、細かく刻まれた香草が振り掛けられている。
見た目でも充分美味しそうなのだが、スパイシーな香りと、油の香りがさらに空腹の胃を刺激する。
サクッとした表面に確かな歯触り、口に広がる痺れる辛さと、鼻から抜けるハーブのような爽やかな感じがする。
「あふっ……うん、コレは美味しい」
ボクは素直にそう思えた。
唐揚げのように生姜やニンニクの効いたジャンクな感じではあるものの別の食べ物だ。
でも、これはこれで癖になる味だ。
「オールラと合いますね」
ルーフェニアさんはフォークで、オールラを刺し、肉のカケラと一緒に口に入れて頬張る。
「これも試してみてよ、パンに挟むって言ってたから、ちょっとひと工夫どうかなって思って作ってみたんだよ」
ボクはオレンジ色のソースの入った器をフェイに見せる。
「これは?」
「ボク達の世界ではマヨネーズと言われているソースだよ
ボクは揚げ物、野菜、照り焼きチキンには最高の相性だと思っているんだ」
「て、て、て、テリヤキとですかぁっ!」
ルーフェニアさんは興奮した状態で、マヨネーズを凝視する。
和穂にソッポイ家のパンをふたつ出してもらい切り込みを入れる。
マヨネーズを薄く伸ばし、オールラの千切りを乗せ、マヨネーズをたらし香草揚げを乗せる。
ゴクリッ…….
フェイは唾を飲み込み、サンドされたパンを受け取る。
ナイフで三つに切り分け、チルレとルーフェニアさんへと渡す
新たに作ったものはボクが切って、和穂とウメちゃんに渡す。
「それじゃ、食べてみようか……」
チルレは全員の手にパンが行き渡ったのを確認して言う。
フェイもウンと頷く。
ガブリッ……
「「「んーっ!!」」」
みんな幸せそうに目を細め、ゆっくり確かめるように咀嚼する。
「揚げ焼きも格別に美味しかったですけど、コレはずるいですよ、揚げ焼きの香辛料の刺激的な味をこう、包み込む様にまろやかにして、更にオールラとの相性も抜群で……」
ルーフェニアさんが興奮している。
ボク達の騒ぎと匂いに誘われて、カマドの周りにゾロゾロ人が集まってくる。
「おーい、ルーフェニアお前たちだけで楽しんでるんじゃねえよ」
ナティルさんが代表して、こちらに抗議してくる。
「アキラ、お昼はこれで行こう、ジャンジャン作るよっ!」
チルレはボクに言い、フェイと頷く。
ボク達は感想を後回にして、詰め寄る食事を求める者のために、じゃんじゃんと揚げ焼きサンドを作っていく。
ボクはマヨネーズを塗り、ウメちゃんによってオールラが挟まれた状態のものに、マヨネーズを乗せ、つまみ食いをしながら揚げ焼きを挟む和穂へと渡す。
あれ? ご馳走になる気まんまんだったのに、何か気がついたらボクも作る側になっていない?
まぁ、食する人がパンを手に驚いたり、喜んでいる姿を見て一喜一憂を共感できるのは嬉しいからいいか……。
フェイ達がボクの希望を叶えてくれたから、ボクも晩御飯に応えないと。
荒野料理ね……ルボンテのバター醤油焼きでいいかな、雑炊作るにはまず、大掛かりなカマドを作ってサンドフィッシュを料理しないとならないし、あと荒野の食材も限られているからシチューでも作るか……。
あとは、稲荷メシかな。
そうそう、ルーフェニアさんによって、暫くごはんも、団子も食材切れの心配がないくらいの量が仕入れられていたんだ。
でも、街の食材不足の心配は特にしなくていいんだって。
専門店はコーヒー専門店の様に、粉にして販売しているので、ボク達のようにそのままの状態で購入する人がほとんどいない。
店側としたら手間が省ける上に。大量購入なものだからと逆に喜ばれているらしい。
初めてこの地に来た人にとってはきっと、ご飯として使った料理は真新しい刺激になるだろう。
昨日のオムライスがそうだったね。
それと、嬉しい情報がもうひとつ、稲荷揚げの代用品は次回の搬入でいくつか手に入りそうなんだ。
ジャグラさんのように、いなり寿司の試作品を食べたルーフェニアさんも、思う食材があったようなんだよね。
何にしても、ミルフィの話からは、麦飯も食べられるようになりそうだし、色々楽しみだ。
みんなの手に香草揚げサンドが行き渡ったようで、カマドの前の人だかりは解消される。
焼きミツルのカマドも、和穂とウメちゃんがこちらのカマドに入ってから、狐鈴に見て貰っていたので、焦げる心配はない。
ボクは晩御飯作りに協力してもらうためにチヌルにも声をかけて、残って貰っているヤンマ姉妹に使うルボンテを調理してみせる。
「ウンウン香ばしくてモチモチしていて美味しいね、これもナーヴと同じように取りすぎない方が良い食材なの?」
チルレは気に入ったようでヒョイヒョイと食べる。
「いや、そこら辺にポコポコ生えてくるから、気にかける必要はないけれど、一応荒野の中の唯一の食材でもあるからねぇ、加減は必要だよぉ」
チヌルが答えてくれる。
その間にボクはキルトコンロとフライパンを使って薄焼き卵を作り、錦糸卵を作る。
「コレはそんな貴重なナーヴを節約する為に、いなり寿司を混ぜご飯風にしたものの上に乗せる卵なんだけど…….」
皿に乗せて見せるとフェイは摘み上げて自分の手のひらに乗せる。
「へぇ、オムライスの時にも思ったけど、アキラって器用なのね……でも、コレは私には作れないわ」
そう言い錦糸卵をパクリと口に運ぶ。
「うーん、じゃあ錦糸卵はボクが受け持とう。
一応今夜考えているのは、ルボンテのバター醤油焼き、いなりメシ、クリームシチューなんだよね。
ルボンテの方は今見せた感じだから、フェイとチルレに任せていいかな?
クリームシチューはチヌルとハルに任せて、いなりメシは和穂とウメちゃんに任せてもいい?」
「アタシは? アタシは? 」
やる気マンマンのルーフェニアさんが手をピンと上げてアピールする。
「ルーフェニアさんは、ボクと一緒に全部に
関わってもらおうかな、まずいなりメシの下拵えをしながら錦糸卵つくって、クリームシチューを作っていくからね」
「よく分かんないけどわかった。アキラさん、ご指導よろしくお願いします」
ルーフェニアさんは大きく頷く。
「ハルー! こっち来れるー?」
狐鈴のカマドで焼きミツルを手伝っていたハルに声をかけると、大きく手を振って応える。
ハルがこちらに駆けてくると、おぶさっているミュウが肩越しに顔をコチラに出し、「あー」と声を出す。
「なになになになになに、すっごく可愛い子がいるんだけどっ」
「しろーいっ、なにこの子、めっちゃ白いんだけどっ」
フェイとチルレは大騒ぎする。
そんな2人を見たミュウはキョトンした表情をしている。
「ミュウ、おいで」
ボクが手を広げて呼んでやると「あーっ」と言ってパタパタと飛んで、ボクの胸元に抱きつく。
「おー、ミュウ上手になったね」
ミュウの頭をひと撫でしてやると「あはぁっ」と笑い、体を捻ってハルを指差して「るー」と言う。
「うんうん、ハルだよ、ハルが教えてくれたんだよね」
ボクが答えてやると頷いて「るー」と繰り返す。
「うんうん」
ハルはミュウに返事をして手を振ってやる。
「じゃあ、お姉ちゃんに挨拶しようね」
ボクが地面にミュウを降ろしてやると、目線を同じにする様に、フェイとチルレがしゃがみ込む。
「今日生まれたばかりの精霊のミュウです」
ミュウの背後からミュウの右手首を握り手を上げた状態にして2人に紹介をする。
「「き、今日!?」」
2人は互いに見合い、再度ミュウを見る。
そんな様子が面白かったのか、ミュウは「あはは」と笑う。
「人型の精霊なんて珍しっ」
「何の精霊なんですか?」
2人はミュウとボクを交互に見ながら聞いてくる」
「うん、どうやら吸血種みたいなんだよね」
隠してもしょうがないので、正直に伝える。
「え……」
「えと……」
「和穂とハルがしっかり躾けています」
ボクが伝えると2人は苦笑いをして返事をする。
「あ……はは、そう……なんだ……ね」
「ごめんね、ミュウちゃん、初めての精霊だから、どう接して良いか迷っちゃった」
2人はミュウに謝る。
「あー」
ミュウは笑いかけ、フェイの頭を撫でる。
頭に触れた瞬間、ピクリッとしたけれど、そのまま撫でられる。
「うん、こんなに可愛いのに、怖いなんて思ったら失礼だもんね」
チルレはミュウの頬をさらりと撫でる。
「あはっ」
ミュウは撫でられた頬を確かめる様に、自分の手でなぞらせて無邪気な笑顔を見せる。
「んんー、かわいいっ」
フェイもミュウの頭を撫で返す。
「ミュウの教育は、保護したボク達が一任されているんだよ。
食材の血抜きには、すごく有難いのだけど、誰かを傷つけてしまった場合には、幼かろうが処罰される。
普通の食事ができれば、血を吸う必要が無いのか、調べる為にもミュウの食事には調整が必要だし、見守る事も大事なんだよ」
「そっか、保護されたのが、アキラで良かったよー、もし誰も保護する人が居なくて手当たり次第血を吸う様な子になってしまっていたら、最悪討伐されていたかもしれない……」
チルレは悲しそうな表情をミュウに向ける。
「そうならない為にも、みんなでミュウを支えて欲しいな」
ボクがチルレに言うとミュウが「なーっ」と、ボクの語尾を真似る。
「だね」
フェイとチルレがミュウの頭をひと撫でする。
誰でもこの子、この人が吸血種なんですなんて言われたら……人の命を、自分自身の命をも脅かす可能性のある者からは距離をとるだろう。
すすんで歩み寄る者は少ないと思う。
だから、ボクも受け止め方は人によって違うと思うし、無理にミュウを受け入れてと言うつもりはない。
それはハルの時も同じだった。
でも、ハルはみんなに受け入れられて今の生活がある。
ううん、ボク達だって……得体の知れない存在でありながら受け入れてくれている人達がいるのだから、ボクはミュウの存在をみんなが受け入れてくれる事を祈っている。
まぁ、今更だよっなんてパーレンさんは笑い飛ばして言ってくれてたっけね。
得体の知れない存在、チカラのあるボク達……
能力や額の魔石が狙われるウメちゃん……
魔物を引き寄せ集めてしまうハル……
そして、血を吸うミュウ……
なんてこの地のみんなは懐が広いのだろう。
最初に引き寄せてくれたロディは後のみんなにつながる、ボク達の恩人だね。
ミュウはチヌルとハルのいるカマドで野菜の皮剥きを見ている。
そんな様子を見ながらフェイとチルレはルボンテの皮を剥き、下ごしらえをしていく。
ボクは乾燥させていたナーヴを煮込んで、作業台では薄焼き卵をルーフェニアさんに指導しながら作っていく。
「うん、そうレードルの裏側で卵を伸ばしてやると簡単に出来るからね」
「あわわ、切れちゃいましたよ」
「大丈夫、どうせ細く切っちゃうんだから。
和穂、稲荷揚げ摘み食いしたら、和穂の分には入れないよ」
ボク達はそんなやりとりをしながら作業を進めていく。
ウメちゃんはコチラのカマドにはボク達がいるので、ハル達の野菜の下ごしらえを手伝ってくれている。
さらに、パーレンさんとミルフィ、リンネちゃんも合流してくれたから、思いの外下ごしらえはすぐに終わる。
「それじゃ、メローネ飴と、新たにナボラ飴を作っていきたいと思います……とは言ってもそんな難しい物じゃないんだけどね……」
焼きミツルを冷ますために除けたカマドにて、料理教室というか、お菓子作りを始める。
料理をしていたメンバーに加えて、冒険者や、商人の中からもボクの料理に興味を示した人がいて、気がつけば人数が膨れ上がっていた。
「嬢ちゃん、ありがとうな、良い土産ができたよ」
「アキラお姉ちゃん、参加者凄かったねぇ」
背中にミュウを背負い、リンネちゃんに抱きつかれているハルがボクに労いの言葉をかけてくれる。
「今のハルの状況も凄いね」
「あはは……」
「みんな喜んでくれて良かったよ」
出来上がったばかりのメローネ飴をさっそく食べたり、仲間に見せたりしている。
ボクの巾着もパンパンに膨らんだので、よしとしよう。
それにしてもナボラ飴は、甘さの後に目の覚める程の酸っぱさが来てビックリしたな。
思い出すだけで涎が……。
狐鈴の寝起きが悪い時に使う事にしようかな……。
晩御飯もみんな楽しんでくれた。明日になったら、ボク達はチヌルの家、チャコの両親の元に向かい、商隊や冒険者、ソーニャさんはコロモンに帰っていく。
『アキラどのー聞こえますかー』
荷車で寝る準備をしていると、頭の中にリシェーラさんの声で呼ばれる。
数珠は着けていないのに……信託?
いや、これか……ボクの首に掛けられているネックレスの魔石が薄っすら光る。
『寝てますよー』
『起きているじゃないですか……クラマ殿を引き取りに伺おうと思うのですがー』
『忘れているのかと思いましたよ』
『そんな事ないですよー、そちらにあそ……えふんっ、伺う為の理由ですから』
遊びに来る口実にされているクラマって……。
『いつもの荷車にいます』
返事と同時に外から声が聞こえる。
「アキラどのー」
……実は外にいたとかいう落ちだったのでは??
荷車の扉がノックされる。
ボクは車内のハンモックに乗せていたクラマを降ろし和穂に扉を開けてもらう。
「あの子はどうしてますか?」
リシェーラさんもミュウの事を心配している様だった?
「ええ、ハルがミュウと名付けました。今はご飯を食べて、隣の荷車で狐鈴とハルと一緒に寝てますよ。
今日は飛ぶ練習をハルから受けていたから疲れちゃった様ですよ
そういえばリシェーラさんは、ミュウが起きているところ見たことないんでしたね……」
ミュウは普通に食事を食べた。
香草揚げサンドの時はお腹が空いていなかった様だったけれど、メローネの切り身もパクパク食べたし、晩御飯はリンネちゃん達と食べていた。
疲れていたのかシチューを食べている途中匙を手に握ったまま寝ちゃった様で、ミルフィさんが「あらあら」と面倒を見てくれていた。
それからハルが抱っこして荷車まで連れてきて寝かせてやっていた。
「ハルもミュウちゃんも幸せに過ごせているんですね、私達は家族として誰かと接する手段も心も持ち合わせていないので……」
リシェーラさんには珍しく、落ち込んだ様な、悲しみに満ちた様な表情をして、ボクの手元のクラマに目をやっていた。
「そなたは阿呆なのかや? 天使だから誰にでも同じく平等に……なんて思っているから、愛情が持てぬのじゃ。
偽りの気持ちじゃなく、特別な気持ちを持って優しくしてやり、優しさだけでは無く、厳しく間違いを指摘する事、正してやれる強さを持って、時には共感できれば、必然的にお互いを必要とする絆が生まれるのじゃよ。
放置して、あとは好きにさせる、時の流れに任せる、どうにかなるだろう……そんな薄っぺらい気持ちで向き合う……いや向いても、見てもおらぬな、背中を向けていたら、愛情も憎しみも、悲しみも、その者の気持ちさえも分かってやれない。
どうしてやったら相手は喜ぶのか、笑うのか、自分と相手を置き換えて同じ目線で向き合ってやると良いんじゃないのかや?」
狐鈴が隣の荷車の御者台からリシェーラさんに声をかける。
突然の狐鈴の物言いに、リシェーラさんは目を白黒させていたけれど、ひとつひとつに思い当たる節があったのか、しっかりと狐鈴を見つめて頷く。
「この地の者はその事に長けているから、素直にその者を受け入れて、仲良くできているのだとワチは思っておるよ」
「ボクもそう思う、ここの地の人たちは初めて見る何かを、不審がるのではなく、知ろうとしてくれているんだなって感じる」
狐鈴もその意見に同じ思いなのか頷く。
「アキラ殿の周りの者への思いはどんなものなのでしょう」
すがる様な、思い詰めた表情でボクを見上げてくるリシェーラさん。自分の両手を胸の前でがっちり握り、唇は震えている。
「え……ボクは何かを考えた事はないかな。
その人にはその人の感性があるから、ひょっとしたら、ボクのやっている事を良しとして見ている人だけじゃなく、どうなのかと思う人だっていると思うしね。
ただ……願っているのは、笑ったり喜んで貰える事がボクには嬉しいから、いっぱい笑って、ボクの事を知ってもらおうと思っているね、例え嫌われていたとしても付いて回って、仕方ないなぁと、向こうが折れるまでついて回るよ」
「嫌われていても?」
リシェーラさんは首を傾げる。
「うん、嫌われたまま疎遠になってしまうのは、ボクは悲しいから。
悪いイメージがついたなら、それより下がる事はないと思うし、ボクを知ってもらうチャンスだと思うんだ。
だって、好きなところをほんの少しでも見つけてもらえたら嬉しいかな」
ボクはリシェーラさんに笑いかける。
「ふうん……なるほど……ですね、ありがとうございます。
何だか、ここに来ると私も成長できてる様に感じます」
リシェーラさんはニコッと目を細めて笑う。
「それでは確かにクラマ殿を受け取りました。また明日の夜に……」
ボクの手からクラマを受け取ると、リシェーラさんは告げて、スッと消える。
「こっちの天使って奴はどの者も真面目すぎるのう、平等にって事は関心を持たぬって事に等しいのに……」
狐鈴は御者台に腰掛け、足をブラブラさせながら言う。
「ゼルファさんも感情に戸惑っていたみたい。
食べ物の好き嫌いですら分からなかったみたいだから……」
「ほうほう、良いのではないか、アキラの料理で感情を知るという恩を売るのも」
狐鈴は目を細めて、ニマッと笑い腕組みをして言う。
「ワチも草をむしって食するような、ひもじい思いはもうしたくないのう」
狐鈴は笑う。
「こんなに草が生えているんだから食べ放題じゃない」
「アキラは意地悪じゃの」
狐鈴はボクをジト目で見つつ、口を尖らせ抗議する。
「おそい……」
ボクの後ろから、音もなく和穂が抱きついてくる。
「わわっ!」
突然の事で本当にビックリした。
「うむ、和穂はすっかりお気に入りじゃの」
それを見ていた狐鈴はニパッと笑う。
ボクはこの場にいないクラマの事を思うと、寂しくて、夜に吹き抜けボクの顔を撫でる風がいつもより冷たく感じた。
お帰りなさいませお疲れ様でした。
リシェーラの中で何かが変わろうとしているようです。
アキラ要望の揚げ焼きも出てきました。
さて、次回から物語を少し、動かしていきたいと思います。
本日はこの辺りで……また次回お会いできると嬉しく思います。
いつも誤字報告ありがとうございます。




