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第127話 ボクの朝練とソーニャさん。

今回は少々文字数が多いです。

それでは、行ってらっしゃいませ。

「んふあーっ……かふっ……」


 目を覚ましたのは荷車の中。

 いやー、思っていた以上に快適な夜を過ごす事ができた。昨夜、ルーフェニアさん達に運んできてもらった寝具を使って、自分達の荷車で眠ったんだ。


 新しい寝具をシルの客室に、お古をボク達が貰おうと提案したんだけど、これからの旅を快適に過ごす為に、荷車で使用してくれとシルが言ってくれて、両方の荷車とも快適な寝台車としてできあがった。


 隣りにはソーニャが眠っていて、時々「んー、モニュモニュ」と寝言を口にしている。

彼女の仲間(守護霊)は荷車の外にいる。


 結局、ソーニャさんの件は今日の朝、改めてあの神聖な水場で対応してくれる事になった。


 ルーフェニアさんはシルのツリーハウスに上がったのだが、ソーニャさんには流石に厳しいので、ボク達と一緒した。


 反対側には、いつもの様に密着した(抱きついた)状態の和穂がいて、足元でウメちゃんがスヨスヨ寝息をたてている。




 昨夜は到着したキャラバンを労う食事会、ボクはつい先日シル達に披露したばかりではあったけれど、牛丼を食事として提供して、簡単な宴をした。

 ナティルさんも牛丼が似合ったけど、厳ついヤックさんもかなり牛丼(いや、ドンブリそのものかな)が似合っていたな。

 

 

 リシェーラさんは「まだ帰りたくないー……」と言いながら、食事前に迎えに来たアルクリットさんに、引きずられながら帰って行った。


 まぁ、報告も無しにほぼ丸一日こちらに居たわけだから、アルクリットさんも怒るよね。


 皆に対してのアルクリットさんの初登場の印象が悪すぎたので、舞台裏でこっそり会ったのはボクと和穂、狐鈴の3人だけだった……。


 以前会った時に、来る時には控えめに来る様お願いしたら、「何故、崇められる立場なのに隠れる様に来る必要があるのか」と怒っていたんだけど。

 

 ……魔物の様に破壊したり大きな音と共に出現するより、神聖な特別感を出すには、音を立てずにスッと姿を現した方が良いだろうというと、少し考えこみ了承した。


 まあ、そんなアルクリットさんが来た事に気がついたのはリシェーラさんだけで、突然表情が強張ったので話を聞くと、何も言わずに、ただただ出てきたって言うのだから困ったもんだ。


 リシェーラさんには、アルクリットさんとゼルファさんの分を含めた、牛丼と味見としての数個の稲荷寿司をお土産に持たせている。

 もちろん、ひとりで食べない様に釘をさしておいた。




 さて、ちょっと早いけど起きるかな。


「和穂、起きるよ」


 和穂は抱きつく腕のチカラを緩め、ノソノソと体を起こす。正座の状態で閉眼したまま、まぶたをコシコシと擦り、上を向いたまま固まる。


「……ん……ぅん……」


 ボクも体を起こし、和穂の動きを目で追っていると、和穂は薄く目を開き、ボクと目が合う。


「んふぅー…………にへぇーっ……」


 抱っこをねだる子供の様に、笑顔で両手を広げてボクに覆い被さってくる。


「ちょっと……和穂……」


 ボクの後ろでソーニャさんが眠っているので、和穂を受け止めようと手を伸ばすと、両手の平が和穂の胸にモニュッて埋もる。

 な、なんて弾力……

 いやいやいや、和穂を押し戻し、ボクは和穂の鼻を摘む。


「んむー……」

「むーじゃないよー和穂、リシェーラさん達との待ち合わせよりちょっと早いからさ、先に行って少し歌の練習でもできないかなって思っているんだけど……」


 「…………」

和穂は尻尾をパタパタさせ、うんうんと頷く。

 実は昨夜の食事の時にナティルさんに促されるまま、皆の前で元気になれそうな歌を何曲か歌ったんだ。


 何となくだけど、出しにくいキーの高さがあったんだよね。……別にプロでもないから気にはしてないのだけど、何だかチャコの両親の前でも歌いたいと思ったので、発声練習が必要かなって……。



 隣りの荷車は……ハルは起きているだろうけど、狐鈴はまだ寝ていると思う。


「白夜とルアルを連れて、まだ眠っている、ソーニャさんと狐鈴、ウメちゃんを運んでもらおうかな……」


 あそこまでの道のりは遊歩道のように狭く、荷車を通す事は出来ないだろう。


 ウメちゃんをまた1人だけ荷車に残すわけにはいかないので、巻き添えということで。


 和穂は納得してくれたようで、着替えを始める。

 昨夜はボクもシルから「今更だけど、寝る時くらいリラックスするための寝巻きも必要だろう」と、生地の柔らかい唐装漢服のような服をもらった。

 さっそく着てみたのだが、これがもう楽ちんなんだ。


 まあ、冒険者たる者、何かあった時には、寝起きそのままの姿で対応できる様でなければならない、なんて事は当たり前の様だけれど……ね。


 普段シルの用意してくれているワンピースとかよりも、全然動きやすいくらいで、なんなら普段着にしてもいいかなって思ったんだけど……。


 今日渡された服は動きやすい7部丈のダブっとしたシャツにガウチョパンツのような格好。流石に早朝にこの格好では肌寒いので、和穂に預けていた、サドゥラさんの作ってくれた羽織りを出してもらって被る。

 ガウチョパンツが何となく丈の短い袴のようにも見えなくもない。


 荷車から出ると、ソーニャさんの守護霊がこちらに気がつき挨拶をしてくれる。


「おはようございます。ソーニャさんはまだ寝てますよ」


 そう言うと、ドワーフの少女の御霊は笑いながら、「いつも最後まで起きてこないんですよー」と話す。


 広場には昨夜から夜通し飲んでいる人は殆どいなかったようで、コロモンから荷物を運んでくれた者達はそれぞれが空になった荷車の中で休んでいる。


 食堂が始まると、きっと冒険者達がこの地に来る様になって、このキャンプ場のような光景が当たり前となるんだろうな。



「白夜っ! ルアル!」

 ボクが放牧用の柵の方に普通に話しかける程の大きさで声をかけると、ソーニャの守護霊達はボクの突然の発声に、どうした? と首を傾げる。


 すると、すぐに大きなオオカミのゴーレム、白夜とルアルが走ってボクの横へとやって来る。


「「「「な、な、な……」」」」


 4人は突然の出来事に数歩下がる。


「白夜、ルアルおはよう」

 ボクは喉元を撫でてやり、挨拶する。


「あ、アキラさんこれって??」

 褐色肌の長髪の青年の御霊が、恐る恐る尋ねて来る。


 えと……ゴーレム相手に、恐怖を感じている様だけれど、逆に白夜やルアルにとって霊体って、感知できるモノだろうか?


「ボク達の家族の白夜とルアルです。

 特別なゴーレムで、ウメちゃんに生み出してもらったんですよ」


「ウメちゃん?」


「ええ、ウメちゃん。この荷車でボク達と一緒に寝ていたコです」


「あの愛らしいコ?」

 ポニーテールの女性の御霊が荷車を指差し言う。


「ええ、カーバングルのウメちゃんです」


「「「「はぁっ!?」」」」




 白夜の背中に乗せるため和穂がソーニャさんを背負うと「うーん……」と、うなり声をあげる。

 起きたかな? って思ったのだけれど、そのまま背中に顔をつけて、再び寝息を立てる。

 ボクはソーニャさんの、この無防備なところが色々心配に思える。

 ……まあ、普段は寝ている時に何かあったら、全力で守護霊の皆んなが起こしにかかるんだろうけれどね。


 ボクはウメちゃんを抱きかかえると、さすがにウメちゃんは「んあ……おあようございますぅぅ……」と半目で挨拶をしてくる。


「ウメちゃん、ごめんね、1人にして出かけられないから連れて行こうと思ったんだけど、起こしちゃったね……」


 ウメちゃんは「あふぅーっ」とあくびをひとつつき「おれかけれすかぁ……」とたずねてくる。


「リシェーラさん達と会いにね。移動に白夜達を連れて行くから、白夜の背中で寝ていても大丈夫だよ」


「……いえ、起きますよぉ……」

 ウメちゃんは顔をあげ、ボクの腕の中から降り、顔をパチパチと叩く様にする。


「んー、昨日はたっぷり魔力を使ったので、ぐっすり眠れましたよぉ。お布団も快適でしたねぇ」

 伸びをひとつしてボクの腰を押し、外へと促してくる。


「狐鈴は向こうで呼び出せばいいか……」


 そんな事を言いながら準備をしていると、カタンッと隣の荷車の扉が開きハルが出て来る。


「お姉ちゃん、みなさんおはようございます」


 今朝のハルはツヤツヤな表情を向けてくる。普段は狐鈴に早朝から抱きつかれているためか、ぐったりしながら出てくるのだが……。


「ハル、おはよ。今日は顔色いいねっ」


 ボクが声をかけると、ハルは苦笑いして「うんっ」と言う。


「壁沿いで眠ると、家具と勘違いするみたいで抱きつかれずに済むんだ。

 その……ハルとしては少し寂しいのだけど、毎晩ギュッとしてもらうと、いつか壊れちゃうかもしれないから……」


 荷車の壁際に追いやられ眠る、不憫な大天使様……。


 和穂には同じ方法は使えないな。

 最近和穂はボクだと認識して抱きついてくるから……。


「それじゃ、予定よりは早いけれど行こうか」


 白夜の上にはボクと和穂、ルアルの上に干された布団の様にソーニャさんが乗せられ、ウメちゃんとハルが支える。


 周りを守護霊がフワフワとついてくる。


「最近こう、幽霊って事が板についてきたっていうか、浮いているのが凄く楽に感じるんだよねー」

「もうすっかり人間辞めちゃったねー」


 そんな会話が繰り広げられる。


「「お、おいっボアフットだっ!!」」

 先に行っていた長髪の御霊とツンツン頭の御霊が、声を張り上げながら、大急ぎで戻ってくる。


『『グルオォォオオッ』』


 ボクたちの進む先に、道を塞ぐ様な状態で2頭のボアフットが牽制し合っているところが見える。


「クラマ」

 ボクは少し溜めを作って、風魔法の鳥を放つ。


 初めて見た時は獰猛な野生動物に思えていたのに、今は風魔法ひとつで2頭の首を刈り取る。

 以前とは違って、サンドフィッシュやサンドウィップを相手にしてきたボクには、それほど脅威にも感じなくなってしまっていた。

 

 きっと和穂も、今ボアフットの相手をしたら、手探りでは無い分、躊躇いもなく倒す事ができるだろう。


 んー、ボクも【普通の人間】からかけ離れてきているな……。


「熊肉、猪肉どちらに該当するか分からないけれど、ジビエ料理の食材になるんだろうな……クマの手は高く売れるのかな」


 なんて言いながら、ボアフットの体のをツンツンやっていると、長髪の青年とドワーフの少女の御霊がボクのもとにやってくる。


「す、スゲーなアキラさん」

「アキラさんって魔法使いだったんですか!?」


「ん? ボクは魔法使いじゃないですよ。

 使っている魔法は精霊魔法という分類になるらしくて精霊と契約しないと使えないし、それに、魔力も全く無いので、魔力も貰い物なんです」


「ええ!? そんな事ってあるの??」

 2人は驚いた表情でボクを見る。


「精霊使い、それがボクの職なんです」


「精霊使い……ですか……どんな職なのかよく分からないのですが、レアな職なんでしょうね。でも、なんか聞いたこともあるような……思い出したら教えますね」

 ドワーフの少女はボクに言う。


「うん、よろしくね。

 今はどんな些細な情報でもあると助かるよ、ナティルさんでさえ、初めて見たって言ってたから……能力を教わるにも、先駆けている人がいなくてね」


 ボクは肩を落としてため息をひとつつく。


「あ、ついでに僧侶って職にも詳しい人がいたら情報欲しいな」


「そら、また聞かねえ職ですね、その職の人も苦労していそうだけど……」

 長髪の頭をワシワシ掻きながら返事をくれる。


「まぁ、苦労しているみたいだよ」

 ……それもボクなんだけどね……。


「……練習時間……なくなる……」

 和穂がボクに声をかけてくる。


 和穂はボクの歌の練習が楽しみだったようで、表情では分からないけれど、焦って急かす様子が見てとれる。


「これは血抜きとして放置して、帰りにとりにこようか」


 ボクの言葉に和穂はうんうんと頷き、再び道を進む。





「「へぇー、こいつはスゲェなー」」


 圧巻の景色に御霊達は声を上げる。


「ゴメンね、待ち合わせよりちょっと早く来たのは、ボクのワガママで、歌の練習がしたかっただけなんだ。

 ここからは少し自由にしてもらっていて構わないから」


 ボクはみんなに謝罪の言葉を残し、巨大な倒木の橋を渡り、皆んなの正面にくるあたりに立つ。

 昨日の夜皆んなでワイワイ歌った雰囲気とは少し違う、喉に優しいシットリとした歌を歌う。


 確か、この歌は古の神と人間が共存しているアニメだっか映画だったかの歌……


 神に恋心を抱く少女の物語……


 旅に出る決意の歌……


 


 何だか、雰囲気にのまれて、2曲3曲と勝手に好きな歌を歌っていた……発声練習って事すっかり忘れていたよ……。


 てっきり、みんなそれぞれ探索しに行ったり自由にしているものかと思っていた。

 しかし、揃いも揃って正面で躰を地につけている白夜やルアルに背を預けて、ボクの歌を聞いていた。御霊達もその場からコチラを見ている。


 ふと、学生時代音楽の時歌っていた曲は、発声練習にちょうど良いかもしれないと思った。


 そして、ボクが選んだ歌は

 

『翼があったらどんなに素晴らしい事だろう……』


 そんな、夢を綴った曲、目の前にハルがいるから何とも夢より現実的な感じもするけれども。


 数曲……歌詞もあやふや鼻歌で誤魔化していたり自由に歌う。


「うん、思うより悪くなかったな。むしろ昨夜より喉の調子が良い感じがする……」


 この地に満ちているα波が手伝っているのかな? 1人でウンウンと納得して顔を上げると、聞いていたみんなが、ひと呼吸置いて拍手してくれた。


「へへ、ありがとう……」

 練習とはいえ、ちょっとばかり嬉しく思う。



「さすがアキラどの、今日もステキな歌声ですねぇ」

 突然聞こえるリシェーラさんの声。



 ボクがステージとしていた倒木の先、枝分かれしたところに、リシェーラさんと、ゼルファさんが座り、アルクリットさんが立って控えていた。


「おはようございます、もうそんな時間でしたか??」


「ん? ああ、気にしないでくれ、おかげで良いものが聞けたからな……。

 あ、そうそう、コチラの件が済んだら少し時間を頂戴しても良いかな、ちょっと頼まれていた事で相談したいので……」


 ゼルファさんとリシェーラさんは立ち上がり、こちらへと歩いてくる。


「承知しました。それでは、狐鈴もこの場に呼びますね」


 ボクはゼルファさんとの受け答えをして、バッグから数珠を取り出す……鈴でも良かったんだけど、もう癖みたいなものだね。


「そう言えば、狐鈴ちゃんの姿がないですねー」


 リシェーラさんが、正面にいる面子に視線を流す。


「狐鈴は朝弱いんですよ……」


「ああ、なるほどです……」


 リシェーラさんはウンウンと納得する。


「狐鈴を呼ぶから、そっちもソーニャさんを、起こしておいてーっ」


 ウメちゃんたちに声をかける。


『狐鈴、起きてる? リシェーラさん達もう来てるよ、呼び出して平気かな』


『んぁー……おはよう……、今袴を履くから、ちいと待ってくれないかや』


 んと、今起きたのね。

 まぁそのままの格好で寝ていたわけじゃないならまだ良いかな。


 どうやら、ソーニャさんも目を覚ましたようで、ウメちゃんが水面で濡らした布を受け取って顔を拭っていた。


「コイツは驚いたなぁ、あそこにいるのはハルなのか?」


「そうなんですよ、この数日で凄く変わったでしょ」


「いや、もはや別者だろ、死んだ目を覗かせていたあのハルがねぇ……」


 そんな話を後ろで繰り広げている。


「ハルーッこっちおいでーっ」


 リシェーラさんが手招きをすると、ハルがパタパタとこちらへ飛んでくる。


「り、リシェーラお姉ちゃんおはよう……」


 ハルが照れくさそうに挨拶をすると、「ブハッ」とゼルファさんが吹き出す。


「ソナタ、お姉ちゃんと呼ばせているのか」

 ゼルファさんは驚いた表情をしながら、小さな声で呟く。


「お、おはよう、ございます……その……先日は怖がってしまってすみませんでした……」


 おどおどとして、ボクの影から顔を出し、横へとヘアピンで避けられた、前髪の隙間から上目遣いでゼルファさんに挨拶をするハル。


「ハル、この方はゼルファお兄さんですよー」

 リシェーラさんは、笑顔のまま言う。


「んなっ……」

 突然のリシェーラさんの発言に言葉を失うゼルファさん。


「ゼルファ、お兄さん……」


「……っや、やめてくれ……」

 ゼルファさんは顔を真っ赤にして、直視しない様に顔を背けて言う。


「そんな、つれないじゃないですか、ゼルファ兄様、ハルだってこんなにも可愛くなったんですよ」

 そんな事を言うリシェーラさんはこの状況を楽しんでいる様子だ。


「勘弁してくれよ……」

 ジト目をリシェーラさんに向ける。


 ハルはいつも着ているものが男女どちらが着ていてもおかしく無い様なダブダブの服を着ているのだけど……ここまで可愛らしくなっているなら、せっかくならスカートの姿も見てみたいな。


「それじゃあ、あちらへと参ろうか」

 ゼルファさんが言うと、アルクリットさんとリシェーラさんも揃って皆んなの待つ方へとフワリッと飛ぶ。


「えっと、ハル? いいよすぐそこだし……」

 ボクは先程同様に倒木を渡って戻ろうとしていたのだけど、ハルが背部からボクの胸の下辺りに腕を回しボクの動きを止める。


「お姉ちゃん、すぐそこだから怖く無いよ、ハルに任せて」


「ハル……絶対笑ってるでしょ……ひぃっ」

 ボクの言葉が終わるより先に、木から飛び降りる。内臓が浮く感触。



「狐鈴おいでませ」

 ボクは狐鈴を呼び寄せる。


「ん……おはようなのじゃ……」

「狐鈴ちゃん、おはようっ」

 姿を現すなり、抱きつくリシェーラさん。


「なんじゃ、お主は朝から賑やかじゃの」

 顔を寄せるリシェーラさんのアゴに手をかけ押し返す狐鈴。





「ここでの出来事は内密で……とは言ってもソナタと、ソナタを取り巻く御霊以外は、私たちのことを知っているから、ソナタ達に言っているのだと思って欲しい」


 ゼルファさんの言葉を皮切りに、辺りは静かになる。


 守護霊達はボク達を見回し頷く。


「スマンね、ワチらはどこまで介入して良いのか分からぬのでな、ソナタらに任せる事が最良だと思うのじゃ」

 狐鈴は伝え、ゼルファさんは無言で頷く。


「それでは始めます」

 リシェーラさんは手をパンッと合わせて、4枚の翼を広げ、大天使時の天使の輪を展開させる。


 ソーニャさんは横たわった状態で、リラックスしている。


 リシェーラさんはソーニャさんの傍に立膝の状態で、施術に入る。

 両手で片手ずつ包み込む様に覆うと、根元から剥がされてしまった爪が揃った状態で光を戻す。


 同じ様に足にも施すと、爪の再生、腱の辺りの傷の消失と、少しずつもともとあったであろう状態へ……


 根元から切り取られた尻尾は、猫の様に細っそりとした状態で先端がモフモフしており、ライオンの様だった。


 腹部に手を当てた時のリシェーラさんの表情がボクには忘れられない。


 誰か分からぬ子を宿しているのか……と思ったのだが、子も宿す事のできないほど破壊されつくされてしまっていたそうだ。

 

 悲しみと怒りを同時に含んだ表情……少なくともこれまでリシェーラさんと一緒にいて見た事のない表情を現した。


 状態を説明しながら修復されていく躰。


 正直本人には申し訳ないが、聞いているだけで顔を背けたい、吐き気すら感じる状態……。

 かろうじて消化器などの内臓系は狐鈴の処置によって弱々しくはあるものの正常に機能していた。


 恐怖と絶望によって抜けてしまった髪の毛はふさふさまでは至らなかったが、露出されていた地肌が全く分からないくらいまでは再生される。

 色の抜けてしまった白髪は戻らなかったけれど、隙間の所々から薄いピンク色の髪の毛が生えてくる。半分以上が色のついていた髪の毛だったので、それ程抜け落ちてしまっていたということだろう。


 頭の上にあったであろう耳は機能としては殆ど問題はなかったが、再生されると狐鈴達の様に大きく、しかし重力には逆らえなく、垂れた耳でとても愛らしく感じる。


「あとは目だけなのですが……正常に戻すと目から入る情報量の関係で頭の中が整理できなくなって、これまで集中し確認できていた守護霊(かれら)達の存在が分からなくなってしまう可能性があります。


 昨日アキラどのが提案してくれたのは、生活はこれまで同様に見えなくても、目の球形作っているものだけを再生させるか、対して変わりませんが、情報量を減らして脳への負担を減らすか……ですかね」

 リシェーラさんは言い辛そうに話す。


「そもそも、その娘の周りにいる魂達は、ネクロマンシーに操られているわけでないならば、早々に昇天して新たな生命に生まれ変わるべきなのだがな……」


 ゼルファさんは言う。確かに言われればそうなのだが、彼らはソーニャさんに生きてもらいたくて、ソーニャさんは彼らと共にあることを求めている。守護霊達がそれに応えている現状だ。

 彼らの絆の全てを否定をして間違えているとは言いきれない。


「それでも普通の人間だったら感じる事もできないだろうよ」


「私もそう思いました……。

 でも、アキラどのの作った装飾を身につけると、彼らを感じ言葉を聞くことができる様になるそうですよ」

 ゼルファさんの疑問にリシェーラさんが答える。


「ほう、それは不思議だな。

 これまで故人の声を聞きたいがゆえに、死者の体の一部を持ち出し、祈祷する者もいるなんて話を聞いた事があるが、魂の居ないところで何をやったって無駄な事なんだがな……」


「彼らの魂がソーニャさんの近くにいるって、ボクには見えていたし、彼らの遺骨の一部を使って思念を魔力に込めて作った装飾品だから可能になったのだと思いますよ」


 こめかみを指でポリポリかきながらゼルファさんは「んー」と唸る。


「さて、どうしたものか……くり抜かれている目の事を知っていながらそのままにしておくなんて事は我々には許されないしな。

 ソーニャどのは、どうしたいか……」


「私は今何も見えていないから正気を保てているんだと思います。

 あの目に迫るナイフの切先の恐怖、痛みをを思い出すくらいなら、私は何も見えない、暗闇の中で仲間と一緒にひっそりと暮らしていくことを望みます。

 それに冒険者だった自由な世界からは退きましたが、仲間達と共に後世の冒険者達へのアドバイスをしている今の生活も意外と好きだったりするんですよ」


 悲しみの表情の後に、弱々しく微笑むソーニャさん。


 ボクは彼女の冒険者だった頃を知らない。

 

 きっと5人で同じ夢持って、焚き火を囲ったり、夜は飲み会なんかして和気藹々と毎日を送っていたんだろうな……ボクは勝手な妄想をする。

 しかし、そんな日々にはもう戻れない。

 

 それなら、冒険中心の生活から、ソーニャさんを中心に皆んなで楽しく暮らして行くのも良いのではないかな。

 コロモンの街では冒険者ギルドも、ルーフェニアさんも、彼女を支えてくれるだろう。


 彼女もそれを望んでいる。


「それならば、ソナタに都合の良い目を与えてやるのも良いかも知れぬな」


「ゼルファどの、それはどういった……?」


 リシェーラさんの問いかけをよそに、ゼルファさんはソーニャさんの眼帯の上から手を当てる。


 

「これで、ソーニャどのが好意を示す者の姿だけははっきりと見える。それ以外はうっすらとしか見えぬから、皆で彼女を支えてやるが良い」


 そう言って、ゼルファさんが手を避けると窪んでいた眼帯表面がふっくらと膨らんでおり、そこに眼球がおさまっていることが分かる。


「ありがとうございました。このご恩は私の一生をかけて後世に返して生きたく思います。

 狐鈴さま、私は貴女の事を1番に見たいです。どうか、その御姿を私の記憶に焼きつかせて下さいませんか?」

 ソーニャさんは深々と頭を下げたあと、狐鈴に声をかける。


 ボクはソーニャさんの後ろ側にまわり、眼帯の紐を緩めてやる。

 眼帯はストンッとチョーカーの様に首元に落ちる。

 森の中の陽の光はそれほど強く差し込んでいるわけではないけれど、その光の刺激に目を閉じたままのソーニャさんは顔を顰める。


「ワチの顔なんて見んでも良いじゃろ」

 口でそう言ってソーニャさんの手をとる。


 ゆっくり薄目から恐る恐る目を開くソーニャさん。

 開いた瞳の色は、金色でジッと正面にいる狐鈴を見つめる。


「どうじゃ? ワチの顔見えてるかや?」


 狐鈴はソーニャさんの顔を見つめ返す。


「…………」コクリッ

 目尻から涙が一筋垂れる


「あれ……おかしい……です。もう涙なんて出ないと思っていたのに……」


 狐鈴は無言で微笑み、ソーニャさんの頭を撫でてやる。




「ゼルファさん、お忙しいところ本当に申し訳ございません……」

 ソーニャさんの件は狐鈴達に任せて、和穂を連れてゼルファさんの元へと行く。


「いやいや、私もアキラどのとゆっくり言葉を交わす機会がないからな」

 すると、ゼルファさんは声を小さくして、ボク達にだけ聞こえる声量で話をしてくる。


「昨夜リシェーラから渡された食事、誠に美味だったよ。アレは以前食したやつと似た味だったが、あれが和穂どの達の大好物と話していたモノだろうか?」

 声の大きさは下げていたけれど尻尾はすごい勢いでブンブンと振られている。


「ええ、本物というよりは似ていると伝えた方が正しいのですが、和穂達には満足いく出来の様ですよ」


 隣りで和穂もコクコクと頷く。


「もっと美味しい味のもある……」

 和穂はゼルファさんに身を寄せて、指を立て伝える。


 ゼルファさんは驚きの表情をして、ツバを飲み喉を鳴らす。

 和穂はコクコクと更に頷く。


「こ、こら和穂、まだ再現できていないのだから期待させないで……」

 和穂はきっとワサビ稲荷の事を言っているのだろうけど……ボクが和穂の袖をぐいぐい引くと「コホン」と咳払いが聞こえる。


 ゼルファさんは腕組みをして表情を引き締めていたが、顔を少し赤らめ、尻尾をブンブン振りながら言う。


「そ、その試作品は食堂で食べることができるのか……?」



お帰りなさいませ、お疲れ様でした。

今回のソーニャさんの着地点は本当に悩みました。

仲間達といつまでもあってほしいという気持ちの反面、何かに向かって気持ち新たに強くなって欲しいという気持ちもあって……

 しかし、どんな霊体も見えるっていうのはアキラの専売特許のままにしたいし……。ふわふわした都合の良い形でまとめさせてもらいました。

それでは、今回のおはなしはこのあたりで、また次回お会いしましょう♪


いつも誤字報告ありがとうございます。

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