117話 ボクと晩餐会と襲撃者。
「アキラは何を作ったのかい?」
お風呂から戻ってきたチヌルは、ボクのカマドに声をかけてくる。
「チヌルはお風呂行ってきたんだねー」
「腹いっぱい食べて、風呂なんて入ろうものなら、風呂場で寝ちまうかもしれないからねぇ」
確かに、今日は色々ありすぎて、くたくただから、チヌルの言う通りかもしれない。
ボクもひょっとしたら、風呂に入ったらその場で寝てしまうかも……。
ボクがうどんの親子煮をかけ、メイルさんの持つオボンに乗せていくのを横目にチヌルはウンウンと頷く。
「これは、美味そうだけど、熱そうだねぇ」
「これはうどんっていうんだよ。食べられる様に、ちょっと冷ましておこうか?」
「そいつはありがたい、そうしてもらえると助かるよぉ」
麺が汁を吸ってのびてしまわない様に、茹でたうどんと、汁を分けて後ろのテーブルで冷ましておく。
「そう言えば、ハクフウさんもお風呂行ったんでしょ?」
メイルさんがうどんをならべながら尋ねる。
「うーん、あれは行ったというより連行されたような感じだねぇ、何にも知らないもう1人のオーガとドギマギしながら風呂に入っていたよ」
チヌルは腕組みをして、目を閉じ思い出すと苦笑いする。
「いやぁ、あまりにナティルも狐鈴も堂々としているから、アタイも途中から、風呂って感覚が薄れちまったよ。
それにしても……
……いや、よしておこうねぇ」
え、何? 今の間気になる……。
ともあれ、チヌルはサンドウィップの解体中と、入浴の時間を使って、再会の挨拶の時間として有意義に過ごせた様だ。
「アタイも少し食べたら代わってあげるから、アキラも風呂に入ってくるといいよ」
先に冷ましていたうどんをひとつにし、親子煮を乗せて完成させて、チヌルに渡してやると、メイルさんと共に、カマドから離れていった。
「アキラー、チャコもレウルの分と一緒にもらってもいいかな?」
今度は少し大人っぽいチャコがカマドへやって来た。
チャコの服はシルのおさがりだった。たしか、ボクも1回着たことのあるワンピースだね。
ボクにはピッタリだったけど、チャコが着ると少しゆったりとした印象を受ける。
……ん? 、誰だ? ボクのお腹の辺りを想像して頷いた失礼な奴は……、カシュアを送り付けるよ。
丈とか胸の辺りとか……
って、まるでボクが失礼な事を言っているみたいじゃないか……。
そう、それ。
チャコには、伸び代があるんだよチャコには……。
「チャコはここで食べて行く?」
ボクは先に器のうどんを仕上げ、チャコに確認する。
「うん、そうだね、レウルの分は少し時間かかりそうだからね」
レウルさんの分は鍋に次々と茹で上がったうどんを入れていく。
カマドを挟んで、チャコが息を吹きかけながらうどんを啜る。
お風呂でしっとりしとした髪の毛が、少し色っぽく感じる。
「お風呂どうなの? 結構ギュウギュウだったんじゃない?」
ボクがチャコに聞くとチャコは「そうなんだよねー」と答える。
湯船は外と中とあるけど、脱衣所の広さと洗い場の数は変わらないからね……。
入るまでは少し順番が必要だったみたいだ。
さっき言葉を濁していたチヌルをふと思い出す。
「そういえば、狐鈴はどうだった? なんだか、男性達を労うとか言っていたけど、一緒じゃなかったの?」
チャコのうどんを啜る手が止まる。
「チ……」
「チ?」
「チャコはまだ、そこまで大人じゃないから、そ、それに体を休めないといけないから、先に戻って来たんだ……」
え……どういう事? チャコは手のひらをパタパタとやって顔に風を送る。
そういえば、みんな戻って来ているものかと思ったけれど、みんなではないな……。
ハクフウさん、リュートさん、ジャグラさん、ナティルさん、シル、ヤックさん、アコさん……はこの場にいない。
はて、風呂で何が……。
チャコは親子煮を口へ運んで頷く。
「アキラが作ってくれた料理はやっぱり美味しいな。オカアとの厳しい試練の間も、アキラの料理が、チャコを元気にしてくれたんだ」
器を抱えてチャコが微笑む。
そんなこと言うものだから、つい嬉しくなってボクも釣られて口元が緩くなる。
カマドを挟んでなければ、抱き付いていたかもしれない。
「あ、そう言えば、ダークエルフって肉は大丈夫だったかな!?」
ボクは昔の漫画だったか、小説だったかの情報をふと思い返す。
「んー、わからない。チャコはレウルと一緒にいたから、肉を食べないと、食べる物が無くて、死んでいたからね……
例え禁忌だったとしても、チャコが生きていくには必要だったから食べた。
チャコは糧になってくれて、生かしてくれたもの達に敬意を表しているよ」
チャコは鶏肉を口に入れ、「うん、おいしぃ」と言う。
前に一度、シルにも確認したら「アタシはアタシだよ、美味けりゃ毒だろうとなんでも食べるよ」なんて言っていたっけ。
肉の食べられない者とこれまで会った事はないけれど、いずれはベジタリアンの者とも会う事があるかもしれない。
その者達にも美味しく、楽しく食事の時間を過ごしてもらう為に、今後は色々考えないとな……。
「アキラご馳走様、あとで変わるねっ」
チャコは完食完飲し、空になった器をこちらに渡す。
ハルが器を受け取り、ボクは親子煮を大量に乗せた、両手鍋のうどんを渡すと、チャコは両手で持ってレウルさんの元へと、戻っていく。
陽が落ちて、辺りが薄暗くなり、あちこちの席や、カマド付近に置かれた、カンテラに光が灯り始める。
狐鈴達はまだ帰って来ない。
本当、何やっているんだろ?
揃いも揃って、湯あたりでも起こしているんじゃないだろうか……?
「ハル、おトイレ行きたいな。お姉ちゃん、ちょと席外すね……」
ハルはそう言うと、うどんの汁をよそっていたレードルをボクにあずけ、カマドを離れる。
すると、ボクの背後でミルフィさんの作ったパングラタンの様な料理を食べていた和穂がボクに念話で話しかけてくる。
『アキラ、どうやら草原の方からこちらに魔物が寄ってきているようだな……敵意がコチラに向けられている』
「えっ!?」
その情報を受けて、ボクは草原の方に目を向けるが、ボクには確認できない。
『どうやら、ハルはみんなに気付かれない様に討伐に向かった様だ……』
「ハル……」
ボクの呟きにフェイさんが反応する。
「ハルちゃんトイレの場所分からないの? 何か違う方向に向かって行ったみたい……」
「え!?」
ちょうどハルの事を思っていたからフェイさんの「ハル」と言う言葉に過敏に反応してしまった……。
「あ、え、そう? ゴメン和穂、ハルに教えてあげてっ」
大袈裟な反応をして、和穂に伝えると、和穂は頷き、ハルを追う。
暗くなった草原の中での戦闘になるだろう。ハルの昼間見せた能力は光を帯びるだろうから、容易に使えないだろう。
和穂が向かえば安心だ。
ホッとしたその時……
バリバリバリバリッ!!
ドカーーンッ!!
ボクの背後、森の奥から大きな爆発音が響き、木で休んでいた野鳥が一斉に空へと飛び立つ。
草原とは真逆の森の中……カミナリかな?
おかしいな、雷雲どころか雲ひとつない空が広がっているのに。
ザワザワザワザワ……
突然の出来事にみんな食事をする手を止め森を見る。
チヌルとチャコ、メイルさんとルークがボクのカマドの方へと駆けてくる。
「アキラッ」「アキラー」「ネェさん」「アキラさんっ」
揃ってボクを呼ぶ。
「たぶん、狐鈴かな……ハルと和穂は野暮用で出掛けているんだ、ちょっとボク見てくるよっ!
チャコとメイルさん、ルークは、ここに残って、チヌルは、ボクに付き合ってもらえるかな」
みんな同時に頷く。
「白夜っ! ルアルっ!」
ボクが声を上げ、右手の小指を曲げた状態で指笛を鳴らすと木々を縫う様に駆けてきた、白夜とルアルがボク達のテーブルの裏から顔を出す。
ボクとチヌルはそれぞれ飛び乗り、爆発の起きた辺りにむかって、白夜とルアルを走らせる。
「もう、今日は何なんだよーっ」
思わずボクは叫ぶのだった。
ボク達の目に最初に入ったのは風呂場の衝立だった。ボク的には色んな意味で気にはなっている場所ではあったのだが、特に大きな変化はない。
「アキラ、もっと奥の様だよ」
ボクはチヌルの言葉に従って先に向かう。
林道から逸れて、木々の間を縫う様に進める。
ドーーンッ!!
しばらくすると再び閃光と爆発音が響く。
だいぶ近づいたのか、焼き焦げた煙たさがが辺りに漂う。
すると、突然開けた場所に出る……。
もともと開けていたと言うより、強制的に作られた様な感じで、星空の光に照らされかなりハッキリと様子が見てとれた。
空間の中心に、千早を纏った人影が立っている。
目を煌々と怪しく光らせた狐鈴が、ゆっくりとコチラに視線を流す。
「アキラかや……」
千早を透ける狐鈴の影、どうやら千早の下は裸の様だ。
「こ、狐鈴……?」
ボクの問いかけに狐鈴は足元の塊に視線を移す。
「ハルを食いにやってきたモノじゃろうな……」
「なん、なんだ……キサマ……いつさえ……くらえば」
「ハルはワチ等の保護下じゃ、させんよ……」
狐鈴が右手を上に振り上げると「ヒィッ!」と声を上げる。
すると、狐鈴の手から金色の炎が現れ、足下の者の頭を鷲掴みにすると、あっという間に焔が全身を燃やす。
「ぐわぁああぁっ!!」
「妖の様じゃの……ふぁ……」
狐鈴はかったるそうに伸びをして、言葉を続ける。
「ソナタ等はどうするんじゃ、ワチ等には見えておるよ、運が良いな、今のワチには手加減ができん、苦しまずに消してやるぞ」
狐鈴は口元から牙を見せ笑う。
ボクは白夜から降り、チヌルもルアルから降りる。
ボクは魔物の他に、襲撃者がいるという事実にも驚いたが、それ以上に見えない相手を把握しつつ、今もなお余裕のある狐鈴の底見えない状況が怖く感じた。
先程から雷を操っていたようだが、錫杖などの媒体も使っていない。それに、和穂の結界のような範囲に制限をかけて増強させる様なモノも使用していない。
「嘘だと思っている様じゃの」
そう言うと、狐鈴の姿がゆらりと煙の様に消える。
次の瞬間、切り開かれたこの場所でも、かなり離れた位置から「グワッ」と聞こえ、姿を現した狐鈴が右手で地面に何かを叩きつけそのまま、金色の焔を上げる。
「あと2人じゃな……」
狐鈴は呟く。
「チヌル、剣を借りてもいいかな?」
「んん?」
チヌルは不思議そうに首を傾げながら剣の柄をボクの方に差し出す。
ボクはチヌルから剣を受け取り、そのままボクの影……地面に突き立てる。
【チヌルッ!!】
突き立てた剣に、ボクはブレスレット全部の電撃を流し込む。
「グギャワァアアーーッ!!」
「ーーっ!!」
チヌルはボクの行動とその結果に驚きを示す。
ボクにも見えていたんだ、影から影へと移動する姿を。
「言ったよな、『ワチ等』には見えていると……」
狐鈴はパチンッと指を鳴らすと、足下より炎柱を出現させ、姿を絡ましていたモノの悲鳴すら上げさせずに焼き尽くす。
「アキラには見えていたのかい?」
チヌルはボクに言い、ボクは頷く。
「ボクの鉄扇じゃ、相手に届かなかったからね」
ボクの電撃によって姿を露わにされた襲撃者は、大きくビクッと体を痙攣させ、その場にのびる。
その姿は、黒色? 紫色? の躰、二足歩行のトカゲの様で、コウモリのような大きな羽を生やしていた。
「コイツは魔族かねぇ……」
チヌルは言う、ボクは魔族なんてモノは見たことがないので何とも言えないし、狐鈴も動物の様な魔物とは異なる個体だったから、妖という言葉を使ったのだと思う。
狐鈴はコチラに来るとパチンッと指を鳴らし、炎柱を出現させ、ボクの足下に転がる襲撃者を燃やす。
「天使を食えば……か……」
ボクは呟く。
ハルの存在は、ゼルファさんによって、感知されにくい様に弱くされていたけれど、それでも魔物を刺激して、魔族を引き寄せる。
「ハルはアタイ達だからこそ、守れる存在、来るべきトコに来たんだ。そうだろ」
チヌルはボクが手渡した剣を鞘へと戻し、ボクの胸をこつく。
確かに、今は制限をかけられているけれど、これまではハルひとりで( 死霊使いの能力を使いながら)魔物も、魔族も相手にしていたって事だから、きっと10大天使の中でもかなり強かったハズ。
ハルは死霊達の扱い方や記憶を取り戻したら、ゼルファさんの封印を解いて、ボク達の元を去ってしまうのだろうか……でも、それはハルが決める事。
それまではハルがボク達を必要としてくれているならば、チヌルが言う様にしっかりと守ってやって、それこそパーレンさんが言う様に、楽しい思い出をいっぱい詰め込んであげたいと思う。
狐鈴は腰に手を当て、ボクの顔を覗き込む。
「な、なに……?」
「和穂が一緒じゃないって事は、ちょっとくらい味見をしても問題ないってことじゃの?」
狐鈴は目を細めペロリッと唇を舐め怪しく微笑む。
和穂ーっ! 早く合流してーっ!!
……ボクは心の中で叫ぶのだった。




