第110話 ボクと牛丼といなり寿司。
「ハルもお姉ちゃんの手伝いさせてっ」
ボクが煮込んだ牛肉の味を整えているとハルがこちらへと駆けてくる。
「ありがとう助かるよ、ハルはご飯よそってもらおうかな。
あ、メイルさんは稲荷寿司食べるから少なめで良いってさ」
事前に牛丼にするか、牛皿にするか皆んなに確認しておいたんだ。
そのままでも、ご飯に乗せても大丈夫なことを伝えたんだけど、ご飯に乗せる事で料理が完成すると思っている人が多くて、結局皆んな稲荷寿司も、牛丼も食べたいと。
「おぉーっ、これ何つったけか、味も名前も忘れちゃったけど、アタシこれ好んでかなり食べていたの覚えているよっ」
晩御飯で1番の歓声はシルから上がった。
牛丼抱えて歓喜している銀髪のハーフエルフ、そのギャップが面白い。
「おっと、興奮しすぎたね、そんじゃ美味しく食べさせてもらうよっ」
ペロッと舌を出し、牛丼をパクつきはじめた。
ナティルさんは何というか、牛丼を口にかき込んで頬張っている姿が妙に様になっていた。
ジャグラさんは、なるほどと、ひと口ひと口、稲荷寿司を確認をしながら食べている。
稲荷揚げもどきのナーヴ、代用できそうなものの宛てはいくつかあるそう。
秘書のエラッタさんにも、同じように食べて貰って選択肢を絞る事になった。
商品価値として高く評価してくれているので、慎重に代用品を探してくれる様だ。
酢飯作り用の桶も含めてね。
それから、ウメちゃんに依頼していたルアル用の荷車の創作が行われる。
とは言っても、照明は後付けで全然大丈夫だったので、外部からの明かり取りのできる様、小窓をいくつか追加して、ほんの少しだけ広くしてもらった。
今度、時間のある時に、今使っている方も少し改造しようかな……。
こう見えて自分で細工をするのは好きなんだよね。
あ、うんわかってる。
好きと得意は別物だって。
でも、あるじゃん、使っているうちにこうだと良いな……とか思う事。
それくらいならボクでも、どうにかできるんだよ……タブン。
ただ、窓は怖い。今雨風から守られているのに手を加えた途端雨漏りっていうのは避けたいんだよね……。
いつか、最高のキャンピングカーを作ろうじゃないか。ボクは心の中で拳を握るのであった……。
荷車が1台追加になったので、今夜は室内でゆっくりと眠る事ができそうだ。
狐鈴はハルに付き添い、新しい家族のルアルと夜を共にして、魔物を呼び寄せてしまう魔素を分け与えながら休むそうだ。
ウメちゃん、トルトンさん達は馴れた場所の方が落ち着くと言って、今までの荷車に乗り込んでいた。
ボクはせっかくなので、新しい荷車の乗り心地を確かめながら寝ようと乗り込む。
「へえー、思っていたより使い勝手が良さそうだね」
寝床の支度をしていると、カンテラ片手にシルが様子を見に来た。
「うん、前のやつより少し大きくなったしね、今夜はシルも一緒する?」
ボクがシルに言うとしばらく考える。
「んー、アタシは基本何処でもそれなりに眠れるんだよね、でも折角ならこの新居がどんな感じか、確かめてみるのも良いかもね」
真っ暗にした荷車の中、星空の光が差し込んでくる。
「アキラ、起きているかい?」
「ん……どうしたの?」
ボクは仰向けで天井を見ていたので、視界の右端でシルが寝返りをうってボクの方を向いたのがよく分かる。
ボクは和穂に抱きつかれていたので、首だけ動かしてシルを見る。
「アキラ達が昼過ぎに出掛けて行った場所、アタシには何となく検討はついているんだ……」
「……散歩?」
シルは目を閉じ大きくため息をつく。
眉間にシワをつくり、しばらく沈黙し、再び目を開くとボク目をジッと見つめて口を開く。
「そう、散歩の行き先ね、ついでに掃除もしてきたんだろ」
「ボクは何もしてないよ」
「アキラは……か。
……まぁ、いいや。
ありがとう、本当はアタシがどうにかしなきゃならない事だった」
「ううん……シルは何でも抱え込み過ぎなんだよ、あれはシルにどうにも出来ないこと……なんじゃないかな。
シルは出来ることをする、出来ないことはできる人に任せる、それでいいんじゃない? ダメかな?」
ボクはシルに伝える。
シルはボクの言葉に耳を傾ける。
「あれ……」
シルは無言で、ボクの次の言葉をまっているようだった……。
「ああ、そうか……いや、ゴメン、シル……この言葉はボク自身に言い聞かせるべきだ……」
「え……?」
沈黙に包み込まれる。
「うん、やりたいのにできない、ボク自身のもどかしさだ……周りを見て……自分も少しくらいなら何かできるんじゃないかな……なんて思ってしまうんだ。
それで、自分のチカラを過信して、痛い思いをして、自業自得なのに周りに心配をかけて……。
なんで、皆んなに託そうって思う事ができないんだろう……
アレもしたい、コレもしたい、皆を幸せにしたい、自分も幸せになりたい……
でも思うだけで実際は何をするにも、ボクには何もないんだよ……」
「…………」
シルは困った様な、悲しんでいる様なそんな表情をボクに向けている。
「…………うあっ!?」
沈黙を破ったのは、なんとも情けないボクの声だった。
シルを見ていた視界が大きく動く。
ボクは反対側で眠っていると思っていた、和穂に引っ張られ、和穂に覆い被さる様な姿勢になっている。
下になっている和穂がボクの目をジッと見つめる。
和穂の目から視線を離せない……。
「……アキラは……私に命じれば良いんだよ……、私には考える事も、思ってやれる心も無いから……」
和穂は右手の平で、ボクの頬をさらりと撫でながら話す。
そして、背中に回された左腕で、ボクの体を引き寄せ、頬擦りをする。
「はは、和穂は本当にアキラが好きなんだな」
シルはこちらを向いたまま身体を起こし頬杖をついた状態で言うと、和穂はそのまま頬擦りをしながら、小さな声で呟く。
「……アキラは私の全て……」
「えっ!?」
何だ? 告白なのか? ……同性からだけれど、もちろん、異性からもこんな事言われた事ない……。
短い言葉なのに何て破壊力だろう……。
和穂は至って真面目に言ってくれているのだけど、ボクにとっては突然の事で、気恥ずかしくって顔が熱い。
普通に体を起こしていたら、差し込んでいる外からの明かりで、ボクの顔の赤さが十分に分かるのではないだろうか……。
「ありがとう和穂。シルもこれからも頼りにさせてもらうね、その代わりボクもできる事で尽くしていくから……だから、共に生きよう」
シルからボクの顔は、髪の毛が下りて隠れているから見えていないだろうけれど、きっと下になっている、和穂の位置からはまる見えのはず。
赤面で照れ笑いをしながら返事をする。
初めて会った時から、和穂はなんて綺麗な人だと思っていたし、色々魅力的だ……。
そんな相手からそんな事言われたら、同性であってもドキドキするものでしょ……。
和穂はボクの返事に、頬擦りを止め、ボクの身体を少し起こして離し、ボクの顔をキョトンとした目で見る。
和穂にとったら暗闇であってもきっと普通に見えているんだろう。
「和穂、見ないでよーっ」
ボクは咄嗟のことに、顔を隠せずにいると、ボクの表情を見た後は、満足そうに、見た事の無い程魅力的な微笑みをして、ガバッと、両腕両脚でボクに抱きついて来る。
「い、いだだだーっ! 痛いよ和穂っ!!」
ボクは必死に抵抗するも、ぴくりとも動かない……。
そんなボク達のやりとりを見ながら、シルは冷静に呟く。
「和穂もありがとうな。
確かにアキラの言っていた通りだ。
死んだ奴を相手に、アタシには残念ながら、何もする事はできない。
やれて、依頼するだけだ。
それでも、アキラは危なっかしい、しっかりくっついてやってくれっ」
和穂はボクの見えないところでシルにピースをする。
そんな、和穂の反応にうんうんと返事した後、シルは「アタシはそろそろ寝るよー」と、アクビをしながら言って、ゴロリとボク達に背を向け横になった。
そこでようやく和穂はチカラを緩める。
ボクもゴロリと天井を見る様にひっくり返る。
前の荷車より、ほんの少し広い作りなのだが、思っていたより広く感じる……室内が明るいからなのかな……。
「和穂……絶対ボク筋肉痛になる自信があるんだけど……」
ボクがぼやくと、聞き受けませんと言わんばかりに、ボクの肩に頭を乗せてくる。
「まあ、いいか……」
ボクはため息を大きくつき、乗せられた頭を撫でてやる。
「んふーっ」と言った後リラックスした様に、ゆっくり呼吸をしている
なんだか老後、ボクがお婆ちゃんになった時に、日向ぼっこしながら、腿の上にネコの代わりに、和穂の頭を乗せて撫でている様子が脳裏に浮かぶ。
そんな暮らしでもいいか……平和なら……。
でも、いつか近い未来、和穂の見た目年齢を追い越してしまうんだろうな。
それから、いずれボクが他界したら和穂はどうするんだろう……?
狐鈴と共に野良神様になるのかな、それともボクの家族につかえてくれるのかな、それとも……死者の世界にも付いてくるとか言うのかな……。
うん、本当に有りそうでボクは思わずくすりと笑う。
隣からはシルの寝息がゆっくり聞こえる。
『ねぇ、和穂……ボク達自分の世界に帰る事が正解なのかな……』
最近、あまりに生活が充実している為、殆ど考える時間をもたなくなっていた大事な事へと、ふと振り返る。
もし帰ることができたとして、ボクは世間からどんな目で見られるのだろう……。
空白の時間はきっと簡単には埋まらないだろう。
ボクは失踪した事になっているのか、神隠しにあった事になっているのか分からないけれど、きっとその間どうしていたのか追求されると思う。
ちょっと異世界に行ってましたーなんて、変人発言もできないだろう。
それなら、今適応してきている、この世界に残るのも、選択のひとつなのかもしれない……。
何が何でも戻らないと、なんて焦って思っていた、転移してきた数週間前に比べて、落ち着いた考えを持つ事ができるようになっていた。
『私はアキラと共に在る。アキラが自分の出生した地に骨を埋めるも、この地で行先を見届けるも、望むままに共をしよう……ただ……』
念話でそっと和穂に尋ねてみると、和穂は耳をピクリッと動かし、念話で返事をしてくれる。
『ただ……?』
その言葉が気になり、撫でていた手を止める。
すると和穂は催促する様に頭を擦り付ける。
やれやれ、そう思いながら撫で撫でを再開すると、和穂は耳をピクピクと動かす。
『……ただ、アキラはこちらの世界の者に対して、少々寿命が短い様だから、何か大きな事を成し遂げたり、見届ける事は難しいかもしれないな……。
もっともコチラの人間の寿命というものがどのくらいなのか分からないのだが……』
『その時は和穂に見届けをお願いしようかな』
『それはお断りする……
アキラのいない世界に私は興味がない』
『狐鈴は? 和穂と一緒じゃないと……』
『アレは放っておいても、どの地でも適応する。
いずれ九尾になって、天狐を統べるモノとなる……私は私の求める様に在りたい……。
この世界にも不老長寿の薬が存在するのならば、探してみるのも良いかもしれないな』
『今の流れからすると、ボクが飲まされる予感しかしないのだけど……。
それに、そんな薬が在るならきっと巡って戦争になるんじゃないかな?』
『本当に必要になったら、天使達に聞いたら何かヒントになる物が得られるかもしれない。
なんだ? アキラは不老長寿を望まないのか?
人は長生きしたいものでは無いのか?
古今東西、生き物たるもの、不老長寿を望んでいると私達の主はぼやいていたぞ……』
『確かに、不老長寿で在るならば、失敗は何度でもやり直せるだろうし、進化していく色々なものを、目の当たりにして楽しむ事ができるだろうね……
でも、きっと人は終わりが在るから頑張る事ができて、全力を注げて、輝く事ができる様な気がするんだよね。
終わりの見えない日々……。
嬉しい事も続いてしまったら当たり前になってしまうし、辛い事が終わらないで生きているなら、それは生き地獄だろうね……』
『生きているのに地獄とは、アキラは面白い事を言うな』
和穂のツボに入った様で体を震わせる。
『それに……
良薬は口に苦しって、ことわざが昔から有るから、その薬は……絶対に不味い!』
「くふっ……あはははっ……あはははははっ、あ、アキラは……酷い、後生だから、わ、私を壊さないでくれ……うー、お、お腹痛い……」
和穂はお腹を抑えながらゴロゴロと転げる。
ボクは突然の和穂の反応に驚き上体を起こして、隣でお腹を抑えて笑う和穂を見守る。
こんな和穂を見たのは初めてだ……。
でも、驚き以上に、何だか凄く嬉しい光景を目にしている。
先程の心も蕩ける様な微笑みも、今目の前でみせてくれる少女の様な笑顔も、普段は絶対に見られない、特別な表情だと思う。
表情を崩して、涙を流して笑う和穂が肩で呼吸をして身体を起こし。
「ひ、酷いよアキラ……元に戻れなかったら、アキラのせいだから……」
そう言ってボクにもたれかかってきた。
ボクは和穂を受け止め、背中をポンポンと叩いて言う。
「今日は、和穂といっぱい話せて、初めて見る姿を見られて、すごく嬉しい。なんだか特別で幸せを感じるな」
「はぁ…………不思議と、アキラと話すのは心地良いな。
疲れは感じない……ただ少し、恥ずかしい姿を見せてしまったよ……」
和穂はため息をひとつつき、話しながら、ボクを見上げる様に顔をあげ、ボクの肩にアゴを乗せて、体重を預けてくる。
「ボクは和穂のそんな姿も魅力的だと思うよ」
「……本当に、アキラは私の中の白黒の世界に、色んな色を入れてくれるのだな」
ボクの背中に腕を回した和穂は、そのままキュッと力を入れる。
きっと和穂は優しく微笑んでいるんだろう……。
「和穂、ボクにはこの世界で、自分自身を護る力すらないんだ、貴女のチカラをボクに貸して欲しい」
「ああ、勿論だ。
私和穂、私のチカラ、血肉、そして命も全てアキラに差し出そう。
その代わり、私の目のない処で血を流すのはやめてくれ、アキラの傷は私の傷だ」
先程とは違う凛とした表情でボクと向き合い言葉を述べる。後半はボクに強く訴える様に……。
そして、和穂はボクの血の滲んでいる右手の中指を口へと含む。
そう、ボク達は見届け人のいない、2人だけで静かに契りを交わした。
……ハズなのだけど、どうしたものか……
「あの、和穂さん?」
和穂は契りが結ばれた後もボクの中指を、チュプチュプ、ペロペロ舐め続ける。
手をスッと引き上げる。
「……何だ? ダメなのか?」
オモチャを取り上げられた子供の様な上目遣いでボクに物言いする。
「私と特別な絆を結んだ部位だと思うと、堪らなく愛しく思えるんだ……」
「特別な部位……ね」
ボクは星明かりで中指を照らしてみる。
和穂の戯れで濡れている指先、そう言われると何か特別な感覚に陥るから、不思議だ……。
気が付いたら無意識に自分の中指を舐めていた……。
いや、あんなにもペロペロしていたくらいだから、何か特別な味でもするのだろうかと……
あれ!?、和穂がペロペロしていた指、舐めちゃったよっ……不可抗力とは言え……
ハッと我に返った時には、目の前で顔を真っ赤にした和穂がボクを見つめていた。
「えっと、これは、んと……」
何と言ったものか、言葉が全く思い浮かばない……頭の中は真っ白だ……顔も和穂に負けないくらい真っ赤になっているだろう。
「……あ、アキラ……コレはもうひとつくらい契りを交わしても許されるのではないかな??」
ボクの両肩を鷲掴みした、顔面紅潮させた和穂が目をグルグル回した状態でボクに顔を寄せて来る……
「近いっ、近いって……なんか、和穂、怖いよ……」
和穂の顔が目の前に迫ってくる……。
「……大丈夫、私に身を委ねてくれ……」
………………
…………
……
ボクは放心状態になっている。
その後、それはそれは激しいキスをされたのだ……。
ボクは大切で大事なモノを得て、何かとんでも無いモノを失ったようだ……。
それ以上の事……は特に何もないよ。
残念……?
狂った様に何度も口を重ねたり、舐められたりはしたものの、ペットとするスキンシップの許容範囲内と思ってくれると、ボクは非常に救われる。
ボクとのキスが、お酒の様に、猫とまたたびの様に、和穂は酔いを引き起こしたのだろうか、真っ赤な顔で満足した和穂は、ボクを放置して、くぅくぅと寝息を立てている。
ば、馬鹿野郎、責任取れよなっ……
放置されたボクは放心状態から戻って来ると、今まさに和穂にされていた事を思い出して、唇に指を当て、顔が熱くなる。
「和穂のばか……」
ボクは隣で寝息を立てている和穂の頭をコツリと叩くと、和穂は口元を緩め、「ふふっ」と幸せそうに笑う。
その表情はズルイぞ……。
お帰りなさいませ、お疲れ様でした♪
挿し絵機能実験2です。
前回の挿し絵は文末に入れた、チヌル、アキラ、和穂。
前回は挿し絵機能の勉強不足で、表示するのに手間取ってしまいました。
今回も頑張って描きましたけれど、食品って本当に難しいですね。ゲテモノに見えてしまっていたら申し訳ない……。
今回の挿し絵は、キャラクターのイメージの答え合わせみたいな挿し絵になっています。
皆さん、どれが誰かお分かりになりましたでしょうか?
登場人物に関しては、生み出す毎にイメージを作っているので、想像通りに伝わってくれている事を願っています。
また、イメージが湧かないんだよな……的な登場人物がおりましたら、挿し絵機能で少しずつ出していきたいので、メッセージを、いただけたらと思います。
和穂の微笑みとか、爆笑とか、ぐるぐる目とか、契約シーンとかの場面イラストは無いのか?
そこは、読者皆さんの想像力にお任せしたいと思います。
文章力と画力がもっと欲しい……。
今回は先延ばしにしてきた、和穂と契約が交わせて満足、満足です。
それでは、また次の物語でお会いできると嬉しいです。
いつも、誤字報告ありがとうございます。




