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第101話 ボクと敵、仲間、天使。

 荒野を荷車を引いて白夜が駆ける。

 昨日チヌルの家に向かった時は馬も一緒だったので1時間くらいかかったのだけど、今は白夜だけなので、かなり速度は早い。


「一緒に来てくれてありがとうね」


「ボクにできる事なら遠慮なく言ってよ」


 現地に向かうのはボクと和穂、そして空を飛べるルーク。


 荒野を走っているのに揺れはあまり無い。

 もちろん、白夜が比較的良い地面を選んでくれているんだろうけれど、荷車の安定感が改めて凄いと思う。


 名前はよくわからないけど、てんやものの出前の時に、バイクの後ろに付けていている、オカモチだっけ? (オカモチはラーメンとか入れるケースの方だっけ? ) スプリングとかで振動を吸収するあれに挟まれている気持ちだ。



 御者台への扉を上げると風が吹き込んで来る。そして、白夜の角の先にアースドラゴンが見えてくる。


 何だろう、何だか嫌な感じがする。


「ねぇ和穂、何だか普通じゃない感じがするんだけど……」


 正面を見ていた和穂がボクの声かけに、身体をこちらへと撚り、ボクの頭をポンポンとする。


 そして、いよいよアースドラゴンの躰の麓に到着すると、アースドラゴンの頭の上に何かいる事に気がついた。



「お姉さん達がこの子を倒したんだね、うんうん、ドラゴンの死体なんて滅多にお目にかからないからねぇ。


 この子をハルにちょうだいよ。


 この子をカースドラゴンにして、ハルの手駒にしたいんだ」


 自分の事をハルと言った人物の声は、幼い子供の様な、女にしてはハスキーで、男にしては高い。

 声色だけでは性別は判断できない。

 

 荒野には風も吹いておらず、ほとんど雑音がないので、声を張らなくてもあたりに響く。


 和穂は荷車から飛び降りると双刀を引き抜く。


「へぇー、お姉さん、ハルとやり合うつもりなんだ……」


 その人影はアースドラゴンの頭部から飛び降りる。


 それでも2階建ての屋根くらいの高さはあると思えるのだが、着地後の硬直時間もなく、頭を横にコキコキと動かしていた。


 飛び降りてきて分かったその者の身長は、狐鈴と同じくらいかな。

 その人物は頭に真っ直ぐな角と横に羊をイメージする巻き角の生えた、鳥の様な大きな頭蓋骨(ボーンヘルム?)を被っている為、顔は見えない。


 しかも、躰の線が分からないマントを羽織っていたので、声色同様見た目でも性別は分からない。

 


「和穂、それじゃ狐鈴達呼ぶよ」


 ボクが和穂に声をかけるとコチラへと振り返り首を横に振る。


「終わってからで大丈夫……」


 和穂は何かを察した様子で、両手で構えていた刀身を鞘へと収める。


 

 最初は何を根拠に和穂が言ったのか分からなかったけれど……少し冷静になると、確かにこの場には何か不思議な雰囲気が漂っている。


 目の前にはハルと名乗った人物と、ドラゴンの影に隠れる様にいくつかの【微かな】気配がある。


 【確かな】ではなく【微かな】だ。

 いや、本能で動物が息を潜めて居るのならばボクは気付けないだろう。

 しかし、ボクには感じる(事ができる)気配……。


 そして、目の前の人物はアースドラゴン(の死体)を欲した……。


 ああ、理解……。

 確かに、この戦いはコチラの手の内を知らない、ハルという人物の負けが確定している。


 普通の戦いの技術があれば話は別だが、それでも相手は和穂だし、特殊な能力に頼っているならば何も怖くは無い。


「お姉さん、どういうつもり? アースドラゴンをハルにくれる気になったの?」


 和穂の行動に呆然と質問をしてくる。


 和穂は返事の代わりに、収納空間から錫杖を取り出し、地面を小突く。

 錫杖は『シャンッ』と金属音を立てると、地面に光が生まれ、前方のアースドラゴンに向かって帯状に伸びて行く。


「おっと、こんなの攻撃に入らないよ、ねっ!?  

 それにその頼りない杖、そんなのでハルをどうにか出来ると思ってんのっ!? バカにしないでくれる!!」


 ハルという人物は横へと跳び、和穂から伸びていく光の帯を避け、怒りを込めて大声で叫ぶ。


 しかし、避けた事で、狐鈴が設置していた仕掛けが、和穂の手で、結界という形で完成し、アースドラゴンを含む周辺を金色の光りで包み込む。


「えっ? ええっ!?」


 目の前の人物(ハル)は、戸惑いを隠せない声をあげる。


 恐らく、仲間として隠していた者も、アースドラゴンも、支配権が切り離され、コチラのものになった事に気がついた様だ。


 再び、錫杖を鳴らすと地面が青白く発光し捕獲していた魂が浄化される。


「な、な、な、なんでっ!?」


 明らかに動揺し、標的を改めてボクへと切り換えるハル。


「くそ、くそ、くそーっ!! なら、お姉さんの大切な人、ハルがもらってやるからっ!!」


 ハルはマントの下に隠されていた短刀を横薙ぎし、和穂に攻撃を仕掛けながら、ボクに向かって赤黒い、凶々しい光を放つ魔石を投げてくる。



 気がついた白夜が反応し、石に飛び掛かろうとしていたので「マテッ!」と声を上げて制止させる。


「アキラネェさんっ!」


 ルークも声を上げる。


「全然、大丈夫だからーっ!!」


 その攻撃はボクの想定していた通りの攻撃だった。


 魔石の中から禍々しさと共に死霊が出て来て、ボクに攻撃しようと迫ってきた。


「残念だけど、君にとって、ボク達との相性は最悪なんだよっ!!」


 ボクは声を上げて、数珠を巻いている左の手の平を死霊にむける。


 突進してきた死霊は離散するケムリの様に掻き消される。


「ーーッ!?」


 きっと呪いの類か、身体を乗っ取る事を目的としていたのかもしれない。

 でも、思い通りになる程ボクは優しく無い。


 こちらの想像外の出来事に驚いたハルは一瞬反応が遅れ、標的をボクに向けた事で怒りを露わにした、和穂の錫杖の横薙ぎをまともに受ける。


 頭蓋骨の被りものは破壊され、そのまま殴り飛ばされて、地面に身体を引きずる様に転がり、動きを止める。


 気がつけば、和穂の言った通り、あっという間に決着はついていた。




「ほむ、この者は娘っ子じゃのう」


 後から呼び寄せた狐鈴と、ウメちゃんに気絶したままのハルは拘束される。



 結局この人物をどうして良いか分からないボクは、リシェーラさんに念話で事の流れを話し、助言をもらうことにした。


『え、ええっとぉ……えと……アースドラゴンをねぇ……

 ネクロマンシーという職業は稀に存在するものだから、その存在自体は禁忌でも罪でも無いのだけど……

 ちょっと特殊な職なので……大抵の者は教会に入ったり宗教団体に所属したりしますね。


 アキラ殿ならその者の境遇を少しでもわかってあげられるんじゃ無いでしょうか? 


 因みに、その者の特徴を教えてもらえるかな? 

 ひょっとしたら私が把握している人物かもしれないので……』


 確かに、霊が見えるという点に関してだけは親近感がわく。

 ボクと似た様な境遇で生きて来た者であれば……だけどね。


 でも、魔法の存在するこの世界でなら、同じ様に霊が見える人が、自分のいた世界以上に沢山いてもおかしくは無いと思えるし……。


 見える、操れるからって、死者の魂を自分の道具として使うのは間違えていると思う。


 コロモンのソーニャさんに関しては、元冒険者の仲間達……霊側の意識で、ソーニャさんに支えているわけだし、洋裁店のラナトゥラさんだって彼女の意思であの店とともにある。



 ボクの契約している精霊を霊と置き換えたって、ボクは無理矢理に力を貰うつもりは無いし、契約をしている以上、何かを必要とされるのであれば、受け入れて向かい合いたいと思っている。


 今思えば、強力な精霊魔法を手にして、見返りが分からないって……とても怖い事だよね。


 それに関しては、能力(チカラ)を分けてくれている皆にとっても同じ事。

 信頼関係だけで、ボクと契約してくれている皆を決して失望させたくない、ボクはこれだけは絶対に守る。



『この人は、女性で、狐鈴と似た様な体型で背丈は少し高いくらいですね。自分の事をハルって呼んでいましたよ』


『ハ……ハル!? ……はぁ、ハルね……』


 どうも歯切れが悪い……これは何か知っているのかも。


『リシェーラさん、ハルさんの事何か知っているのかな?』


 ボクはリシェーラさんに問う。


『えっと、えっとねぇ……迷惑かけてごめんなさい……実は……ですね、ハルは大天使のひとりです……」



 天使なら霊が見えても別におかしくは無い。

  

 人間では無いと聞いて、何というかとても残念な気持ちになった。

 だって、天使であったら魂を解放するべき存在でしょ、それが魂を縛って自分の駒として動かすなんて……


 しかも、子供が玩具をせがむ様に、アースドラゴンの躰を寄越せと言ってきたんだ。



『……で、どうするのコレ……明日には街のギルド関係者とか研究者とか来ちゃうんだけれど、ハルさん? 様? どうすれば良いのかな?』


 リシェーラさんには悪いと思うが、当人ではなく、八つ当たりの矛先をむけてしまった。


『で、ですよね……お怒りはごもっともです……分かりました、ハルを引き取りに行かせてもらいます……コチラから行ける時にお知らせしますね』


『……了解です』



「この人、ハルさんは、シェラさんの関係者らしいので、あとでシェラさんが引き取りに来るって」


 いくらボク達に攻撃してきた者だとしても……。

 ボクが個人的に嫌いな性格(タイプ)だとしても……。


 意識が戻っても抵抗できない様に拘束して、そこらに放置なんていうわけにはいかない……。

 ひとまず、荷車の傍に横たわらせ、リシェーラさんを待つ事にする。


 狐鈴達が拘束する際、マントを剥がしていたのだけど、その姿は本当に街で見かけた人の様な、とてもシンプルな服で、失礼な言い方ではあるが、とてもじゃないけれど天使とはこれっぽっちも思えなかった。


 それに、天使の輪も翼も消し、天使としての姿はリシェーラさん同様に他の者には分からないようにしていたしね。


 ただそれだけではなく、中性的な声色、体つきだってパッと見た目では性別が分からない。


 被り物もしていたし、どれだけ謎めいた存在なんだろうと改めて思わされた。 


 和穂によって、頭蓋骨の被り物が破壊され、露わにされた姿は、綺麗なストレートな髪質で濃い灰色、前髪は鼻から上を隠してしまうほど長く、後ろ髪は腰のあたりまであって、編み込まれている


 ボクはこの子があまりにも謎を纏いすぎていたので、凄く前髪で隠された表情が気になった。 


 人差し指と中指で前髪を挟み、横に流してみる。


「ううーん……」


 ハルさんは唸り声をもらす。


 ボクはハルさんの素顔を見てハッとする。

 

 まつ毛の長い閉眼された両方の眼そして……


 眉間の少し上にも、まつ毛の長いもうひとつ眼が瞑っており、その横に左右対象にまつ毛のない、これも眼なのかな? 

 小さなまぶたのようなものに見えるものがあった。


 普通の人とは顔の作りが違うけれど、まつげの長い閉ざされたまぶた、小ぶりな口、その表情が何とも神秘的に感じた。



『アキラ殿ーー』


 リシェーラさんの念話が頭に届き、ボクはハルさんの前髪に触れていた手を引っ込める。


『どうやら私だけで、そちらの対処に向かう事はできなそうです……。

 アルと、もうひとりの天使が同席します』


 うう……あの傲慢で高飛車な付き人が来るのか……それにもう1人の天使も大天使の1人なのだろうか……。


『とりあえず、ボクはリシェーラさんをこちらに呼べば良いのかな?』


『そうですね、アルももう1人も私の気配を追ってそちらへ行くと思いますので……』


『分かりました、リシェーラさんは呼びかけたらボクの数珠をくぐるイメージをしてくれると、こちらに来れるみたいです』



 ボクは皆にリシェーラさんを呼び出す事を伝える。


「リ……シェーラさんおいでませっ」


 ボクが呼びかけ地面に手を置くと、赤い光りの魔法陣が手の置いたところを中心に現れ、眩しい程の白い光が柱となり、白い外套に身を包んだリシェーラさんの姿が現れる。


「やっほー、みんな元気でしたか?」


 ダブダブの外套姿で現れたリシェーラさんは、初めて会った時の様に、頭をフードでスッポリと隠し、袖をブンブンと振り、コチラへと挨拶をする。


「ウメちゃんっ会いたかったーっ」


 ウメちゃんの姿を見つけると、駆け寄り抱きつく。

 そして、自分に影が落とされていることに気が付いて、影の正体である、アースドラゴンの躰を見上げる。


「うわわぁ……でっかっ! 本っっ当にアースドラゴンだぁ……しかも、成獣を相手にしたなんて……ねぇ……」


「相変わらず、賑やかじゃの……」


 ため息をついて、狐鈴はウメちゃんに抱きついたまま、見上げているリシェーラさんのもとへ行く。


「ねねね、アースドラゴンは狐鈴ちゃんが倒したの? どうやって?? 」


 そこにマシンガンの様に質問をするリシェーラさん。



「さすがに、アタイでもわかる事なんだけど、あの人もアキラが呼ぶくらいだから人間ではないんだろ」


 狐鈴とリシェーラさんのやりとりを見ていた、チヌルがボクに尋ねる。


「んー、そうだね、狐鈴みたいな人だよ」


「そんな感じがするねぇ、でもアタイには狐鈴が勢いに押されている様にも見えるんだよ」


 確かに。

 狐鈴だってお喋りは好きだし、進んで人の輪に入っていけるほど強靭なコミュ力をもっているのだけど、リシェーラさんの放つマシンガントークで、蜂の巣にされているように見える。


 もっとも狐鈴のような存在っていうのは天使だからと、遠回しに言ったつもりなのだけど、別に間違えではないので訂正はしないでおこう。



  ドッカーーンッッ!!


 地面に穴を空け爆発が起こる。



「アルクリットさんだよね……」


 ボクの言葉に、和穂が目を細める。こらこら気持ちは分かるけど、巫女さんがそんな顔しない……。


 最近は和穂のちょっとした変化がわかる様になって来て楽しい。


 アルクリットさんは翼を羽ばたかせて、宙に身体を浮かせ、ぐるりと周囲を見回す。


 ウメちゃんを小脇に抱えて、質問攻めを狐鈴にしているリシェーラさんを見つけて表情を固める。


「リ、リシェーラ様、もっと立場というモノを……」


 アルクリットさんが声を上げると、リシェーラさんはその発言にピクリッと反応して、いったんウメちゃんを狐鈴に託す。


 ツカツカッとアルクリットさんに詰め寄り、足下に落ちている石の塊をポイポイ投げつける。


「私の事はシェラと言ったでしょっ!」


「わ、わ、ちょっ、当たれば痛いんですよっ!!」


 リシェーラさんの投げる石を手で払い除けながら、アルクリットさんが言う。


「おいおい相変わらず、苦労しているようだな……。


 おっと、どちらがとは私は言わないよ。アルは硬すぎているけど抜けているし、リシェーラは緩すぎなんだけど、頑固なところがあるしよ……。


 それにしても、そこの者達も面白いな、私がここに現れるのが分かっていたようだ」


 ボク達の荷車の上から声が聞こえてボクが視線を向けると、1人の白いローブを羽織った男性が胡座をかいて腕を組み、前のめりでコチラを眺めていた。


 その者は、白髪を後方へ逆立て、フェロニエールの赤い魔石を額で揺らしている。顔立ちは切れ長の金の目をし、鼻筋が通って整っていた。

 パッと見た目はボクより年上かな、落ち着いた感じがする。


 普通の人と違うところと言えば、折り畳んだ白い翼と、頭の上には狐鈴達の様な大きな獣耳、その上に二重に重ねた2組の光の鎌をS字に置いた様な輪が浮いている辺りだろうか。


 狐鈴と、和穂は男が声をかける前から、既にその男性を見ていたので、その人物が面白いと言ったのは2人のことで間違いないだろう。


「ゼルファ殿、下界にいる間は真の姿を隠す様に言われているでは無いですかー」


 リシェーラさんがひと声かけると、ゼルファと呼ばれた男性は荷車から飛び降り、ニッと笑いながら口を開く。


「おいおい、ここに居る者はどう考えても普通じゃない者の集まりだろう、それに隠す様な仲なのかよ?」


「ふふ、ゼルファ殿が言うならば……何かあったら全部押し付けますからね」


 リシェーラさんはそう言うと、笑いながら外套を脱いだ。脱いだ外套は収納空間にでも入ったのだろうか、一瞬で視界から消える。


 リシェーラさんは4枚の翼は畳んで、以前の様に透明のプレート状のモノが浮いてできている天使の輪も頭上に出現させている。

 

 白いローブに身を包んでいる姿は、先程までウメちゃんに抱きついていた無邪気な様子がまるで別人だったかの様に神々しい光景だった。


「それと、アルよ、そこの赤と白の服を纏っている者には、牙を剥かない方がソナタの為だぞ、私らが束になっても敵わないだろうよ」


「その通りなのです。

 アル、貴方は自分の力量がよく分かっていない癖に、高飛車な態度をとるのを辞めなさいっ!」


 リシェーラさんは人差し指を伸ばしてアルクリットさんへビシッと突きつける。


 アルクリットさんは青い顔をして小さくなる。




「それでは、初めましての方もいる様なので紹介をしていきますが、出来る限り今この場の集まりの事、話した内容は他言無用でお願いしますねぇ」


 リシェーラさんは人差し指を口元に当て念を押す。

 ボク達は黙って頷く。


「私はリシェーラ、天使のひとり、そしてこの子はアルクリット、私に代わって動いてくれている優秀な右腕的な存在です」


 リシェーラさんは自分の胸に手を当て自分の紹介した後に、縮こまってしまったアルクリットさんの肩に手を乗せ、代わりに紹介をする。


「私はゼルファ、リシェーラと同じく天使の1人で大地の恵みの管理をしている。私も硬い関係は望まぬのでな、敬称はいらぬよ」


 ゼルファさんはニッと笑って、アルクリットさんを見る。アルクリットさんは困惑した表情で視線を返す。


 とはいえ、さすがに呼び捨てにする訳にはいかない……。


 先程は荷車の上にいたので確認できなかったが、ゼルファさんも、狐鈴達の様に白い尻尾が、ふわりと揺れていた。


「ほう、其方も大地の大神の恩恵を受けておるのかや、ワチ等と一緒じゃの。

 ワチは狐鈴じゃ、そこの和穂と共に、ワチ等の世界では稲荷大神に仕えて、小さな集落の土地神をやっておったよ」


 狐鈴の自己紹介ではアルクリットさんだけが驚きの表情を見せる。


 ゼルファさんは驚きというより、納得したというか、面白そうに笑っている。


「ボクはアキラです。こちらでいう異世界から来た普通の人間です」


「前の世界ではねぇ、こっちの世界では僧侶と精霊使いという職で、狐鈴ちゃん達の主人ですよねー」


 ニコニコのリシェーラさんが付け加える。


「ほぅ、精霊使いとな……また、珍しい職よ。僧侶っていうのは何だ?」


 ゼルファさんはコクコクと頷き、リシェーラさんに尋ねる。


「たしか、旅をしながら己の力を磨く聖職者の様な者ですね」


「ははーん、なら、ハルとは相性悪いな」


 ゼルファさんは笑う。


 和穂は自己紹介が始まると、興味が逸れたようで、ボクにもたれて、ウトウトしている。


 そこから、ルーク、トルトンさん、チヌルと挨拶をする。


「ん? こんな所にカーバングルなんて珍しいな」


 ウメちゃんが口を開こうとしたタイミングで、ゼルファさんは興味津々といった表情でウメちゃんを見つめる。


「そうよね、私もウメちゃんを見てつい嬉しくなっちゃったのよ」


 リシェーラさんは自分の手を組んだ状態で、眼をキラキラさせ、早口で興奮気味にウンウンと頷いて話す。


「はい、私はカーバングルのウメちゃんです。ダンジョンから解放されて間もないですが、アキラさん達のおかげで、毎日楽しく過ごしています」


 ウメちゃんは笑顔で話す。


「そうか、そいつは良かったな。

 カーバングルってのは、私欲に染まったクズどもから逃げる為、地中深くにダンジョン広げて、地中で一生を終えちまう事が多いと聞くからな。

 その点、例えここに密猟団が現れたところで、虫がドラゴンに噛み付く様なもんだろ。

 嬢ちゃん達に感謝しないとな」


 ゼルファさんはウメちゃんに笑いかけ、ボク達を見回す。


「はいっ!」


 ウメちゃんは笑顔で元気に返事をする。



 そして、荷車の傍らに横たわるハルさんの話になる。

 リシェーラさん達が合流したから、もう大丈夫だろうと、拘束は解いている。


 チカラある天使が、死者を駒として操り使役させている事に疑問を投げかけると、思っていたほど複雑な話では無かった。


 ハルさんの持っている神力は魔物の好む魔力の欠片(マナ)が混ざっており、その源のハルさんを求めて沢山の魔物が集まってきてしまうそうだ。


 その集まってきた魔物を返り討ちにして、自己防衛をするべく、倒した魔物を操る事が本来のハルさんの特殊能力の使い方だったという……。



「今回結果的に返り討ちにあったのは、ハルの方だったようだけど、人様の獲物を横から奪おうってのは宜しくねぇな。

 もっとも、ドラゴンの死体なんてゴロゴロ転がってる事なんてない希少なモノだから、気持ちが全く分からないでもないがな……


 さて、嬢ちゃん達はどうしたい?

 危ない思いをしたのは事実だから、罰は与えるべきだと私は思うがね」


 ゼルファさんはため息をつきながら頭を掻き言う。




「う……ううん……」

「いたたたた……」

 ボク達の声で目を覚ましたハルさんが体をゆっくり起こす……。


「あれ……ここは……」


 長い前髪は眼を隠している。


「よぉ、ハル目が覚めたか?」


 ゼルファさんが体を捻り、後方で体を起こしたハルさんに声をかける。


「んん……ったたた……」


 ハルさんは右側頭部を抑えて、声を掛けたゼルファさんの方へと顔を上げるが、ゼルファさんを認識していないのか、ボソリッと声を出す。


「え……と……ここは……」


「……? ハル??」

 

 リシェーラさんが近寄るとハルさんはビクッと体を振るわせる。


「……あ、あなたは……誰? ここは……? ヤダ……な、何も思い出せない……」


 ハルさんは自分自身の肩をきつく抱きしめながら俯き、小動物のようにブルブルと震える。


 近寄ったリシェーラさんも、ハルさんに触れる事をためらい、そちらに身体を向けていたゼルファさんと困惑した表情で向かい合う。


「は、ハル様??」


 アルクリットさんが、リシェーラさんの横から声をかけると、ハルさんは、背後に停めてある荷車に身体をぶつけながら後退りをする。


「ひっ! やっ! こ、こここ、来ないでっ……!!」


「おいおい、なんつーか、まいったねぇこれは……」


 頬を指で掻きながらゼルファさんが言う。


「……けて……」


 そんな4人のやりとりをゼルファさんの横で見ていた狐鈴に顔を向けてハルさんは何か伝える。


「ん? 何じゃ?」


 キョトンとした表情で狐鈴が聞き返す。


「助けて……お姉ちゃん……」


 ハルさんが自分より小柄な狐鈴に手を伸ばし、お姉ちゃんと呼び、助けを求める。


 狐鈴はチラリと狐鈴に視線を送る天使達の3人を見て、ハルさんのそばに寄ってしゃがんでやる。


 ハルさんは立て膝の状態で狐鈴にしがみつきブルブルと震える。


 流石に、これはフリではないと思う。

 フリだったとしたら、これだけの目を欺く演技力を逆に褒めてやるべきだろう。


 さすがにボクもこんな状態になっているハルさんにこれ以上に罰を与えようとは思わない。


 そもそも原因になった、和穂の放った一撃、アレは相当痛かったと思うよー……。

 記憶もぶっ飛ぶ程という事を、実現させたくらいだからねぇ。

 


 ハルさんの今のこの状態……そんな状態であっても、ハルさんの体質上魔物は勝手に集まってくるという。

 このままにしていたら、きっと魔物に囲まれ、襲われてしまう。


 天界に保護する為連れて行こうにも、3人に対してハルさんのこの怯え様では、どうする事も出来ない。


 狐鈴を連れて行かせる訳にもいかないし……。


「ゼルファさん、リシェーラさん、呼び出しておきながらですが、この状況正直どの様に受け入れれば良いのか分からないのですが……」


 ボクが伝えると、ゼルファさんはこめかみをトントンとしながら……。


「安心してくれ、それは私も同じだ。リシェーラも……だろ?」


 と、リシェーラさんに話を振る。


「わ、私は良い案が思い着きましたよっ」


 リシェーラさんは胸を張りゼルファさんに言い返す。


「ほう、ぜひ聞かせてくれないか?」

 

 ゼルファさんは、横で狐鈴に抱きつくハルさんを視線だけでチラリと見て、リシェーラさんに戻すと、リシェーラさんは自信満々にウンウンと頷く。


「それは……狐鈴ちゃんを……」

「「却下っ!」」


 ボクが言うと同時にアルクリットさんも声をあげる。


「えぇーっ! 狐鈴ちゃんにウチに来てもらえると思ったのに……」


 それはそれは残念そうにリシェーラさんは口を尖らせる。


「ゼルファよ、こやつをワチ等が預かる訳にはいかんのかや?」


 狐鈴は抱きつくハルさんの背中をポンポンとしてやりながら、ひとつの案を出す。アルクリットさんは狐鈴の話を聞いて、驚きの表情をしたまま固まる。


「天使を飼い慣らすつもりかよ……って言っても、良い解決策が思い浮かばないしな……


 ハルが抜ける事で、若干天使間の均衡が乱れる様になるかもしれないが、他の連中に現状が伝われば、うまく穴埋めされるだろうがよ。


 まぁ、問題になりそうなのは2つ、ハルがどれだけ下界の者に顔が割れているかと言う事。

 大天使が下界をウロウロとしているって訳にもいかないしな。


 それに、魔物が常にハルを狙って集まってくるという事だな……」


 ゼルファさんは大きなため息のあとに、指折り数を数え、狐鈴へと2つの問題を伝えてくる。


「ひとつ目の問題はきっと大丈夫よ。

 だってハルよ。

 普段から……私達ですら見たことの無い顔を、表に見せているわけないし……問題は魔物の方よね……」


 ゼルファさんの話を否定するようにリシェーラさんは口を開く。


 そう言えば、ボク達の前に現れた時のハルさんは、頭をスッポリと収める頭蓋骨を被っていたっけ……。

 普段からそんな生活を送ってきているのかな……。


「なんじゃ? ハルは恥ずかしがり屋なのかや?」


 ハルさんを落ち着かせた狐鈴は正面に向き合い、座るとハルさんの顔を見つめる。


 ハルさんは俯く様に視線を落としていく。


「それとも、ハルはワチも怖いかや?」


 狐鈴は眉を下げ、困った表情をハルさんへと向ける。

 すると、ハルさんはそんな表情の狐鈴に気がつき、ゆっくり顔を上げ首を大きく横に振る。

 長い前髪も横に振る頭に合わせてサラサラと揺れる。


「ほむ、それは良かった、其方は今の自分自身の状態が分からなくて戸惑っているんじゃろ? 

 

 自分ですら分からない、自分を知っている者達の中に行くのは不安だし、怖いんじゃな。


 その点、ワチは其方の仲間と違って、其方の事はまったく知らん、良い事も悪い事も、何が好きなのか、どんな性格なのか……。


 でも、其方がワチに助けを求めたと言う事はきっと、何か思う事があってなんじゃろう……。

 

 ワチは何も知らない其方をどうしてやれば良いのか正直なところ分からんのじゃ、でもな、空っぽになってしまった其方の空間を一緒に埋めていく事なら出来ると思うのじゃがどうかや?


 そりゃあ、本来あるべき記憶が戻る、元の自分を取り戻し、元の生活に戻るに越した事は無いと思うのじゃが……。


 この状況を一旦受け入れて、思い出すまでの間、自分の目で見て過ごす時間を、空っぽになった頭の中に詰め込んでも良いのではないかの?」


 狐鈴は、ゆっくりと落ち着いた口調で伝え、穏やかな表情をハルさんに向ける。


「其方が魔物から自分を守る術を思い出せないのならば、ワチが其方を守ってやろう。

 どうやら、ワチはそれなりに強い様だからの。


 ただし、ワチの周りはお節介でお人好しばかりじゃ、隠し事や、傷つける様な事があれば、其方が泣こうが、暴れようが、其方を動けなくして、其方の仲間に送りつけてやるからの」


 狐鈴はニパッと笑顔を見せ、ハルさんの肩を叩いたり、ジッと見つめながらハルさんに気持ちを伝える。


 ハルさんは前髪の下に両手を入れ、両手で顔を覆い隠す様な姿勢を見せ、そのまま両手で前髪をかき分け、狐鈴に自分の顔を見せる。


「ハルは……自分の顔が嫌い……裸を見られるより嫌……それでも……ハルを見てくれる……?」


 ハルさんの前髪をかき分けた指は声以上に小刻みに震えている。


 ハルさんの目は狐鈴の様に真っ赤な眼をしていて額の中心の眼とその両側に開く小さな眼は青い色をしていた。瞳は大きいけれど白目が殆ど見えない。


「其方……こんなに綺麗な眼をしているのに隠してしまってたのかや……

 勿体無いのう、まぁそれも個性じゃ、その事に関してはワチは否定はせぬよ。

 ハルは人の目が気になるのかや? 


 自分は自分じゃ、その他大勢ではないから一緒じゃなくて良いのじゃ。

 それにこの世界は面白くてな、個性の多い者は沢山おる、自分の見てくれなんて気にならない程にな」


 狐鈴はくすりと笑い、続ける。


「分かった約束しよう、ハルが自分の顔から目を背けたくなったら、その分ワチがハルの事をしっかり見届けよう」


 前髪をかき分けているハルさんの手の上から狐鈴は自分の手を乗せ自分の額をハルさんの額にコツンと付ける。


「へへっ」


 ハルさんは照れくさそうに微笑む。


 そんな2人の光景を見ていると、ボクはハルさんが意識がない時、チラリと素顔を見た事に凄く罪悪感を感じた。


 あとでちゃんと謝らないと……。


 ふと周りを見ると、口元に両手を当てて驚いた表情をしているリシェーラさんがいる。


 黙って見守っているゼルファさんがいる。


 そして、木の陰からのぞいて号泣しているアルクリットさん。


「はっは、飼い慣らすも何も、すでに懐いちまってんな」


 ゼルファさんは面白そうに笑う。


「ウメちゃん、****って魔石でコレくらいの容器を作れるかい? なるべく容器の厚さは厚い方が良いんだけど」


 ゼルファさんはウメちゃんを呼んで伝え、ウメちゃんは頷く。


「なるほどねぇー、こうやってアキラ達の仲間ってどんどん増えていくんだねぇー」


 チヌルは頭の後ろで手を組んで言う。


「そうなのよ、チヌルちゃんだってそうなんでしょ? ルークちゃんも」


 トルトンさんはチヌルの言葉に頷き答える。


「そうなんだよねー、ネェさん達は何だかこう惹きつけるモノがあって、収まるべきところに収まるような……自然に引き寄せられるんだよ」


 ルークも話に加わり、精霊達で話しが盛り上がる。


 ハルさんの記憶を飛ばした張本人の和穂はボクにもたれている。


 今回の事に関しては誰が悪いって事は無いはず。


 ハルさんだって、自分を守る為により強い力を欲していた訳だし、そりゃ奪いとるような強引な手段をとった事が良いとは思えないけれど……。

 記憶を飛ばしてしまった直接的な原因だって、和穂がボクを守ってくれようとした行動からなるものだった訳だし……。


 もしも……


 ハルさんのチカラに、対抗できない者達が遭遇していた場合、どうなってしまっていたのだろう……

 ドラゴンの躰を取られていた上に、邪魔者として滅ぼされていたかもしれない。


 もし、ボク達がリシェーラさん達との交流がなかったら? 

 何も知らない状態のままで、ハルさんを求めて集まる魔物に、囲まれていたかもしれない。


 最悪な状況だと、大天使相手に手を出した(戦闘した)事で、望まない形で、10大天使相手に対立するような存在になっていたかもしれない。


 だからこそ、ゼルファさんが冷静に状況を見る為、同席しているのだろう。


「ひょっとしたら、ハルさんが記憶を無くしたり、ボク達がこうして集まることになったのも、神様のお導きなのかもしれないな……」


 ボクが独りごちていた言葉を、ゼルファさんは拾っていた。


 ウメちゃんから拳ほどの大きさの瓶を受け取りながら、ボクに視線を向け口を開く。


「ほぅ、嬢ちゃんは面白い事を言うな、見解を聞かせてもらっても良いかい?」


 そう言って、和穂がもたれ掛かり寝息をあげていて、動けないボクの元にゼルファさんは寄って来る。


「ボクはあくまで……もしもって思った事ですよ」

 そう前置きをして、今思っていた事を伝え、更に言葉を付け加える。


「ハルさんはひょっとしたら、他の大天使の中でも特に下界の人や精霊達との生活に干渉のない方だったのでしょう? 

 まぁ、自分の外見をあれだけ気にされているくらいなので、想像になってしまうのですが……。


 だったら、ボク達と行動を共にする様になる事が、下界の生活に触れるという事で、知らなかった世界に足を踏み入れるという、とても意味のある事だと思うんです。

 

 今回の偶然の重なり合った事も、実は神様からのハルさんへの試練というか、贈り物のようなもののようにも感じたんですよ。


 ひょっとしたら、ゼルファさんもこの場にいる事が、意味のある事なのではないかと思うんですよね」


 ゼルファさんは腕組みをして大きなため息をつく。


「アキラさんだったけか、嬢ちゃん何者だい? 確かにこの場に来たのが私やリシェーラじゃなければ、話はかなり拗れていただろうし、今から、私がやろうとしている事は他の大天使にはできない事だ」


 ゼルファさんは立ち上がり、ハルさんの元へと寄る。


 ハルさんは、狐鈴に抱きつく。


「ハル、お前さんは輪と羽根の出し方まで忘れちまってはいないだろ?」


 ゼルファさんが、ハルさんにたずねる。


 ハルさんはそのままの体制で小さく頷き、頭の上に横にも縦にもギザギザな紫色に光る輪と、同じ色の羽を畳んだ状態で出現させる。


 ゼルファさんは何か聞き取れない言葉を口にして、ハルさんの天使の輪の内側に人差し指を引っ掛け、勢いよく後方に引き上げる。


 すると、天使の輪そして翼、ハルさんを取り巻く膜のようなものが引き剥がされた様に、一瞬で白くなる。


 そしてそのままオニギリを作る様にギュッと握り、手に持っていた瓶へと押し込む。


「これで、ハルの神力の量は大天使から、天使程度の量まで引き下げられた。


 魔物から感知される範囲も狭められたわけだけれど、以前の様にチカラを望む様には使えないからな。


 この封印は持ち主が、念じれば解かれ、元々持っていたチカラを取り戻す事ができる。

 しかし、同時に多くの魔物を引き寄せる事になるからな。この封印をどうするかは、本人のハルに託す。


 ただ気軽に同じ様に封印が出来ると思うなよ。

 封印を解いた段階で、ハルは元の10大天使に戻るという意志を示したと判断させてもらうからな」


 そう言うと手に持っていた黄色い瓶をハルさんのすぐ横の地面にそっと置く。



「ゼルファさん、ひとつ聞いても良いですか……ハルさんの事なのですけど……」


 ボクの問いかけに、こちらを向いたゼルファさんの表情が一瞬緊張した様に見えた。



「ああ、何だい? 嬢ちゃんの発言はいちいち的を射ている様に思えて、聞くのが怖いんだよな……」


 ゼルファさんは頭をポリポリ掻きボクの質問を受ける為に、再びこちらへと来てくれる。


 ちょうどボクの正面になるあたりで腰を降ろしたので、そっと聞いてみる事にした。


「おそらくですが、大天使様それぞれの役割の中でのハルさんの役割って、ひょっとして魔物の……」


「あー、言わなくて良い。本当に嬢ちゃん、危ういな、その質問に私は答えられないんだ、私の意思ではないからな……胸にしまっておいた方が良い」

 

 ゼルファさんは困惑した表情をボクへと向けた。

 そのひと言で、ボクが口にしようとした事を悟ったのだろう。


 やはり、ボクの思った通りだった様だ……この不自然な会話の切り方からボクの考えは肯定される。


 リシェーラさん達はきっと下界の人の多くに面がわれていて、同時に世界の偉い人や教会の人達に崇拝されているのだと思う。

 それは表だって天使の存在や奇跡を伝える役割り。


 しかし、ハルさんは同じ大天使なのに自分の顔を出す事、他人との接触が嫌いと言っている……何だか矛盾していたんだ。


 崇拝され信仰されてなんぼの天使が……?


 一方ハルさんは……自らを餌として、自然と造られすぎた魔物を引き寄せ、間引きする役割だとボクは思ったんだ……。


 それは例え、自分に引き寄せた魔物に対抗できる能力があったとしても、すすんでやりたいとは思わないだろう……。

 

 だからきっとハルさんは生まれた時から、そんな特殊体質だと、言われ続けて植え付けられ、勝手に向こうから寄ってくるものだと思わされ育った。


 今回のハルさんは記憶を無くした事で、ボク達と共に下界の生活に触れ合うという導きがあったのではないかと話したから、ハルさんのチカラを弱めたような……?


 人々への危害を減らす為? 


 おそらく、ゼルファさんにはハルさんの、天使のチカラを無くす代わりに魔物が寄ってこなくする事もできるハズだとボクは思う。


 でも、そうしなかったということは、誰も(どの天使も)やりたがらない魔物の間引きを……勝手に襲いかかってくるものだと受け入れてしまっているハルさんと、保護しているボク達に投げてきたという事だ。


 ハルさんの能力を活かさず、殺さずといったところだね。


 そう、ゼルファさんの役割りについてもボクは気がついてしまったんだ。


『今から、私がやろうとしている事は他の大天使にはできない事だ』


 ゼルファさんだけにできるチカラ、真の彼の役割は大天使の能力の調整役だ……。


 記憶をなくして不安になっているモノに対して、軽減はしても、それでも任務を続行させようとしているパワハラ天使が今、目の前にいるわけだ。


「ゼルファさん……とりあえず……ボク達は今は貴方の思惑通りに動きますけど……仲間に何かあった場合は……分かってますよね」


 ボク達にこれから危険が近付くと知っている上でハルさんを受け入れて動くのだ、これくらいは言わせて貰う。ボクのこの言葉の意味をどうゼルファさんは受け取るだろうか……。


 周りの皆はそれぞれ談話がはずんで、こちらの会話に気が付いていないだろう。

 このことに気が付いたボクを始末する事は出来ないとボクは知っている……狐鈴と和穂がいるから。


「嬢ちゃん……いや、アキラさん、どこまで気が付いたんだ……」


 緊張を纏った表情を見せるが、周りに動揺を悟らせぬ様にゼルファさんが小声でボクに尋ねる。


「どこまでが全部かは分かりませんが、ハルさんの役割り、そしてボク達にも遂行させようとしているモノ、ゼルファさんの役割りですかね。

 神様がハルさんに指し示そうとしている未来の事までは分かりませんが、ゼルファさんがコレを知ったボクを処分出来ない事もハッキリと分かります」


 ボクは周りに聞こえないほど小声でゼルファさんに伝える。


 ゼルファさんは眼を細めボクを見る。


「ゼルファよ、刺客を送りこんでもワチ等は構わんよ……」


 ハルさんの頭を撫でていた狐鈴は笑いながらゼルファさんに言う。


 ただし、眼は明らかに獲物を見る捕食者のそれだった。

 狐鈴はボク達の小さな声での会話を聞き取っていたようだ。


 ボクにもたれ掛かっている和穂も、実は寝ているフリをして、ボクとゼルファさんの会話を聞いているのかな?


 いや、違うな……和穂は寝息を立てている……。




  パァーーーンッ!!!

 

「はーいっ!! そこまでっ!!」


 リシェーラさんの手を叩く音と、大声で辺りは支配される。


「ゼルファ殿、何で言い返さないんですか、ここでは隠し事は無しって言いましたよね!?」


 腰に手を当ててボク達、ゼルファさんに声をあげる。


「だってよ……」


 ゼルファさんが口を開こうとしたところで、リシェーラさんがさらに言う。


「い、い、ま、し、た、よ、ね!?」


 リシェーラさんが珍しく、強い口調で言い寄ってくる。


「言えば良いじゃないですか、神様が割り当てた事を天使が無にする事ができないんだって。

 役割りが遂行出来ないと判断されたら、新しい天使に役割りを移行されて処分されるって……。


 なぁにが胸にしまっておいた方が良いですかっ!

 何で1人悪役を買う様な事するんですかっ!


 それにアキラ殿に狐鈴ちゃんっ、私は貴方達の性格も絆もとても好ましく思っていたのに、私達と対立して潰し合う事が希望なんですか!?


 ゼルファさんは、言葉足らずでカッコ悪いです、でもその言葉が全ての情報として受け取って、対立するような判断してしまう、その考え方が私は悲しいっ!!


 好ましく思えない事をチカラで自分の考えを通そうとするんですか??


 私達は貴方達に対抗できるほどチカラをもった天使はいません、もし自分の意見をチカラをもって示そうとお考えならば……」


 リシェーラさんはボク達の会話を全部聞いていたのかも知れない。

 ボク達に好意を持ってくれて、自分の仲間と神妙な面持ちで声を潜めて会話していたら、それは気にもなるだろう……。


 ゼルファさんの足りない言葉には付け足しをして、ボク達の投げかけた強い言葉や態度には、強く否定する。

 胸に手を当て、叫ぶ様に、苦痛に耐える様な悲しみの表情で訴えてくる。



「……私を……私を消してからにして下さい。


 貴方に消されるならば望むところです、抵抗せず受け入れて見せましょう」



 リシェーラさんは強い意志をもって、覚悟をした表情でボク達に言う。

 その声は、冷静でハッキリとした口調だった……。



 空気は凍りつき、水を張った様な静けさが訪れる。



 ボク達はリシェーラさんに、とんでもない事を言わせてしまった。リシェーラさんの悲痛の叫びを聞いてボクは後悔しか残らなかった。


 『ボクの考えは肯定される……』


 安易な考えで納得していたボクを全力で殴ってやりたい……。


 恐らくボクの表情は今、狐鈴とゼルファさんのリシェーラさんに向けている表情と同じだと思う。

 悲しみと後悔に囚われた表情……。


「ゼルファさん、リシェーラさん……本当に御免なさい……本当に申し訳ございませんでした……」


 ボクは胸を鷲掴みされた様な、締め付けられるような苦しさを感じながら謝罪の言葉を口にしていた。


 頬に涙が流れている事に気がついた。

 拭っても、拭っても溢れてくる……。


 リシェーラさんは表情を出さないままボクの顔をじっと見つめる。


「私は……アキラ殿の事、絶対に許さないっ、私の命は易くはない……。


 許してしまうとヒトは忘れてしまうでしょ、だから今の後悔はしっかりと覚えていて欲しいの、この世界で、どんな素敵な事が訪れても、私の事は忘れたら嫌よ、アキラ殿」


 リシェーラさんはボクの涙を指で拭いフッと微笑む。


 その後の事はよく覚えていないのだけど、キョトンとしているウメちゃん達やハルさんを横に、ゼルファさんと狐鈴が2人並んで正座をして、リシェーラさんに滅茶苦茶叱られていた光景は覚えている。



「でも、ありがとうね、ハルの事を仲間に迎え入れてくれて、本気で向かい合ってくれて、私嬉しかったよ。

 実は私もゼルファ殿も、ハルに与えられていた役割りに納得した事は無かった。

 ゼルファは自分を悪者に思わせようとまでするし……。


 ハルが羨ましいな、アキラ殿達と旅ができるなんて……いっそのこと私も記憶飛ばして、宜しくしてもらおうかしら……」


 リシェーラさんはボクの隣りまで来て、そっと言う。


 目の前でアルクリットさんが、本当に困った表情でボク達を見ている。


「それはやめてあげて……」




 お帰りなさいませ、お疲れ様です。

 今回は久しぶりのリシェーラ、とアルクリット、そして新しい天使のハルとゼルファを登場させました。


 ゼルファはいずれ出す予定ではあったのですが、ハルは物語をすすめている中で急遽思い浮かんだキャラクターとなります。


 異世界の大天使と、和気藹々な空気を作ろうかと思っていたのですが、気が付いたら一触即発なバチバチな関係を作り出してしまいました。


 そして、今回の話の文字数も普段の2倍に……本当に長くなってしまって御免なさい。


 これからのハルの存在が、アキラ達の旅に花を添えてくれる、そんなキャラクターになってくれるよう祈ってます。


 それでは、また次の話でお会い出来ると嬉しいです。


 いつも、誤字の報告をありがとうございます。

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