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肝試しでクラス1可愛い女の子とペアになったら、お化け役の彼女が嫉妬した件

作者: 墨江夢

 俺・長谷川大河(はせがわたいが)の通う高校では、高一の夏に林間学校が催される。

 非日常に身を投じて、自然の雄大さや協調性を学ぶというのが基本コンセプトなわけだけど、ぶっちゃけ俺たち生徒はそんなもの気にしていない。林間学校=楽しい行事という認識しかなかった。


 特に俺にとっては、小中の修学旅行とはまた違った形で良い思い出になること間違いなしだった。なぜなら……今年の俺には、彼女がいる。


 恋人の万場比奈子(まんばひなこ)と付き合い始めたのは、今年の五月のことだった。

 天文部に入部したただ一人の同級生ということで、彼女とはよく話すようになり、次第に好意を寄せるようになっていった。

 ゴールデンウィークを過ぎた辺りで、部活の一環で天体観測をしている最中に、俺は告白した。

 星空の下での告白は、この上なくロマンチックで。比奈子は「うん」と、首を縦に振ってくれた。


 比奈子との交際も三ヶ月目に突入しようとしているわけだけど、二人の仲は依然として良い。上手くいっていると、少なくとも俺は思っている。


 そんな比奈子と迎える、初めてのお泊まり。学校の行事だったとしても、楽しみでないわけがなかった。


 運良く同じ班になれたので、テント設営やお昼のカレー作りも協力して行なう。

 野菜を切る比奈子と、火を起こす俺。成る程、これが初めての共同作業というやつか。


 そんな感じで楽しい林間学校の時間は過ぎていき、そしてーー毎年恒例の肝試しの時間がやってきた。





「肝試しか。俺、結構こういうスリルあるやつ好きなんだよな? 比奈子は?」

「私は全然ダメ。ホラー映画の予告でもビクッとしちゃう」

「そんなんで、肝試し大丈夫なのかよ?」

「ノープロブレム。事情を話して、特別にお化け役やらせて貰えることになったから」


 比奈子は脅かされるのが苦手なだけで、暗い所に一人でいることにはなんら抵抗がないらしい。それなら確かに、お化け役が適任だな。


 だけど一つ残念なのは、比奈子と一緒に肝試しを回れないことだ。まぁどうせくじ引きで決めるんだから、比奈子とペアになれる可能性なんて著しく低いんだけど。


「それじゃあ、またね」

「おう」


 比奈子と別れた後、俺は先生のところに行って、番号札を引く。

 俺の引いた番号は15番。つまり同じ15番の番号札を持つ生徒が、俺のペアということになる。


「15番の人ー? 15番持っている人、いませんかー?」


 声を上げながら歩き回っていると、一人の女子生徒が「私です!」と手を上げる。

 その女子生徒は、クラスで一番可愛いと言われる瀬崎日和(せざきひより)さんだった。


「瀬崎さんが15番なのか?」

「そうですよ。よろしくお願いしますね、長谷川くん」


 1番から順に出発していく肝試し。森の中の一本道を歩いて行き、途中の墓地でお参りをしてから引き返してくる。そういうルールになっている。


 時々悲鳴が聞こえるから、お化け役のクオリティーはかなり高いのだろう。これは期待出来そうだ。

 そんなことを考えているうちに、あっという間に俺と瀬崎さんの番が来てしまった。


 出発して1分足らずで、瀬崎さんが早速話しかけてくる。


「ねぇ、長谷川くん。一つお願いがあるんですけど……手、繋いでくれませんか?」

「え?」


 顔を赤らめながら手を差し出す瀬崎に、俺は思わず素っ頓狂な声で返してしまった。


「あっ、勘違いしないで下さい。下心なんて、微塵もありませんから。長谷川くんが万場さんとラブラブなことは、よく知ってますので」

「それを知られているのは、少し恥ずかしいな。……で、どうして手を繋ぎたいんだ?」

「それは……こういう雰囲気が、苦手でして」


 端的に言えば、「怖いから手を繋いで欲しい」ということらしい。

 風が吹いて木が揺れるたびにビクつくくらいだから、余程怖がりなのだろう。手を繋ぐくらいで安心出来るのなら、安いものか。

 俺は瀬崎の手を、優しく握る。


「ほら、これで良いのか?」

「ありがとうございます!」


 瀬崎のホッとした表情に、不覚にも俺はドキッとしてしまって。

 だからこの時の俺は、予想としていなかったんだ。この肝試しで、あんなにも恐ろしい体験をするなんて……。





 俺と手を繋いだことで幾らか平静を取り戻した瀬崎だったが、結論を言えば、それは一時凌ぎにすぎなかった。

 ……瀬崎さん、手を繋ぐだけの筈が、いつの間にか腕にしがみついているんですけど。何がとは言わないが、当たってるんですけど。


「クスクスクスクス…………」


 茂みから、お化け役の生徒の笑い声が聞こえる。


「ヒッ! 今笑い声が聞こえました! 絶対聞こえました!」

「あぁ、聞こえたな。だけどそれはクラスの誰かがやったことで、お化けなんかでは断じてないがな」


 俺にしがみつきながら、瀬川はなんとか恐怖に耐える。そして俺たちは、ようやく折り返し地点の墓地に到着しようとしていた。

 墓地の奥にあるお寺でお参りしていると、


「恨めしや〜〜〜!!!」


 そう言いながら突然現れたのは、幽霊の格好をした比奈子だった。流石の俺も、こればかりはびっくりした。なぜなら……比奈子の「恨めしや」に、やけに感情がこもっていたからだ。


「ブツブツブツブツブツブツ…………」


 何やら比奈子が呟いているので、俺は耳を澄ましてみた。


「泥棒猫泥棒猫泥棒猫泥棒猫泥棒猫泥棒猫浮気者泥棒猫泥棒猫泥棒猫……」


 いや、怖いっての。

 しかもさり気なく途中で俺への恨み言も吐いてるし。


 比奈子の怒りに拍車をかけるように、瀬崎が「キャーッ!!!」と悲鳴を上げながら俺に抱き着く。

 怒りのあまり、頭に付けていた天冠を外して、噛みちぎろうとしていた。


 俺と瀬崎はお参りをすぐに澄ませて、墓地をあとにした。


 スタート地点に戻ってくると、先生が俺にこんなことを言ってきた。


「おや? 随分と冷や汗をかいているな。そんなに怖かったか?」


 はい、怖かったです。幽霊ではなく、嫉妬に狂った恋人が。

 




 比奈子の怒りは相当のものだったらしく、肝試しが終わった後何度も電話をかけてみたのだが、一度も出てくれなかった。

 コール音が鳴るなり通話を切られるわけだから、電話に気付いていないわけじゃない。出る気がないのだ。


 比奈子と話が出来ないんじゃ、釈明のしようもないじゃないか。

 なんとか彼女と接触しなければならない。そう考えた俺は、少し(というかかなり)キモいかもしれないけれど、入浴直後の比奈子を捕まえることにした。


 女風呂の前で、俺は比奈子を待ち伏せする。女子生徒たちからの視線が、とても痛かった。

 誰もが俺に奇異の視線を向ける中、ただ一人声をかけてきた女子生徒がいた。


「あれ? 長谷川くん?」


 それは瀬崎さんだった。


「こんなところで、何しているんですか? もしかして、覗き?」

「そんなわけあるか。……比奈子を待っているんだよ」

「万場さんを?」


 俺は瀬崎さんに、現状を説明する。

 瀬崎さんは嫌そうな顔をしないで、俺の話を聞いてくれた。


「成る程。まさかそんなことになっていたなんとはね。……というか、万場さんが怒った原因って、私にありません?」

「それは……」


 そうだ。とは言えなかった。

 しかし言い淀んだのを、瀬崎さんは肯定と捉えたようだ。


「怖いのが苦手とはいえ、長谷川くんに抱き着いたのはやり過ぎだったかもしれませんね。……わかりました! 私が一肌脱ぎましょう!」

「本当か!?」

「まぁ、私にも責任の一端がありますからね。私のせいで二人が別れるなんてことになったら、罪悪感半端ないですし」


 瀬崎が協力してくれるのは、非常にありがたい。なにせ彼女は、比奈子と同室なのだ。


「どうにかして、私が万場さんを旅館のロビーに連れ出します。長谷川くんは偶然を装い合流して下さい」

「わかった。……だけどそんなに簡単に比奈子を連れ出せるのか?」


 比奈子は瀬崎さんを俺の浮気相手だと誤解している。易々と呼び出しに応じるとは思えない。


「大丈夫ですよ。「長谷川くんとのことについて、話があります」と言えば、乗ってきますよ」

「そこまで瀬崎さんが体を張る必要ないと思うけど?」

「そこまでしないと問題が解決しないのなら、仕方ないですよ。人を泥棒猫扱いしたんです。だったら彼女の中でくらい、本当に泥棒猫になってやりますよ」


 責任を感じているとはいえ、自分から進んで悪役を買って出るなんてそう出来ることじゃない。

 本当、瀬崎さんは良い人だなぁ。彼女がモテるのも、納得がいく。





 夜の9時を回った。

 消灯まで1時間を切ったこのタイミングなら、部屋の外に出ている生徒も少ない。俺は無人のロビーで、比奈子と瀬崎さんを待っていた。


 やがて計画通り、瀬崎さんが比奈子を連れてやって来る。


「大河……どうしてここに……?」


 一瞬驚きを見せた比奈子だったが、すぐに俺たちの画策だと察したようで、瀬崎さんを睨み付けた。


「計ったんだね」

「ごめんなさいね。でも、二人がいるところでどうしても言いたいことがあって。……長谷川くんって、素敵な人ですよね」

『!?』


 瀬崎さんが、突然計画にないことを言い始める。


「肝試し中の長谷川くん、すっごく頼りになりました。知ってます? 長谷川くんの腕って、見かけによらずがっしりしているんですよ?」

 

 何を言い出すんだ、瀬崎さん!? そんなこと言ったら、火に油を注ぐようなものじゃないか。


「優しいし、頼りになるし、そういう男の人って、憧れちゃいます。女なら、放っておきませんよね?」

「ダメ! 大河は私のものなんだから! 誰にもあげない!」


 瀬崎さんを牽制するように、比奈子が俺に抱き着いてくる。


「大河の腕ががっしりしてるって? 毎日のように組んでいるんだから、そんなの知ってるっての! 瀬崎さんなんかより、私の方が沢山の大河を知っているし、私の方が大河を幸せに出来るんだから!」

「だったらちょっとしたことで嫉妬しないで、きちんと捕まえておかないと」


 そこまで来て、俺はようやく全てを理解する。

 ……なんだよ、そういうことかよ。

 瀬崎さんは俺と比奈子を仲直りさせる為に、わざと憎まれ役を買って出てくれたのだ。


「末永くお幸せに」というセリフを残して、ロビーをあとにしようとする瀬崎さん。


「あっ、そうだ」


 ふと彼女は立ち止まり、振り返った。


「長谷川くんも、日頃から万場さんに「好き」って伝えるんですよ。じゃないと、また今回みたいな誤解が生まれるんですから」

「あぁ、わかってるよ」


 幽霊よりも嫉妬に狂った恋人よりも怖いのは、比奈子を失うことだ。それだけは、なんとしても避けなければならない。

 

 これからは、今まで以上に沢山「好き」と伝えることにしよう。俺はそんな誓いを自身に立てるのだった。

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