素体ってSFみたいだけど、SF要素はここから一切なくなります
気持ちよく寝ていたというのに、私を起こそうとする人がいた。
ゆさゆさと二の腕のあたりを揺すられ、声がかけられる。低めの女性の声だ。
「起きてください、ニコ・タグチ」
響き的に外国語のようだが、意味を理解できるのは何故だろう。いや、そんなことはどうでもいいから私は寝ていたい。
「変ですね。もうそろそろ起きてもおかしくない時刻なのですが。聞こえますか?ニコ?」
聞こえません。もう少し寝ていたいのであと5分待ってください。
「5分?そんなに待てませんよ。後がつかえているんですから」
じゃあ私を後回しにしてください。もう少し寝たら絶対に起きるから。
「はぁ、本当ですか?あなたは生前そうやって、毎回両親を困らせていたじゃないですか」
え、なんで知ってるの?というか、あなた誰?
目を開けると、そこはオフィスのような場所だった。それも、ドラマでよく見るようなオシャレなオフィス。
その会社じみた部屋のすみっこの長椅子に、私は寝かされていたようだ。
私に声をかけていた人物がため息をついて立ち上がる。高価そうだが品のいいスーツに、綺麗な金髪を夜会巻きにして、これまた高そうなピンで留めている。赤いリップや足首のアンクレットのデザインといい、上品だが色気のあるお姉さんだった。
「起きたのなら身体の動作確認をします。ニコ、立てますか?」
「んー、多分」
そう言いながら立ち上がるが、すぐにへたりこんでしまった。
「あれ?」
なんだか手足が小さな筒に詰まった感じがして、上手く動かせない。まるで手足が半分の長さになったような、そんな違和感があった。
「すみません、なんか無理みたい。えっと、座ったままでも出来ますか?」
「ふむ、立てませんか。まあ、素体がかなり小さいサイズですし、仕方ないでしょう。では」
と、スーツの女性が私を持ち上げる。
いや、私もかなりデカいしお姉さんが持ち上げるのは……と言いかけたところで、伸ばした手が想定よりもかなり小さいことに驚いた。
「……え?」
「素体についての説明は後で詳しく行いますが、あなたは今小学生程の身長なので」
いやちっちゃ!なにこれ!!
手のひらを見ながらぐー、ぱー、と動かすと、小さな手もそれに合わせてぐー、ぱー、と動く。
おお、すごい。私の手が縮んだのかな?と手をニギニギしていたら、いつの間にか目的地に着いていたようだ。
「ドクター、ニコが目を覚ましたので、連れて来ました」
診療所のような部屋。パソコンと、その周りによく分からない紙が積まれている机には湯気のたっているコーヒーが置かれていて、椅子には中年の男性が座っている。
全体的にくたびれた雰囲気で、無精髭と胸ポケットのタバコが印象に残った。
「おお、起きた?ニコちゃん」
「はい。ですが素体が合わないようで、起立は困難でした」
お姉さんはその辺の椅子を移動させて座り、膝に私を乗せる。
何個か椅子はあるし、診察台もあるのだから一人で座れる、と思ったのだが、そもそも歩けないし、お腹の前にしっかりと手を回されているので諦めた。
「大丈夫大丈夫そんなの。そのうち慣れるって。それよりニコちゃんをこっちに」
「ダメです。ニコは変態の実験台にしてもいい人物ではありません」
変態!?実験台!?
穏やかではない響きに警戒しておじさん……「ドクター」を睨むと、ドクターはお姉さんに向かって大袈裟にため息をついてみせた。
「ほらぁ、タナちゃんが適当なこと言うから、ニコちゃんが怖がっちゃった。あーあ、おじさんただの善良な医者なのになぁ。悲しいなぁ」
ただの善良な医者、にしてはお姉さんの視線が冷たいような気がする。
「でもまあ、ニコちゃんで最後だからさ、時間も押してるしちょっと診せてよ。立てないぐらいバランスが悪いんでしょ?」
「……、仕方ありません。ニコ、何かあったらすぐに膝を股間に叩きつけるんですよ」
そう言ってお姉さんが私をドクターに引き渡す。
なんて物騒な、と思ったのもつかの間、ドクターの診察が始まった。
「声は出る?」
「はい、この通り」
「意識と動作にラグは?」
「少し?」
「ふむ、唾液はちゃんと出る?」
「はい。梅干しを思い浮かべると舌の下がぎゅっとします」
そこまで調べて、足や腕を曲げて伸ばして、という検査をされたが、足がイマイチ動かない。
「反射は問題ないのね。下半身が上手く動かない。うーん、立てない……立てない……、えっと、ニコちゃんが死んだ時ダメージがあったのは肝臓?」
「たぶん……?」
「ええ。その後何度か刺されていましたがいちばん深いのは肝臓でした」
「そうなんだ……。グロ……」
我ながら痛そうな死に方をしたらしい。
嫌だなぁと思ったところで、ドクターが妙なことに気づく。
「あれ?ニコちゃん、下半身の回路繋がってなくない?」
なに、それ。