迷宮と天幕と食事と
飯テロ
クソだ、間違いなくクソだ。
紛う事なきクソだ、このダンジョン。
さもなくばゴミか産廃のどちらかだ。
2層、3層と大量のゾンビが配置されただけのエリアを突破して、4層に辿り着き、全く同じ構造を目にした瞬間、全てを悟ってしまった。
只々頭数が増えていくだけのゾンビを処理するだけの、戦闘とすら言えないナニカ。
死線を潜り抜ける一刹那の昂揚ではなく、屠畜作業にも似た無味乾燥な虚無感だけが、澱の様に溜まっていく感覚。
それらも相まって生まれる油断が必然的にミスを誘発し、焦燥と苛立ちがひたすら募っていく。
後衛と俺はまだしも、ギンカの肉体的・精神的な消耗が酷いことになっている。
TRPGならGMをぶん殴るレベルの手抜き感。
もしこれを狙ってやっているのなら、この迷宮の主は天才だし、狙っていないのなら単なるサイコパスだろう。
どっちにしろ殺すが。
ゾンビを殲滅した後の窪地に天幕を固定するための楔を打ち込みながら、そんな事を考える。
金属製のパイプを繋ぎ、同じく金属製の布に通す。
パイプの先端を楔と連結させ、黙々とテントを組み立てる。
そんな俺の後ろで何やらガールズトークに勤しむ3人。
女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。喋っていないで手伝ってほしいが、より無理の効く俺が働くべきなのだろう。
実際、血さえあれば不眠不休で動けるだろうし。
まさか「24時間戦えます」を実行する羽目に遭うとは思わなかった。
理解しがたい事だが便利だから問題は無し。
問題があるとすれば血の補給ぐらいだが、それも既に目処がついている。
テントの四方を肉々しい床に固定して、中央に取り付けられた一辺40cm程の小箱の側面から飛び出たレバーを引いて作動させる。
蒸気の吹き上がるような音がして、勢いよくテントが膨らむ。
仕組みがまるでわからない。
「コレでテントが出来たの?お兄ちゃん」
「らしいな」
興味ぶかそうにテントのあちこちを眺めるアヤメ。
更に小箱をペチペチと叩いたり、骨組みを揺すったりと好き勝手する様は、まさに小さな暴君といったところ。
そしていつの間にか、テントの中で寝袋に潜り込んでいたギンカとオネットさん。
そのまま穏やかな寝息を立てて二人とも眠りについた。
よっぽど疲れていたんだろう。
ふと、視線を感じて横を見るとアヤメと目が合った。
そして何故か、躊躇うように目を逸らされた。
「アヤメ、どうかしたのか?」
「えっ、いや、あの……………なんていうか…………」
いつもの活気がないどころか、アヤメが口ごもるという明らかな異常事態。
…………………あぁ、そういう事か。
「夜番の事なら心配しなくていいぞ?俺がやるから」
「……………いいの?」
俺の目を訝しげに見つめるアヤメ。
どっちにしろ問題は無い。
それに………
「どうせ眠れないしな」
「………ねぇ、お兄ちゃ」
「いいからもう眠れ。背が伸びなくなるぞ?」
陰鬱な表情で何かを言おうとしたアヤメの言葉を遮るように、わざと冗談めかした口調で寝るように促す。
「…………無理はしないでね、お兄ちゃん。お休みなさい」
重く沈んだ声音のアヤメ。
意味はなかったな。
淡く燃える篝火の傍で、太刀を懐に掻き抱くようにして蹲り、目を閉じて待つこと、およそ3時間。
飽きるほど退屈なのに眠れない俺の耳朶を打つ福音。
形容し難い野獣の唸り声が聞こえ始めた。
目を開ければ、冬に覆われた雪原から新芽が顔を覗かせるように生える、醜悪な肉塊の群れ。
粘液を撒きながら徐々に形を変えゆくそれらは───────────────ゾンビ。
確かに殲滅したはずのソレが再び生じる、奇怪な現象。
それはまさしく再発生。
予想はしていたが、まさか本当に起こってくれるとは。
篝火の灯をかき消して、階層が影に覆われたことを確認する。
虚ろに叫びながら徘徊する無数のゾンビ。
本当に良かった。
いつの間にか垂れていた涎を手の甲で拭う。
全身が蠕動し、捻じ曲がり、軋みながら異形と化す。
皮膚が黒変し、関節が拡張される。
眼孔がジクジクと疼き、縦向きになる。
顎が外れ、頸部と頭蓋が不恰好に引き延ばされ、その隙間を埋めるように不揃いな牙が生え、内側を向いた。
掌を突き破って橈骨が伸び、黒く人皮を被った刃に成る。
足が節くれ立ちながら狼のソレになり、胴がくびれ、背中の皮が剥がれ落ちて、外套を着込むように痩身を覆う。
身の丈4メートルを超すであろう、まるでケダモノの様な躰を撓めて、暗闇の中、音もなく駆け出した。
虚空を見上げるゾンビの後ろから音もなく歩み寄り、呻き声をあげる暇すら与えずに頭部を刺し貫く。
死後硬直なのか痙攣するゾンビ。
構うことなく大口を開け───────────────飲み込む。
腐った肉の塊を嚥下し、きれいに平らげる。
手近な所で密集しているゾンビはスルー。
戦闘音で3人が起きたらマズいことになる。
奥の方にはぐれゾンビを見つけた。
長く伸ばした舌を鞭のように振るい、首に巻き付けて引き寄せる。
ヒュン、と宙を舞った獲物を噛み砕いて、腹に納める。
甘く芳醇な臭いが立ち込める中、暮明を駆け、エサを喰らう。
貪食に、貪欲に、貪るように。
けれども決して音を立てぬように。
溢れ出す肉が、血が、理性を揺さぶり侵食する。
みちりと口が裂け、頭が肥大化する。
喰う程に、腹に詰め込む程に、より異形が強まっていく。
餌は沢山、されども時間は有限。
歓喜に震える脳髄と心臓の囁きのままに飛び掛かり───────────────気付けば喰う物が無くなっていた。
飯テロ
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