獅子と猫耳と混沌と
長くなってしまった。
「それで、何で勝手に決めた?」
自宅でハンバーグモドキを食いながら、アヤメを問いただす俺。
「いや悪かったけど………………欲しい子がいてさ?」
よくわからない返事をするアヤメ。
話が見えてこない。
「昨日街を歩いてたら、見覚えのある蜥蜴車を見かけてさ。ボーっと見てたら鎖で繋がれた子と目が合っちゃって。「この子が欲しい」って思っちゃったんだよねぇ」
アヤメが頬を赤く染め、恥じらうように俯く。
その表情はまるで恋する乙女のようで……………
「で、そいつはどんなクソ野郎なんだ?」
必然、ハンバーグを突き刺すフォークに殺意が籠る。
ひしゃげて崩れるミンチ肉が暗示するのは、誰の未来か。
「お兄ちゃんちょっと怒ってる?あと女の子だよ」
恋する乙女顔のまま言うアヤメ。
………女の子、女の子か。
なら問題ないな?
いや、しかし…………
「…………お前………そうか。そっち系だったのか。ゴメンなぁ。気付けなくて」
異世界に来て初めて知る、衝撃の事実。
妹が百合百合してた。
しかもおそらく割とガチの。
「まぁ、なんだ。うん。好きな人がいるのは、いいことなんだろうな。うん。応援してるよ」
「なんか上から目線!?」
「しっかしそうか。お前がそっち側の人間だったとは。もう少し早く気付くべきだったな」
「リアル猫耳少女だよ?買うしかないじゃん!」
叫ぶアヤメ。
うん、なんだろう。
急に疲れた気がする。
「今日はもう寝よう。疲れた」
「疲れる要素なかったと思うけど?」
お前のせいだよ。
「あぁっ、リアル猫耳メイド。楽しみだなぁ~」
踊るようにステップを踏みながら二階に消えていくアヤメ。
……………ハンバーグの皿を片付けて俺も眠りについた。
翌朝、眠い目を擦りつつ道を歩くアヤメ。
やっぱりというか昨日、碌に眠らなかったようで。
「ふわぁぁああ…………うぅ、眠いぃ…………」
「しっかり寝てないお前が悪い」
「猫耳少女だよ!?メイドさんだよ!?眠れるわけないじゃん!!!」
血走った眼を見開き叫ぶアヤメ。
「お前、目立ってんぞ」
「?……………ぁ」
「そこまで人通りがないとはいえ、こんな街中で叫んで目立たないとでも思ったのか?」
フリーズするアヤメ。
突き刺さる周囲の視線。
静止していたアヤメが、油が切れた機械のように首を回す。
もとから血色のよかった頬が紅潮し…………………
「ぴにゃああああああああ?!」
珍妙な絶叫と土煙を残し、走り去っていった。
「おはようございます、アヤメさん。準備はできておりますのでこちらへ」
ブライアンに導かれ店の奥へ。
そのまま彫刻の施されたカギを受け取る。
これは…………
「奴隷の首輪と対になっている物です。所有者の証明でもあるので無くさないようにお願いします」
簡潔な説明。
流石ブライアン。
「ではこちらへ」
店の地下に案内され、そのままゲージの前まで連れていかれる。
「この奴隷でいいのですよね?」
やたら頑丈そうな金属の檻に入れられた、異形の美少女がいた。
何処か芯を感じさせる整った顔立ち。
頭頂部にほど近い位置から生えた、獣毛に覆われた尖った耳と、同様の毛に包まれた四肢。
僅かにのぞく爪と肉球。
腰のあたりから飛び出した獅子のような尾と、肉食獣のような縦長の瞳孔。
……………獅子?猫じゃなくて?
「ブライアンさん。コイツの種族は………」
「黒獅子族です。獣人の中でもかなりの希少種ですので、可能な限りの上玉になるように仕込みましたが………お気に召しましたか?」
「おいアヤメ?」
「えっとその…………興奮して、よく見ていなかったといいますか………」
そっぽを向くアヤメ。
「おい、リリアナ。この御仁が、今日からお前の主人になる御人だ。精々、粗相の無いようにな」
「はい…………宜しくお願い致します。旦那様」
完璧なお辞儀を敢行しながら言うリリアナさん。
混乱する思考の中、リリアナさんを連れて家に帰った。
「で、何か言い残すことは?」
「勢いでやってしまった。反省も後悔もないったああああああ!?アイアンクローしないで!悪かったからあぁああぁ!!」
物理的に問いただす俺と、悶絶するアヤメ。
「あの、私は何をすれば…………」
おろおろするリリアナさん。
「そうですね…………食事の準備をお願いします。キッチンがあちらで食器と調味料が……………」
一通り調味料や食器の場所を教えておく。
「では、お願いします」
「分かりました」
「ねえ私も手伝いたい!」
爆弾発言をかますアヤメ。
「お嬢様が、ですか?構いませんが…………」
無知ゆえに自ら死に急ぐリリアナさん。
訪れる最悪のビジョン。
人生終了のお知らせ。
「待て早まるなリリアナさん!」
「えっあのその旦那様は一体何を言って」
「お兄ちゃんは黙ってて!さぁ始めるよ、リリアナちゃん!!」
「ふえぇぇ!?」
自分より小さいアヤメに困惑しながら引き摺られて行くリリアナさん。
………まぁ、リリアナさんもいるし、そこまで酷くはならないと思。
「エイヤッ!!!」
「あのお嬢様、包丁はそう使うものでは」
「これくらいでいいかなっと」
「お嬢様!?そんなに塩を入れると辛くなりすぎますよ!」
「そうなの?じゃあドバっと」
「入れすぎです!そもそも塩を入れすぎても砂糖は使いませんし、甘くしすぎです!」
「それもそうだね!じゃあ唐辛子と蚤の市で買ってきたブツを入れて……」
「あっ、あのお嬢様!?その干からびた腕のようなものは一体…………」
「わかんない!!」
「お嬢様ああぁあ!?」
「そうだ!火を通すのを忘れるところだった!【炎弾×11連】!!」
「お嬢様!?何をして」
「少し刺激が足りないかな?【縛雷の毒鎖】!」
「毒?!今明らかに毒って言いましたよねぇ!」
「大丈夫だって!この私を信じたまえよ!!」
「お嬢様あぁ!?」
………俺死んだわ。
「できたよ~」
出来れば一生聞きたくなかったアヤメの声。
気分は処刑される寸前の囚人。
青ざめた顔のリリアナさんに血の気の失せた顔の俺。
やたらキラキラした顔で俺たちを見つめるアヤメ。
食卓を囲む三人。
その中央には、ゴボゴボと嫌な音と気泡を浮かべる土鍋。
まるで、この中の誰かが今から死ぬかのような雰囲気。
いや、あながち間違ってもいないのか。
「………これは何の料理だ?」
まずは軽めのジャブ。
対応をミスると死ぬという緊張が、限界まで神経を研ぎ澄ます。
「何って雑炊だけど」
コレがか。
「雑炊って、お二人の故郷の料理なんですよね。一体どんな人外魔境なんでしょうか?」
引き攣った顔で言うリリアナさん。
違うから。こんなの雑炊じゃないから。
日本でもコレは許容されないから。
「二人ともたくさん食べてね。いただきまーす」
自ら作り出した混沌を匙で掬い、口に運ぶアヤメ。
信じ難いことに、特に影響を受けた様子はない。
「どうしたの二人そろって。早く食べなよ?」
考えられる可能性は一つ。
この見た目で、味はまともだということ。
黒すぎる色も醤油や黒味噌を使えばこんな色になるだろうし、呪いみたいなオーラもきっと光の反射か何かだろう。
どこからか「自己欺瞞だ!」と叫ぶ声が聞こえてくるがきっと気のせいだ。
リリアナさんが半泣きの気もするが勘違いだ。
目がウルウルしてなんかいない。
「助けてください」オーラなんか出ていない。
いないったらいない。
二人悲壮な顔でスプーンを取り─リリアナさんの顔からきらりと光る雫がこぼれた気がした─カオスを呑み込んで………
ごく自然に、そしてあっさりと。
俺は意識を手放した。
猫耳少女………よき。




