ゴブと迷宮と慟哭と
長くなってしもうた。
宿で出された簡素な朝食を平らげた後、眠い目をこすりながら中央へ向かう俺達。
「ふみゅうあぁぁ………………………」
珍妙なあくびを垂らすアヤメ。
まったく。
「だから昨日、あれ程寝ろといったんだ」
「だって緊張してたんだもん」
「だからってなぁ。くあぁぁ……」
「ほら、お兄ちゃんもあくびしてるじゃん」
「それはそれ、これはこれ」
「うわっズルい」
「なんとでも言え」
「開き直りやがった」
むくれるアヤメを尻目に、中央のドアを開ける。
途端に溢れてくる喧騒。
カウンターに、昨日のおっさんの姿を見つけた。
「おお、来たかボウズ共」
「装備は用意できたのですか?」
「ボウズの分がこれ。嬢ちゃんのがそれだ。奥に更衣室があるから着替えてこい」
おっさんに袋を渡される。
…………意外に重いな。
中身が気になるが、後回しだ。
そのまま奥の更衣室で着替えて…………………………………数分後、俺達は二人揃って困惑していた。
「…………アヤメ。どうした、その格好?まどマギみたいになってるぞ?」
「………………お兄ちゃんこそ何その格好、時代錯誤の侍みたいになってるけど?」
暗い紺色のゴスロリに見を包んだアヤメと、黒塗りの大鎧を着込んだ俺。
どちらにしても出来の良いコスプレにしか見えないが、せめて防具としての性能が本物である事を祈ろう。
「お前等、突っ立ってないでこれを受け取れ」
おっさんがそう言って渡してきたのは………リュックか?
「一応マジックアイテムだ。もっとも【頑強】と【収納】しかついてないけどな」
中身は………………瓶に入った水薬と地図、羅針盤にランタンに水筒、ロープ1式に寝袋が入っていた。
これは………………
「ポーションセットにマップ。羅針、マナランプ、水瓶に籠もり家だ。支給品だから無くすなよ?」
ド定番のポーションにマップ、マナランプは何となくわかるが……………………
「羅針と籠もり家というのは?」
「羅針は仲間の位置を常に指し示してくれる。暗い迷宮内では必需品だ。籠もり家は寝袋だな。ある程度の保温性と治癒能力を持つ。……もうこれでいいだろ?さっさとダンジョンに潜るぞ」
俺達はおっさんの案内でダンジョンに向かった。
地龍の迷宮。
全二百五十階層から成ると言われているその擂り鉢状のダンジョンは、その名の通り地龍から漏れ出た魔力で創られたものらしい。
かつて王都に甚大な被害をもたらした地龍の棲家と王都を隔てるためにこの街が生まれ、いつしか探索兵の街として栄えたのだとか。
「そもそもの話、迷宮には不可解な点が多すぎる。地下に草原と太陽があったり、解除した罠が復活していたり、突然宝箱が出たりする。混沌を司る神の御業ともいわれているが詳細は不明。一つ言えるのは俺達の利益になること。」とはおっさんの談。
「お前たちにはゴブリンの討伐をしてもらう。目標は30匹。正午までに狩ってこい。数のカウントはプレートが自動でしてくれる。」
んな急に言われても。
「突っ立ってないでさっさと行ってこい。」
おっさんに急かされて俺達は石の門を潜った。
ダンジョンの中は思ったより明るかった。
ここがまだ入口に近いからかもしれない。
20分ほど歩いたところで異常な音を聞いた。
不気味な嫌悪感を抱かせる、獣のような鳴き声。
足音を立てないように歩き、曲がり角から先を覗き込んで。
「……………お兄ちゃん、あれって」
「ああ、あれが目標だ」
ゴブリン。
暗緑色の体表と醜悪な外見をした、2足歩行する小型の魔物。
単体での戦闘能力は無いに等しいが、圧倒的な繁殖力で軍隊を形成し、街を襲うこともあるらしい。
6歳児程度の知能を持ち、粗悪ながら武装を持つこともある。
実際、目の前の3匹も錆びた剣を持っていた。
幸い向こうは、まだこちらに気付いていない様子。
ならば。
「アヤメ、行くぞ」
「了解」
正面から突っ込んで抜刀、一体の首を裂く。
ようやく俺に気付いた一体にアヤメの放った石礫が突き刺さり絶命させる。
残った一体が振り回す腕を切り払い、頭部に回し蹴り。
頭蓋を砕く確かな感触。
三十秒もかからずにゴブリンは全滅した。
「迷宮での初戦闘……………思ったより楽だったな」
「これなら目標達成も楽そうだね」
後ろ手に杖を持ち、伸びをしながら言うアヤメ。
「昼までに終わらせてなにか食うぞ」
「お肉が食べたい」
気の抜けた会話をしながら通路を進む。
時折出てくるゴブリンを狩るだけだったため俺達は完全に油断していた。
忘れていた。
ゴブリンの恐ろしい所は知恵でも力でもなく群れるということ。
1匹なら雑魚だ。
2匹、3匹でも恐れるに足りない。
だがそれが100匹200匹となれば──────熟練の探索兵パーティーでも危ないということ。
ゴブリンの要塞という形で、俺達は身をもってそれを知ることになった。
それは最初白い巨岩のように見えた。
だが近づくにつれそれが間違いだと思い知らされた。
それは、骨で作られていた。
より正確に言うならば人骨。
無数の骨と遺物と汚物で作られた、住処にして戦果。
「…………お兄ちゃん、アレ」
「拠点兼戦利品か、趣味悪いな」
悍ましい光景に思わず萎えるが、放置する訳にもいかない。
………………やるしかないか。
「アヤメ。ここからアレ攻撃できるか?」
「ムリ。届いても火力不足。あるにはあるけどここで撃つと私達も巻き込まれて終わる」
「…………必死こいて引きずり出すわ」
「……………いやーごめんね?火力不足で」
「射程不足の間違いだろ。……………行ってくるわ」
「がんばれ~~」
「おぅ、頑張ってくるわ」
気の抜けた応援をするアヤメに返事を返し、俺は一人要塞に向かった。
甘ったるい腐臭が漂いだしたあたりで、要塞から疎らに飛んでくる矢玉。
こっちに飛んできたそれのうち、俺に当たる軌道の物だけを切り払い叩き伏せ打ち落とす。
うなじの毛が逆立つようなプレッシャー。
顔を上げると同時に悪寒に従って真横に跳ぶ。
パンッと乾いた音を立てて、俺のいた場所の地面が抉り取られた。
要塞の壁のうえに乱立する魔法陣。
俺を照準するように動くそれから、土塊や火の玉、竜巻が吐き出される。流石にコレは斬れなさそうだ。
今度は受けずに躱していく。
「次撃たれても面倒だな…………突っ込むか」
要塞に対して突貫を敢行。
飛んできた矢を躱し、更に突き進む。
壁の上で再構築される魔法陣……撃たれるより先にかちこむか。
姿勢を傾け殆ど地を這うように疾走。
間合いを詰め、構え、そして。
「ゼアァッ!!」
極端な前傾姿勢からの震脚。
速度を上乗せした全力の掌底を、門に叩き込む。
爆発のようなくぐもった音とともに拉げる門。
その隙間に滑り込んだ。
呆けた顔をするゴブリンのうち、手近な奴の延髄に裏拳を放つ。
首を砕く感触と破砕音。
勢いのままに抜刀、近くにいた奴をまとめて斬殺。
お粗末な武器を構えるゴブリンを尻目に、くるりと踵を返し……………………全力で逃げ出す。
何かを喚きながら追いかけてくるゴブリンが、ぎりぎりついて来れるぐらいの速さでひた走る。
後ろを振り返れば大量のゴブリンの群れ。
……………追いつかれたらミンチじゃ済まないな。
前方から急速に膨れ上がるプレッシャー。
目に見えないナニカが収束する気配。
粛々と、確かな力を持って、言霊が世界に放たれる。
「《始原の種火》《転じて劫火》《古き微風》《巻き込んで風穴》《併せ造りし》《煌炎の檻》──【緋色の牢獄】!!!」
アヤメの構える杖の先に現れた、拳大の揺らめく火球が緩く放物線を描いて放たれ────生存本能の命ずるままに、全力で前に跳ぶ。
次の瞬間、俺がいた辺りを巻き込んで爆炎が唸りを上げた。
それは渦を巻いていた。
火炎旋風の奏でる、まるで慟哭のような音色は、その断末魔を呑み込んだまま、百匹近くいたはずのゴブリンを一撃で吹き飛ばした。
「ふうぅ……………いい仕事したぁ」
「いい仕事したぁ、じゃねえよ。危うく俺も焼かれかけたわ」
「仕方ないじゃん。楽しいんだもの」
「ハァ……次からはちゃんと火力を抑えて……………待て今なんて言ったお前」
今、聞き捨てならないこと言わなかったかこいつ?
まさかコイツ、愉快犯で。
「で、これからどうするの?」
「あぁ、うん。ゴブリンはまだ全滅していない。俺についてきたのは、巣のほんの一部だろうしな」
こうしている間に、残りが出て来てもおかしくない。
某ゴブリンなスレイヤーさんなら「ゴブリンは皆殺しだ」と言うのかもしれないが────
「…………………帰るぞ」
「全滅させないの?狩れると思うけど………」
「アイツラ数多いからなあ。正午に間に合わない」
「正午?……………………あっ」
今回のお題はゴブリン三十匹の討伐。
だというのに………
「さては忘れていたな?」
「そっ、そんな事あるわけないじゃない」
「………………良い、行くぞ」
達成報告をするため、俺達はダンジョンをあとにした。
「お前らもう終わらせたのか」
入口で、おっさんがピンク色のドリンクを片手に待ち構えていた。
…………………おっさんがピンク色の飲み物を啜ってる凄まじい絵面だが気にしないほうがいいな、これ。
「ほらお前ら、さっさとカード見せろ」
おっさんに急かされて、カードを渡す。
「ボウズが18匹で嬢ちゃんのほうが…………125匹?巣でも見つけたのか?」
「砦を見つけたので俺が釣りだしてアヤメが吹き飛ばしました」
「浅層に砦………か。下層で冠でも出たな」
「冠とは?」
「バカ強い魔物のことだ。たまに湧いて大騒ぎになる。………ま、すぐに討伐隊が組まれるから問題ないな。お前らも今日は帰れ」
「あっ、はい」
おっさんに促されて俺達は宿へ帰った。
ゴブゴブしたい。




