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題材:桜色の出会い

作者: autor

 人工的に植えられているかのような規則的に並んだ桜が、風に吹かれるたびにピンク色の花びらを周囲にまき散らしている。実家から数駅離れた場所にあるマンションの前で、俺は期待と希望に胸を膨らませていた。


「ここが、これから俺が住む場所かー!」


 高校三年生になる今学期、一人暮らしがしたいと親に頼み込んだことで実現した。学校まで徒歩で十分かからない距離に在り、少し古いとはいえ十一畳もの一人暮らしには有り余る広さをしている。高校生ということもあり、家賃を親が――なんてことはなく、「生活費以外は全部自分で払いなさい」と一蹴されてしまった。


「まぁ、この辺でバイトしてるし、大丈夫だろう。よーし、おっじゃまっし……ま、す?」


 俺は高ぶったテンションのままドアの鍵を開けて部屋に入ると、そこには驚いた顔をした一人の少女がいた。あれ?なんでこの部屋にいるの?と、いうかどこかで見たことあるような。


「え?なんで?この部屋って私が借りてるはずじゃ……」

「いやいや、それはこっちのセリフなんだが?」


 俺たちは目をぱちくりさせながら見合っていた。目の前の少女は何かを察したかのように「あっ」と言った。


「まさか……」

「一応言っておくが、ちゃんと誓約書もあるぞ。ってか、お前もしかして南方みなみかた?」

「そうだけど……誰?」

「おい、去年同じクラスだった村山むらやまだよ。村山 いつき

「あ、え?樹君?!ごめん完全に忘れてたわ。はぁ……てっきり不審者かと」

「さすがに勘弁してくれよ。そんなことより、ちょっと管理会社の方に確認してみようぜ。それが一番手っ取り早い」

「そうね。じゃあお願い」

「はぁ……まぁどっちがかけても変わらねぇしいいよ」


 相変わらず人任せな南方に呆れながら、俺は管理会社に電話をすることにした。これはどう考えても管理会社側のミスだから、普通に考えて何か対応してくれるはず。


「すみません、本日入居予定の村山です。はい。えぇ。そのことです。え?」

「ちょっとどうしたの?何かあったなら言ってよ」

「はい……いやいや、そんな無責任な。え?それはさすがに」

「ちょっと!何がどうって?」

「いやいやいや。何かんが……っておい!はぁ……」

「本当にどうしたの?顔色悪くしちゃって」

「管理会社が言うに、完全な手違いだがもうどうしようもないから二人で住んでくれ。ってさ……」


 俺はあまりにもずぼらな管理会社の対応に力が抜けた。その反面、南方は意に関せずといった感じで言い放った。


「じゃあ一緒に住む?」

「え?マジで言ってんの?!俺男だぞ?」

「ただし、それぞれ基本的には相手の範囲に立ち入らないこと。あと、家賃は折半。生活費は樹君持ち。家事は私が全部する。これでいい?」

「あ、あぁ。わかった」

「よし、まずは範囲分けから始めましょ」


 そう言ってテキパキと範囲分けを始める南方に俺はついて行けなかった。


「何ぼさっと突っ立ってるの?早く自分の荷物入れてよ」

「お、おう」

「さて……こんな感じでいいかな。文句とかあるなら遠慮なく言ってね」

「いや、まぁ俺は問題ないんだが……」

「なら大丈夫だね。あ、お風呂は私が近くにある銭湯に行くって感じで。お風呂掃除だけはやっておいてね」

「なぁ、南方は俺と一緒に過ごすってことに抵抗はないのか?」

「別に。家賃安くすむし気にしなければ大丈夫かなって」

「気楽すぎないか?」

「期待しない方がいいよ。私にとってあなたはただの空気だから」


 かなり冷たい目で俺を見ながら、南方は平然と言い放った。


「それと、樹君っていつ頃学校に行ってるの?」

「特に。遅刻しなければいいかなって」

「そう。私台所で着替えることにするから、覗いた瞬間通報するから」

「覗くかよ。俺の着替え勝手に覗いて勝手に通報するなよ」


 俺の言葉に呆れたような目だけで返して、自分の作業に集中し始めた。もうこれ以上何か言っても意味がないなと思い、今手持ちで持ってきた荷物類の整理を始めた。

 そうこうしているうちに日が傾き始めた。


「あ、そろそろ夕飯作らないと」

「あれ?もうそんな時間か。材料とかはあるのか?」

「……無い」

「金は?」

「一応は……」

「まぁ、金は俺が出すが、何を買うかは南方に任せるしかないからな。一緒に買い物に行った方がいちいち電話で確認を取らなくても済むから、その方がいいだろう。一応、財布は持って行ってくれ」

「なんで私も財布を持っていかなきゃいけないの?」

「貴重品保護」

「そういうことならわかったわ。それじゃさっさと行きましょ」


 俺は南方が準備しているのを横目に、今日どうやって寝ようか考えていた。このマンションには一応布団が一組用意されているらしいが、今この部屋には二人いる。親に頼むわけにも行かないし、どうしようか……


「お待たせ。行こっか」

「おう。とりあえず、基本別行動で。どこかのタイミングで俺に買い物かごを渡してくれ」

「わかった。さすがに財布を渡してくれるなんてことはないんだね」

「基本他人は信用しない」

「そういうことね」


 先に南方が徒歩数分の位置にあるスーパーに入り、少ししてから俺が入る。LINEは交換しているから、必要なものが揃い次第連絡が来る。

 俺は、一人暮らしという希望がこんな形でぶち壊されるなんてな~。とか考えながら食品コーナーをぐるぐる回っていた。


「こうやって見てみると、いろいろな種類があるんだな。っと?」


肉コーナーを見ていたとき、ポケットの中でスマホが振動した。確認すると、そこには「終わったから来て」とだけ表示されていた。


「来てってどこにだよ……」

「ここ」

「うぉ?!びっくりした~。おけ。それを買ってくれば良いのね」

「よろしく。この量なのに驚かないんだね」

「別に」


 俺は溢れんばかりに商品が入った買い物かごをもってレジに並んだ。その後レジに表示された5桁の数字を見て戦慄したのは内緒。




・・・




 それから数日後、二人とも高校が始まった。幸いにもクラスが違ったと言うこともあって、学校で同じ部屋に住んでいることがバレることはなかった。

 あれから数ヶ月が経ったが、基本的に買い物は俺が担当することになった。あのあと二人で話し合って、必要な物を書いたメモを渡せば良いという結論に至った。それ以来、買いたい物があるときはメモが渡されるようになった。


「そういえばさ」

「どうしいたの?何か分からないところでもあった?」

「いや。南方はこの生活に対して不満とか無いのか?」

「あると言えばある。ないと言えば無い。問題なく住めてるし」


 南方はそう言うと自分の作業に戻った。俺は南方のその様子に少し違和感を感じたが、今気にしてもどうにもならないからやめた。


「あのさ、樹君はなんで一人暮らししようと思ったの?」

「急になんだよ。特段面白くも無いぞ」

「別に良いよ。私はただ理由を知りたいだけだから」

「そうかよ。まぁ、単純な話さ。居心地悪かっただけ」

「そっか。なんか意外かも」

「意外なのか……そんな変わったことやってるか?」

「いや、普通なんだなって思っただけ」


 南方はそのまま台所に向かって夕食の準備を始めた。俺はその姿を横目に、ここ数ヶ月の間にかかった生活費等の計算を始めた。

 数ヶ月というのは意外にも早いもので、気がついたら夏休みが目前に迫っていた。そういえば、夏休みはどうするんだろう。実家にでも帰るのだろうか。


「なぁ、南方は夏休みどうするんだ?」

「特に何も考えてない。実家に帰るのも良いと思うし、ここで過ごすのも良いかなって思う。かくいう樹君はどうするつもりなの?」

「俺は……そうだな。俺は普通にここで過ごしながらバイトでもするかな。お金はあるに越したことはないし、正直なことを言うとあまり実家に帰りたくない」

「樹君の両親は厳しいの?」

「いや、むしろ逆だね。完全放置に近い。なんて言うのかな。すごい無関心っつうか、乾ききってるつうか……なんか、家族って感じが無いんだよ。だから居心地が悪い」

「そっか」


 二人とも食事の手が止まったまま話していた。俺は初めて自分の家庭について話した。なんか自分の秘密を暴露している感じがしてむずがゆかったけど、なんかふっと心が軽くなった気がした。


「これは私の家庭のことを言わないといけない感じかな?」

「いや、それは任せるぞ」

「そう。なら今はまだ遠慮しておくわ」


 南方はそれいじょう口を開かなかった。俺は少し引っかかる物を感じつつも、これ以上聞く必要も無いから食事の方に意識を向けた。




・・・




 今年の夏休み、南方は結局実家には帰らなかった。俺はいつも通りバイトと課題をやりつつ、南方の目を盗んでゲームをやっていた。一人暮らしが出来ると思っていたけど、こうしてみると、二人で過ごすのも悪くないかなって思った。

 高校最後の夏休みと言うこともあり、俺も南方もそれぞれ仲が良い奴らと遊んでいた。ただ、高校最後と言うことは進路について考えなければいけないというわけだ。俺はもともと就職しようと考えてたから、どこかで内定をとりたいと思ってる。


「そういえば、南方は進路どう考えてるの?」

「藪から棒に何よ。私は……でも、進学かな~。就職するにしても資格は絶対にいるだろうし、専門学校ならこの島にもあるからそこでも良いかなって」

「そうか。でもよ、あそこって確か介護系じゃなかったか?」

「そうよ。でも、介護について学びたいと思ってるから、私としては問題ないのよ」

「いや、そういう問題じゃなくてだな?学力的に入れるのか?」

「何よ。馬鹿にしてるの?」

「いや。あそこやたら倍率高いから大丈夫かなって。教えてほしいなら教えるが?」

「うっ……樹君は今回学年何位だったの?」

「俺か?確か余裕の一位だったが?かくいう南方は?」

「……三十四位」

「ちょっと待てそんな低かったのか?」

「悪い?!ってか、樹君が高すぎるだけじゃない!?」


 南方が逆ギレして机をバンバンしている。正直そんなにキレる要素あったか?


「高いっつうか、問題が簡単すぎるって言うか……一応本州の高校も受かってはいたけど、めんどくさかったからこっち来ただけだしな~」

「自慢?」

「事実だが?」


 そこで少しにらまれたので軽くにらみ返した。少し空気がぴりつくが、定期テストがあるたびにこんな感じだからある意味お約束のようになっている。


「悔しいけど……教えて」

「いいぞ。その専門学校の必要科目は?」

「国語と英語と数学から二教科」

「よし、じゃあ英語と国語で行こう。異論は認めない。夏休みもあと二週間だ。課題は終わってる前提で行くぞ」

「あ、ちょっと待って、課題全然終わってない」

「進学する気あるのかぁぁぁぁぁぁ?!」


 俺は思わず叫んだ。進学するって言うくらいなら、課題終わらせて受験勉強を始めてると思っていたのに。


「よし!今から急ピッチでやるぞ。これからはあまり遊べないと思った方が良い」

「ちょっと待って、いくらなんでもそこまでする必要は……」

「ある。推薦でささっと受かって後楽した方が良いだろ?じゃあ今苦しまなきゃいけねぇ。とりあえず始めるぞ!今どこまで終わってる?」

「えっと、ワークナインの最初の数ページくらい?」

「最初も最初じゃねぇかあぁぁぁぁぁぁぁ!」


 もうだめだ。この子思っていた以上にいい加減な子なのかもしれない。思えば、最初の頃にちゃちゃっとやってた以外でワーク開けてるところ見たことない気がする。これは想像以上に大変な感じになりそうだ。


「それじゃあまずはこのページから。はい始めてこう」

「うぅ……辛い」


 そんな感じで最初はぶつくさと言っていたが、一週間で課題を終わらせて受験勉強に移ることが出来た。そして、それからは文句を一切言うこと無く勉強を続け、気がついたら夏休み最終日を迎えていた。


「よし、とりあえず今日はこれで終わろっか」

「え?まだ二時間くらいしかやってないよ」

「別にいいよ。ずっと根詰めてても良いことは無いしな。昼からは空いてるから、好きなように羽を伸ばしな」

「そっか~。と言われても何も考えてなかったから、特にないのよね。そういえば樹君は何か予定はあるの?」

「特にない。と言うより、俺就職だから勉強とか特にしなくても良いし、内定とれそうなところ何個かあるから進路は問題ないし、仲いいやつみんな進学だから遊ぶやついないし、ゲームでもして時間潰そうかな~って感じ」

「ゲーム?そういえばいつもやってるけど、どんなゲームやってるの?」

「FPSだよ。本気でやるときはパソコンだけど、アカウントは連携してるから基本的にスマホでやってる。見たいなら見せるが?」

「ちょっと見てみたいかも。あ、このゲーム私もやってる。でも下手すぎてすぐやられちゃうんだよね」

「へ~、このゲーム南方もやってたのか。なんか意外だな。あ、じゃあ一回二人でやってみるか?ある程度ならサポートできるし」

「え?いいの?私実はこのゲーム、誰かと一緒にやったこと無いんだよね。えっと……?」

「ここに部屋を作るってあるから、そこから行けるよ。部屋を作ったら部屋番号だけ教えて」

「わかった。えっと?529847?」

「了解。えっと?akaneって名前であってる?」

「そうよ。えっと?yamaimo……あれ?どこかで聞いたことある気が」


 俺のプレイヤーネームを見て南方は首をかしげていたが、俺が部屋に入った時にプレイヤー情報を見て驚愕を隠しきれないでいた。


「チームyakuraって去年日本二位のチームじゃない!え!?そのチームリーダーって……マジ?」

「マジマジ。さ、始めてこっか」

「そんなの聞いてないわよ!というか、どんだけやりこんだの?!」

「えっと、ざっと八千時間かな」

「はっ……!?」

「はいはい、そのリアアクションには飽きたから。さ、ちゃちゃっと潜ろうぜ」

「う、うん」


 その後かれこれ日が沈むまで二人でやっていた。その時間は本当に楽しくて、気がついたら時間が過ぎていた。こんなに楽しいゲームは初めてだった。いや、俺も昔は南方みたいに素直に楽しんでやってたんだと思う。


「は~、疲れた~。それにしても樹君本当にすごいね。私のサポートしながらたくさん敵倒してたし」

「まぁさすがにね。でもこんなに楽しかったのは久しぶりだよ。ありがとな」

「そ、そう?私も楽しかった。ありがとう」


 俺はありのままの気持ちを言っただけなのに、かすかに照れながら返してきた。俺はそれに少しドキッとしてしまった。




・・・




 それからの日々は、これまでとは思えないくらいに充実していた。俺は10月には内定をもらい、就職先が決まった。南方も推薦で合格し、卒業まで大きな時間が出来た。その時間をそれぞれの時間として使ったり、二人でゲームをしたりした。そんな日々も長くは続かなかった。卒業式の次の日、南方の両親が不慮の事故によって死んだ。

 俺は、泣き崩れる南方を見ていることしか出来なかった。葬式から帰ってきた南方の目に精気は一切無く、その日から数日料理は俺が担当した。でも食欲があるわけがなく、ほとんど食べずに残していた。全く動かず、家族写真を見ている南方に、俺はどんな声をかければ良いのかわからなかった。

 ずっとそばにいてあげたかったが、バイトを長期間休む訳にもいかなかった。泣き疲れたのか机に突っ伏して眠る南方にそっと毛布を掛け、俺はバイトに出た。一人だけにしておくのは抵抗があったが、店長に数時間だけでも来いと言われたら休めない。

 だが、俺のこの選択がある意味では奇跡を、一歩間違えたら一生後戻りできない後悔をもたらした。俺がバイトから帰ると、台所に南方が立っていた。包丁の刃を自分の喉に向けて。


「おい……早まるんじゃねぇぞ!!」

「え……樹……君?なん、で?」

「何勝手に死のうとしてるんだよ!」

「私……もう、生きる希望がないの……お願い」

「何考えてんだよ!だからって死のうとするなよ!」


 俺は思わず南方を押し倒していた。手に持っていた包丁はその拍子に南方の手から離れた。あと数分遅れていたら、南方は自分で喉を切り裂いていただろう。間一髪だった。


「じゃあ……私、どうすれば良いの」

「どうもこうもねえぇよ!生きる希望がねぇってんなら俺がお前の希望になってやる!」

「え……?」

「俺がお前のそばにずっといてやる!俺がお前を幸せにしてやるよ!」


 こんな状況で言うべきことじゃない。わかってる。でも、ここ数日南方を見ていて、俺はこいつを守りたいと思った。だから今、俺は言う。はっきりと名前を呼んで。


「だから、俺と結婚してくれ!茜!」

「え……?でも、私……」

「でもじゃねぇ!俺は茜と結婚したいんだ!」

「いい……の?私で……本当に?」

「ああ。そうじゃなきゃこんなこと言わねぇよ」

「うぅ……私の、方こそ……お願いし、ます……」


 俺は茜を起こし、茜を抱き寄せた。今までこらえていたであろう涙が溢れ、茜は俺の腕の中で震えていた。

 そのまま眠ってしまった茜をベットに乗せ、俺は夕食を作り始めた。今日は少しだけ頑張って、お祝いのような感じのメニューにした。


「あれ?良い匂い」

「お?起きたかい?もう少しで出来るから、ちょっと待ってて」

「うん……あのさ」

「どうした?」

「夢じゃない……よね。さっきの、夢じゃない……よね?」

「あぁ。夢じゃないよ。確かに俺は君にプロポーズした」

「そっか。そっかぁ~……」


 今にもとろけてしまいそうな声で茜はつぶやいた。俺も自分で言ってて恥ずかしい。勢いのまま言ってしまったとはいえ、本当の気持ちを言うことがこんなに恥ずかしいなんて思わなかった。


「よっし、完成っと」

「ありがとう。でも、ちょっと多すぎない?」

「あはは……ちょっとテンション上がっちゃって」

「もう……ばか」


 うつむいたままそう言うと、茜はゆっくりと食べ始めた。それを追いかけるように俺も箸を進めた。初めて向かい合って食べる夕食は何か新鮮で、とてもドキドキした。


「ごちそうさまでした」

「さすがに残っちゃったか~」

「うん。さすがに多いよ」


 2人見合って、笑った。幸せが溢れ出てくるような感じがして、むずがゆかった。

 そのあと二人で話して、明日、俺の両親に話しに行こうってなった。俺はその後両親に連絡だけして、眠ることにした。




・・・




「勝手にしなさい」


 開口一番、父はそう言い放った。俺は、両親が俺に対して想像以上に無関心だったことを感じ、圧倒的虚無感に襲われた。絶句している俺の隣で、怒りをこらえている茜が小さな声で俺の両親に聞いた。


「それは……どういう意味でしょうか」

「そのままの意味よ。勝手にしなさい。私たちには関係の無いことだから」

「あなたは親ですよね?なのに、どうしてそんなことが言えるのですか?」

「逆にどうしてそんなこと言われなきゃならないのか聞きたいね。君には関係の無いことだ」

「関係ない?」

「そうよ。もとより、こんな息子はうちにはいりません」

「あなたは……あなたたちは、どうしてそんなにも……」


 茜は唇を噛んで怒りを必死にこらえていた。そして1つ、大きく深呼吸をして自分を落ち着かせてからゆっくりと口を開いた。


「先日、私の両親が死にました。私はその時、両親の後を追おうと思いました」

「それで?」

「……当たり前のようにいると思っていた存在を失うのは、本当に辛いです。なのに……あなたたちはどうして、自分から突き放そうとするのですか……」

「……あなたは私たちにどうしてほしいの?」

「もっと樹君と話してください。話さないとわからないことだってあります」


 茜のその言葉に感化されたのか、両親が初めて俺の話を聞こうとしてくれた。

 それからは早かった。両親の胸の内を聞くことが出来たし、俺の思っていることも包み隠さず言うことが出来た。本来なら出来るはずのなかったことが、茜のお陰で実現した。そのこともあって、両親も俺が茜と結婚することを本格的に了承してくれた。




・・・




 あれから五年の月日が経っていた。俺たちは、茜が専門学校を卒業してから真面目なお付き合いをして、晴れて今日、結婚の日を迎えた。

 隣に立っている茜を見ながら、俺はあの日のことを思い出していた。まだお互いにこうなる未来を予想していなかった、あの日のことを。


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