第七話 リエルの塔
(まずは日用品を買わないとな。さすがに服もこれだけだとまずいし…)
俺は肉屋で買った肉を食べながら色々なお店を見て回ることにした。
これだけ栄えている国ならほとんどの物は揃うだろう。
*
買い物を終わらせた頃には既に空は夕焼けで赤く染まっていた。
(思ったよりお金、かからなかったな…)
俺は色々なお店を回り、歯ブラシ,洋服,タオル,髭剃りなどの日用品を手に入れた。
どうやら元居た世界で手に入るようなものは、簡単に手に入りそうだ。
かなりの日用品を買い揃えたはずだが、残りの金貨の枚数は80枚を優に超えていた。
「いっぱい買った割には結構お金が余ったなぁ…そうだ、最後にリエルの塔に行ってみてもいいか?」
(別に構わんが…そろそろ人間は入れなくなると思うぞ?)
「まだ夜じゃないから駆け足でいけば間に合うだろう。方角さえ分かっていれば道が分からなくても
問題ない」
俺はそう言いながら、リエルの塔が立っている方角へと走り出した。
*
これがリエルの塔だろうか。実際に近付いてみると幾分か大きく見え、先程見たものとは別物ではないのかと疑ってしまう。
頂上に既に人はいなかったが、まだ衛兵はいない。どうやら上れそうだ。
塔の下部からは頂上へ続く螺旋階段が垣間見える。
(入口は……あそこか)
俺は駆け足で螺旋階段へと向かった。ここで衛兵に引きとめられてしまってはここまで来た意味が無い。
*
塔を上り始めて数分が経過したはずだが、傾斜が緩やかだからか、俺はまだ頂上には到着していない。上っていると稀に出現する窓の外を眺めてみると、十分高い位置にいることがわかる。
「この階段結構長いじゃねえか…もうそこまで若くないんだぞ…」
階段を上って息を切らした俺は、冗談交じりに心の声を漏らした。正直に言ってもう一段も上りたくはない。
(お前は誕生して数十年だろうが、私は誕生して数千年以上が経過している。私の方が若くないが、お前の数十倍は動けそうだ…)
ヴェルグは俺の疲れた様子を見て、嘲笑った。
「俺は20歳だ。若くないって言ってもお前は吸血鬼だろ。確か吸血鬼は年を取らない…んだよな?」
(死んでいるのだから吸血鬼に老いはない。吸血鬼となると細胞の分裂は止まり、血を吸わなければ
生きていけない体となる…吸血衝動は己を狂わせ、血を吸わなければやがて死に至る。吸血衝動に勝てる吸血鬼など、この世には存在しない)
俺は驚いた。生きる為とは言え、ヴェルグと違って俺は人間なのだから、人を殺めるわけにはいかない。
「おいおい…お前のせいで俺が血を吸わなきゃいけないのはさすがに勘弁なんだが。何かいい方法は…」
(――私はまた別だがな)
「……始祖って間違いなく感じ悪いやつが多そうだよな。それを先に言ってくれ…」
そんなことを話していると、視線の先に螺旋階段の終わりが見えた。どうやら頂上に到着したようだ。頂上からは先ほど訪れた屋台のある通りと、通りを歩く人々がとても小さく見える。
辺りを見渡すと、屋敷から歩いてきた森が見えた。
「俺はあの森を抜けてここに来たんだよな…」
当時は話しながら歩いていたからかあまり長く感じなかったが、こうして頂上から眺めると改めて長い距離を移動していたことがわかった。
森を眺めていると、俺はあることに気付いた。
「ん…?なぁヴェルグ、屋敷がないんだが…」
間違いなく森の道なりに存在するはずのエストの屋敷が、忽然と姿を消していたのだ。
するとヴェルグは少し考えこみ、口を開いた。
(ふむ……何か大きな魔法を使って屋敷を隠匿しているのではないのか?…少し引っかかってはいたのだが、お前は奴が何者か知っているのか…?)
考えてみると、俺はエストについて何も知らなかった。知っていることといえば、名前くらいのものだ。
改めて考えてみると、不思議な点がいくつも存在した。そこで俺はヴェルグに答えた。
「いや、エストには助けてもらっただけだから詳しくは知らない。だが、古い金貨を無料でくれたり、一般的に口にすることの出来ない食事を出してくれたり…普通に考えたら有り得ないよな…」
胸の騒めきを表すかのように強い風が吹き、森の木々を揺らす。
(あの者は恐らく相当高位の魔法師だろう…風貌からしても実力の底が計り知れない。これは私の勘だが、恐らく屋敷に使用されているのは無属性系統の隠匿魔法などではないだろう。詳しくは私にも分からないが、あの森にはこの世の理から大きく外れているような何かが…)
「――そこの君!もう日没だからここは立ち入り禁止だ。早く降りなさい!」
後ろを振り返ると、鎧を身に着けた衛兵らしき男が立っていた。
「へいへい…」
もう少し街を見ておきたがったが、仕方がない。俺は塔から下りることにした。
*
駆け足で塔を降りたはずだが、塔を降りた頃には既に日は落ちていた。
「暗くなってきたし、そろそろ宿を探さなきゃいけないな…」
塔を降りてしばらく道を進んではみたが、どのお店も閉まっていた。また、先程まで賑わっていた通り
には、誰一人として見当たらなかった。道に一定間隔で電灯は設置されているが、辺りは暗く、とても宿を探せるような明るさではない。
「――キャッ!…誰か!誰か助けてください!!」
宿を探していると、突然どこからか大きな声が響いた。
「ん…?なんだ…?」
路地裏を見ると、若い女の人が襲われていた。吸血鬼だろうか。人間のような姿をしているが、女の人の首元に今にも噛みつこうとしている。女の人は吸血鬼の首元を必死に抑えて抵抗しているが、恐らく長くはもたないだろう。
「おい!その女の人から手を放せ!」
自分が標的になるのは嫌だが、今にも噛みつかれそうな姿を垣間見て、思わず声を荒げてしまった。すると吸血鬼は女の人から手を放し、錯乱した様子で叫びだした。
「おイおイおイおイおイおイおイおイぃッッ!! ク・ソ・ガ・キが俺様の邪魔をしてンじゃねエぇぇぇぇぇぇッ!!」
吸血鬼が叫ぶと同時に、女の人は恐怖で膝から崩れ落ちた。目には涙を浮かべており、しばらく動けそうにない。
「……ヴェルグ、任せていいか?」
俺は、冷静にヴェルグに話しかけた。ここで吸血鬼の挑発に乗るわけにはいかない。
(なぜ私があのような脆弱な人間を助けなければならんのだ…?我は高潔なる始祖がうちの…)
「――ここであの女の人を助ける理由は二つある」
内心今の状況に焦っていた俺は、ヴェルグの言葉を遮るようにして言った。
「1つ、あの女の人を助ければ、有益な情報が手に入るかもしれない。2つ、ここであいつを食い止めないと、この王国で吸血鬼が増え、俺達が標的になる危険が高まる。……正論だろ?」
するとヴェルグは、ほくそ笑んで言った。
(…そうだな。だが一つ、お前は間違えている。食い止めるんじゃない。闇に葬るのだ…)
ヴェルグがそう言うと同時に、俺は体の自由を奪われた。
筆者、旅行に行っておりました!!都会の空は狭いですが、田舎の空は広くて新鮮ですね…
あ…そんなことどうでもいいですよね。更新遅くなってしまって本当に申し訳ないです…
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