第五話 始祖
輝が屋敷を去った後、エストとエリスは密かに話し合っていた。
「エリス…どう思いますか。あの少年」
「はい…。訓練の途中、少年の雰囲気が変わったように感じる瞬間がありました…」
「やはりそうですか…私の眼の魔力の色を見ることができる能力を使用したところ、
訓練中、彼の体を纏う魔力の色が変わることを観測しました…」
「…! 有り得ません。魔力の資質が変わる事など…!」
「えぇ…人間は必ず体で1つ,法具で1つの計2属性までしか扱えません…」
エストはゆっくりと話を続けた。
「彼は生きている人間であり、魔力は無色でした…つまり魔法に関する才が無い無属性です。
法具なしで無属性系統の魔法しか扱えない者が、他の属性の魔力を体に纏うことなど、到底有り得ません…」
エリスは少し考えこみ、ようやく口を開いた。
「あの剣撃を放った彼の魔力は…一体何色だったのですか…」
すると森は胸の騒めきを表すかのように、騒めいた。
「瘴気の如き黒の周りに蒼炎…でしょうか…。通常は闇の魔力であれば黒, 火の魔力であれば赤なのですが...あのような禍々しい魔力を纏う人間はこの私でも見たことがありません…」
「主でもわからないものがまだこの世に存在しているんですね...」
エリスの心配げな表情をよそに、エストは話を続けた。
「どうやら少し調査をしてみる必要がありそうです――」
エストはそう言いながら、屋敷の中へと戻っていった。
*
俺はエストの屋敷が見えなくなるほど森を突き進むと、自分の体を支配した男に
声をかける。
「なぁ…聞こえるか…?」
しばらくして、実戦訓練中のあの時のように声が響く。
(私か…?私に何か用か?人間)
その時、こいつは一筋縄ではいかないと感じた俺は、自然に情報を引き出す理由を考えた。
「さっき《貴様は私であり、私は貴様だ》って言ってたと思うんだが、それはつまり、
俺とお前の関係が切っても切り離せないようなものだということを明言したことになる…」
俺は元居た世界で仕事をしている時の500倍くらい頭を働かせながら、話を続けた。
「なら今後のことを考えても情報共有は必要だ。俺のことを教えるから、お前のことを
教えてほしい」
俺の意見を聞くと、男はせせら笑いながら言った。
(…人間にしてはよく考えたじゃないか。しかし、黎明より続く時間を闇と共に生き
てきたこの私が、お前のような脆弱な人間のことを知って一体何のメリットがある…?)
「関係は切れないのに、頭は切れるんだな…」
くだらないことを言っていながらも、その男の指摘に俺はたじろいでいた。
すると、男はおどろおどろしい声で話し始めた。
(…まぁいいだろう。私の名はヴェルグ…始祖がうちの一人にして最強の吸血鬼…黎明より続く
この戦いの元凶であり、深淵たる闇を好む全ての吸血鬼の根源である…)
「始祖がうちの一人…ということは、始祖は複数人存在しているということでいいのか…?」
(あぁ、ほぼ間違いないだろう…特別に話してやろう)
ヴェルグはあまり乗り気ではないようだが、話し始めた。
(始祖は恐らく、様々な魔法と医薬の考案および分析に長けている賢者タイプ,吸血鬼現象
による闇の眷属の繁栄に長けている骸タイプ,そして剣や様々な魔法を使った戦闘に
長けている皇帝タイプの合計3体が存在していると考えている…私を含めてな)
(私は国すらも存在していなかった黎明期、数々の村で人々を殺し、浴びるほどの血を吸った。
吸血鬼現象により吸血鬼になる人間も現れたが、歯向かう吸血鬼は全て切り伏せてきた…)
(しかし、私が狩りを行っていない遠く離れた村や森にも吸血鬼となった人間は数多く存在して
いた…そして吸血鬼は増え続け、各地で猛威を振るい始めた…)
(それに比例し、人間の間で魔法や薬に関する技術が飛躍的に発展していった…どの人間に尋ねても
皆口を揃えて《突然賢者様が訪れた》と言うのだ。人の生き血を啜る鬼でありながら人間の
肩入れをする者が間違いなく存在しているだろう…)
「……なるほどな」
俺はヴェルグの話を聞いても、不思議と何の感情もわかなかった。
この世界の人間として生まれていない俺にとっては、全ての出来事は架空の歴史のように
思えて仕方がなかったからだ。
(私の話はこれくらいでいいだろう。次はお前が話せ…)
「待ってくれ、最後に一つだけ聞きたい。なんで俺の中にヴェルグがいるんだ…?」
(それは私にもわからない。我は永劫なる時を生きるのに飽き、自らの身を滅ぼして死んだ…
しかし、気付いた時にはこのようにお前の精神と融合したような状態にあった訳だ…)
「おいおい…」
永遠の生命。それは多くの人間が憧れているものだが、何の目的も無くただただ
生き続けるのも、恐らく苦痛なのだろう。
(私の話はここまでだ。話せ)
「わかったわかった…俺の名前は御堂輝。信じられないかもしれないが、俺はこの世界の人間
ではないんだ。だからこの世界のことはまだよく分かっていない」
(ほう…?)
何でも知っているような口ぶりで話すヴェルグでも、多少は驚くことがあるんだなと言いそうに
なったが、始祖としてのプライドを傷つけることになるので、俺は口先から出かけた言葉を
飲み込んだ。
現実でも異世界でも、強い権力や力を持った人間は間違いなくプライドが高い。
すると興味を持ったのか、ヴェルグは俺に疑問を投げかけた。
(この世界の人間ではない者がどうやってこちら側にきた?)
当然の質問だ。別の世界からやってきたことなど、にわかには信じられるはずもない。
「…それは俺にも分からない。元居た世界で顔も姿も分からない何者かに殺されてしまってな…
でも不思議と殺された後も意識だけはあって、その時《始祖を継承させます》とか《転生させます》
とか何とか言われたんだが…気付いた時にはさっきまで居た屋敷のソファの上だった…」
(どうやら意図的にこちら側に来た訳ではなさそうだな…)
話しながら森を突き進んでいると、森の奥から光が漏れているのが見えた。
どうやら無事に森を抜けられたようだ。
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