第四話 訓練開始
エストがスタートの合図をした途端に、木々のざわめきは止み、静寂が辺りを包んだ。
エリスが木刀を構えると、その立ち振る舞いがまるで名立たる剣士のように見えるのは、
俺が剣以前に、木刀すら握ったことがないからだろうか。
(やるしかねえか…)
俺は見様見真似でエリスの剣の構えを真似る。
俺が剣を構えたのを確認したエリスは、冷酷な目つきへと変わった。
「参ります…」
エリスは走り出して一気に距離を縮め、間合いに入ると右手で木刀を斜めに振りおろした。
すかさず俺はそれを剣で受け止める。風切音と共に木刀のぶつかる音が森へ響く。
「――ッ!!」
木刀を握っている右手が痺れた。
細い腕から繰り出される一撃は、まるで女性とは思えないほど強い。
エリスは素早く数歩下がり、腰を低く下げ、踏み込みながら木刀を斜め上空へと振り上げた。
俺がその剣撃を避けると、エリスは腕を回しながら木刀を斜めに振り下ろした。
木刀の切っ先が俺の首元をかすめると同時に、俺はカウンターように剣を斜めに振り下ろす。
しかし命中するはずもなく、木刀はむなしく空を切った。
ひとまず距離を取ることにした俺は、エリスから素早く離れる。
(あぶねぇ…これじゃあ首がいくつあっても足りねぇよ…)
一歩間違えれば容赦のない一撃が俺の首に命中していたところだった。
(あの風のような動きについていければ、防ぐくらいはなんとかなりそうだが…)
その時突然、どこからともなく男の声が聞こえてきた。
(――防戦一方だな…)
「え…?あの…エストさん今何か言いました…?」
「いえ何も…そんなことより今は目の前の実戦訓練に集中してください…」
エストは飽きれた表情でそう答える。どうやら聞こえているのは俺だけのようだ。
(私の話をよく聞け人間。認めたくはないが、貴様は私であり、私は貴様だ。
ゆえに訓練といえど、この私が敗れ去ることなど、あってはならない…)
脳に直接響くようなその声はさらに続けた。
(話は後だ。少し体を貸してもらう…)
(おい!ちょっと待…)
その時一瞬視界が揺らいだ。気付くとなぜか体の自由がきかない。
まるで五感を支配されたような感覚だ。
(どうなってる…)
木々の音も聞こえる。澄んだ空気の匂いもわかる。目の前の景色も見えている。
しかし、まるで自分を遠くから傍観しているようなこの感覚は何だ。
すると、俺の体は操り人形のように勝手に動き出す。
「人は愚かだ…ゆえに弱すぎる。あまりにも。」
俺の口は誰にも聞こえないような声でそう呟く。
「次で終わらせる…」
そう言うと、俺の体はエリスに向かって走り出し、瞬く間に間合いに入った。
待ち構えていたエリスは木刀を俺の首元に向かって振りかざす。
「遅い…《剣の二重奏》…!」
木刀が二つに見えたかと思った次の瞬間、エリスの木刀は宙を舞う。
その時には既に、俺の木刀はエリスの首元の頸動脈付近を捉えていた。
向けられた木刀に、エストとエリスは驚きの表情を見せている。
俺の腕が木刀を下げると同時に、沈黙を破るようにエリスとエストは口を開いた。
「太刀筋が……全く見えませんでした…」
「今のは…」
(…)
俺の顔が空を向くと同時に、先程のように視界が揺らぐ。
すると、遠くから自分を傍観していたような感覚が消え、元の感覚を取り戻した。
体も動く。どうやら解放されたようだ。
「その…知り合いに剣が上手な方がいて、真似したら偶然出来てしまったようで……」
咄嗟に思いついた嘘にしては中々に上出来だろうと俺は思った。
「そうですか…本当はエリスにリエル王国付近まで護衛として行かせようと思いましたが、
どうやら不要みたいですね。その木刀は差し上げます」
エストは納得のいかないような表情を浮かべながら、そう言った。
明らかに嘘がバレている。俺は嘘をつくのが下手だ。これ以上色々と詮索されるとまずいので、
俺は足早に立ち去ることにした。
「あの…なにからなにまで本当にありがとうございました。この恩はいつか必ずお返しします…」
俺はお金の入った小袋と木刀を持ち、二人にお礼を言った。
「いえ、別に構いませんよ…ただの気まぐれのようなものですから。それよりも、日が落ちる前に
はやく出発した方が良いと思いますよ」
エリスは深々とお辞儀をする。すると、エストは続けた。
「あちらの森を抜けた先がリエル王国へ続く道です…」
エストの指さす方向には、日の出ている時間帯でも薄暗い、深い森が続いていた。
「わかりました。本当にありがとうございました。それでは失礼します…」
俺は深々とお辞儀をして、足早にリエル王国へと続く森へと向かう。
「あぁ…それと…」
エストは突然真剣な表情になり、俺を呼び止める。
「一度この領域から出てしまうと、もうここには戻ってこれないので、ご容赦ください…」
「…?」
あまり言っている意味が分からなかったが、俺は先を急ぐことを優先させた。
「……わかりました」
そう言いながら俺は森の奥へと進んでいった。
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