第三話 出発日
(ここは…)
俺は周期的な時計の音で目を覚ました。
(そうか…昨日はそのまま寝てしまったのか…)
昨夜はエストを怒らせてしまったらしい。吸血鬼については触れない方がよかったのだろうか。
少し気まずいが、俺はゆっくりとソファから起き上がり、既に起床しているエストに挨拶をした。
「あの…おはようございます…」
「あぁ…おはようございます。昨晩は食事も出さずに失礼致しました…」
エストは読んでいた書物を閉じ、挨拶を返した。
考えれば昨日から何も口にしていなかったが、異世界に転生した驚きで空腹など忘れていた俺にとっては、気遣いだけでも嬉しかった。
「いえ、お気遣いだけでも嬉しいです。ありがとうございます」
「少々お待ちください…今、エリスに食事をご用意させます…エリス」
エストがそう呼ぶと、キッチンらしき場所の死角から、一人の少女が現れた。少女の髪色はエストと対照的に艶やかな白髪であり、瞳は同じく緑がかっている。
「お呼びですか、主…」
「エリス、彼に用意している食事をお出ししてあげなさい…」
「はい…ただいまお持ちいたします…」
彼女は丁寧な口調でそう言うと、二つのお皿を運んできた。
「こちらが真紅の猪の酒蒸しと、当屋敷で採れた野菜を使用したサラダでございます」
料理の見た目はどちらも元いた地球と変わらない。
真紅の猪…この肉は魔物のものだろうか。魔物の肉だと思うと正直怖いが、
蒸気と共に広がる果実酒の香りが鼻腔をくすぐり、食欲をそそる。
俺は空腹に耐えることができず、ついに料理に手を付けた。
「頂きます…」
肉にかぶりつくと、肉汁が溢れ出すと同時に、果実酒の甘い香りが口いっぱいに広がった。
サラダもかなりみずみずしく、肉との相性は抜群だ。
「おいしい…これは全てエストさんが…?」
「いえ、これは全てエリスに作らせたものです。あぁ…ご紹介がまだでしたね…エリス、ご挨拶を」
「はい…私はエリスと申します…主のお屋敷で魔法,剣術,調合などを学んでおります…
その他にも家事などを担当しておりますので、何かございましたら何なりと…」
「――良いことを思いつきました…エリス、彼がここを発つ前に剣術を教えて差し上げなさい…」
「承知しました…」
(はい…??)
エストは驚く俺を無視し、話を続けた。何を考えているのだろうか。
「リエル王国付近の森では魔物が頻繁に目撃されます…剣術の基礎くらいは学んでおいた方がいいでしょう…」
元居た世界ではお箸くらいしか握っていなかった俺に、どうやら剣を握らせようとしているらしい。
突然の出来事に俺は戸惑いを隠せなかった。
「え、俺が剣…ですか…?」
「はい。朝食を食べ終わったらお渡ししたローブに着替え、裏庭にいらしてください。エリスはこちらへ…」
「はい…主…」
二人は立ち上がり、裏庭へと向かっていった。
俺は急いで朝食を平らげる。
(痛いのは嫌いなんだが…)
*
全ての支度を済ませた俺は、黒いローブに身を包んだ。
裏庭に出ると、二人は切り株のような椅子に腰を掛けて俺を待っていた。
木製のテーブルの上には武器が置かれている。
「お待たせしました」
「おや…はやかったですね。では、さっそくやりましょうか」
エストは少し嬉しそうな表情をしてテーブルの上の武器を手に取り、そう言った。
「左から、太刀,大剣,片手剣,双剣です。好きなものを選んでください…」
どうやら剣は全て木製のようだ。
(これならリーチも長いし、腕力がそんなに無くても扱えそうだな…)
俺は太刀を手に取った。剣は初めて握るが、よく手になじむのは気のせいだろうか。
「貴方にはエリスと実戦形式で戦ってもらいます。まずはエリスの攻撃を剣で受けることに専念してください…」
「あの…実戦ということは攻撃もした方がいいんでしょうか…」
女の子に触れた事すらない俺は、エストに恐る恐る尋ねた。
「えぇもちろん。エリス、容赦は要りませんからね」
「はい…主…」
エリスは木製の大刀を握りしめながらそう言った。
「では双方離れて…」
「始めてくださいーー」
エストの声で訓練はスタートした。
平日は忙しくて中々更新ができません...
コロナが流行っているようで、皆さんマスクを忘れずに!体調管理には気をつけてください!!