プロローグ
どこか遠くから聞こえる携帯のアラームが、御堂輝を現実へと送還する。
(そうか、今日は……月曜日か)
曜日感覚の無い俺は携帯のアラームを止め、ようやくその事実に気が付いた。
仕事に行かなければならないが、体が拒否反応を起こしているのか、
ベッドからなかなか出る事ができない。ベッドは俺の唯一の安息の地だ。
「めんどくせぇ……」
そう呟きながら起き上がり、だらだらと洗面所へと向かう。
寝ぐせは付いていない。髭もそこまで伸びていない。どうやら問題なのは虚ろな目だけのようだ。
そして、ようやく俺は薄汚れた壁にかかっているスーツに手をかけた。
(今日から金曜日までこの生活、まるで呪いだな)
参勤交代と同じく、会社に行くのなんか1年に一回で良い。
まだ着慣れていないスーツに身を包ませながらそんなことを考えていると、
いつも家を出発している時間を過ぎていることに気が付いた。
(電車間に合うかな……)
サラリーマン一式を装備した俺は、ギシギシと音を立てる建付けの悪いドアを開け、
足早に家を出る。
(ん?)
なぜか自分の家の空気よりも外の空気の方が澄んでいるように感じてしまう。
田舎に住んでいた当時の俺からすれば、考えも及ばないことだった。むなしい感動だ。
とりあえず走ってはみるが、今まで運動という運動を全くしていなかったせいか、体が鉛のように重い。
当たり前だが、すぐに体力の限界が来た。しかし、今日に限っては走らないと電車に間に合わない。
◇
最寄り駅と自宅の中間地点である吊り橋に差し掛かり、俺は携帯の時計を眺める。
「ハァ……」
ノンストップで走ってはいたが、思ったよりも時間がかかっている。
疲れと共に出た溜め息は、冬の寒さで白い息となり消えていった。
ワイシャツの第一ボタンを閉めているからか、中々酸素を体に取り入れることができない。
しかし、俺に呼吸を整える余裕はない。
思わず文句が口を突いて出そうになったが、口を動かすより手を動かせという言葉を自分に投げかけた。
今回ばかりは口ではなく足を動かさなければならない。俺はまた走り出すことにした。
どうせ文句を呟いても、吊り橋を走る自動車の音にかき消されるだけだ。
◇
(結局間に合わなかったな……こりゃ遅刻だ)
全力で走ったつもりではあったが、すんでのところでいつもの電車に乗り遅れてしまった。
(まぁしょうがないか……)
俺は上司に遅刻の旨を伝えるメールを書きながらそんなことを考えていた。
輝という人間がいなくても、誰も悲しむことはない。
考えれば、運命なのか宿命なのかは知らないが、俺には昔から全く友達がいなかった。
だから悲しんでくれる人といったら、親くらいのものだろう。
そんなことを考えていると電車の通過を知らせるアナウンスが聞こえてきた。
(痛いの嫌いだし。勇気もないしねぇ……)
鉄の塊が目の前まで迫ってくるのをみると、さすがに飛び降りようとは思わなかった。
ただ、こういった何気ない気の迷いが会社に行く前のサラリーマンを死に追いやるのだろう。
特に月曜日はサラリーマンの人身事故が多いらしい。
その時、突如として視界が大きく揺れ、俺はバランス崩した。
(おいおいまじかよ…さすがにそれはまずいだろ…)
どうやら俺は誰かに後ろから突き落とされたらしい。携帯を眺めていたせいで突き落として
きた奴の顔が確認できない。
(まぁ特にやり残したこともないしな……)
こういう時に周りの時間がゆっくり進むっていうのは、本当だったようだ。
電車の急ブレーキの音と同時に、俺は静かに目を閉じた。
◇
(……ん?)
本来なら既に意識は無いはずだ。しかし、まだ輝としての意識があった。
目を開けると、そこにはどこまで続いているかわからない黒い空間が広がっている。
(なにが……どうなっているんだ……)
先ほどまで居た駅や電車,人までもが忽然と姿を消している。俺は死んだのだろうか。
体を動かそうとするが金縛りにあっているようで、目以外は動かすことが出来ない。
(まさかな……)
ここがどこなのか、自分の身に何が起こっているのかはわからないが、感覚的に分かったことがある。
ここは三途の川や天国といった類の場所ではない。
その時、突如として黒い空間の一点から生じた眩い光が闇を侵食しはじめ、瞬く間に輝を包み込んだ。同時に、機械じみた声が空間に響く。
「転生者を確認。継承可能なオブジェクトを検索中……完了。オブジェクトナンバー000、始祖が見つかりました。始祖を転生者へ継承中……完了。転送を開始します……」
まもなく俺は意識を失なった。
新連載です!よろしくお願いいたします!