公然猥褻予備軍
校舎を半分ほど取り囲んだ大きな大木、校舎裏にある推定樹齢二千年の生命に満ち溢れたこの木は、アダムとイブの大樹と言われ、実際にこの木にはアダムとイブの魂が宿っているらしい・・・あくまで噂だが。
そして、この木の下で告白すれば、恋が実りお互いは永遠に結ばれるという、伝説がある。
俺、古傷乃亜は今まさに、幼馴染の森園マリアの告白を受けている最中だった。
小動物のように小柄で、彼女の肩までスラッと伸びた艶めかしい黒髪は、黒曜石のような輝きを放ち、汚れを知らない乳白色の肌は名前の如く、聖母マリア様そのものだった。
実際にその美貌からクラスの皆に愛されていて、一部の宗教的なファンからはマリア様と崇められている。もし付き合ったとなると皆の反応が怖い。
「あのさ、乃亜・・・私と・・・つ・・・つき・・・」
この言葉から察するに告白で決定だろうか、マリアは顔を朱色に染め、目を泳がせながら、聞き取れるか聞き取れないかくらいの声でそう呟いた。
マリアとは同級生でもあり幼馴染でもある。昔からの家族ぐるみの付き合いだ。
マリアと俺は幼い頃からの知り合いで、小さいながらも結婚の約束をした中だった。だがそれも昔の話、ちゃんとした告白をされるのは人生で初めてだ。
特段変わって何もない、いたって平凡な俺に告白をする奴なんてどこにもいない、緊張はしていたが、この告白を断る理由はどこにもなかった。
ーーそれからしばらく沈黙がつづいた。周りは静かで彼女の荒い息づかいだけが聞こえてくる。
俺の額からは汗が吹き出し、心臓は今にも飛び出しそうなくらい脈打っていた。表情を見るからに告白まで秒読みだろう。
あとは彼女からの告白を受け入れ充実した学園ライフを送るだけだ
ーーーーが、
「何だあれ?何かおちてくるぞ!」
突然、木の頂上付近から何か黒い塊のようなものがマリアに目掛け落ちてきた。
「えっ、何!?」
マリアは空を見上げる。
それが何かを認識する暇もなく黒い塊はマリアに吸い寄せられるかのように彼女の中に消えていった。
意識を失ってその場所に倒れこむ。彼女の元へ駆け寄り、身の安全を確かめる。
「マリア!!大丈夫か!?」
「・・・・・・私は大丈夫、だけど何だか気持ちわるくなっちゃって・・・」
「気持ち悪いのか、じゃあ俺が保健室に連れてってやる、おんぶしてやるから背中に乗ってくれ」
俺はマリアに向かって背中を向けてかがむ。
「違う、そう言うんじゃなくて」
否定しつつ、マリアは俺の方を見て、屈託のない笑顔でこう言った。
ーー「服を着てるのが気持ち悪いの」
「・・・・・・・・・え?」
さっきまであんなに顔を赤らめて話していた人が言うセリフではないような事を、何の躊躇いや恥じらいもなく、しかも笑顔で言い放つ。
あれ?もしかしたら聞き間違えたかもしれないと思い、俺はもう一度確認した。
「ごめん、今なんて・・・?」
「だ・か・ら服を着てるのが気持ち悪いの!!」
どうやら聞き間違いではないらしい。何度も聞いたからか、マリアは少しふてくされた表情を浮かべたと思ったら、おもむろに服を脱ぎ始めた。
シャツのボタンを一つ一つ確かめるように外し無造作に脱ぎ捨て、次はスカートに手をかける。そして一気に下着姿になり、彼女の肌があらわになる。その顔からは想像できないような豊満な胸、ウエストは引き締まり女性らしい曲線を描いている
「ちょっと待て!落ち着け!そして服を着ろ」
俺は慌てながら言った。
しかし、聞こえていないのか無視してるのか、何かに取り憑かれたように服を脱ぐのを辞めない、そして、とうとう下着に手をかける。
「何が起きてるんだ、やめろおぉぉ」
俺はとっさに背を向け、手で顔を覆い目を隠した。
後ろでゴソゴソと言う服が擦れ合う音だけが聞こえる
健康的な男子学生だったらここで、歓喜して釘付けになるのかもしれないが、それだけは俺のプライドが許さなかった。
「何慌ててるの?もう服着たよ」
マリアは言った。
恐る恐る目を開き、視線をマリアの方に戻すと、制服のシワを伸ばしながら、彼女は何食わぬ顔でこちらを見ている。
「何で突然服を脱いだんだ?」
「分からないけど、脱ぎたくなったから脱いだよ、乃亜はお風呂入る時とか服脱がないの?」
「いや、それとこれとは話が別だろ、だいたいこんな人が見てるかも知れない所で服を脱ぐのはおかしいし、恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしくないよ、それよりもうすぐ授業始まっちゃうから早く行こう!!」
マリアは思い出したかのように慌てて答える。どうやらマリアは羞恥心という概念がなくなってしまったようだ。
信じられないがこの木の噂が本当だとしたら、さっきの黒い塊はアダムかイブの魂なのかも知れない。
その魂が乗り移り、歩く公然猥褻予備軍に成り果ててしまったと言うのなら少しは理解できる。
「何ぼーっとしてるの?はやくはやく!」
「あぁ・・・はい」
マリアは、頭の整理が追いついていない俺の手を強引に掴み、引っ張りながら先導を歩く、なにやら木陰から人の影が見えたような気がするが気のせいだろうか。
ーーこの時の俺は、何かの間違いかも知れないし、もうこういう事は起きないだろう・・・と、そう考えてていた。