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ゴールデンウィークまでに  作者: 四色美美
6/12

アニメの聖地

17番はあの花の重要な登場札所です。

 次に訪れたのは17番定林寺。

山門は階段の上にあった。

所作の後で梵鐘の前に立った。

今まで私達は鐘を衝いてこなかった。

迷惑だと思っていたからだ。

でも此処だけは別だった。



西国33観音と阪東33観音と秩父34観音の合わせて100観音を模していて、県指定の文化財だからだ。

本当は先に突いている人がいたので私達も並んでみただけだった。

初めて突くその鐘は、秩父盆地に鳴り響いていた。



「おん、まか、きゃろにきゃ、そわか」


十一面観音様のご真言を唱えて裏の回廊に入ると、緑の紐があった。

その紐はご神仏と繋がっていると書いてあった。



鉄ちゃんはその紐をきつく握り締めていた。

まるで、観音様にすがる信者のようだった。



「ゆうか……さん」

か細い声が聞こえた。

それが誰なのか解らないけど、鉄ちゃんの隣にそっと寄り添った。



(ゆうかさんって誰なのだろうか?)

其処には嫉妬に似た感情を覚えて頭を振っている自分がいた。





 納経所は色々な貼り紙があって賑やかだった。

アニメあの花の舞台になった札所なので、ポスターなども並んでいた。



私達は其処で小さなお遍路人形を戴いた。

近所のお年寄りが作ると言うその人形は、顔が風船葛の実だった。

何も描かれていない黒い中のハートの部分が何故か微笑んでいるように思えた。



秩父霊験記は林太郎定元だった。

定元が追放されこの地に着いた時には知人は死去しており、3歳の子供が残されたが後に改心した主に呼び戻された。

定元の定と林の苗字から定林寺となったようだ。



その昔、定林寺は番付では1番札所だったそうだ。

2番はさっき鉄ちゃんが探し回った、秩父神社にあるつなぎの龍が遊びに行っていた少林寺だそうだ。



「今まで後も多くの方々が聖地巡礼に訪れてくれています」

と、納経場の人が言った。



「なんでお前が受かれていたのか解ったよ」

鉄ちゃんが耳打ちした。



「でしょ」

私も耳元で囁いた。





 次の18番神門寺は国道140号沿いにある。

だから取り合えず線路を目指すことにした。

その向こうに国道があるからだ。



道に迷いながらも、何とか大通りに出た時はホッと胸を撫で下ろした。

其処の信号には中宮地と表記してあった。

地図で確認してから国道を北に向かった。





 やはり18番神門寺は国道脇にあった。

元々は神社で、大きな榊が枝分かれをして空で結びあった姿が桜門に似ていたからこの名がついたそうだ。



「おん、あろりきゃ、そわか」

此処も聖観音様だった。



「ねえ、彼処に行ってみない?」

隼が本堂の裏にある回廊と言う文字を指差しながら言う。



(えっ!?)

私は一瞬凍り着いた。

長野と山梨にある善光寺の、あの真っ暗な回廊を思い出したからだった。

思わず身を縮めた私。でもそんな素振りを見せないように、隼の後を追った。



でも其処は明るいかったのだ。

薄暗い回廊の向こうが開いてあり、太陽光が差し込んでいたからだった。

私は考え過ぎていただけだったのだ。





 その寺の門の隣は太子堂とでも言うのだろうか?

立派な宝仏がところ狭しと並んでいた。



其処は蓮華堂と言い、9体の仏像があった。

蓮華は泥沼でも美しい花を咲かせる仏の世界の象徴なのだそうだ。

私は一つ一つの仏像に手を合わせて、隼との恋が成就することを願った。

罰当たりだと思いながらも……



その中の一つに大日如来様があった。

私は又、光明真言とこの像が重なり思わず手を合わせた。



「大日如来様。大日如来様。唱え奉る光明真言は大日普門の万徳を二十三字に集めたり……己の空しゅうして一心に唱え奉ればみ仏の光明に照らされて三妄の霧自ずから晴れ浄心の玉明らかにして真如の月まどかならん」

今度は二人で唱えた。



「阿謨伽尾盧左曩摩訶母捺鉢納入鉢韈野吽」



「オンアボキャベイロウシャノウマカボダラマニハンドマジンバラハラバリタヤウン」





 「でも何故かしら? きっと何処かの宝物殿に大日如来様も安置してあったと思うの。でもこんなに心を揺さぶられたことなかった……勿論西光寺には敵わないのだけど」

私は暫く、蓮華堂から離れることが出来ずにいた。



秩父霊験記は巫女の神託だった。

昔、此処は神社だった。

朽ちたので再興しようとした時、神が乗り移った巫女が寺にするように勧めたそうだ。





 私は先ほど見た、武之鼻橋を渡ったと思われる暴徒達に思いを巡らせた。

この大日如来が秩父地方を明るく照らすことを願わずにいられなかった。

もう二度と、秩父に闇の時代が訪れることのないように……



あの日から既に130年余の月日が流れた。

私達の暮らし向きはあの頃より豊かになったのだろうか?

ふと、そう思った。

心にゆとりが無くなってギクシャクしてる。

虐めや弄りで他人を傷付けても平気な人もいる。

その人にとっては遊びでも、受け取る側は負担になり蓄積されていく。



だから私は今の仕事に誇りを持ち立ち向かって行こうと思う。

私の力なんて微々たるものだけど、少しだけでも私の書いた作品で豊かになってほしいと思っていた。



もう一度17番に戻ってあの緑の紐に触れたい、観音様にすがりたい。

でもそれは出来ないから蓮華堂に戻り、心の中で光明真言を読み上げた。





 最後に寄った19番龍石寺。

そう……

其処でタイムアップだったのだ。

でも私達はまだその事実を知らないでいた。



ここはまるで岩の上にでも建たような仏閣だと感じた。

だからなのか庭はゴツゴツしていて歩きづらい。

実はこの寺は本当に巨大な一枚岩の上に建っていて、境内のところどころに岩盤が露出している。

だから歩き難かったのだ。



「この一枚の大きな岩盤によって俗世界の塵土を踏むことがない特別な霊場なのだそうだよ」

鉄ちゃんが知識をひけらかす。

私は改めて、この岩をの歩き具合を靴の底で確かめようと思った。



「つまり、何物も寄せ付けない結界なんだそうだ」



「あぁ、だからあの人形は彼処にいるのかな?」



「そうかも知れない。きっと誰かの形見なんだよ」



「良く人形が怖いとか聞くけど、その人の意識なんだね。あの人形の持ち主もきっと観音様に守られているね」



「そうだね、きっとそうだ」


私は鉄ちゃんの言葉に救われている自分を感じていた。





 「おん、ばざら、だらま、きりく」

それは千手観音のご真言だった。



私達は一生懸命に祈りを捧げた。

この思いが大勢の読者に届くようにと心を込めて。



「秩父観音霊験記って寺の名前の話が多いね」


「龍石寺は飛行の尊像なのね?」



「一枚岩の特別な霊場ってことで、弘法大師の力によって岩が二つに割れて龍が天を昇ったなんて考えてつかないけどね」



「弘法大師の力って凄いんだね」



「そうさ。だから同行二人なんだ。弘法大師と一緒に回るって意味らしい」



「一人でも二人。二人なら……」

言い掛けて止めた。

何かお馬鹿な発言をしていまいそうだったならだ。





 「ちょっと寄り道するよ。どうしても押さえておかなければいけないスポットがあるんだ」

鉄ちゃんはそう言うと、19番の反対側に向かった。



其処は去年テレビで取り上げられていた、河岸砂丘から生まれた物のようだ。

あのゴツゴツした岩の一部が見られる場所だった。





 札所19番の道を東に行き丁字路を左に折れる。

そのまま真っ直ぐに行くと、橋の入口があった。



それは、その向こうにある橋に気になり見逃してしまいそうな場所だった。

其処がアニメに登場して一躍有名になった旧秩父橋だったのだ。



今は歩道専門になっているその橋を渡る。

此処は巡礼道にもなっていて、自転車の人は押して歩くそうだ。

アニメ人気も手伝って、橋の上には写真撮影している人もいた。

一段と集まっている場所があった。

私達は其処まで行ってみることにした。



「あっ、此処がこのパンフレット場所らしいです。朝の情報番組で取材していましたよ。此処と、それと龍勢……」



「あっ、それ見ていました。それにパンフレットもあります」

私はパンフレットを二枚バッグから取り出した。



「これが地底人か?」



「そうよ。それで此方がバスにあった自由」




橋の上には花壇が置いてあり、季節の花々が咲いていた。





 橋の下には橋桁が残されていた。



「そう言えば、金剛杖持って来なかった」



「若いんだから無くても平気だよ。そんなことより、今気付いたのだけど秩父観音霊験記って寺の名前の話が多くないですか?」



「確か、龍石寺も……」



「飛行の尊像で、一枚岩の特別な霊場ってこと?」



「あぁ、そうだよな。弘法大師の力によって岩が二つに割れて龍が天を昇ったなんて考えてつかないけどね」



「弘法大師の力って凄いんですね」



「その身代わりの金剛杖だから、持ってくれば良かったと思ったんだ」



「でもその杖は、橋の上では使ってはいけないんでしたよね?」



「あぁあれか? 橋の下で眠っている弘法大師様を起こすことになるらしいな」



「初めて聞いた時は嘘だって思ったわ。だって弘法大師様なら同行二人なのでしょう? 一緒に巡礼している人が橋の下で眠っているいるはずがないものね」



「確かに矛盾しているけど、昔からの言い伝えだから理屈はないんだ」





 渡りきった反対側に休憩所があった。

でも其処でタイムアップだった。



「この先まで行くつもりだったのに」

鉄ちゃんが悔しがっていた。



私達は翌日はレンタサイクルで回ることにして宿へ向かったのだった。



原因は解っていた。

私が16番の弘法大師所縁の霊場へ誘わなければ……18番の蓮華堂の大日如来様に感銘を受けて、長い光明真言を唱えなければ……

でも鉄ちゃんは何も言わずに何時も気遣ってくれる。

それが心苦しかった。



アニメオタクの私さえ此処に居なければ……

一緒に付いて来なければもっと効率良く回れたはずなのだ。



私が我が儘を言ったばかりに鉄ちゃんに負担を掛けている。

それでも一緒に居たい。

ただ傍に居たい。

私は何時の間にか鉄ちゃんに陶酔していたのだ。






旧秩父橋もアニメの聖地となっております。

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