3日目
又出発しました。
ゴールデンウィークにはまだ時間があると言うので、取り敢えず家に戻ることになった。
『休日出勤しても給料出さないと思うよ』
鉄ちゃんの言葉を信じた訳ではないけど、後日再開することにした訳だ。
(そうだよな。鉄ちゃんもゴールデンウィークまでにと言っていたんだ。そんなに焦ることはないな)
私は妙に納得した。
『じゃあ、この前より一つ前の電車で御花畑駅で……』
『ってことは、私が乗った電車だね?』
私はその部分を強調した。
『まだ根に持っているのか?』
『ううん、あの日早起きしたから備えようとしただけよ』
『そうか? そんなに早起きしたのか? 一体何処に住んでいるんだ?』
『イヤだ。ストーカーみたい』
私の一言で鉄ちゃんは固まった。
(ん!? 私なんか悪いこと言ったか?)
尋常ではない鉄ちゃんの慌て振りに、何故か引っ掛かった。
あの日は札所11番で終わった。
行く気だったら12番までは回れたのだ。
それなのに私のたっての希望で、アニメ・あの花に登場する羊山公園にある見晴らしの丘に立ち寄ったのだ。
その道が12番の近道だと思ったのだ
11番近くに成田山があり、脇の階段の先にその公園があると聞いていたからだった。
階段にはリフトのような物もある。それほど急な階段らしい。
私は失敗したかと俯き加減に歩いていた。
でも其処から眺める景色に感動して、鉄ちゃんが撮影を始めた。
『もしかしたら此処も雲海になるかも知れないな』
『まさか……』
私は華で笑っていた。
『あっ、お前笑ったな』
その言葉に慌てて首を振った。
そんなこんなで最後の撮影予定だった、西武秩父駅前に出来た祭の湯の入口にいた。
『テレビのコマーシャルでも取り上げられいるから、手始めに此処の映像でアピールするのね?』
『でも肝心の湯の映像は撮れないよ』
『流石に裸は撮影NGですね』
そんな会話をしていたら、鉄ちゃんはパンフレットを取り出した。
『これを使わせてもらえばいいと思う』
その説明に納得した。
赤い明るい建物が私達を迎える。
その中に入って、天井の剥き出しの梁と大きな提灯に驚いた。
秩父は祭りの街だ。
秩父出身の落語家が、祭りの無い週は無い。と言っていたことを思い出した。
(そう言えば、確か秩父駅の中にもまん丸のがあった気がする)
其処に何が書いてあったのかも解らない。
でも確かに存在はしていたのだ。
(秩父駅に寄ることがあったら階段の絵と提灯を撮りたい)
そう思いつつ、鉄ちゃんの背中を追った。
その日私が選んだ土産は白久にある製菓会社の薄荷棒だった。
これは県民の日に良く行っていた吉見の百穴の売店で購入していた物だった。
実は私は就職する前までは埼玉に住んでいたのだ。
だからどうしても今回の企画は成功させたかったのだ。
11月14日。
埼玉県民の日は小中学校は休みになる。
フリー切符も発売され、県内を割安で移動出来るのだ。
オマケに施設も殆どが無料だから、私は幾つも回っていたのだ。
その一つが吉見の百穴だったのだ。
合流後一番先に向かったのは札所13番だった。
順番通りに回りたかったけど、行程が楽な方を選ばせられたのだ。
12番に先に行っても又同じ道を戻らないと13番には行けないのだ。
12番の野坂寺は、26番札所に近いことから一緒に回ることにしたのだ。
芝桜駅と表示されている御花畑駅。
スロープの先にある道を左に曲がると、線路の先に秩父夜祭りの見せ場の談合坂が見える。
其処を反対に曲がった。
程なくしてる13番札所の慈眼寺に到着した。
13番は飴薬師の寺だと聞いた。
7月8日はブッカキ飴の市が立つと言う。
それは千歳飴を叩き割ったような物らしい。
だからブッカキ飴と言うそうだ。
此処は慈眼寺と言う名前が示すように眼のお寺だそうで、絵馬にはめと逆さのめが二つが大きく書かれていた。
「あれっ、この絵馬何処かで見たことある」
私はそう言いながら考え込んでいた。
「解った川越だ。時の鐘を潜った先にこの絵馬そっくりなのがあったわ。同じ薬師だからかな?」
「そう言えばさあの近くに和風カフェが出来たってあったな」
「そう言えば、サッカーの八咫烏のモニュメントが熊野神社に出来たとか……」
「彼処は茅の輪潜りも、銭洗い弁天もあったな」
思い出してスッキリしたのか、何故か上機嫌になっていた。
「おん、あろりきゃ、そわか」
山門で所作の後で聖観音のご真言をて唱えた。
納経所で目薬の木のお茶を貰って飲んだ後、ふと秩父霊験記がないことに気付いた。
訪ねてみたら、脇にある建物の中にあると言われた。
その中に入って驚いた。
秩父札所1番の施食堂のような手で回せる輪蔵があったからだ。
経蔵と呼ばれるそれには経典が納められており、左に3回転させると全巻読んだのと同じ功徳を得られるそうだ。
周りには秩父霊場を開拓した13人の聖者が安置されていた。
(だから札所13番なのか? 11番は十一面観音だったり、なんか楽しいな)
私は浮かれていた。
秩父霊験記は火災の利益だった。
日本武尊が東征の時に旗を立てたが、誤って崖を意味するはけの下言った。
この地に産まれ、江戸に嫁いだ女性が観音の霊験により火災で死するを免れた話だった。
私達はそれらを鑑賞した後札所14番に向かった。
札所14番の今宮坊。
其処は小さなお寺だった。
でもそれに似合わないような大木が右の角に聳え立っていた。
その下には可愛らしい聖徳太子の像があった。
「おん、あろりきゃ、そわか」
聖観音のご真言を唱える。
お堂の脇の無縁仏らしいお墓の石が寂しそうにみえた。
「おんあぼきゃべいろうしゃのうまかぼだらまにはんどまじんばらはらばりたやうん」
鉄ちゃんが唱えたのはあの光明真言だった。
大日如来の御加護が魂を癒してくれると信じていたのだ。
私は鉄ちゃんの優しさに涙しながら追々していた。
秩父霊験記は信玄の家来石原宮内だった。
前日に信玄の夢枕に観音様が現れ、宮内の死罪が放免となったようだ。
納経を済ませそのまま大通りに向かうことにした。
でも途中にあった今宮神社の御神木に私は惹かれていた。
八大龍王院今宮神社。
駒つなぎの欅が見える。
此処も今宮坊と同じく駒つなぎの欅と言うそうだ。
実は以前は今宮神社と今宮方は同じ敷地内にあったそうだ。
それが神社仏閣を分けるしきたりに変わったそうなのだ。
次なる目的地は札所15番だけど私のたっての願いを聞いて、秩父神社へ行くことになった。
其処はあの花の聖地の一つなのだ。
パンフレットには周辺道路しか掲載されていないけど、秩父へ来たら此処は絶対に外せない。
「あっ、このアングル素敵」
私は階段下の鳥居の中の神社を撮影した。
「おっ、本当だ。鳥居の中にすっぽり収まる」
鉄ちゃんも撮り出した。
私達はその後、神社の周りの彫り物を見て回った。
子育ての虎、見て聞き話そうお元気三猿、北辰の梟、繋がれの龍。
その龍は夜になると暴れるので繋がれたそうだ。
興味深いのは、夜な夜な遊びに行った先が、これから私達の行く少林寺の近くの池らしいのだ。
「東照宮にある眠り猫の左甚五郎の作だそうだ」
「此方は元気な猿で……」
「うーん、何だか似てるな」
二人同時に言った。
15番札所の少林寺は線路を越えた場所にある。
秩父神社から延びた道が目安だ。
案内板まで足を伸ばしてからその札所を目指す。
白亜の御殿のような建物だった。
「おん、まか、きゃろにきゃ、そわか」
十一面観音のご真言を唱える。
気になったのは、札所全部に掲げられている秩父観音霊験記が何処にも無いことだった。
「あっ、あった」
鉄ちゃんの声がした。
「この中にあるみたいだよ」
指差す場所は小さなお堂だった。
その中には確かに絵らしい物があり、隙間から覗いて見ると足だけ見えていた。
15番の霊験記は湯尾峠の奇談だった。
厄神の密談を聞いた近江の商人が、仏師の定朝は比叡山の十一面観音像をこの地に託したそうだ。
「次は16番札所の予定だけど大丈夫」
「何が?」
「あの繋ぎの龍が気になってな。遊んでいたという池を探してみたいんだけど」
「別にいいんじゃない。私も知りたい」
その時、鉄ちゃんは嬉しそうな顔をした。
私はそれを見ながら笑っていた。
でも、それらしい池は見当たらなかった。
「これだけ家があるんだから、とっくに埋め立てられたのかな?」
寂しそうに鉄ちゃんは言った。
15番への出入口から右に曲がって、さらに右にに曲がると線路があった。
其処を渡りきった場所に案内板を兼ねた灯籠があった。
「あっー!? これどこいくべぇ、灯籠だ」
「えっ、何それ?」
「あの花のパンフレットに出ていたの」
「でもなお前。何で今ごろ驚く? 言っちゃ悪いけど、これだったら辻毎にあったぞ」
「えっ、そうなのですか?」
私は慌ててパンフレットを広げた。
「そう言えば、確かに駅前にも……あれっ、これその灯籠だった」
私は鉄ちゃんにその部分を差し示した。
「これを特集したらアニメファンも喜ぶかな?」
鉄ちゃんの嬉し過ぎる提案に私は思わず頷いた。
龍の遊んでいた池は現在ではなくなっているかも知れません。