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ゴールデンウィークまでに  作者: 四色美美
2/12

秩父札所34ヶ所巡礼

曲がりなりにもバディとなった二人は秩父札所巡礼に出発した。

 私はその時覚悟した。何がなんでもこの企画を会社に持ち込んで成功させなくてはならないと――



次はいよいよ、般若心経のようだ。鉄ちゃんは練習帳を手にしていた。



「ぶっせつ、まかはんにゃはらみったしんぎょう。般若波羅蜜多とは、仏様によって完成された大いなる智慧の世界の真髄を説かれたお経と言う意味だ」

私に見せるように、指し示す。私は頷くしかなかった。



「かんじんざいぼさつ。ぎょうじんはんにゃはらみったじ。しょうけんごうんかいくう。どいっさいくやく。しゃり。しきふいくう。くうふいしき。しきそくぜくう。くうそくぜしき。じゅそうぎょうしき。やくぶにょぜ。しゃり。ぜしょほうくうそう。ふしょうふめつ。ふくふじょう。ふそういげん。ぜこくうちゅうむしき。むじゅそうぎょうしき。むげんにびぜつしんい。むしきしょうこうみそくほう。むげんかい。ないしむいしきかい。むむみょう。やくむむじょうじん。ないしむろうし。やくむろうしじん。むくしゅうめつどう。むちやくむとく。いむしょとくこ。ぼだいさった。えはんにゃはらみったこ。しんむけいげ。むけいげこ。むうくふ。おんりいっさいてんどうむそう。くきょうねは。さんぜしょぶつ。えはんにゃはらみったこ。とくあのくたらさんみゃくさんぼだい。こちはんにゃはらみった。ぜだいじんしゅ。ぜだいみょうしゅ。ぜむじょうしゅ。ぜむとうどうしゅ。のうじょいっさいく。しんじつふこ。こせつはんにゃはらみったしゅ。そくせつしゅわつ。ぎゃていぎゃていはらぎゃてい。はらそうぎゃていほじそわか。はんにゃしんぎょう」

無事読経出来たことにホッとしたようだ。

でもそれで終りではなかった。



「願わくばこの功徳を以て遍く一切に及ぼし、我らと衆生と皆共に仏道を成ぜん。これは回向文だ。これを一度唱える」



「ありがとうございました」

私が言うと鉄ちゃんも言った。



「それを言ってから御礼をしてから、ご本尊の居るであろう祭壇に向かってもう一度手を合わるんだ」

諭されているようで何も反撃出来ない。

鉄ちゃんはその足で水子供養所へと向かった。



怖いようで、痛ましい。

ここに安置してある霊が一日も早く救われることを思い合掌した。

その後で横を通り抜けて戦没者慰霊塔とその奥にある慰霊碑に向った。





 本堂の左側にある板に描いた絵があった。



「秩父観音霊験記と言われるそうだ。34札所全てにあるそうだ」



「だったらこれも売りにならない? へーえ、幻通比丘だって四萬部寺の名前の由来みたい」



「そうだよ。そんな由来が掲げてあるそうだ」



その足で御朱印をいただくために納経所へ向かう。

私は緑色の御朱印帳を選んで鉄ちゃんの後ろに並んだ。

流石に1番札所だ。その中には既に何やらの文字が書かれていた。日付だけで済むようにとの知恵らしい。

でも、それでは御朱印集めの魅力が半減すると思っていた。



若い女性の御朱印ブームもあるらしいので、それもアピールしたいと考えたのだ。

何故だか一昨年辺りから盛んに取り上げられている。

これに乗らない手はないと思い始めていた。





 「次に向かう札所二番の真福寺には納経所が無くて、光明寺でやっていると聞いた」



「光明真言とゆかりのあるお寺なのかな?」



「光明真言は大日如来様の命を頂き、物心両面の宝物に恵まれ、蓮華の花のように泥沼の中にあっても仏心の強い慈悲力に恵まれる。光明に包まれ、迷いを転じて覚りの境地に入る。そんな有り難い御真言なのだ。だから、この真言と向かい合わせてくれたこの企画に感謝している」

鉄ちゃんの言葉は真剣だった。

だから私も信じて付いて行こうと思っていた。





 私達は栃谷バス停の横を通り、札所か2番入り口の看板を頼りに斜めの道に入った。



最初は車も楽々通れる道だった。

でも次第に人家はなくなり、道も細くなった。



杉木立に囲まれた山道に入ると更に細くなった。

行き交う人も少なくて、本当にこの道で正解なのか疑いもした。

本当は少し怖くなっていた。

何だか高篠山の中に吸い込まれてしまいそうな雰囲気だったのだ。



「昭和26年に秩父市になったこの地域は昔は高篠村と言っていたそうだ。今埼玉に唯一残る村は、東秩父村だそうだ」



「えっ!? もしかしたら和紙の東秩父村?」



「そう、其処だよ。彼処は小川町に近いけど、秩父郡なんだって」



「確か小川町は比企郡でしたよね?」



「良く知ってるな」



「ま、こう見えても……なんちゃって。今回の企画、和紙もいいな。何て考えていたからです」





 参道の途中で休んでいる人に会った。



「こんにちわ。寒いですね」



「南無大師遍照金剛。もう少しですよ」

私の後に声を掛けた鉄ちゃん。



「南無大師遍照金剛とは御宝号だが、巡礼者同士が出会った時に声を掛ける挨拶みたいなものだ」



「益々凄い」

つい、本音が出る。



「南無はインド語からきたそうで、永遠に心から信じます。で、大師は徳を積んだ偉い僧侶を意味しているのだが、空海こと弘法大師に他ならない。遍照金剛は大日如来様のことのようだ」

更に驚く私に尚も言葉を繋げた。



「お遍路者同士の挨拶が何故これなのか判らないが、案内誌に書いてあったので言ってみただけだ。もう少しだから頑張れよ」



「本当?」



「疑っているのか?」

鉄ちゃんは案内板を指差した。



「あっ、本当だ」

其処には2番入り口の文字がはっきりと書かれていた。

途端に私は足を早めた。





 そのすぐ横を曲がり暫く行くと真福寺の駐車場があり、其処から階段が見えた。

先にトイレを済ませることにして、背負っていた荷物を私に渡す。



「秩父駅のコインロッカーに入れてくれば、こんな苦労しなくて済んだのにね」

私は意地悪そうに言ってやった。

それは私の荷物を取りに行けない悔しさだった。





 まず、階段の横にある比較的大きな石仏に合唱する。

その隣には、つづら折りとでも言うのだろうか?

幾重にも折り曲がった石段のその先には無数の石仏が並んでいた。



「凄いねこれ……」



「そう言えば、1番札所にもあったな」

鉄ちゃんの言葉で足下にあった丸っこい石仏を思い出した。

信仰している方の贈り物なのか?

それぞれがお地蔵様のよだれ掛けのような物をしていた。



それには意味があると聞いた。

親より早く亡くなった子供は親孝行などの徳を積めないから賽の河原から逃れられない。

そんな子供のために親は亡くなった子供が使用していたよだれ掛けを地蔵菩薩に掛けるのだ。

子供の匂いを覚えてもらい助けてもらうためだ。

特に赤いよだれ掛けには魔除けの効果があると信じられている。

だから親は死んだ子供を守ってほしくてお地蔵様にすがるようだ。



石段を登り終わった場所に山門は無く、右手にある大きな石の灯籠に一礼した。

無人のお寺なので、鉄ちゃんにならって開経偈や般若心経まで唱えることにした。

早速上へと向かうと、現れたのは静寂と言うのがピッタリな本堂だった。





 「おん、あろりきゃ、そわか」

これが2番の真言だ。

光明真言、御宝号回向文を唱え、御礼を言ってから境内の後に回った。



又秩父霊験記を見つけた。

それは大棚禅師と、嫉妬と悪念によって鬼となった老婆の経緯だった。



「この地の由来みたいですね」



「へぇー、此処は大棚って言うのか? 此処は西国33ヶ所と坂東33ヶ所と秩父を合わせて100観音とするために最後に加わったお寺だそうだよ。江戸時代には秩父も33ヶ所だったそうだ。一度火事に合って消滅したけど、お坊さんが必死に御本尊を守ったそうだよ。焼け残った欄間などを使って明治時代に再建されたらしい」

鉄ちゃんは知識をひけらかていた。





 山道を下る。

その先にある江戸小道には樹齢500年のキンモクセイがあったそうだけど、枯れてしまい数年前に伐採されたそうだ。

だから敢えて遠回りをした。



その坂の下で私達を待っていたのは小さな滝だった。

殆ど人が気付かない隠れた名所だそうだ。

これは私を驚かせようとして、秘かにネットで調べたようだ。

だから鉄ちゃん知識でも何でもない。それでも私は感激していた。



其処で一休みしてから、江戸小道を上がる。

やはりキンモクセイが気になったからだ。

その道を少し行った民家の脇の道にそれは存在していた。



「樹齢500年のキンモクセイが……」



「今まできっと多くの参拝者を甘い香りで癒して来たのだろうな」



「まだ春だけど、私達もその香りで包んでほしかったですね」

伐採された残骸を見てしんみりと私は言った。



今度は小道を下りる。

その足で次の目的地の光明寺方面に向かった。





 三叉路に真っ直ぐ行くと光明寺、斜めに行くと札所3番と記されていた。

私達は御朱印をいただくために光明寺へ急いだ。





 光明寺から出て突き当たりの交差点を右へと曲がる。

次の交差点を真っ直ぐ進むとやがて丁字路にぶつかった。

其処を左に折れ、暫く行くと変型交差点に出る。

其処が3番への参道で、右に曲り山田橋を渡り始めた。





 3番札所へ行く。



「おん、あろりきゃ、そわか」

1番から3番まで同じ真言だと言うことに気付く。

それでも、一心に唱え続けた。



納経所の近く縁側にに子持ち石が陳列されていた。

秩父霊験記の板絵も子持ち石の謂れだった。

30Mほどの自然石で、形が赤ん坊に似ているので抱けば子宝に恵まれると言われていると聞く。





 3番の案内板の横を右に折れて巡礼橋へ向かう。

その道は真っ直ぐ4番札所の金昌寺に繋がっているようだ。

下の川は春とは言ってもまだ冬の装いだった。



でも比較的大きな交差点が私達を阻んでいた。

車の通りが激しくて、なかなか渡れないのだ。



「此処絶対に歩行者用の信号が必要ね」



「いや、せめて横断歩道だけでもあれば……」

私達は暫く其処から動けなかった。

やっと渡れたと思ったら……

鉄ちゃんがいきなり右に曲がった。



「金昌寺は此方だよ」

でも私の声に振り替えることはなかった。

仕方なく背中を追った。



鉄ちゃんが着いた場所。それはバス停だった。



「鉄ちゃん……」

私は思わず泣いていた。





 ほどなくして西武秩父駅行きのバスが着く。もしかしたら、何処かでバスの時間を調べたのかも知れない。

私は鉄ちゃんの好意を素直に受け取ることにした。

真ん中のドアが開き乗り込もうとしたら、鉄ちゃんが指を取る。



「このバスはチケットを取るんだ」



「大丈夫よ、これがあるから」

私は寄居駅でタッチしたパスを画面に押し当てた。





 秩父駅にある観光案内は3時で終了していた。

これから自分達だけで宿を探さなければならない。其処へ宿の出迎えの小型バスが到着するのが見えた。

鉄ちゃんはすぐに交渉を開始した。



それは私達が歩いた道の近くにある旅館だった。



「捨てる神あれば、拾う神ありだな」

鉄ちゃんの言葉に頷きながら、コインロッカーから出した荷物と一緒に乗り込んだ。






突然相棒がみせた優しさに心が揺らぐ。

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