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ゴールデンウィークまでに  作者: 四色美美
1/12

秩父へ

東京五輪までに周辺を盛り上げる作戦を申し渡されて、相棒と秩父を選択した。

 迫り来る東京五輪に向けて、近場で楽しめるスポットを探すと言う企画書を作製することになった。

其処で私が目を着けたのが、池袋から2時間程度で行ける秩父だった。



アニメの舞台となった秩父。

一昨年、SLパレオエキスプレス就航30周年を迎えた秩父鉄道。

偶々相棒になった鉄道マニアの熊谷鉄也(くまがいてつや)通称鉄ちゃんと、アニメオタクの私が手を組んだからには絶対に成功させなくてはない。

私は息巻いていた。



通称・あの花はテレビアニメが先で、映画化された後に実写版がテレビドラマとなって放映された。

通称・ここ叫はアニメ映画として製作されたのだが、実写版になりこれ又映画になったのだ。

君の名は。で聖地巡りと言う流行語がノミネートされたけど、実は此方が少しばかり早かったのだ。だから私はワクワクしっぱなしだった。

もっとも一番乗りは、大勢の犠牲者を出した京アニが手掛けた久喜にある関東最古の神社を扱ったラキスタのようだ。





 「池袋から西武線で行くか? 東部東上線を使って寄居から乗り換えるか、ですね?」



「ウーン、今回は西武線にするか? 土日なら、長瀞まで行けるそうだから……」



「あっ、そうなんだ。流石鉄ちゃん。でも明日平日ですが……」

おだてに弱い、との情報を掴んでいたので持ち上げてみることにした。

でも勝敗は私に下った。

この後鉄ちゃんがどう出るか、それを見極めたかった。



「こんなの常識だよ」

でも、私を小馬鹿にしたような口のきき方に向かっ腹が立つ。

とはいえ鉄ちゃんは先輩なのだ。

此処は冷静にならなくてはいけない。



「熊谷先輩だけが頼りです」

取り敢えずゴマを擦っておいた。



「鉄ちゃんでいいよ。俺も呼び捨てにするからさ。ところで君、名前は?」




「えっ、えっー!?」



「ははは、冗談だよ。確か桜沢(さくらざわ)みなの、だったよな?」



「あっ、はい。えっ、知っていたのですか?」

又腹が立ってきた。



(あーあ、先が思いやられる)

私は少し、いや相当落ち込んでいた。





 「秩父って言えば、最近は東京から一番近い雲海と騒がれていますよね?」



「あぁ、あれはきっとミューズパークだと思うよ。下に橋があったからな。確か秩父公園橋だった気がする」



「あれっ、私は美の山だと聞いたけど……」



「秩父は四方八方を山で囲まれた盆地だからな、何処でも見られるんだよ」



「うん、それは言えてる。でも一番は美の山ですよね。春には桜で、確かゴールデンウィーク辺りまで見られるような工夫がされているそうですから」



「それを言うならミューズパークもだろ。彼処は四季折々の花が満載だからな」



(確かに……)

私はその一言で何も言えなくなってしまっていた。





 「秩父は東京から近いし、アクセスもいいからね」



「だから一番近い雲海スポットと言われているのですね」



「ただし条件が幾つかある。それが当てはまった時に行けばいいだけだ」



「その条件は?」



「一番簡単な覚えかたは、雨の降った翌日の晴れの朝。だ。それと、寒暖の差が大きい春から秋によく発生するようだ。特に秋がいいらしい」



「それじゃ駄目じゃん。東京五輪は夏なんだから」



「春から秋と言ったろ。湿度70以上、があると雲が発生しても流れてしまうから風がない方がいい」



「うん、それなら期待出来るかも……」

私は知らず知らずにタメ口になっていたようだ。



自分でも気付いてそっと先輩を見ると、穏やかな表情を浮かぶていた



(あれっ、案外優しい人かも知れないな)

そう思いつつファイルをバックに仕舞う。




「じゃあ、明日は、現地集合だ。和銅黒谷駅に10時だ。荷物は最小限にしろよ。コインロッカーがないからな」



「えっ、嫌だ。だったら別の駅にしない?」



「全く女は、これだかならな。そうだな、秩父駅には確かあった」



「じゃあ、其処で10時ね?」

私は強引に言い切った。



「解ったよ。面倒くせえ女だな」

鉄ちゃんのたわごとに耳を伏せ、私は帰途に着いた。





 秩父駅に9時34分到着する影森行きがある。

影森は秩父駅から2つ三峯口駅に寄った方だった。



私は朝一番の電車に乗って、池袋駅を目指した。



東部東上線池袋駅から小川行きに乗る。次は其処から寄居駅行に乗り換える。

同じホームで待っている場合もあるが、駅の階段を上った反対側のホームから出る場合もあるようだ。



寄居駅で楽する方法は一番の後ろの電車に乗ることだ。

階段が一番端にあるのですぐに秩父鉄道へ行けるのだ。



寄居駅は変わっていた。

電子マネーが秩父鉄道では使えないから、ポールの様な物に付いている機械に読みとらせるのだ。



時間がないからタッチした後でホームへ向かった。

乗り越し料金は着いた駅で払えば良いと思っていた。





 精算口で寄居からの料金を払い、私は改札口を出た。

目指すコインロッカーは駅の出入口近くにあった。

必要な物だけ手に持ち、剰りは其処に入れて鉄ちゃんが来るのを待つことにした。

でもなかなか来ない。



(もしかしたら私より早く改札を出たのかも知れないな)

そう思い隣接している地場産センターのドアに手を掛けた。



一階二階と捜し回ったけど、それらしい人の姿はなかった。

仕方がないので二階でトイレタイム。

其処には車椅子でも使用出来るトイレもあった。



階段横にはレストラン。

反対側には休憩所と展示スペースがあった。





 やっと鉄ちゃんが来た時は10時を少し回っていた。



「遅いじゃない」



「いやセーフだよ。俺は和銅黒谷駅に10時だって言ったはずだよ」

今度は屁理屈か。

益々腹が立つ。

純な乙女を待たせて、その態度は何事だ。



「地場産でも覗いていれば済む話だ」

反省さえしないその態度にムカつきながらも、自分にも非があったと思っていた。



(そうだな。確かに和銅黒谷駅だったら10時前だったのだろう。私が強引に言い切ったからいけないんだ)

少し反省しつつ鉄ちゃんを見ると、怪訝そうな顔をしているのが解って身構えた。

又嫌な思いをするかも知れないからだ。





 「合格したのはスニーカーだけだな」



「何よ」



「全く解ってないな。今日は何月幾日だ?」



「3月1日だけど、それが何か?」



「秩父の3月1日は特別なんだよ。いいか、良く聞け。3月1日は札所解禁の日なんだよ」



「札所?」



「そうだよ。秩父34札所だよ。今日はその開幕日だ。それに閏年だから、逆打ちと数年に一度の半開帳の年でもあるんだ。だからこの日を選んだのに、なんだその格好。Tシャツに何て書いてあるんだ?」



「あっ、これ、地底人」



「地底人だと!? おいお前、本当に地底に住んでいるのか?」



「違いますよ。秩父を舞台にしたアニメの主人公が着ていた物と同じなんです。超平和バスターズですが……」



「そんな格好で風邪ひかないか?」



「大丈夫です。下に温かいの着てますから」



「あっ、もしかしたらババシャツ?」



「違います!!」

何時の間にかむきになっていた。



「あっ、あれか?」

そんな時、鉄ちゃんの声がした。

その指の先を見たら、あの花のラッピングバスが通っていた。



「凄ーい、流石地元だ」



「って、言うことはお前アニメオタクか?」



「何よ。自分だって鉄オタのくせに」



「ははは。俺が熊谷でお前が桜沢、似たようなもんだ。オマケに名前がみなのってきてはな」



「其処にケチ付ける?」

私の話を割り込むように、鉄ちゃんが幟を指差した。



「桜沢みなのって何処かで聞いた名前だと思っていたんだが、やっと解った」

鉄ちゃんの指の先には《桜沢みなの》と表示された幟があった。



「えっー!?」



「お前知らなかったんか。鉄道会社にはそれぞれキャラクターがいてな。鉄道娘って言うんだ。秩父鉄道には桜沢って駅と皆野って駅があり、くっ付けたんだ」



「そう言えば、熊谷駅もありましたね。オマケに名前が鉄也で愛称鉄ちゃん。鉄道オタクを地で行ってるような名前ですよね」

私も反撃に出た。



「はい、其処まで」

何故か止めに入った人がいた。



「あっ、電車の中で知り合った人だ。お母さんが迎えに来てくれるそうだから、札所一番まで乗せて行ってくれるように頼んでおいたんだ」



「そ、それを早く言ってください」



「ごめんなさい。お二人があまりにも楽しそうだったので、言い出せませんでした。でも母の車が着ましたので」



「すいません。出来の悪い後輩ですが、決して悪い奴ではありませんので……」



「で、出来の悪い?」

更に追い打ちをかけられ私は益々凹んでいた。





 そんなこんなで、札所1番四萬部寺の駐車場へ到着した。



「お前荷物それだけか?」



「ううん。秩父駅のコインロッカーに入れてきた」



「全く一々面倒くせえ女だな。荷物は最小限にしろよって言ったろ。今日は戻らないからそれでいろ」



「えっー!? やだ」



「やだ。じゃない。決定事項だ。いいか、俺達はこれから全部の札所を回る。ゴールデンウィークまでが勝負だからな」



「ゴールデンウィークって……。もしかしたらそれまで会社に戻れないの?」



「馬鹿かお前は」

呆れたように鉄ちゃんが言った。



「それじゃ、私が持ちに行って……」



「いえ、それには及びません。何とか考えますから」

親子の親切な言葉を遮るように言う鉄ちゃん。

もう、腹が立つ。

――って一番悪いのは私なのに……





 1番札所の階段前でそれぞれの門に頭を下げる。

私も慌てて鉄ちゃんの真似をした。

軽く一礼してから潜り抜け境内に入る。



その後手水場で手を洗い口をすすいでから、輪袈裟と念珠で身支度を整える鉄ちゃん。

その覚悟って言うのかやる気に身が引き締まる。

本当、この場所に地底人は似合わない。

私は浮かれ過ぎていたようだ。

それにあのラッピングバスに描かれていたのは自由のTシャツだったのだ。


私は急に恥ずかしくなりダウンジャケットのジッパーを上まで上げた。

熱を逃がさなくて発熱するアンダーシャツは着ていた。

でも流石に秩父は寒い。私は痩せ我慢をしていただけなのだ。





 私を待たせておいて、さっき鉄ちゃんが納経所で購入したらしい納め札と持参した写経を所定の箱に入れる。

その後灯明と線香と賽銭を上げた。





 胸の前にて合掌して三礼する。



「うやうやしくみ仏を礼拝してたてまつる」

本堂に向かって言った鉄ちゃんに驚いた。



「むじょうじんじんみみょうほうひゃくせんまんごうなんそうぐうがこんけんもんとくじゅうじかんげつにょらいしんげつき。これは開経偈と言い、挨拶みたいなものだ」

その言葉に一々頷く私。さっきまでの蟠りは一気に消えていた。



「おん、あろりきゃ、そわか」

これは聖観音のご真言だそうだ。これを三度繰り返す。



「おんあぼきゃべいろうしゃのうまかぼだらまにはんどまじんばらはらばりたやうん」

光明真言も三度繰り返す。



「南無大師遍照金剛」


その後で御宝号も三度唱えた。






のっけから凹んだけど、仕方く秩父巡礼に付き合う羽目になった。

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