幕末異聞 疾風録5〜金色の下の出逢い
―――暗闇をうごめく二つの影がある。
「・・・で、なんで私が付き合わされるんですかあ。沖田さん。」
「だあって、平助の他に頼める人がいないんだもん。」
黒い影の一つはやれやれ、と息を一つ吐くと歩く速度を少し速めた。
「確かに原田さんでは周りに広まってしまいますし、永倉さんでは彼の正義感にあえなく玉砕でしょうけど・・・。」
そうでしょ、そうでしょ、という風に沖田さんと呼ばれたもう一つの影が動く。
だが、先ほどの影は急に止まると、もう一つの影にビシッと指差して言った。
「でも、不本意です! よりにもよって、なんでこんな夜に探し物の手伝いなんですかっっ!
大体、今夜は組総出で取り逃がした浪士の探索命令かかってるんですよっ。命令無視して探し物なんて、こんなこと土方さんにバレたら・・・。ねえ、それって明日じゃ駄目なんですか?」
だが、その影は恐ろしげにふるふると頭を振ると噛み付くように言った。
「私だって、他のものだったらこんな急ぎやしないよーっ。だって無くした物が『豊玉句集』なんだもん。どう考えてもヤバすぎ・・・どうしよう、平助え〜。」
平助と呼ばれた影はぎょっとした様に硬直した。
「げげっっ、なんつーもんを・・・。沖田さん、それ土方さんに知られたら間違いなく切腹もんですよ〜。」
「だからっっ、魁先生! 助けて下さい〜!!」
「いや、そういうところで魁先生って、なんか使い方間違ってるしー!」
沖田総司にぐいぐい体を揺すぶられ目を白黒させている藤堂平助であった。
* * *
時は幕末、所は京都―――
はるばる江戸からやってきた沖田総司と藤堂平助は壬生浪士組の隊士である。彼らは不逞浪士の捕縛を任務としており、今夜は取り逃がした浪士の探索命令が全隊士に出ていた。
だが、この二人は今京都七条の三十三間堂の中に忍び込んでいる。
沖田総司の落し物を探すためである。
さて、その落し物「豊玉句集」とは――鬼副長、土方歳三の渾身の作の句集である。
先日総司が無理を言わせて句集を借りたのだが、それをよもや八木邸で読むのもまずかろう、と三十三間堂まで持ち出したのがまずかった。八木邸に戻ってから気づくとどこにも冊子が見当たらない! まさか? 落とした?!
そして前段の会話に至る・・・。
* * *
どれだけ時間が経ったのだろうか・・・。空が白んできているのが隙間から漏れる光で分かる。
「まずいですよ〜。もうすぐ夜が明けそうです。」
「どーしよーっっ。このまま見つからなかったら・・・平助え〜。」
総司は青くなって目が潤んできている。
平助は横の観音様たちを振り仰ぎぼやいた。
「観音様たちならその様子を見ていたはずなんですけどねー。句集のありか、教えてほしいもんです。」
その瞬間、観音様たちの奥がぐらっと揺れた。
変な音が二人の耳に入る。
ガサガサ。ガサガサ。
「な、何??」
「平助が変なこと言うから怒ったんだよー!」
「ええっっ?! 私のせい?」
二人は音のする方から思わず飛び下がって刀の柄に手を掛ける。
が―――。
「ふああぁぁぁ〜。何? 何の騒ぎ??」
寝ぼけ眼で目をこすりながら少年がのそっと二人の前に現れた。手には冊子を持っている。
「あーっっ、豊玉句集―――っっ!!」
思わず総司が冊子を指差す。
「うん? ああ、これ? 何か落ちてたんだけど、何? これお前の??」
少年は冊子をまじまじと見つめる。
「そ、そう。私のなんだ。」
総司は冷や汗ダラダラである。せっかく目当ての品が出てきても、ここで破られようもんならそれこそ取り返しがつかない。
平助も心なしか緊張気味に二人を見ている。
だが、
「あ、そう。じゃ、返す。」
少年はやけにあっさり言うと、ぽんっと総司の方に冊子を投げた。慌てて総司は句集を両手で掴む。と同時に安堵感が体中に広がって思わず床に座り込んでしまった。
その様子を見て呆気にとられた少年はバツが悪そうに言った。
「それ、そんな大切なもんだったんだー。ごめん。悪いけど、それ読ませてもらった。・・・でも本当に顔に似合わないもん書くなあ、お前。」
総司は苦笑してしまった。これを書いた真の作者を見てもこの少年はきっと同じ感想を言うに違いない。
「あの〜、あなたは何でこんなトコにいるんですか?」
平助が怪訝そうに言った。こんな時間にこんな所に隠れた様にいるなんて、ちょっと怪しい・・・まさか今日の探索の相手――?!
だが、当の少年はそんな平助の疑惑に気づいているのか気づいていないのか、しれっとしている。
「うーん、どうやら眠っちゃってたみたいだね。」
「よくここに来るんですか?」
「うん! この観音様たち、一人一人お顔が違うだろ。この中にすっごく先生に似ていらっしゃるのがいてはるんだ。だからよく来て考えてるんだ。――先生ならどうされるのかなぁ、って。」
少年の目はキラキラしている。その目に邪気はない。
「その先生のこと尊敬してるんですね。」
「もちろん! 最高の先生だよ!!」
その時遠くから人の声が聞こえてきた。少年を呼ぶ声にも聞こえる。
少年は声の方を見返して言った。
「じゃあ、僕もう行かなきゃ。」
くるり、と踵を返した少年に平助が言った。
「待って下さい。あなたのお名前は? 私は壬生浪士組、藤堂平助。こっちは沖田総司。」
少年は去りかけた足をピタッと止めるとくるっと振り返った。
いたずらっ子の様な笑顔を向ける。
「・・・僕は、弥二郎。品川弥二郎。長州藩士だ。」
彼は言い終わるが早いが、脇の扉をスパッと開けた。
朝日が一気にお堂の中に流れ込む。
観音様たちが一気に金色に光り輝く。
思わずその眩しさに目を手で遮る二人。
気づくと彼の姿はどこにもなかった。
「・・・やられましたね。」
平助はちょっと悔しそうである。
「よもや長州藩士とは・・・。怪しいとは思ったんですけど。」
「まあ、いいじゃない。句集はちゃんと返してもらったんだし、あいつ、捕縛するほど悪い奴じゃなかったと思うよ。」
総司はくすくす笑うと、平助の背中をぽんっとたたいた。
金色の観音様たちが微笑んでいるように見えた。
* * *
「弥二郎! あなた無事だったんですね。やれやれ、良かった〜。」
彼らに聞こえていた声の主は長州藩士、桂小五郎であった。乱暴に弥二郎の頭を撫でる。
「か、桂さ〜ん、よして下さいよ〜。」
弥二郎は思わず頭に手をやる。小五郎は笑顔で言った。
「観音様たちが助けて下さったんですね。」
「はい。」
返事をして思わず苦笑した弥二郎に小五郎が怪訝そうな顔を向ける。
「弥二郎?」
「あ、いえ、そこで面白い奴らに会ったんですよー。僕を捕らえるものかと覚悟してたんですけど、別用だったみたいで、ホント面白い奴ら。」
「面白い?」
「ええ、なんか壬生浪士組って言ってました。」
思わず手が止まる小五郎に弥二郎は気づかず空を振り仰いだ。
風が小さな旋風を巻いて通り過ぎていった。