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鏡の中の  作者: 夏帆
1/1

前編

皆さんも、母校に七不思議というものが存在するのではないだろうか。七不思議とまではいかなくても、その学校にまつわる奇妙なできごと、怪奇現象が一つや二つ、あったのではなかろうか。

科学技術の発展により、そのようなものの多くは解明され、いつしか時代の流れとともに風化しつつあるのも事実だ。

しかし、未だに解明されていない怪奇現象があるのもまた、真実である。

時として私たちに哀愁をもたらし、時として私たちを恐怖のドン底に落とすそれらは、いくら時代が移り変わろうとも、本質は大差ないのかもしれない。



私がかつて通っていた高校にも、怪談話があった。



『南の木造校舎の三階、西階段の手前にある大鏡は、異次元へと繋がっている』



どこにでもある、そんな話。聞けば、母校ができた頃からあったようで、母校のOBである父も知っている有名なものである。

何故そのような話ができたのか、その経緯は父も知らないらしい。

当時学生として高校に通っていた私は、興味本意でよくその大鏡の前へ行ったものだが、実際にはその真偽を確かめることもできず、やがて卒業をした。

大学進学を機に地元を離れて上京し、そこで就職もした。忙しくとも充実した日々で、やがて母校の怪談話などは記憶の奥底にしまわれ、思い出すこともなくなっていた。


それを思い出すきっかけとなったのは、高校の同級生の結婚式であった。新郎新婦は同級生同士で、学生時代は犬猿の仲だったのだが、どんな風の吹き回しか、この度結婚の運びとなったらしい。

新郎も新婦も学生時代の悪友たちだったから、招待状を受け取った時には驚きつつも懐かしさを覚えたものだ。出席の返事をし、仕事の調整をして、数年ぶりに地元へ帰ることにしたのは、つい先日の話である。

地元へ帰るにあたって、私は話のネタにと昔のアルバムを眺めていた。高校の時、私は写真部に所属しており、何かにつけて父の一眼レフで写真を撮っていたものである。

一眼レフとはいってもデジタルカメラだから、ネガはない。データの入っているSDカードも実家に置いてきている。

アルバムには制服を着た、今より少し幼さの残る顔で笑う同級生たちがいる。私は専らカメラマンとして撮る側だから、自分自身の映るものはほぼ無い。

「ん…?」

パラパラとページを捲っていると、私の目に一枚の写真が飛び込んできた。

それは、珍しく私が映っている写真だった。件の木造校舎の大鏡の前で撮ったものだが、何か違和感があった。


何が違和感なのだろう。


じっと眺めてみるが。明快な答えは見つからない。今はお目にかかれない色褪せた木の柔らかな風合いが、違和感の原因なのかもしれない。

「あっ」

写真に指を這わせて、私は思わず声をあげていた。


私は、この少年を知らない。


私の隣で笑う少年は、線の細い華奢な白い腕をしている。年は当時の私と同じくらいだろうか。

色素の薄い髪がキラキラと光に照らされた瞬間が切り取られた、どこにでもある優しい光景。

なのに、私には全く覚えがなかった。

肩を組んで撮っているくらいだから、私たちはそれなりに親しかったのだろう。それなのに、どうして。

彼のことを記憶の中から探してみるが、驚くほど何も残っていない。欠片すら見当たらないのだ。


そのくせ、胸がじんわりと熱くなって、懐かしさが溢れ出してくる。


それが彼に対する親愛だというのは私にも分かった。そう感じるだけの時間の共有があったことも。


無いのは、記憶だけ。


そのことに考えが及ぶと、背筋に冷たいものが走った。そして、得体の知れない焦燥感に襲われる。


私は、何か大切なことを忘れているのではないだろうか…。


屈託なく笑う高校時代の私と記憶から消えてしまった少年。その笑顔に、何が隠れているのだろう。そして、私たちの後ろに映る大鏡に、何が隠されているのだろう。

今思えば…私の焦燥感と、嫌な響きの心音が、この後起こる出来事を予知していたのだろう。私の記憶の底に沈んだ、あの初夏の一幕を掘り起こす、不気味で、そして哀しい出来事を、私はまだ知ることもなく、目の前に現れた不安要素を、まるでミステリー小説を読んでいるかのような面持ちで見つめていた。





同級生の結婚式の前日、地元へは新幹線とローカル線を乗り継ぎ、五時間ほどかけてやってきた。

電車を降りて改札口でICカードを通すと、小さな待合室に出る。使い古しの座布団がベンチに乗せられ、時代を感じる券売機の傍の机には、今時珍しい交換ノートが置かれている。

長閑で時代遅れな駅舎に、私は地元へと帰って来たことを実感した。働き始めてから一度も帰ってきておらず、もう何年も都会で生活しているものだから忘れていたが、かつての私にとってはこれが日常だったのだ。

感慨深く眺めた後、私は駅舎を出た。出てすぐに、数台のタクシーが停車していたが、中には運転手がおらず、辺りを見回せば、近くのタバコの吸い殻入れの所で雑談に花を咲かせる中年の男たちがいる。

ロータリーの向こうに見える通りは車も走っていない。その代わりに、乳母車を押した老婆がよたよたと歩いていくのが見えた。都会ではついぞ見ることのない風景が、思わぬ寂寥を連れてくるらしく、私は言葉もなくその場に立ち尽くしてしまった。


どれだけ時間が経ったのだろう。

車のクラクションに、私は我に返った。見れば、停車してあるタクシーの前方に黒のワンボックスがあり、その窓から見覚えのある顔が突き出されていた。

「よ、久しぶり!」

快活な笑顔と、親しみを隠さない声色に、肩の力がふっと抜けていくのを感じた。どうやら自分でも気づかないうちに緊張をしていたようだ。

「久しぶり」

「なんかお前、随分と都会的になったな」

ワンボックスへ歩み寄り助手席のドアを開けると、タバコの匂いと甘ったるい芳香剤の混ざった風が漂ってくる。お世辞にも良い匂いとはいえないそれに、眉間に皺が寄ってしまう。

不快感を顕にした表情を見せてはいけないと、私は少しだけ俯いて車に乗り込んだ。

「迎えに来てくれてありがとう」

顔を上げる時、私は営業スマイルを顔に貼りつける。都会の生活で覚えたそれは非常に受けが良い。

「気にすんな。それより、仕事は良かったのか?」

「今週は休日出勤も無かったし、日曜日の夜まではこちらにいられるよ」

来週の月曜日は取引先との大切な商談がある。ゆっくりと望郷の思いに浸っている時間は無い。

動き始めた車の窓の外を流れていく景色は、ひなびた商店街から少しずつ田園風景に変わっていく。

アスファルトの道路からやがて畦道に車が進み、ガタガタと振動が伝わってくるようになる。上京してこの街を出るまで、父によく乗せてもらった軽トラックの荷台より柔らかな振動ではあったが、懐かしさが一気に込み上げてくるのを感じた。


確かに私はここで生まれ、そして生活してきた。


この街に帰ってきてから、どこか自分が異物のように感じていた。

しかし、五感から伝わることのすべてが、かつての自分を取り戻してくれる。時代から取り残されたようなこの場所が、私の居場所であったことを知らしめようとする。

「そういえばお前って、…と仲良かったよな?」

「…?」

ぼんやりとしていたせいと、ラジオから流れてくるパンクな音楽のために、彼が何を言ったのか聞き逃してしまい、私は運転する彼の顔を見つめた。

不躾な視線に気づいた彼は、怪訝そうにちらりと目線をよこし、また前を見る。

有賀文仁(ありがふみひと)、だよ。覚えてるだろ?」

有賀文仁。

その名前を聞いても、何も思い出せない。思い出そうとすると、靄がかかってしまい、脳みそを掻き回されるような不快感が広がっていく。


誰だ、それは。


私の返事がないことを肯定と受け取ったらしい、彼はふぅと息を吐き出し、また口を開く。

「早いよなぁ…アイツが死んでもう6年だよ。

有賀って大人しいタイプで目立たなかったけど、良いヤツだったんだよな」

「…そうだな」

死んで6年。

その言葉で、地元に帰ってくる前に見た、あの写真を思い出す。屈託なく笑う、少し線の細い少年。あれが有賀文仁。そうだ、有賀だった。

突如として浮かんでくる記憶の泡が、私の脳を満たしていく。

有賀は頭が良くて、少し物静かで、いつも教室の隅で本を読んでいた。体が弱くて、体育にも参加できなかったんだ。

有賀の外側を形成する記憶は溢れてきて息苦しいくらいなのに、彼と何を話し、何をして同じ時を過ごしたのか…何一つとして浮かんでこない。


どうして、私は思い出せないのだ?


あの写真を見つけてから幾度も自問した疑問が、ふわりと浮かぶ。答えなど出ないことが分かっているのに、それでも私は何回も問うのだ。

「あの木造校舎、今度取り壊されるんだとさ。まぁ、戦時中から建ってるんだもんな。老朽化が激しくて、ここ2年は立ち入り禁止になってるよ」

ぼんやりとしている間に、彼は話を続けていたようだ。気づけば件の木造校舎にまで話が及んでおり、実家の近くの細い十字路を右に曲がるところであった。

よく考えてみれば、実家と駅舎までは自動車で10分もかからない。

曲がってすぐに、やたらと大きな家屋が見えてきた。この辺の家屋はやたらと大きいのだが、実家はその中でも群を抜いていて、母屋の隣に重厚な倉がある。

その昔この辺一帯を治めていた豪族の末裔であると、耳にタコができるほどに聞かされてきたが、こうして改めて見るとなるほどそれも頷ける。ただ、既に身分社会は撤廃され、その肩書きは過去の遺物と成り下がっているのだが。

「昔はあの木造校舎で授業受けてたのにな。考えると時間の流れって淋しいもんだよ」

「そうだね。…もう一度、行ってみたいな」

「確かに。高林があそこで教員してるし、一度聞いてみるか。校舎の裏手にあった木の根元にタイムカプセル埋めたけど、あれも掘り出さなきゃいけない」

同級生同士だからこその話題だが、淡い青春の思い出をはっきりと覚えていることに私は酷く安心した。


高校時代のことを覚えていないわけじゃない。


…だからこそ、有賀のことを思い出せない異様さが際立つのだが、私はそれを無視することにした。

引っ掛かりは残っても、見ないふりをすれば心に平穏が訪れる。有賀のことはもう、考えるのはやめよう。

「じゃあまた、結婚式の時に決めようか」

私は薄く笑みを浮かべる。

「そうだな。お、着いたぞ」

「ありがとう。助かったよ。…家に寄ってく?お茶くらい出すけど」

実家の垣根の前で降ろしてもらい、私は友人の顔を見た。彼は表情を曇らせ、そして申し訳なさそうに頭を下げる。

「ごめん、この後用事があるんだ。悪いな」

「いいよ。こっちこそ今日はありがとう。気をつけて」

右手を上げれば、彼の表情が少し明るくなる。彼の話を追及しなかったことは、どうやら正解であったようだ。

「またな」

そう軽く手を上げ、彼は車を発進させた。ワンボックスのわりに静かな音で車は去っていく。

私は曲がり角の奥に車が消えるのを確認し、私は実家の敷居を跨いだ。

古き良き日本庭園を抜け、母屋の玄関に向かう。昔の栄光を捨てきれないが故に、こんな立派すぎる庭園を維持している気がして、学生時代の私はこの庭園を好きになれずにいたのだ。

花の見頃をとうに過ぎて葉だけになったツツジを横目に飛び石の上を歩いていくと、玄関の脇に座って花の手入れをする女性の背中が見えた。

「あの、」

声をかけようとした瞬間に、飛び石の周りに敷かれた玉砂利を踏んでしまい、じゃりっと乾いた音が響いた。その音に女性は立ち上がってこちらを振り返る。

「あら…お帰りなさい!どうしたんですか、急に帰ってきて」

数年前に見た顔より少し、いやだいぶ老けているが、間違いなく自分の母親で。記憶の中の母よりも年老いた姿に驚き、二の句が告げられずに立ち尽くす私に気を留めるでもなく、母は腰を伸ばすと皺の増えた顔を綻ばせた。

「あなたって子は上京したら最後、全然帰ってこないんですから。そうかと思えば連絡も無しに急に帰ってきて。連絡くらい寄越しなさい」

「すみません、仕事が忙しかったもので」

ぺこりと頭を下げると盛大に溜め息を吐かれてしまった。

母は玄関の引き戸を開け、そして家の中に入っていく。それ以上特に追及されることもなかったため、私もそれに大人しく従って家に入ることにした。

玄関に入ると木の香りがして、懐かしさが胸に広がっていく。

上がり框に腰をかけて靴紐を解いていると、先に家に入っていた母が声をかけてきた。

「そういえば、今日は駅からどうやって家まで来たんです?車なら近いですけれど、歩けば30分はかかるんですから」

「あぁ、高校時代の友人と偶然駅で会って。彼のワンボックスで送ってもらいました」

「そうなの。大きな車を持ってるなら、松宮さんの所の息子さんかしらね?」

どこか納得した様子の母であるが、車で送ってきてくれたのは違う人物だ。母のいう松宮とは、去年の冬に東京で飲んだばかりだが、今回こちらに帰ってくることは伝えていない。

そもそも今日帰ろうと決めたのは、昨日のことなのだ。


そういえば、駅で会ったアイツは誰だったんだろう。


話している最中は友人だと思っていたが、今となると誰なのかよく思い出せない。高校時代の同級生のうちの誰かであることは確実なのだが、名前一つ出てこない。小さな田舎町の高校だ。大体は小中学も一緒の幼馴染ばかりで忘れるはずないのに。

松宮、倉内、田丸、桐山、町田…同級生の名前を一人一人反芻していくが、しっくりとくるものがないのだ。

「有賀…」

そういえば、有賀はどんな顔だっただろう。写真を思い出そうとしても、はっきりとした形にはならない。

最近、思い出せないことばかりで疲弊していた私は、早々に記憶の探索を諦め、居間へと向かった。

ぼんやりとしている我が子を相手にしていられないと呆れたのか、母の姿は既に消え、代わりに醤油の匂いが漂ってきている。


思い出せないなら、思い出せなくて良いことなのかもしれない。


自分に言い訳をし、私は持ってきた荷物を持ち上げると、歩き始めた。醤油の匂いに食欲が刺激され、急に空腹を覚える。

疑問はどうせ、明日の結婚式で訊けば解決することなのだ。そんな些末なことよりも、今は久々に帰って来た実家を堪能しようと心に決めたのだった。






次の日、結婚式のためにスーツを着込んだ私は、式場である神社へ向かう前に寄り道をして、母校へと足を運んだ。

所詮は片田舎の高校だから、そんなに校舎も大きくはないし、校門だって立派ではない。しかし、校門に取り付けられた金属製のプレートの鈍色が、長く歴史をつくってきたことを感じさせる。

私は校門から右手に歩き、垣根がフェンスになっている所を探す。学生時代の記憶が正しければ、遅刻寸前の生徒たちはここから校内に侵入していたはずだ。

職員室のある場所の死角に見当をつけて歩いていくと、錆が目立つフェンスが見つかった。私はそれに手をかけて乗り越える。

ぎしり、と軋む音が振動として手のひらから伝わってきたが、構わずに勢いをつけて体を持ち上げる。そのままフェンスに足をかけて体を捻り、そのまま反動を利用して向こう側へと押し出した。

心地よい一瞬の浮遊感の後、私の足は地面に着いた。膝にまで衝撃はきたが、久々の感覚に胸が弾んでいる。

フェンスから手を離し、私は校内を見回した。ちょうど学校の西側に位置するこの場所からは鉄筋の北校舎だけでなく、木造の南校舎も視認することが可能であった。

平日ならばきっと、この時間でも部活の生徒が来ていたりするのだろうが、今日は日曜日だ。そして、昔と変わらないのであればこの週はテスト週間だろう。そうなれば休日に登校してくる生徒は、まずいない。

鳥の囀りや木々の揺れる音くらいしか聞こえない、静かな校内は朝であるとはいえ、些か不気味であった。

私は手の汚れをハンカチで拭い、スーツの汚れを確認した後、木造校舎に目を向けた。

記憶の中にあった姿よりも更に朽ちた印象の校舎は、校内に於いても異質な存在に見える。時代に取り残された記憶の塊のように、風化するのを待ちわびているようにも感じられた。


なのに、どうしてこれほどに心を惹き付けるのだろう。


私の目は、鮮やかな木々の青さでも、塗装され直したのが分かる北校舎の壁の白さでもなく、澱んだ茶色の校舎を捉えたきり離れないのだ。視線を反らそうと思っても、まったくうまくいかない。

その時、三階の窓に何かが映った気がした。それが何なのかは判別できなかった。しかし、確かに何か黒い影が横切ったのを私はこの目ではっきりと見たのだ。


空気が、薄い。


呼吸が苦しくなって、心臓が激しく脈打ち始める。しかしそれは決して不快なものではなく、高揚感をもたらすものだ。

先程から耳元で激しい耳鳴りがしており、それが私に何かを伝える警鐘であることは十分に理解している。しかし、それを勝るほどに心に大きな波紋が広がっていくのだ。


ポチョン、ぽちょん。


波打つ水面に、大小様々な水滴が落ちては弾けていく。音も異なるのに、その漣が運んでくるのはたった一つの声と、それに呼応する想いだけだ。


早く、会いに来て。


早く会いたい。


誰が私を呼ぶのだろう。誰に私は会いたいのだろう。

それすら判断できないのに、会いたくて恋しくて、私の足は自然と木造校舎へと向かっていく。

最早それは本能的といっても過言ではないだろう。理性はブレーキをかけるのに、自分の奥底から生まれる声がアクセルを踏むのだ。


早く、早く。


何かが、いや、誰かが私を急かす。その懇願に応えるように私の足は歩を速めていく。

やがて木造校舎と鉄筋の校舎を繋ぐ渡り廊下が見えてきた。

木造校舎だけだった頃は昇降口もあったのだが、今は封鎖され、私たちが学生時代には北校舎からの渡り廊下からしか入れなくなっている。それも、取り壊されることになった今としては開いていないのだろう。

頭ではそう理解しているのに、足は止まらない。何かに操られているかのように真っ直ぐ、渡り廊下を目指している。

錆びたトタンの屋根が付いた渡り廊下は、その手摺も錆が酷く、しばらく手入れをされていないのが窺えた。

私は手摺の切れ目から渡り廊下に入り、入り口へと向かう。手摺に沿って左に折れ、少し歩くと南校舎の扉に辿り着いた。

木でできた扉の上半分にはガラスが嵌め込まれ、覗けば中に階段が見える。渡り廊下があるのは校舎の東側だから、件の階段の真逆に位置するものだ。

暗い茶色の扉には少し褪せた金のドアノブが付いており、私はそっとそれを捻る。開いてはいないだろう、そう確信しながら。


「なんで…」


回らなければ諦めようと、半ば冗談で回したドアノブがするりと回る。まさか、と扉を引けば、ぎいぃ…と音を立てて扉は動いた。

あまりに自然に開いた扉に、私は目を見開いたまま呆然とするしかない。


どうして、


思わず足を一歩後ろに引いたその時、背中を何かに押され、私は前方にたたらを踏んでしまった。反射的に後ろを振り返るが、そこには誰もおらず、目に入ってきたのは、ぱたん、と音を立てて閉まる扉だけだった。

扉が閉まったのを見、私の全身からは血の気が引いていくのを感じた。まったく嫌な予感しかしない。

恐る恐る扉に近づいてドアノブを回そうとするが、やはり何をやっても回らず、私は自分がこの校舎の中に閉じ込められたことを知った。


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