第33話 変化の時。
王宮での出来事から1週間が過ぎて、カールさん達のお家に戻って来た私を待っていたのは、カレンちゃん、カールさん、ミューラさん達だけじゃなかった。
お爺ちゃんとお婆ちゃん、アーロンさんも私を待っててくれたのだ。おかえりと言ってくれる、心配したとも‥‥普通の生活を送って居る人達からすれば当たり前のことなのかもしれないけど、私にはとても幸福な事に思えた。
大人数での食事は孤児院以来で、お婆ちゃんとミューラさん、カレンちゃんと私が料理を作り、お爺ちゃんとカールさんは何かをテーブルゲームの様な物をしながら、カールさんは負けたのが悔しかったのか、何度も何度も勝負を挑んでいた。
シリウス‥‥とアーロンさんは、ソファーに座って何かを話し込んでいる。
「シリウス、今回は大変だったな。」
「あぁ、お前の知り合いに王宮で働いている人が居て助かったよ‥‥お礼を伝えておいて欲しい。」
「任せておけ、それよりも今夜飲みに行こう。アランちゃんも連れてな。」
「俺は良いが‥‥最近アランに避けられている気がするんだ‥‥」
「お前‥‥何かしたのか?」
俺がする訳ないだろう!? 大きく声を張るシリウス、何をする訳ないのだろうか? 気にはなるが男性だけの話に女である私が首を突っ込むのはやめておいた方がいい気がして忘れることにする。
そんなことよりも、出来立ての大量な食事の数は、孤児院に居た時の倍もあるのにも関わらず、あっという間に消えていった。
ミューラさん曰く、私達のお陰らしいが‥‥どう考えても私は役に立ってなかったと思う、考え事ばかりしてて‥‥シリウスの事が頭から離れなくて色々と手付かずだったから。
「さて、風呂でも入って来たらどうだ? 女性の皆さん」
ワシはこの男との勝負で忙しい、そういうお爺ちゃん、私も彼に勝たなければならないと腕まくりをして再度挑戦をするカールさん。
ミューラさんはふふふっ、と優しそうに笑いながら、私達はお風呂に行きましょうかとカレンちゃんと私を連れていく。
お婆ちゃんも一緒に入ってくれるようだ。
「セイラさんは一体お幾つなんですか‥‥? とてもアランちゃんみたいなお孫さんをお持ちの方とは思えなくて‥‥」
「ミューラさん、私は妖精族の者なので‥‥外見は一度成長しきった時のまま変わることがないのです‥‥」
「セイラさんキレー!」
カレンちゃんは裸のままお婆ちゃんに抱き付く、セイラさんはニコニコとしながら抱き上げて、貴女も綺麗になるのですよ、と言い頭を撫でて風呂場へと入っていく。
お婆ちゃんの姿に驚いていたミューラさんは、風呂場へと入っていくお婆ちゃんの背中を見つつ、努力しなきゃ‥‥そう言って後に続いて行った。
私からすればミューラさんは努力をする必要なんかないと思えるくらいに、お婆ちゃんと同じくらい綺麗に見える。
きっと私もミューラさんと同じくらいにまで成長出来れば、同じことを思うのだろうか? そうなれたらいいなと思いつつ、服を脱いでいく。
「‥‥‥‥ここの傷、見せたくないな。」
脱ぎ終えた私の身体に、見える範囲で過去の事を忘れさせまいと残り続ける傷跡たち。
「‥‥‥‥私じゃ、綺麗だなんて言ってもらえないかな。」
普通に考えたら、こんな傷跡があれば、綺麗という言葉は浮かんでこない、言ってくれる人も居るけれど、きっと本心ではないだろう。
暗い事を考えて居るのはよくないし、前向きになるしかないのだけど‥‥それでも気にしてしまう。人の目を。
「アラン? 俺達は飲みに行ってくるよ。」
「へあっ!?」
一枚の扉越しから聴こえるシリウスの声が、考え事をしていた私を現実に引き戻す。
引き戻された私は今、自分が裸だと言う事を思い出し、驚いた。
「どうした?」
「あ、ううん!? なんでもない! 気を付けていってらっしゃい!」
彼から逃げる様に、風呂場へと入り一息つく。
カレンちゃんはまだ小さいのでこれで上がるようだ。
「アランお姉ちゃん綺麗ー!」
「‥‥ありがと。」
カレンちゃんは純粋な目で言ってくれるから、信じられる。
でも、またさっきの暗い事を考えて居た自分が再び戻ってくるんだ。
「アラン‥‥こっちにいらっしゃい。」
そんな私を見て居たのか、ミューラさんとお婆ちゃんがこちらにおいでと手招きをしている。
私はサッと体にお湯をかけて、2人の隣へ行った。
「‥‥気にしているのね‥‥?」
ミューラさんは、悲しそうな目で私を見る。
大丈夫、そう口では言えても、心は大丈夫なんかじゃなかった。
「アラン‥‥」
私の心を見抜いたのか、お婆ちゃんが抱きしめてくれる。
そんなことをされてしまえば、私の口が勝手に開いて、私の心を話してしまう。
「この傷のせいで‥‥綺麗って言われても‥‥嬉しくない。喜べないよ‥‥お婆ちゃん、ミューラさん‥‥」
こんな私じゃ、結婚だって出来ないんじゃないだろうか。
考えたくないのに、将来はよぼよぼのお婆ちゃんになっても隣には誰もいないんじゃないだろうか。
1人でご飯を食べて、1人で眠って、1人で死んでいくのではないだろうか‥‥そんなことばかり考えてしまう。
「アランちゃん‥‥」
ミューラさんは私の手を握ってくれる。
心が荒れていて、強く握り返してしまった‥‥痛くなかっただろうか‥‥
「アラン‥‥? 私を見て。」
「なに‥‥? お婆ちゃん。」
セイラさんは私を離して、向き合う。
「アラン‥‥我慢しなさい。私も我慢するわ。」
「え‥‥? 我慢‥‥?」
「貴女にその傷達をつけた人を、貴女にしたように傷つければ、貴女は満足する‥‥?」
「‥‥‥‥」
やり返したい、そんな風に思ったことなんてない。
それはしてはいけないことだし、きっと私は喜べない。
「満足なんてしないよ‥‥お婆ちゃん、そんなことしても、傷が消えてくれる訳じゃないし、例え消えたとしても、そんなことしない。」
「そう‥‥」
「私は‥‥この傷のせいで、将来1人で生きていくのかなって思うと、辛くて、嫌なの‥‥」
私の言葉でお婆ちゃんは黙り込み、顔を伏せてしまう。
ミューラさんは、鼻をすすりながら背中を摩ってくれる‥‥ごめんなさい、またこんな話をして‥‥申し訳ないと思っても、止まらなかった。我慢できなかった。
「男性と一緒になれば、きっと裸を見せなくちゃいけなくなるから‥‥この傷見たら、捨てられちゃうかなぁ‥‥?」
「‥‥‥‥そんなことないわ。」
「でも‥‥綺麗って言ってくれないよね‥‥褒めてくれないよね。」
「いいえ、それはないわ。」
「ミューラさん‥‥?」
ミューラさんが私を振り向かせ、肩を掴んで私の目を見て言った。
「アランちゃん、身体に傷があるからってアランちゃんを捨てるような男は1人だって居ないわ。どうして言い切れると思うかわかる?」
「‥‥すいません、わからないです。」
「じゃあ教えてあげるわ。言い方は悪いけれど、傷なんかアランちゃんが気にしなければ、男は気にしないのよ。寧ろ、アランちゃんが見せてもいいと思える人に見せてあげた時、必ずその人は受け入れるし、貴女を愛してくれる、綺麗だって言ってくれるのよ。」
「‥‥‥‥見せてもいい、人‥‥?」
「そう、貴女が見せてもいいって人、アランちゃんが愛せる人は、アランちゃんを愛すのよ。」
「‥‥‥‥」
「そもそも、貴女の傷跡を気にするような男は男じゃないわ、しょうもない人間よ? だって考えてみて? 誰にだって生きて来ただけの経験がある、その中で大変な事をたくさん経験している人ほど、アランちゃんのように傷跡を抱えて悩む人も居れば、受け入れて前を見る事の出来る強い人間へと成長出来る人も居るの。アランちゃん? アランちゃんは強い女になりたいでしょ?」
「‥‥‥‥はい、強くて綺麗になりたいです。」
真剣な顔で私に教えてくれるミューラさんの顔が解けて、いつも見る優しい笑顔のミューラさんになった。
「じゃあ、なっちゃいましょう? 強くて綺麗な女になる秘訣を教えてあげるわ。」
「教えてくださいっ‥‥」
「それはね、自分を好きになって、受け入れる事よ。」
「好きになって‥‥受け入れる‥‥?」
今まで嫌いでしょうがなかった私の嫌いな部分を‥‥?
「そう、自分を嫌い人は誰も好きになれないし、嫌いになるばかり。受け入れる事が出来なければ、誰も受け入れてはくれないのよ。」
「‥‥‥‥」
「アランちゃんが自分を嫌いになるのも、受け入れられないのも‥‥今は仕方ない事で、まずは過去を受け入れることから初めて行かないと、辛くてしょうがなくなっちゃうわ。」
「過去を‥‥受け、入れる‥‥?」
あの痛くて怖かった記憶を‥‥受け入れる‥‥?
「今のアランちゃんからすればすぐには出来ることじゃないよ。でもね、必ず出来るようになる。出来なければ辛いまま生きていく事になる。そんなの、嫌でしょう?」
「‥‥‥‥嫌です。」
「そうよね、それなら過去に囚われてはだめ。忘れる事が出来ないくらい辛いことだと思う。それでも受け入れなきゃ前に進めないの。暗い事を考え続けて居てはだめよ? 楽しいこと考えましょう? 忘れることだって今は無理でもいつかできる、そのいつかの為に、受け入れて行こう?」
ミューラさんもたくさん辛いことがあったんだ。だから今を楽しめたり出来るんだ。
忘れることだって今は出来ない、でもいつか出来る日の為に、私の過去を受け入れて、上手に付き合っていかなければ、前に進めないんだ。
楽しい事も、嬉しい事も経験できないのが自分の過去と暗い自分のせいなら、それをさせてあげられなかった‥‥弱い私のせいだ。
強くて綺麗な女性になるには‥‥過去と、暗い自分を受け入れて、楽しい事を楽しめる人になって、ちょっとやそっとじゃへこたれないような自分になるんだ。
「‥‥‥‥」
それは長くて、大変な時間が居る事なのかもしれない、明日出来るようになるのかも、明後日? 来週? 来月? 来年? 10年先のことになるとしても‥‥そんな強くて綺麗な女性になれるなら‥‥
「‥‥‥‥はい。」
受け入れて行こう、私の中の、暗いアランと、痛くて、辛くて、怖かったあの夜達を‥‥いつかなれる強くて、綺麗な私に会う為に。




