第30話 爺ちゃんのワガママ
「アナタ‥‥」
「セイラか‥‥」
疲れて眠った孫の頭を撫でながら、いつものように突然現れる妻と再会する。
ワシの愛した姿のまま、美しくも儚げな表情が寝息を立てるアランの姿とよく似ている。
「大きくなりましたね‥‥私達の可愛い孫‥‥アラン。」
「あぁ‥‥よく育ってくれた。食べ物に多少の不自由が最近まであったせいか‥‥少し小さいがな。」
「はい‥‥アランを引き取っていった初老を迎えた男性の所で、生活を送っていたそうですけど‥‥」
何かを言いたそうにするセイラ、その表情から察するに、”そういうことなのだろう”
「暴力を振るわれていたのだな‥‥?」
予想はついていた、アランが何かをしたとは思えないし、暴力を振る理由に検討がつかなかった。
ワシら妖精族は人間との繋がりが薄く、自分たちの世界が他の所でも一緒だと思って居た節がある。
人間のほとんどは良心を持ち、心根はどうであれ、幼い子供に意味もなく手を振りかざすようなことはしないはずだ。
だが、ワシらの知らない人間は違う、弱い物を傷つけ、蔑み、力を行使して服従させる者も居れば、アランのような小さき子に手をあげてしまう人間もいるという事はわかっていた。
まさか‥‥ワシらの愛する孫にそういうことをしてしまった人間も居るだなんて思いたくなかった。
「身体に無数の跡があります、アランも成人はしているし気にしてはいない‥‥」
「表の顔ではそうだろう、だがこの子は見ての通りだ。普段から我慢を重ね続けなければ‥‥まだ遊びたい盛りで年頃の娘なのに‥‥」
アランが引き取られてから、何をされてきたのか、そんなこと考えなくてもわかる、だが考えたくないのに‥‥浮かんでは消えていく。
アラン‥‥お前はワシらが守れなかった間、ずっと我慢をし続けて、耐えていたのだな‥‥なんと忍耐の強い‥‥頭を撫でる度に、守ってやれなかった事で受けるはずのない苦しみや、辛さを味合わせてしまった不甲斐ないワシ達を、容赦のない後悔と、悲しみが、心に満ちていく。
「セイラ‥‥娘達はどうか?」
「あちらも安定したはずです、会いに連れていきましょう。この子には普通の生活と、人としての幸福を味わう義務があります。私達はアランを守れなかった、罪滅ぼしという言葉で片付けられるほど軽い物ではありません‥‥私達が、この子が死ぬまで、今度こそ守るのです‥‥」
「そうだな‥‥出来なかった事を、してやるのだ‥‥今度こそ。」
ワシとセイラは固く誓う、娘夫婦がしてやるはずだった事を、ワシらがしてやるのだ。
必ずお前を母と父に会わせてやるからな‥‥
「ジョエル様‥‥おや? そちらの女性は?」
「あぁ、3代目か、紹介しよう、ワシの妻だ。」
「セイラと申します、この度は私達の事を手伝ってくださってありがとうございました‥‥三代目国王。」
セイラは深々と頭を下げ、感謝を伝える。
ワシもセイラと同じく、頭を下げるが、3代目国王は顔をあげてくださいと言い、孫への客が来たことを教えてくれた。
「アランの客‥‥? 名は?」
「シリウスと名乗っております、我が王国の警備を担当するカール・ディキソンの弟であり、兄であるカール・ディキソンに似たのか、安定の難しい冒険者としての生計を見事に立てている優秀な人間です。」
「‥‥シリウス‥‥アランの連れか? セイラ。」
「そうです、アランは引き取られた男性の元から、ついに耐えられなくなってしまい逃げ出した所を、シリウスという男性が助けてくださったのです。アナタ‥‥? 悪い人ではありませんよ。」
あの時の男か‥‥アランを探し、この王宮まで単身で来たということか‥‥度胸もある。なるほど、ワシらの孫が、笑顔を向けるだけの価値はあるということか。
「ここに通してくれ、ワシもちゃんと会っておきたい。」
「畏まりました、少々お待ちいただいても? お孫さんであるアラン様をまずベッドにお連れしてからでもよろしいですか? 今日は日向がいいですが、風にさらされ続ければ風邪をひいてしまいましょう。」
「あぁ、気を利かせてくれてすまないな。」
「構いません、寧ろ私はジョエル様に感謝しております‥‥貴方様のお孫さんに会えたのですから‥‥おい、お連れしろ、丁重に扱え。」
「ハッ‥‥」
メイド達が、庭園の近くにある小さな国王専用の温室へと運んでいく。
中々良い趣味をしている3代目国王は、気を利かせることのできる優秀な人物だ。
「では、私達はこれで‥‥何かあればお申し付けください。」
「済まないな‥‥」
「ありがとうございます‥‥3代目国王。」
「ハハハッ。これくらいであれば、いつだってお力にならせて頂きますよ。では失礼します。」
国王が王宮へと入っていき、入れ違いで見覚えのある男がこちらに向かってきた。
「‥‥その髪と目‥‥アランと何か関係があるのか? ベルンイン王国の国王が今日、アランをここに招待したと聞いた時から、予感はしていた。アランにまつわる、何かがあるとな。」
「‥‥まずは名を名乗れ若造。」
名前は知っている、だが、気に食わない。
「俺はカール・ディキソンの弟、シリウス・ディキソン。アランを取り戻しに来た。アランはどこだ?」
「アランは今、疲れて眠っている。起きるまでワシらと少し話をしてもらおうか。」
「アナタ‥‥」
「良いのだセイラ、男のワガママだよ‥‥」
セイラはワシのシリウスという男に対する態度が目に余ったらしい、だがすまない、どうしてもこの男を見定めたいのだ。
「セイラ‥‥その名前、アランが教えてくれた。貴女はセイラの母親なのか?」
「私は母でありませんシリウスさん‥‥私は、アランの祖母です。」
「‥‥‥‥ということは、あんたは‥‥アランの祖父なのか?」
「‥‥そうだ、ワシらの孫が世話になったな。」
シリウスはワシとセイラを交互に見ながら、驚きつつ、言葉を続ける。
「アランの祖母と祖父というから‥‥てっきり、年老いた風貌をしているのかと思って居たが‥‥」
「人を見た目で判断するのは感心しないぞ若造‥‥」
「すまない‥‥だが、変に納得がいく‥‥アランの美しい髪と姿、セイラ、貴女に良く似ている。というより‥‥アランの姉にさえ見える。一体どういうことだ‥‥?」
「シリウスさん、丁寧に褒めてくださりありがたいのですが‥‥少し座って話をしましょう、立ったままでは落ち着いて話すことはできません。」
セイラは気を利かせ、魔法で取り出した机と椅子を置き、飲みなれた紅茶を提供する。
「‥‥‥‥アランと長い間一緒に居るが、彼女のお陰で、例え目の前で何もない空間からこのようなテーブルセットが出てきても驚かなくなった。」
「ワシの孫は度胸もある、ただのか弱い娘だと思うなよ?」
「あんたに言われるまでもない、俺はアランが弱いだなんて思ったことは一度だってない。あんたは知らないだろうがな、アランは沢山辛い事を経験してきたが、とても優しくて、人の痛みがわかる子だ。面倒見もいい、家事もそつなくこなせる‥‥今どき珍しいくらいに良い女性だ。」
シリウスの目は、ワシに食って掛かるようだが、それはアランが関係しているからだと理解できる。
大切にしているというのはよくわかった。
「だが‥‥それでも‥‥彼女は辛い事に会い過ぎた。」
「‥‥‥‥そうだな。」
シリウスは歯を食いしばり、震えていた。
「俺がもう少し早くあの森に行って居れば、もっと早く助けることが出来たはずなんだ。」
拳を握り、視線を下に落とし、後悔するように言う。
「あんたらに何か事情があったのはわかってる、ただ、1つだけ確認したいことがある。」
「‥‥なんだ?」
「アランには、ちゃんと母親と父親は居るのか?」
「居るとも、早くアランを会わせてやりたいと思って居るのだ。それで今日、国王に頼み込んでアランを連れてきてもらい話をしたが‥‥途中で眠ってしまい中途半端に終わってしまった所だ。」
シリウスは安心をしたのか、曇っていた表情が少しだけ晴れこちらに視線を戻した。
「そうか‥‥ちゃんといるんだな‥‥」
「‥‥あぁ」
「‥‥アランは、家族に飢えてる‥‥愛情に飢えてるんだ。」
「‥‥わかっている‥‥だからこそ、すぐにでも‥‥」
シリウスは意を決したのか、椅子から立ち上がり、ワシらを見た。
「あんた達2人がアランの祖父と祖母なら‥‥俺の頼みを聞いて欲しい。」
「なんだ?」
シリウスは、ワシとセイラを交互に見て、一旦は目を瞑り、呼吸を置いた。
「俺を、彼女の両親の元に一緒に連れてってくれ。」
「何故だ‥‥?」
「‥‥俺はアランを守りたい。どんな事情があって今こうなっているかはわからない、だが、俺は彼女を守りたいんだ。この手で。」
シリウスは深々と頭を下げて、ワシらに乞う。
「何故、血の繋がりもないお前がそうまでしてアランに拘る? ある意味で、お前は部外者だ。お前の言う通り、家庭の事情は確かにある‥‥そのせいでアランは辛い思いをしたし、守れなかったワシらの不甲斐なさも相まって、お前を巻き込んでしまった。」
「確かに‥‥巻き込まれては居ると思う。」
「では‥‥なぜ拘るのだ。」
顔上げ、曇った表情でも、晴れた表情でもなく、有無を言わせないほど真剣な表情でシリウスは口を開いた。
「俺が彼女に拘るのは‥‥愛しているからだ。」
その一言だけで、ワシはもう、充分だった。




