第21話 まどろみ
「お、なんだシリウス、帰ったんじゃないのか?」
「アーロンが潰れてな、送っていっただけだよ。あと初めての連れが居るんだ」
「あ、あのこんばんわ‥‥アランって言います‥‥」
「‥‥おいおいシリウス‥‥お前どこで捕まえて来たんだ‥‥」
「まぁ‥‥色々あってな。大切な人なんだ。」
初めて入る夜のお店、お酒の匂いや樽の木の匂いが独特で、周りはオジサンやお姉さん、若い男性達でにぎわって居た。
シリウスは王国に来てカールさん達の所に泊まる度ここに来る常連らしく、カウンターで仕事をしているダンディーなおじさんとは付き合いが長いようだ。
「ちなみに聞くが‥‥成人してるよな?」
「あ、はい、15歳です。」
「‥‥そうか、じゃあ色々聞かせてもらおうかな、そこのカウンターに座ってくれ。にしても小さいから‥‥一応確認させてもらったぞ。」
「わかりました、大丈夫です、馴れてますから‥‥ハハッ」
乾いた笑いが出て来る、仕方が無い、余り背が高くないのもあるし、見た目も良くはないから‥‥我慢しよう。
「ほい、じゃあ駆け付け一杯ってことで、葡萄酒だ。一気に飲んだりしたらだめだよお嬢さん。」
「ありがとうございます、不思議な香りですね‥‥」
コースターの上に置かれたグラスに注がれた紫色のお酒は葡萄酒らしい、葡萄の濃厚な香りと、酸っぱさのような匂いが独特だ。
「シリウスには、いつものでいいか?」
「あぁ。頼む。」
「ほいよ、こっちは俺からのサービス、お嬢さんに感謝しろよ?」
「あぁ、いつも感謝でいっぱいだよ」
「けっ、惚気やがって‥‥」
何の話をしているかわからないが、どうやらサービスしてくれたみたい。スモークチーズとナッツのようなものが盛られたお皿を置かれる、とても美味しそうだ。
「じゃあアラン、もしかして初めての夜更かしか?」
「うん、初めてっ」
「じゃあ、楽しい夜更かしにしようか、乾杯。」
「乾杯ーっ」
シリウスは木で出来た大きな容器に注がれた黄色く泡がシュワシュワとしている液体をごくごくと飲んでいく、その時の喉を見ていると、男性特有の咽喉ぼとけが上下に動いていて不思議に思い、触れてみたら。
「ごほっ!!」
「あっ‥‥ごめんっ」
「い、いいんだ‥‥どうした?」
「ううん、なんかすごい動いてたから‥‥」
「あぁ‥‥君にはないもんな‥‥でもいきなり触られるとびっくりするからやめてくれないか?」
「わかった‥‥ごめんね。」
ははは、と笑いながらこぼした物を拭いていくシリウスを、カウンターのおじさんが笑って居た。
大変だなお前も、そう言われているシリウスは、これくらいならいつでも、そう返していた。それならまた今度触らせてもらおうかな。
「アランも飲んでみなよ。」
「うん‥‥頂きます。」
口を付けて含んでみると‥‥何とも言えない味が広がっていく。
最初はムッとした私だが、何とか呑み込んでみる。
「ケホッケホッ‥‥なにこれ‥‥」
「はははっ、最初はそんなもんだよお嬢さん。ゆっくりと少しずつ飲んでいけば大丈夫だよ」
「無理はするなよ、アラン。」
カウンターのオジサンは優しい笑顔で、手に持ったグラスを拭いている、シリウスは心配そうな目でこちらを見ているが、少しだけトロンとしていて可愛かった。
身体に入れた葡萄酒は、ほんのりと身体をポカポカとさせていく。気持ちがいいなぁ。これ。
少し馴れて来た私はもう一口飲んでみる。
「お、気に入ったかい?」
「はい! いい物なんですねお酒って‥‥知らなかったです」
「ははは、可愛いお嬢さんにそう言ってもらえると嬉しいね、お代わりはあるから言ってくれ? お嬢さんのはタダでいいよ」
「そんな‥‥」
「いいのいいの、可愛い子がここで飲んでるってだけでうちはいいのさ。」
よかったな、そう言ってアランはトロンとした目でこちらを見ている。
あんまり見られると恥ずかしい。
「シリウス、顔赤いよ?」
「アランもな‥‥」
赤いのだろうか、身体はポカポカとしてきていて、なんだか少し身体が軽い気がする。
「これが酔ってるってことなのかな?」
「ほろ酔いってやつさ、アランは肌が白くて綺麗だから、すぐにわかる。もう真っ赤だぞ?」
「え‥‥やだ、見ないで」
「それは無理だ‥‥」
何だか‥‥シリウスが色っぽく見えると言うか‥‥何とも言えない雰囲気だ。
見つめて来るシリウスの目が綺麗で、ほんのりと茶色い瞳に移るのが私だと思うと恥ずかしい。
「オイオイ‥‥イチャイチャするなよシリウス」
「すまん、連れが素敵なもんでな。」
「ま、違いねぇな」
「うぅ‥‥」
恥ずかしさを紛らわせるように、葡萄酒に口をつける。
一杯を飲み切ると、瞼が重くなってきた。
頭がフラフラしてきて、横に座るシリウスの肩に頭を乗っけさせてもらう。
「酔ったのか? アラン。」
「‥‥んー‥‥」
「可愛いな‥‥」
「‥‥んー‥‥?」
シリウスの声が心地よく、ポカポカしているからか眠くて、次第に瞼が落ちて来る。
「帰ろうか、アラン。」
「うんー‥‥」
「気を付けて帰れよ、金は要らん、今日はサービスだ。明日からは金取るからな? ちゃんと送って帰れよ。」
「わかってる、ありがとう、また来る。」
「次も連れて来いよー」
まどろみの中で、シリウスの背中に乗っていると、シリウスが何かを言うのが聞こえた。
「着いたよアラン」
どうやら部屋についたみたいだ。布団に寝かされると、今度は睡魔が流れ込んでくる。
シリウスは部屋から出て行こうとしたことに気付いた私は、彼の服を掴んでいた。
「どうした? 水を持ってこようか?」
「‥‥‥‥」
どうしてだろう、彼が離れてしまうのが寂しかったのだ。
「‥‥? アラン?」
彼が私の頬を撫でる、彼の手はゴツゴツとしていて、堅いけど、嫌いじゃなかった。
肌はほんのりと冷たくて、気持ちいい。
気づいたら私は彼の手に顔をスリスリと頬擦りをしていたのだ。
「おいおい、どうした? 猫みたいだぞ‥‥?」
「んー‥‥」
眠さと、寂しさが、私にこうさせる。
「離れたくない‥‥一緒に居て。」
「‥‥‥‥」
シリウスは私の言葉を聞くと‥‥ベッドの中に入ってきてくれた。
「じゃあ、一緒に寝ようか。」
「うん‥‥」
彼は枕を自分の方に持っていき、変わりに腕を私の枕にしてくれた。
あぁだめ‥‥一気に眠気が増して‥‥
「おやすみ、アラン‥‥」
彼の低い声を聞きながら、私はぐっすりと眠ってしまった。




