第17話 拒絶と否定
「そう‥‥貴女を引き取っていったあの男性‥‥そんなことを‥‥」
「うん‥‥最初は我慢出来たんだけどね‥‥もう無理だったの。」
お母さんに再び会う事が出来た私は、ここまでの道のりを話した、お母さんは元々笑顔の多い人だったが、私が暴力を振るわれていた時の事を話すと、ごめんね‥‥そう言い続けた。
シリウスに拾われて、私は孤児院に帰ってくるまでたくさんの人に出会った。色んな人が居た、歯の無いおじいさんが、私に飴玉をくれたり、シリウス達と同じ冒険者の様な人達が私を見ると、気さくに話しかけてくれたりもした、シリウス曰く、ナンパなんだとか。
「でね? あのね?」
「うん、うん」
「こうでね! あぁだったんだよ!」
「うん‥‥うん」
私が話を続けている最中、お母さんは私の手を握り続けてくれていた。
孤児院に連れてきてくれたカールご夫妻、カレンちゃん、シリウスとアーロンさん達は黙って聞いてくれている、長々と1人で話すのはいけないかなと思って、皆を見ると、笑顔で、好きなだけお母さんに伝えてあげて? そう言ってくれるのだ。
「あとね、ここに来るときに、洋服屋さんでこの服を着せてもらったんだ、似合うかな?」
「うん‥‥とてもよく似合ってる、貴女の綺麗な銀髪と青い目が、素敵よ。」
最初こそ恥ずかしかったこの恰好、でも今は気に入ってしまった。
初めて足を出して、ヒールを履いて、スカートをつけて、ヘアバンドで髪を纏めて、口紅を塗って、私を引き取ったオジサンの所にあのまま居たら一生出来なかった事なんだ。
今、この日の為に、あの場所から逃げたのだと、我慢をしてきた事に、神様が与えてくれたご褒美何だと思えた。
「ねぇお母さん?」
「うん? なぁに?」
「不思議な事があったんだ、私ね、ここに来る途中の川で水浴びをしていたら、突然現れた綺麗な女性に話しかけられてね? その人の名前はセイラさんって言うんだけど、その人から精霊の事を教えてもらったの、それでね? 私、精霊が見えるんだ、川の中にお魚みたいなんだけど、ちょっと違うの、足元に寄ってきてくれるんだよ、とっても可愛いのっ、後ね? セイラさんて人から、このペンダントをもらったの。」
「‥‥‥‥セイラ‥‥? ちょっとそのペンダントを見せてくれるかい?」
お母さんに首からかけているペンダントを見せると、お母さんの顔には色濃く影が掛かっていく。
「‥‥‥‥」
「お母さん‥‥?」
「そのセイラという人には、今後会ってはいけないよ?」
「‥‥どうして?」
「‥‥‥‥とにかく会ってはいけないのっ!! 言う事を聞きなさい!!」
お母さんから今まで聞いたこともないような大きな声を聞いた。
私は驚き、初めてお母さんから怒られたような感覚に陥ることで、涙が出て来た。
「‥‥なんで、なんでそんな事を言うの‥‥? 私に精霊達の事を教えてくれた優しい人に、どうして会ってはいけないの?」
「‥‥言う事を聞いて、アラン‥‥」
「私の髪‥‥嫌いだったこの髪も、目も、褒めてくれた人なのに‥‥どうして会っちゃ‥‥いけないのぉ‥‥?」
怒られたんじゃない、拒絶されたんだ。私の幸せな記憶を、大切な人に否定された。
だからこんなに‥‥涙が出て来るんだ。
お母さんは彼女の事を知って居るから、私に会うな、そう言ってるのかな‥‥
「‥‥‥‥セイラさんの事を‥‥知ってるんだね? お母さん。」
「‥‥っ!!」
気になってしまった私はセイラさんの事を聞いた、その時お母さんは私を‥‥初めて打ったのだ。
「アランに何をする!!」
頬にヒリヒリとする痛み、それと同時に私を襲い掛かる恐怖。
私だけの時間がゆっくりとなっていく感覚がした。シリウスがお母さんのしたことに激怒して、今にも掴みかかろうとしているのをアーロンさんとカールさんが必死に止めているのが横眼で見える。
カレンちゃんは私を心配して、抱き付いてきてくれた。ミューラさんは素敵な笑顔ではなく、心配そうな顔で私の背中をさすり、そして睨みつける様に、お母さんを見ていた。
「何も打つことはないだろう!!」
「うるさぃ!! よその者に何がわかるの!!」
「落ち着けシリウス!!」
「抑えろシリウス‥‥!! お前が暴れてはだめだ!!」
どうして‥‥? 私の知っているお母さんは、いつも笑顔で、私が泣いて居る時は優しく抱きしめてくれて、料理を教えてくれて、洗濯物の畳み方や、掃除の仕方を教えてくれて。言葉の使い方、ナイフとフォークの使い方、字の読み方も‥‥
「あんたの娘なんだろう!! なんだって打つんだよ!! アランがあんたに会うことをどれだけ楽しみだったかわからないのか!!」
「‥‥っ!!」
「ここに来るまで、いつも彼女は眠っているとき、お母さん、お母さんとずっと言って居たんだぞ!! それはあんたの事なんじゃないのか!? それほどに大切に育ててもらったからこそだろう!! なのにあんたは‥‥アランを打ったんだ!! 楽しそうに経験したことをあんたに伝えていただけなのに!!」
シリウスは今にも2人を振りほどき、お母さんに掴みかかろうとしていた。
私はハッとして、シリウスに抱き付き。止めようとしたの。
「シリウス‥‥」
シリウスの胸に顔を埋めて、彼の早く脈打つ鼓動を聞き、いつも感じていた匂いをたくさん吸い込む。
「‥‥っ‥‥アランっ‥‥」
シリウスに抱きしめられ、また涙が溢れて来た。
私はお母さんの厳しい部分は知って居た、食べ物を粗末に扱えばお尻を叩かれ泣き喚く子も居た、私はそんな厳しい母も好きだった、自分が大切だと思って居る事を、親の居ない私達の親として教えてくれたから。
「シリウスっ‥‥」
「済まない‥‥みっともない所を見せてしまった‥‥大丈夫か?」
でも、意味もなく否定や拒絶なんか絶対にする人じゃないと思ってた。
知らない人にされるのは別にいい、気にならないから。
でも‥‥お母さんにされるだなんて、思いにもよらなかった。
「うんっ‥‥もうちょっと、この‥‥まま‥‥」
「あぁ‥‥」
私はシリウスの胸にうずまり、シリウスは私を守るように抱きしめる、周りは、黙って私達を見てた。
シリウスの匂いはとても安心する、ビックリした心を、穏やかにしてくれる。私が今、お母さんにされたこと‥‥辛すぎるの。
頭の中には、なんで? どうして? そればかり浮かび、セイラさんの顔が浮かんでは消えて、浮かんでは消えての繰り返しだった。
どうして、セイラさんはあの時‥‥泣いて居たんだろう?
私から逃げる様に、姿を消したのはどうしてなんだろう、話だって聞いてくれていたし、精霊達の事を教えてくれた、笑顔だって見せてくれたのに。
「落ち着いた‥‥ありがとう、シリウス。」
「‥‥あぁ。」
冷静に考えられるようになって、彼から離れる、彼も落ち着いてくれたようだ。
「お母さん‥‥また、来るね。今日は帰るね。」
「‥‥‥‥」
私はお母さんにそれだけ伝えると、その場から逃げる様に、カールさん達の家に向かい走り出した。綺麗なペンダントを握りしめながら。
冷静になったと思ったら、また涙が出て来て‥‥鼻が詰まり息が上手く出来ず苦しくて、横っ腹が痛くなり、徐々に走るのをやめていった。
胸が重たい、苦しい、身体の不調なんかよりもずっと辛い。
「‥‥アランっ‥‥」
私の名前を呼んでくれる人、どうやら私を追いかけてきてくれたらしい。
聞きなれた声はシリウスの物だと判別できた。
「‥‥‥‥シリウス‥‥」
彼を視界に入れてしまえば、ぽろぽろと流れているだけだった涙が‥‥塞き止められていた川の水のように、徐々に溢れ出て来る。
「‥‥‥‥アランが心配でな。追いかけて来てしまった。」
「‥‥うん。」
「‥‥その‥‥大丈夫か?」
シリウスは大丈夫かと聞いてくる、心配そうな目で。
「何か飲み物でも‥‥‥‥」
シリウスが言い終わらないうちに、私は彼の胸に飛び込んでしまった。
「‥‥アラン。」
彼の低い声が、体温が、匂いが、鼓動が、私を楽にしてくれる。
「‥‥さっきはごめん、アランが打たれたのを見てカッとなってしまった‥‥」
「‥‥ううん。」
私の為に怒ってくれたんだ、その言葉を聞いて、静まりかけていた涙がまた流れて来る。
背中に太い腕が回されて、周囲の人の視線から隠すように、守るように、抱きしめてくれる。
人がどんどん集まってきて、私達を見る、私はそれが嫌で、シリウスにお願いをした。
「‥‥誰もいないとこに連れてって。」
シリウスは無言で、私を抱えて走り出した。




