第14話 本人を差し置いて
「うん? アランさんはもう寝たのかい?」
「えぇ、カレンと一緒に寝たわ。素直で寝つきが良くて、寝顔がもう最高に可愛いのっ」
「マジで‥‥? 見に‥‥」
「ダメよ。」「ダメだ」「ダメだね」
3人から強烈な却下を食らい、シリウスは残念そうに酒を煽る。
「にしてもシリウス、あんなに綺麗で可愛い子、どうしたんだ? まさかとは思うが攫ってきたとか言わないよな?」
「そんな事する訳ないだろう兄貴‥‥彼女は俺がアーロンと一仕事終えて別れた後に、森で野宿してたら、見つけたんだ。」
「あぁ、そこんとこの話、俺も詳しく聞いてないから聞きたいな、どういう状況だったんだ‥‥?」
シリウスは‥‥あの時の事を思い出し、重々しく口を開いた。
「彼女と出会った時、両手で身体を抱きしめて、寒さと恐怖に震えていた。」
あの時のアランの姿を思い出すシリウスは胸に重たく圧し掛かる何かを感じた。
それと同時に、怒りを感じていた。
「皆は聞いていないと思う、彼女も話したがらないな。アーロンは少し聞いたよな?」
「あぁ‥‥あぁ聞いたとも。」
片方の拳を固く握り、片手のジョッキを煽るアーロン。
シリウスも同じ気持ちだった。
「彼女はベルンイン王国の孤児院で育ち、そこから引き取られたらしい、オジサンという人らしいんだが、ソイツに暴力をよく振るわれていたんだ。ここに来る途中、水浴びをしに川へ寄ったんだが、彼女の背中に‥‥無数の、傷があった。」
アレを見た時、美しさと同時に、彼女を傷つけた人物に殺意さえ湧いた。
覗いた訳じゃない、ふと目を向けたらそこに服を脱ぐ彼女が居たんだ。
「彼女は、オジサンの元から必死に逃げ出して、森の中で、うずくまってた、それで消え入りそうな声で、誰か助けて、怖いと言ったんだ。そこからが俺と彼女の始まりだった。」
「‥‥‥‥アーロン、特定はしてあるのか?」
「‥‥‥‥なんでそんな事を聞くんだ? カールさん。」
「ベルンイン王国から一番近い森は西のカナリアの森以外に無い、あそこは不気味で、人が住んでいるのは知って居たが、まさか‥‥アランさん、彼女を引き取った人物がそこで住んでいたとは思わなかった、なるほど合点がいった。」
カールは腕組をし、何かを考えながら続けた。
「カナリアの森に住む人は限られる、あそこはベルンイン王国が管理している森でな、精々両手で数える程度だろう、だが広大だ、どこに誰が住んでいるかまではわからないし、一応はベルンイン王国の国民として扱われる、名簿くらいは誰の目でも見る事が出来るからな。お前、さっき外に出ていただろう? ミューラとアランさんが風呂に入って居る時、調べに行ったんだろ?」
「‥‥別に、俺は手を出すつもりはねぇよ? ただ話を聞きに行くだけだ。」
「バカが、誰も止めるつもりはない、だが絶対にアランさんに知られるな、いいな?」
「わかってるよカールさん、ただ、あんまり‥‥勝手な事言うなら、いいよな?」
カールは目を瞑り、コクっと頷く。
「ねぇ、アランちゃんの身体の跡、見たわ。」
「‥‥‥‥どうだった? 義姉さん。」
「硬いもので殴られたり、切られたりしたような跡があったわ。普通じゃないわね。傷跡は見慣れてるから、何となくだけど、カールと同じような傷だったわ。」
「‥‥そうか‥‥なんてひどいことを。まだ子供だぞ?」
「それと話も聞いたわ、虐待の域を超えて居ると思うわ。」
ふぅっ、と一息を吐いたカールは、考えて居た言葉がまとまったのか、口を開く。
「ミューラ、君ももしかしたらと思うんだが、俺の考えて居る事と同じことを考えて居るかい?」
「‥‥えぇ、カール。」
「どうしたんだ? 兄貴達、何の話だ?」
「どういうことだよ?」
カールの言葉に、アーロンとシリウスは絶句した。
「俺は初めてアランさんに会った時、予感はしていた。あの子は捨てられた子だとな。今まで近衛兵をやってきた中で色んな人に会ったよ。アランさんがここから引き取られていったという話を聞いて合点がいった。俺は昔、アランさんに会っている。」
「えぇ、私もカールから話を聞いて、ピンと来たの。」
カールは続ける。
「よく覚えている、まだ勤め始めて10年ほどだったか、カレンが生まれた歳、あの時は秋だったな。1人の男の手に引かれ、ニコニコと歩いている銀髪の青い目を持った少女、あの時の笑顔に衝撃を受けた、妖精のようだとミューラに話した覚えがある。そして今日、再び出会った彼女の笑顔を見て、何か引っかかるものを感じたんだ、それに、ベルンイン孤児院から、子供を引き取っていく人間は稀だったのもあってよく覚えてる。同僚があの孤児院から、誰かが誰かを引き取ったと話してくれたんだ。」
「私は初めて今日会ったけど、カールの言っていた子だわって思って、確信したの。」
「私達はカレンを授かった時、一人では寂しいだろうと思っていたんだ、ただその時、ミューラの体調を兼ねて医者にも相談したが子供を為す事がもう無理だと言われたんだ。そこで、あの孤児院、この王国では1つしかないあそこから、子を授からせてもらおうと思って居た。」
「それでつまり‥‥どういうことだ?」
シリウスとアーロンは口を揃えて同じことを言う。
「つまり、あれから5年もたったが、私達が当時引き取ろうとしていたのは彼女だったってことさ。明日、孤児院に行く。ミューラ、付いてきてくれるか?」
「もちろんよ、アランちゃんもきっと喜んでくれるわ、よくわからない暴力を振るうようなところの子供で居るよりも、私達と一緒に居た方が幸せになれる、そう確信してるし約束できるわ」
「っちょ、ちょっと待ってくれ。」
シリウスが堪らず口を開いた。
「どうした? シリウス」
「アランは‥‥‥‥俺の‥‥」
シリウスが言うか言わないかの瞬間、アランが起きて来たのだ。
「あ、皆さん、まだ起きてたんですね、すみません、喉が渇いて‥‥」
「あらアランちゃん、こっちにいらっしゃい、何飲みたい? ジュースがいい?」
「あ、はい、頂きますっ」
「ふふふっ、一杯飲んでね、これも家で採れた果物から絞ったのよ?」
ミューラは気を利かせて、アランを台所へと連れていく。
「おい‥‥シリウスお前。」
「兄貴‥‥」
カールとシリウスは真剣な顔で、お互い睨みつける様に無口になる。
「‥‥‥‥こりゃ、表に出た方がよさそうだな。」
「そうだな、表に出ろ、シリウス。」
「あぁ。上等だ。」
ダンッ!! 勢いよく机を叩き、出て行く3人にビックリしたアランをミューラがなだめる。
「大丈夫よ、男だけで話があるみたいだから、そっとしておきましょう。」
「えぇ、でも何があったんですか‥‥?」
「ふふっ‥‥難しい話があるのよ、あ、でもこれだけは言っておくね? アランちゃんはみんなに大切にされてるってことよ」
「‥‥??」
その後、外では男達の怒声が響き渡ったという。




